夏の花火と彼氏。③
「いやー! モテる女は辛いわー!」
迷子センターを後にしてから、雛乃はずっとこの調子だった。
「お前、四歳児相手に何言ってんだ」
「年齢なんて関係ないもーん!」
「あの子が結婚できる頃には、お前はもうおばさんだよ」
「失礼な! 私の容姿は50歳まで変わんない設定なの! 大人の魅力が年齢を超越してるの!」
「はいはい」
まったく。
どこぞの戦闘民族の血でも混じってるんじゃないだろうな。
たいちくんも、とんでもない女に惚れてしまったもんだ。
「栞ちゃん! おにぃが冷たい!」
「雛乃ちゃん、モテモテでしたね」
「でしょー!? 栞ちゃんはわかってるねー!」
「……でも、よかったですね」
「ん?」
栞ちゃんが、優しい表情を浮かべ呟く。
「たいちくん、お母さんに会えましたから」
「……そうだな」
お母さんと一緒にいられない、栞ちゃんだからこそ何か思うところがあったのだろう。
「いやー、それにしても、あんなに懐いてくれるとは思わなかったなー!」
「はっ、懐くどころか、お前がたいちくんに遊んでもらってたもんな」
「どういう意味!?」
「そのまんまの意味だよ」
ちょうどいい。
雛乃のお陰でもやもやと考えなくて済む。
最近、色々あったからな。
少し自分がわからなくなっていた。
「やれやれ……」
呆れた様子の雛乃がなにか話している。
「おにぃみたいに子ども心を忘れたくなんてないね!」
「大人の魅力とやらはどこへ行ったんだか」
こっちがやれやれだ。
そんなやり取りをしているうちに、周囲の人の流れが変わり始めた。
「おっ! おにぃ! そろそろじゃない!?」
「そうだな。どっか座れる場所探さないとな」
人混みを避けながら歩いていると、少し開けた場所を見つけた。
幸い、三人が並んで座れるくらいの空間が残っている。
「ここでいいか?」
「おっけー!」
「はい」
俺たちは持ってきた敷物を広げ、腰を下ろした。
「おにぃうるさいから私、栞ちゃんの隣~」
などと、一番うるさい奴が仕切った結果。
栞ちゃんが真ん中で、左右を俺と雛乃が挟む形となった。
「わぁ……楽しみですね!」
栞ちゃんが夜空を見上げる。
その横顔を見て、俺もつられるように空を見上げた。
◇
ヒュウウウ……。
夜空に、一筋の光が昇っていく。
ドォーーンッ!
「わぁっ!」
栞ちゃんは花火を見つめ、思わず声を漏らした。
大輪の花が、夜空いっぱいに広がる。
赤、青、緑。
色とりどりの光が弾け、ぱらぱらと散っていく。
少し遅れて届く、身体の芯まで響くような轟音。
「おー! 綺麗だねー!」
雛乃も子どものように声を上げる。
「本当に、綺麗ですね……」
次々と打ち上がる花火。
夜空を鮮やかに染め上げては、瞬く間に消えていく。
綺麗なものほど、儚い。
そんなことを考えていると、栞ちゃんと再会した日のことを思い出していた。
行く当てもなく、途方に暮れていた彼女。
一緒に暮らすことになって。
初めはどこか遠慮がちだった彼女が、少しずつ笑顔を見せてくれるようになった。
何気ない食卓。
他愛もない会話。
雛乃も交えた、騒がしい時間。
思い出が、打ち上がる花火とともに浮かんでは消えていく。
……もう、ずいぶん経つんだな。
ふと、隣に目を向ける。
「わぁ……!」
栞ちゃんは、目を輝かせながら夜空を見上げていた。
今、彼女は何を考えているんだろう。
……いや。
どうして俺は、そんなことを気にしているんだろうか。
「……っ!?」
突然、隣から身体を押された。
「す、すみません!」
栞ちゃんが慌てたようにこちらを見る。
どうやら雛乃側から押されたみたいだ。
「ちょっ、雛乃!」
「ごめーん! こっち人増えてきてぇー!」
見れば、雛乃の向こう側に人が集まり始めていた。
どうやら、少しずつこちらへ押されているらしい。
「い、いや。こっちこそごめん」
「いえ! 恭佐さんは何も……!」
肩が触れる。
浴衣の袖が、俺の腕に重なった。
爽やかな甘い香りが漂う。
同じ家で生活しているはずなのに、どうしてこうも意識してしまうのだろう。
心臓がドクドクと脈を打つ。
ヒュウゥゥ……。
ドォーーンッ!
再び花火が打ち上がる。
腹の底まで響くような音。
きっと、花火を見ているからだろう。
この音が、きっと。
いや。
違う。
隣に座る彼女。
綺麗に結い上げられた髪。
丁寧に施された化粧。
浴衣の襟元から覗く、白い頸。
夏の暑さのせいだろうか。
ほんのりと赤く染まる頬。
待ち合わせ場所で初めてその姿を見たときも、思わず言葉を失った。
花火の光に照らされるたびに、彼女の表情が浮かび上がる。
そんな彼女から、目が離せないでいた。
……ああ。
心臓がうるさい。
◇
「わぁっ! 見てください!」
栞ちゃんが夜空を指さした。
花火が上がるたびに、無邪気な笑顔を見せる。
大きく花開くときには目を輝かせ。
散り際には、どこか儚げな表情を浮かべる。
その一つひとつを、心から噛み締めているようだった。
……なぜだろう。
いつの間にか、俺は花火よりも彼女の表情を追っていた。
ああ。
俺は、この笑顔が……。
ヒュウゥゥーー……。
ひときわ長い音が、夜空に響く。
ドォォォンッ!!
