雛乃の夏戦争。〈前編〉
〜栞視点〜
そわそわ。
「…………」
そわそわそわ。
「…………」
今日は7月23日、水曜日。
平日です。
そして、今日は雛乃ちゃんが遊びに来ています。
先ほどから、リビングの中を行ったり来たり。
ソファに座ったかと思えば、すぐに立ち上がり、また部屋の中を歩き始めます。
ちなみに、恭佐さんはお仕事で不在です。
そうです。
今日は雛乃ちゃんのお誕生日なのです。
「かぁーーーーっ!!」
「…………!?」
突然の大声に、思わず飛び跳ねてしまいました。
「ど、どうしたの? 雛乃ちゃん……?」
「どうもこうもないよ、しおりん!」
……しおりん?
どうやら雛乃ちゃんは、恭佐さんの不在にご立腹のご様子です。
「まあまあ……お仕事ですから……」
雛乃ちゃんをなだめながら、私はお父さんのことを思い出します。
もちろん、今は気持ちの整理ができています。
けれど、やっぱり自分のお誕生日をお祝いするときに、大切な人がいないというのは寂しいものです。
ここは私が、雛乃ちゃんを精一杯おもてなししないとですね!
◇
〜雛乃視点〜
今日は私の誕生日。
そう、今日の主役は私!
そう! わたし!!
それなのに。
「かーーーーっ!!」
お兄ちゃんは普通に仕事!
なんで!!
有給取れよ!!
そんな思いが口から溢れた。
ごめんね、栞ちゃん。
驚かせてしまって。
視界の端でびくついている栞ちゃんに心の中で謝りつつ、深呼吸をした。
「ふぅーー」
「ど、どうしたの? 雛乃ちゃん……?」
「どうもこうもないよ、しおりん!」
「まあまあ……お仕事ですから……」
栞ちゃんは私をなだめようとしてくれる。
わかってる。
わかってるけど……!
解せぬ!!
「栞ちゃん……おにぃは私のこと、どーでもいいのかな?」
そんなことは思っていない。
思っていないけれど、つい口から漏れてしまった。
「大丈夫ですよ、雛乃ちゃん。恭佐さんは確かに言葉が足りないときがありますけど、ちゃんと雛乃ちゃんのこと、大切に思ってくれてますよ」
栞ちゃんに慰められる。
「雛乃ちゃんも、わかってますよね?」
……うん。
わかってる。
本気で言いたかったわけじゃない。
少しだけ、そう。少しだけ寂しかっただけなのだ。
それはそうと。
栞ちゃん、最近ちょっと変わったよね?
何が、と聞かれると難しい。
なんかこう……深みが増したというか。
以前よりも落ち着いているというか。
そう。
お母さん味が増したのだ。
お兄ちゃんと栞ちゃんの雰囲気も、なんだか熟年夫婦みたいになってきた気がする。
お兄ちゃんは相変わらず鈍感だけど。
……いや、待てよ。
もしかして、私が知らない間に何か進展が?
「雛乃ちゃん?」
「ななな、なにかな!?」
考え事をしていて、返事が遅れてしまった。
なんだろう。
笑顔が眩しいよ、栞ちゃん。
お姉ちゃん、嬉しい。
「今日のお昼は、2人でお出かけしませんか?」
これは!?
「でで、デートッ!?」
これはこれは、お兄ちゃん。
栞ちゃんからのデートのお誘い。
ふふふっ、栞ちゃんが私に惚れても知らないからね。
「そう、ですね……でーと。はい、デートですね」
ますます笑顔が尊くなった。
お兄ちゃん。
ごめん。
私のライフが先に尽きるかもしれない。
この命。
お兄ちゃんが帰還するまで持つかどうか。
相澤雛乃、人生最大のピンチかもしれないね。
ごくり。
固唾を飲み込み、栞ちゃんに向き合う。
「ふっ、不束者ですが! よろしくお願いしまーす!!」
そうして、私と栞ちゃんの夏戦争が始まった。




