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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ
過去から未来へ

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春の嵐。〈後編〉

 4月20日、日曜日。


 雛乃と連絡が取れなくなっていた。

 金曜日から実家に帰っておらず、スマートフォンの電源も入っていない。

 母さんは、てっきり俺のところに泊まっていると思っていたらしい。


 ……ったく。

 あいつ、どこで何やってんだよ。


「……恭佐さん」

「ん?」

「雛乃ちゃん、大丈夫でしょうか……」

 栞ちゃんが、不安そうに俺を見つめている。


「……そうだな」

 とはいえ、今のところ手掛かりらしい手掛かりもない。


 ……いや。

 待てよ。

「……そうだ」

「え?」

「職場だ」

「……職場、ですか?」

「ああ。もしかしたら、まだ会社にいるのかもしれない」


 今日は日曜日。

 普通なら会社は休みだろう。

 だが、何か仕事でトラブルでも起きて、帰れなくなっている可能性もある。


 俺はスマートフォンを取り出し、雛乃の勤める会社の電話番号を調べた。

 そして、発信する。


 プルルルル……。

 プルルルル……。

 ……やっぱり、誰もいないか?

 そう思ったときだった。


『……もしもし。株式会社イマニオです』

「……おい、雛乃」

『……あれ、おにぃ……?』

 ……いた。


 聞き慣れた声。

 だが、いつもの元気はまるでない。

 ひどく疲れ切った声だった。


「お前、今何して……」

『何してって……仕事だけど』

「……は?」

『……ん?』


「今日、日曜だぞ!?」

『……ああ。もう、そんなに経ってたの?』

「お前なぁ……」

 ……こりゃ、相当参ってるな。


『ごめん、おにぃ。今、それどころじゃなくて……』

 その声には、普段の雛乃らしい勢いがまったくなかった。

 どうやら、本当に逼迫した状況らしい。


「……悪い。忙しいところに電話して」

『……うん』

「でもな、せめて連絡くらいしろよ。電話も繋がらないし、母さんだって心配してたぞ」

『……ごめんて。仕事でトラブっちゃってて……』


「……わかった。せめてスマホの充電くらいしろ」

『……うん』

「あと、お前。ちゃんと休めてんのか?」


『……うん。大丈夫』


「…………」

 ……んなわけあるかよ。

 声を聞けばわかる。

 いつもの雛乃とは、明らかに違う。


「それで、あとどれくらいかかりそうなんだ?」

『んー……わっかんない。今日も帰れないかもしんない』

「……そうか」

『……うん』


「とりあえず、無理すんなよ」

『はいはい。わかったよ……まったく、うるさいなぁ、おにぃは……』

「……じゃあ、切るぞ」

『はいはい……』

「スマホ、充電しろよ!」

『はーい……』


 プツッ。

 ツー、ツー。


「…………」

 ……まったく。

 最後まで、いつものキレが戻ることはなかった。


「……恭佐さん」

 栞ちゃんが、心配そうにこちらを窺っている。

「ああ。どうやら職場にいるらしい」

「……本当ですか?」

「仕事でトラブっちゃったとか、なんとか……」


「……それは……」

 栞ちゃんが、俯いた。

 きっと、何もできない自分を歯がゆく思っているのだろう。


 ……まあ、気持ちはわかる。

 俺だって、雛乃の仕事を代わってやることはできない。

 だが。

 だからといって、何もできないわけじゃない。


「……よしっ!」

「……え?」

「栞ちゃん!」

「は、はい!」

「今日のお昼は、ハンバーグにしよう!」


「……ハンバーグ、ですか?」

 栞ちゃんが、不思議そうに首をかしげる。

「ああ。あいつ、多分ろくなもん食ってないだろうからな」