大きな花火が打ち上がった。
視界いっぱいに広がる光。
辺りが一瞬、真昼のような明るさに包まれる。
「すごいですよ! 恭佐さ……ん?」
じっと見つめてしまっていたせいだ。
振り向いた栞ちゃんと、目が合ってしまう。
花火の光に照らされた、その顔。
大きく見開かれた瞳。
少しだけ開いた唇。
そのどれもが目が離せないほどに。
「……綺麗だ」
気がついたら。
自然と、口からこぼれ落ちていた。
「……へっ?」
「……っ!?」
やってしまった。
何をかはわからない。
だけどそう思った。
「あっ、いや! その、ほら! 今の花火!」
「あっ、あーー! ですね! そうですよね!」
「……ああ」
大きな瞳から目を逸らす。
「…………」
「…………」
お互い言葉が出てこない。
けれど俺たちは、ほとんど同時に夜空へ視線を戻した。
……何やってんだ、俺。
いや、でも。
別に変なことを言ったわけじゃない。
実際、花火は綺麗だった。
……本当に?
先ほどまで続いていた花火が、ふっと途切れる。
次の打ち上げまでの、少しの間。
夜空には、先ほどの花火の煙が漂っていた。
次第に風に流され、ゆっくりと形を変えていく。
……静かだ。
周囲には大勢の人がいる。
話し声だって聞こえている。
それなのに。
隣にいる彼女との間だけ、妙に静かに感じられた。
「あ、あれー。それにしても今日は暑いですねー」
栞ちゃんが、ぱたぱたと手で顔を仰いでいる。
「そ、そうだな」
「夏ですもんねー」
「……ああ」
「…………」
「…………」
……会話が続かない。
ちらりと隣を見る。
栞ちゃんは、まだ手で顔を仰いでいた。
その頬は、さっきより赤くなっているような気がした。
反対側の雛乃は、何も言わない。
いつもなら、こういうときに限って余計なことを言い出すくせに。
それにしても。
次の花火は、まだだろうか?
ほんの少しの時間が、やけに長く感じられる。
花火は上がっていない。
だけど。
この胸の音だけは、鳴りやまなかった。
◇
「……恭佐さん」
「ん?」
栞ちゃんが、囁くように俺を呼んだ。
見ると、彼女は夜空を見上げていた。
「私、お二人に会えて、本当に良かったです」
「……えっ?」
突然の言葉に、思わず聞き返してしまった。
栞ちゃんは、こちらに顔を向ける。
「いつも、とっても楽しいです!」
「……そっか」
薄暗い夜を照らすような笑顔。
思い出す。
初めて再会した日のこと。
あのときの彼女は、今にも消えてしまいそうな顔をしていた。
何を考えているのかもわからなくて。
どこか危なっかしくて。
放っておけなかった。
それが今は、こんなふうに笑っている。
……よかった。
本当に。
そう思った。
その笑顔が、眩しくて。
俺は、また目を奪われてしまう。
ヒュウウウ……。
ドォーーンッ!
「わぁ! 始まりましたよー!」
再び花火が打ち上がる。
栞ちゃんが嬉しそうに夜空を見上げる。
赤い光が、その横顔を照らす。
次の瞬間には青く。
そして、金色に。
無邪気に笑う彼女を見ていると、先ほどの出来事が頭に浮かんだ。
『ぼく、ひなのちゃんとけっこんする!』
たいちくんの言葉だ。
……結婚、か。
思わず苦笑する。
まだ小さな子供なのに、あんなにも真っすぐ自分の気持ちを伝えていた。
それに比べて、俺は。
……いや。
何を比べてるんだ。
そもそも、自分のこの感情が何なのか、それすら理解できてもいないのに。
俺はもう一度、夜空を見上げた。
大きな花火が咲いては、散っていく。
その光が消えるたびに、夜の暗さが戻ってくる。
……一緒に暮らし始めて、もう八ヶ月。
俺たちは、別に恋人同士じゃない。
同じ家で暮らしているだけ。
ただ、それだけの関係。
……本当に、そうなのだろうか。
隣では、栞ちゃんが楽しそうに花火を眺めている。
俺は彼女と。
栞ちゃんと。
どうなりたいのだろう。
夜空に打ち上がっては、散っていく花火を眺めながら。
そんなことを考えていた。
はい。
最終回に向けて色々と読み直しをしたりしていて、つい時間が溶けている今日この頃。
いつも登場人物の一人ひとりが何を考えて、何をするのかを大切に書かせていただいてます。
そんな中、今回だけでなく恭佐視点の話では「結局何考えてるの?」と思うことがあるかと思います。
正直いうと私にもわかりません。
どういうこと?
と思う方もいるかもしれませんが、「その時の彼」を描くと自然とそうなった。
だから私にも「その時の彼」の気持ちはわからない。
だってそもそも答えなんてないんだもの。
と言うことになります笑
周囲に対しておせっかいをして来た彼が、自分自身のことになると途端にわからなくなる。
自分の初めての感情に戸惑いながら、最後に彼がどう答えを出すのか、最後まで見届けて下さると嬉しいです。