「……!」

「好きなもん食えば、少しは元気になるだろ!」

「……はいっ!」

 栞ちゃんの表情が、ぱっと明るくなった。


「私、頑張って作ります!」

「おう。俺も手伝うよ」

 そうと決まれば、話は早い。

 俺たちは、さっそくキッチンに立った。


 ◇


「……よし。こんなもんか」

「はい! たくさんできましたね!」

 テーブルの上には、出来上がったハンバーグが並んでいた。


 もちろん、雛乃の好物だ。

 ただ、今回はそれだけではない。

「……恭佐さん。こちらもできました!」

「おっ、ありがとう」


 栞ちゃんが差し出してくれたのは、大量のおにぎり。

 雛乃の話を聞く限り、職場にはまだ何人か残っているのだろう。

 だったら、ついでにそいつらの分も差し入れてやればいい。


 ……まあ、人数なんてわからんが。

 足りなければ足りないで仕方ない。

 今回は、非常食みたいなもんだ。


 栄養バランスだとか、見栄えだとか。

 そんなことを気にしている場合じゃない。

 とりあえず、うまいもんを腹いっぱい食う。

 それだけでも、多少は元気が出るだろう。

 少なくとも、俺はそう思っている。


「……よし」

「はい!」

「いっちょ、おせっかいしに行くか」

「ふふっ。そうですね!」

 そうして俺たちは、大量の食事を袋に詰め、雛乃の働く会社へと向かった。


 ◇


 会社の前に到着した俺は、スマートフォンを取り出した。

 今度は、雛乃の携帯に直接電話をかける。


 プルルルル……。

 ……おっ。

 どうやら、今度はちゃんと繋がるらしい。

 言われたとおりに充電したことは、褒めてやらねばなるまい。

 そんなことを考えていると、電話が繋がった。


『……なぁに、おにぃ……。忙しいんだってばぁ……』

 ……おお。

 ちょっと機嫌が悪いな。


 まあ、仕方ない。

 こんな状況で何度も連絡するのは、こちらとしても気が引ける。

 だが、今は許してもらおう。


「とりあえず、下りてこい」

『……えー。なんでよぉ……』

「今、栞ちゃんと下にいるから。早くしろ」

『……はぁ?』

「いいから」

『……もぉ……』

 不満そうな声を最後に、電話が切れた。

 ……ったく。

 相変わらず、返事だけは一丁前だな。


 それから数分後。

 会社のロビーから、雛乃が姿を現した。


「……おにぃ……」

「…………」

 ……うわ。

 思わず、言葉を失った。

 目の下には、くっきりとしたクマ。

 髪はぼさぼさに乱れ、足取りもどこかおぼつかない。

 普段の雛乃からは、想像もできない姿だった。


 ……あー。

 こりゃ、寝てないな。

 一目でわかった。


「……雛乃ちゃん」

「……あぁ。栞ちゃん……やっほぉ……」

「だ、大丈夫ですか……?」

「……んー。なんとかぁ……」

 ……なんとか、ねぇ。


「雛乃。お前、寝てないだろ」

「んー……寝たよ。たぶん」

「たぶん?」

「……3時間くらい?」

「……は?」

「……金曜から、合計で」

「丸2日で3時間なんて……」

 栞ちゃんが、絶句している。

 ……そりゃそうだ。

 俺だって、今すぐこいつを連れて帰りたいくらいだ。


「それで、何があったんだよ」

「……んー。ちょっと、新人くんがやらかしちゃってねー……」

「……新人?」

「……うん」


 雛乃の話を聞く限り、どうやら教育担当をしていた新人が、大きなミスをしてしまったらしい。

 取引先から受けた注文のロット数を間違えたのだという。


 それだけなら、まだよかった。

 だが、問題はその後だった。

 誤った数量のまま、後工程に関わる複数の会社へと手配が進んでしまったらしい。


 当然、影響は1社では済まない。

 しかも、運悪く週末。

 取引先の多くが休業しており、担当者に連絡がつかない。

 そのため、雛乃たちは関係各所への連絡や調整に追われ、金曜日からほとんど休めていないのだという。


「……なるほどな」

「……もういいでしょ。何しに来たの……」

「ああ、そうだったな。時間使わせて悪い」

 俺は、栞ちゃんに目配せした。


「……雛乃ちゃん」

「……ん?」

「これ、よかったら……」

 そう言って、栞ちゃんが両手に持った袋を見せる。

 俺も、持っていた袋を少し持ち上げた。


「……なに、それ?」

「ご飯です!」

「……え?」

 雛乃が、きょとんとした顔をする。

「どーせ、ろくなもん食ってないんだろ?」

「……それは……」

「だったら、とりあえず腹に入れとけ」


「……でも……」

「飯食って、少し休め」

「…………」

「そんな状態じゃ、捗るもんも捗らねーよ」


 雛乃は、しばらく黙っていた。

 そして、小さく頷いた。


「……わかった」

「わかればよろしい」

「……雛乃ちゃん」

「……なに?」

 栞ちゃんが、優しく微笑んだ。

「……待ってますからね」


「…………」

「ちゃんと、おうちに帰ってきてくださいね」

「……うん」

 雛乃が、ようやく笑った。

 ……まったく。

 心配かけやがって。


「それじゃ、俺たちはこれで……」

 そう言って、持っていた袋を差し出す。

 栞ちゃんの分も合わせて、合計4袋。


「……え?」

「ほい」

「……ちょ、ちょっと待って!?」

「……ん?」

「むりむりむり!! こんなの重くて持てないって!!」


「……あー」

 ……確かに。

 今の雛乃に、これを全部持たせるのは酷か。


「仕方のないやつだな」

「……誰のせいよぉ……」

「じゃあ、中まで運ぶか」

「……え?」

「部外者だから、置いたらすぐ帰るぞ」

「……うん」

 そうして俺たちは、雛乃の案内でオフィスへと向かった。


 ◇


「…………」

 ……なんだ、ここ。

 オフィスの中を見渡した俺は、思わず言葉を失った。


 机に突っ伏している社員。

 虚ろな目でパソコンを見つめる社員。

 椅子に座ったまま、微動だにしない社員。

 ……おいおい。

 ゾンビ映画でも見てる気分だぞ。


「……雛乃」

「……なぁに?」

「お前ら、本当に大丈夫か?」

「……大丈夫じゃないかもぉ……」

 ……だろうな。


「あの、皆さん!」

 栞ちゃんが、おずおずと声を上げた。

「よかったら、お食事を……」


「…………」

「……食事?」

 どこからともなく、かすれた声が聞こえた。


「……おにぎり、ありますよ」

「…………」

「……おにぎり?」

 ……おっ。

 反応した。


「ハンバーグもあるぞー」

「…………」

「……肉?」

 ……おい。

 こっち見んな。


「……ご飯……?」

「……米……?」

「……にく……?」

 ……やべぇ。

 本当にゾンビじゃねーか。


「……あ、あの。皆さんでどうぞ!」

 栞ちゃんが袋を開けると、社員たちがゆっくりと集まってきた。


「……2日ぶりの米……」

「……肉、うめぇ……」

「……かゆ……うま……」


 ……ん?

 今、なんか危ないやつが混じってなかったか?


「栞ちゃん」

「はい?」

「そろそろ帰ろうか」

「……え?」

「ここ、長居すると危ない気がする」

「……?」

 ……いや。

 深く考えないほうがいい。

 あとは雛乃がなんとかするだろう。

 俺たちは、社員たちに軽く挨拶をして、オフィスを後にした。


 すると。

「お兄ちゃん! 栞ちゃん!」

 背後から、雛乃の声が聞こえた。

 振り返ると、雛乃がこちらに手を振っている。


「今日のご飯は、カレーが食べたいなー!!」

「……!」

 栞ちゃんが、嬉しそうに笑う。

「任せてください!」

「早く帰ってこないと、俺が全部食っちまうからな!」

「それはダメー!!」


 ……おっ。

 少しは元気が戻ったみたいだな。

 俺たちは、笑いながら会社を後にした。


 ◇


 会社の外へ出たところで、1人の青年と鉢合わせた。

「……あっ、あの!」

「……ん?」

 ……誰だ?

 見覚えのない青年だった。

 年齢は、20代前半くらいだろうか。


「雛乃先輩のお兄さん、ですよね?」

「……ああ。そうだけど」

「す、すみません! 申し遅れました!」

 青年は、慌てて頭を下げた。

「雛乃先輩の部下の、大野と申します!」


「……大野くん?」

「はい!」

 ……なるほど。

 さっき雛乃が言っていた新人くんか。


「それで、俺に何か用かな?」

「……その……」

 大野くんは、俯いた。

「……雛乃先輩、俺がミスした責任を取って、今も働いてて……」


「……うん」

「俺も手伝うって言ったんですけど、先輩が……」

「……先輩が?」

「『あんたが倒れても困るから、休んどけ』って……」


「…………」


「でも、俺……俺のせいで、みんなが……!」


 ……なるほどな。

 どうやら、相当参っているらしい。

 話があっちこっちに飛んで、本人も何を言いたいのかわからなくなっているようだった。


「……大野くん、だっけ?」

「……はい」

「とりあえず、落ち着け」

「……は、はい!」

「……今回の件、雛乃から少し聞いたよ」

「…………」


「確かに、最初にミスをしたのは君かもしれない」

「……はい」

「でもな、君が提出したものを確認するのも、教育担当の仕事だろ?」

「…………」


「部下の責任は全部上司の責任、とまでは言わないけどさ。確認を怠った雛乃にも、責任はある」

「……はい……」

「だからって、君が何も反省しなくていいって話じゃないぞ?」

「……はい!」

「ただ、いつまでもくよくよしてても仕方ないだろ」

「…………」

 俺は、少しだけ笑った。


「……それで、君はどうしたいんだ?」

「……え?」

「雛乃に申し訳ないって思ってるのは、よくわかった」

「…………」

「そのうえで、どうしたい?」

 大野くんは、しばらく黙っていた。


 そして。

「……少しでも、先輩の力になりたいです!」

「……そっか」

「はい!」

「だったら、そう伝えてやれ」

「……え?」

「俺じゃなくて、雛乃本人にな」

「…………」


「その気持ちが本物なら、きっと伝わるよ」

「……はいっ!」

 ……うん。

 いい返事だ。


「ああ、それと」

「……はい?」

「そこのコンビニで、プリンでも買っていくといいぞ」


「……はぁ?」

 大野くんが、ぽかんとした顔をした。

「……プリン、ですか?」

「ああ。あいつ、甘いもん好きだからな」

「……は、はぁ……」


「まあ、騙されたと思って買ってみな」

「……わ、わかりました!」

 大野くんは、深々と頭を下げた。


「ありがとうございました!」

 そして、慌ただしく走り去っていった。

 ……おいおい。

 ちゃんと前見て走れよ。


「くすくす」

「……ん?」

 隣を見ると、栞ちゃんが笑っていた。

「どうした?」

「……いえ。恭佐さん、先輩みたいで頼もしいですね」

「……そうか?」

「はい!」


 ……まあ。

 あんな感じの部下なら、俺も何人か抱えているからな。


「でも、いい後輩じゃないか」

「……そうですね」

「自分のミスを反省して、雛乃の力になりたいって言ってくれるんだろ?」

「……はい」

「それだけ、雛乃が慕われてるってことだ」


「……!」

「ちゃんと、先輩やれてる証拠だろ」

「……ですね!」

「さて。俺たちも帰ろうか」

「はい! 晩ご飯の買い出しもしないとですね」

「ああ」

 ……今日はカレーか。

 雛乃のやつ、何時に帰ってくるんだろうな。


 ◇


 〜雛乃視点〜


 ……あーあ。

 お兄ちゃんにも、お母さんにも、栞ちゃんにも。

 心配かけちゃったなぁ……。


 まったく。

 何やってんだか、私。

 お兄ちゃんたちが持ってきてくれたハンバーグを口に運ぶ。


 ……うま。

 思わず、頬が緩んだ。

 ……そういえば。

 ちゃんとしたご飯を食べたの、いつぶりだろ。

 ぼんやりと、ここまでの出来事を思い返す。


 ◇


 最初は、ほんの小さな油断だった。

 大野くんが提出してきた書類。

 私は、それをきちんと確認しなかった。

「確認した?」

 そう聞いただけ。


 自分の目では、確かめなかった。

 いつもなら、ちゃんとやっていたこと。

 新人に仕事を任せて、2週間。

 大野くんは、これまで問題なく仕事をこなしていた。

 だから、つい。

 ……大丈夫だろうって。

 そう思ってしまった。


 その結果が、今回の大騒ぎだ。

 取引先からの注文数量を間違え、そのまま複数の会社へと手配が進んでしまった。

 当然、あちこちに影響が出る。

 しかも、週末。

 連絡のつかない取引先も多く、対応は難航した。


 ……最悪だ。

 でも。

 職場のみんなは、優しかった。

 誰1人として、私と大野くんを責めなかった。

 それぞれが、今できることを考えて動いてくれた。


 そして。

「……すみません……」

 青ざめた顔で立ち尽くす大野くんに、私は声をかけた。

「ほら。ぼーっとしない」

「先輩……」

「今は、やれることをやるしかないでしょ」


「……でも」

「謝るのは、その後!」

「…………」

「私も一緒に行くから。ほら、取引先に行くよ!」

「……はいっ!」

 そうして私たちは、あちこちを駆けずり回った。


 電話をかけて。

 頭を下げて。

 状況を確認して。

 また、電話をかける。

 気がつけば、土曜日も終わろうとしていた。

 ……そのときだった。


 ゴンッ!

「……っ!?」

 大きな音に、思わず振り返る。

 そこには、デスクに頭をぶつけた大野くんの姿があった。


「大野くん!?」

「……あ、すみません……」

「……大丈夫?」

「はい。ちょっと、眠くて……」

 ……そりゃそうだ。

 金曜日から、まともに休んでいないんだから。

 彼も、もう限界だろう。


「大野くん」

「……はい」

「今日は、もう帰りな」

「……え?」

「ちゃんと寝て。ゆっくり休んで」


「……でも、雛乃先輩たちは……」

「君が倒れたら、私が困るの」

「…………」

「それに、月曜日からも仕事はあるんだから」

「……はい」

「今日はもう帰って、元気に月曜日を迎えること。いい?」


「……でも……」

「……いい?」

「……はい」

 大野くんは、申し訳なさそうに頭を下げた。


「……では、お先に失礼します」

「うん。お疲れさま」

 そうして、彼を帰した。


 ……まあ。

 本当は、私も帰りたかった。

 でも。

 自分が確認していれば、防げたかもしれないミスだ。

 だったら、最後までやれることをやるしかない。


 ……そう思っていた。


 ◇


「……先輩」

「…………」

「……先輩!!」

「……っ!?」

 不意に声をかけられ、意識が現実へと引き戻された。


 顔を上げる。

 そこには、昨日帰宅させたはずの大野くんが立っていた。


「……あれ? どしたの?」

「先輩! やっぱり俺、手伝います!!」

「…………」

 ……おいおい。

 せっかく帰したのに。


「……いや、でも」

「ちゃんと寝てきました!」

「……そうなの?」

「はい!」

 ……まったく。

 元気なやつだなぁ。


「……それと、これ!」

「……ん?」

 大野くんが、コンビニの袋を差し出してきた。

「……なに?」

「よかったら!」


 受け取って、中を覗く。

 そこには。

「……プリン?」

 私の好きなプリンが入っていた。


「……どしたの、これ?」

 思わず、笑いがこぼれる。

「その、さっき……」

「……ん?」

「先輩のお兄さんに、会ったんです」


「…………」

 ……あー。

 なるほど。


「先輩のお兄さん、かっこよかったっす!」

「…………」

 ……そっか。

 そゆことか。

 まったく。

 困ったお兄ちゃんだなぁ。


「……私のお兄ちゃんだからね」


 私は、少しだけ胸を張った。


「当然でしょ!」

「はいっ!」

 大野くんが、嬉しそうに笑った。


 ……さて。

 こうなったら、私も負けてらんないね。


「……それじゃ!」

「……はい!」

「さっさと片付けて、早く帰るよ!」

「はいっ!!」


 ……まったく。

 燃えちゃって。

 こりゃ、私も頑張んないとじゃない。

 そうして。

 お兄ちゃんたちの差し入れと、大野くんの助けもあって。

 少しずつ、職場に活気が戻っていった。


 ……そして。

 なんとか、終電のある時間には一区切りをつけることができたのでした。


 ◇


 〜恭佐視点〜

「ただいまぁ……」

 時刻は、日付が変わる少し前。

 玄関から、聞き慣れた声がした。


「おう。お疲れさん」

 俺は、玄関へと向かった。

 そこには。

「…………」

 ……ゾンビがいた。


 いや。

 正確には、雛乃だった。

「づぅがれだぁー……」

「……お、おう」

 ふらふらと、今にも倒れそうな雛乃。

 慌てて、その体を支える。


「お疲れ。よく頑張ったな」

「お兄ちゃん……」

「……ん?」

「私、頑張ったよ……」

「……お、おう」

 ……なんだよ。

 そんな顔すんなって。


「……ああ。よく頑張った」

 そう言って、軽く頭を撫でてやる。

 すると。

「栞ちゃーん!!」

「は、はいっ!?」

 俺の一歩後ろで、優しく微笑んでいた栞ちゃん。

 その姿を見つけた雛乃が、両手を広げた。


「ぎゅーしてー!!」

「……えっ!?」

「おい、雛乃。今は……」

「えー!? なんでよ!? いいじゃん!!」


「…………」

 栞ちゃんが、必死に首を横に振っている。

 あー。

 まぁそうだよな。


「……雛乃」

「……なぁに?」

「とりあえず、その……」

「……ん?」

「……風呂、入ってこい?」


「…………」

「……え?」

 雛乃が、固まった。

「……あの、お風呂はもう沸いてますので……」

 栞ちゃんが、引きつった笑顔で付け加える。

 ……うん。

 そういうことだ。


「もしかして」

「……ん?」

「……臭う?」

「…………」

 俺は、そっと視線を逸らした。


「……まあ」

「……えっ。なに、マジ?」

「……ああ。マジ」

「うっそ! 本当!?」


 雛乃は、慌てて自分の髪を一房つまんだ。

 そして、鼻に近づける。

「…………」

 くんくん。

「…………」

「うーわっ」

 真顔になった。


「……マジやん」

「……だろ?」

「…………」

「とりあえず、風呂入れ?」


「……おにぃ」

「なんだ?」

 雛乃が、急に姿勢を正した。

 そして。


「ご飯にする?」

「…………」

「お風呂にする?」

「…………」

「それともぉ……♡」

「風呂で頼む!!」

「んだよぉ、もう!!」

 雛乃が、頬を膨らませた。


「乙女心はズタボロだよ、ちくしょー!!」

 ……すまんな。

 さすがに、丸3日近く走り回って風呂なしは……な?


 そうして雛乃は、ぶつぶつ文句を言いながら浴室へと向かった。

 やれやれ。

 ようやく静かになったか。


「おにぃーーーー!!」

 ……おい。

「なんだよ!」

「ヤッベェ!! 泡立たねぇ!!」

「汚ねぇな!! んな実況すんな!!」


 ったく。

 乙女心、どこ行ったんだよ。


「おにぃーーーー!!」

「今度はなんだ!?」

「ヤッベェ!! 3回目でようやく泡立った!! うひょぉー!!」


「いちいち報告すんな!!」

 ……まったく。

 どこまで騒がしいんだ、あいつは。

「……ふふっ」

 隣で、栞ちゃんが笑っていた。

「賑やかですね」

「……ああ」

 本当にな。


 ここ数日、いろいろなことがあった。

 栞ちゃんのお父さんに会って。

 そして、栞ちゃんは自分の過去と向き合うことを決めた。


 雛乃もまた、仕事で大きな失敗を経験した。

 それでも、部下を守り、最後まで責任を果たそうとしていた。

 ……あいつも、成長してるんだな。

 そう思うと、少しだけ感慨深い。


 ……じゃあ。

 俺は、どうなんだろう。

 7年前の、あの日から。

 俺は何か、変われているのだろうか。


 ……いや。

 少なくとも、昔のままではないはずだ。

 仕事も覚えた。

 後輩もできた。

 それなりに、責任ある立場にもなった。

 ……けど。

 本当に、大切なところはどうなんだろうな。


「……恭佐さん?」

「……ん?」

 ふと、顔を上げる。

「どうかしましたか?」

 栞ちゃんが、俺の顔を覗き込んでいた。


「……っ」

 思いのほか、距離が近い。

 柔らかな髪が揺れ、ふわりと甘い香りがした。

 ドクン。

 ドクン。


「……恭佐さん?」

「……いや。何でもないよ」

 そう答えながら、俺は小さく笑った。


 周りのみんなが、少しずつ成長している中。

 俺は、いまだに。

 この胸の高鳴りが何なのか、わからないでいた。




はい。

本日も読んで下さりありがとうございました。

少し長くなってしまいましたね。


本当は15〜20話くらいで書きたかったお話だったのですが、色々あってこんなタイミングでの投稿となりました。


少しずつ成長していく彼らを最後まで見届けて下さると幸いです。


続きを追って下さる方は是非、ブックマークや評価、感想などで応援して下さると嬉しいです。



あっ衝動的に書いた短編ホラー良かったら読んでみて下さい。

 

それではまた明日。


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