↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/47

母の日記。

 

 〜栞視点〜


 最初の頁には、1枚の写真が貼られていました。

 小さな赤ちゃんを抱いた、お母さん。

 その隣には、今よりずっと若いお父さんが、少し照れくさそうに笑っています。


 写真の下には、見慣れた母の文字が綴られていました。


『栞が生まれた日』


 私は、そっと頁をめくりました。


     ◇


 今日、栞が生まれました。

 元気な女の子です。


 お父さんったら、仕事を途中で切り上げて病院まで飛んできたんだから。

 美麗のときは海外出張で、出産に立ち会えなかったものね。

 その分、今回は張り切ってしまったみたい。


 抱っこする手が震えていて、見ているこっちが心配になっちゃった。

 でも、あんなに嬉しそうな顔をするあなたを見るのは、久しぶりだったわ。

 これから4人で、幸せな家庭を築いていきましょうね。


     ◇


 栞が初めておしゃべりしました。

 最初の言葉は、なんと「まんま」。

 お父さんは「パパじゃないのか」と、少し残念そう。


 ふふ。

 そんなに落ち込まなくてもいいじゃない。

 次はきっと、パパって呼んでくれるわよ。


     ◇


 栞が初めて立ちました。

 まだ足元がおぼつかなくて、すぐに尻もちをついてしまうけれど。

 それでも、何度も立ち上がろうとするの。


 お父さんは、その姿をずっとビデオに撮っていました。

 もう、そんなに撮ってどうするのかしら。


     ◇


 栞が歩きました。

 小さな足で、一歩、また一歩。


 お父さんのところまで歩いていったの。

 お父さんったら、嬉しくて泣いちゃった。

 本人は目にゴミが入ったなんて言っていたけれど。


 ふふ。

 そんなわけないでしょう?


     ◇


 栞が保育園に入園しました。


 初めての集団生活。

 泣いてしまわないか心配だったけれど、どうやら私の取り越し苦労だったみたい。


 お姉ちゃんの美麗と一緒に、元気いっぱい。

 お迎えに行くと、今日あった出来事を一生懸命に話してくれるの。

 お父さんにも聞かせてあげたいな。


     ◇


 栞が小学校に入学しました。

 少し大きなランドセルを背負って、嬉しそうに笑う栞。


 お父さんも今日はお休みを取ってくれました。

 久しぶりの家族写真。

 4人で並んで撮った写真は、私の宝物です。


     ◇


 最近、お父さんの仕事が忙しいみたい。

 帰ってくる時間も、少しずつ遅くなってきました。


 美麗は新しい洋服を買ってもらって大喜び。

 でも、ちょっと物を与えすぎじゃないかしら?

 このままじゃ、わがままな子になっちゃうわよ。


 栞は、そんなことないみたいだけれど。

 欲しいものはないのかと聞いても、首を横に振るばかり。


 ……本当に、ないのかしら?


     ◇


 久しぶりに家族でお出かけする予定だったのに。

 お父さんに急なお仕事が入ってしまった。

 美麗は怒っていたけれど、栞は何も言いませんでした。


「お父さん、お仕事だから」

 そう言って笑う栞。

 ……本当に、いいの?


     ◇


 最近、家族みんなで写真を撮る機会が減ってきちゃったな。


 アルバムを見返してみると、私と娘たちの写真ばかり。


 お父さんも忙しいのは分かるけれど。

 たまには、一緒に過ごしてほしいな。


     ◇


 栞が中学生になりました。

 制服姿がとっても似合っています。

 お父さんにも見せてあげたかったのだけれど、今日はどうしても外せない仕事があったみたい。


 残念ね。


 最近、栞の口からお父さんの話を聞くことが少なくなりました。

 昔はあんなに「パパ、パパ」って言っていたのに。


 ……いつからだったかしら。


     ◇


 お父さんに、家族で旅行でもしないかと相談しました。

 でも、仕事が忙しいから難しいみたい。


「栞なら大丈夫だろう。それより、お前の身体のほうが心配だ」

 そう言われちゃった。


 確かに、最近は体調があまりよくなかったから。


 でも。

 栞が大丈夫かどうかは、栞が決めることじゃないかしら。


     ◇


 入院することになりました。

 しばらくは家に帰れないみたい。


 私の分まで栞は、家のことを頑張ってくれているみたい。


 お父さんも忙しいのに。


 ……栞。

 家のことを全部任せてしまって、ごめんなさい。


     ◇


 最近、栞がよく笑うようになりました。

 何かいいことでもあったのかしら?


 聞いてみても、教えてくれないの。

 でも、どうやら何か目標ができたみたい。


 勉強も、今まで以上に頑張っている。


 ふふ。


 好きな人でもできたのかしら?


 ……お父さん。

 栞と、ちゃんとお話しできている?


     ◇


 今日は、栞の元気がありませんでした。

 どうしたのかと尋ねても、


「大丈夫」


 それだけ。


 何度聞いても、同じ答え。

 昔は何でも話してくれたのに。

 私の身体が元気だったら、もっと一緒にいてあげられるのに。


 こんなときばかりは、自分の病気が恨めしくなります。


 お父さん。

 どうか、栞を支えてあげて。


     ◇


 栞が中学校を卒業しました。


 おめでとう。


 卒業式に行ってあげられなくて、ごめんなさい。

 見せてくれた写真には、少し大人びた栞が写っていました。


 とっても綺麗になったわね。

 お母さん、嬉しいな。


     ◇


 栞が高校生になりました。

 特待生として入学したそうです。


 本当にすごいこと。

 きっと、たくさん努力したのでしょうね。

 お母さん、とっても誇らしいわ。


 でも。


 今日、病室に来てくれた栞の顔を見て、少しだけ不安になりました。


 あんなに頑張って。

 あんなに無理をして。


 ……栞。

 あなたは、本当に大丈夫なの?


     ◇


 栞がアルバイトを始めたみたい。

 最近は、お見舞いに来る回数が少しだけ減りました。


 それは、別にいいの。


 高校生なんだから、お友達と遊んだり、自分の好きなことをしたりしてほしいもの。


 でも、今日。

 帰り際に、栞が小さく呟いたの。


「……大丈夫」


 何が大丈夫なの?

 誰に言った言葉なの?


 聞こうとしたときには、もう病室を出ていました。

 ……なんだか、怖くなってしまいました。


     ◇


 今日は、お父さんがお見舞いに来てくれました。

 でも、私は少しきついことを言ってしまったかも。


 病気がよくなる兆しも見えなくて。

 栞のことも心配で。

 つい、不安をぶつけてしまったの。


 お父さんは、

「すまない」

 それだけを言いました。


 ……ああ。


 この人は、分かっていないのね。

 栞が何を考えているのか。

 どんな思いで毎日を過ごしているのか。


 きっと、知らないのでしょう。


     ◇


 ふと、昔のことを思い出しました。

 お父さんとは、幼馴染でした。

 子どもの頃は、よく一緒に遊んだ。


 お互い、お小遣いなんてほとんどなくて。


 駄菓子屋さんで100円を握りしめて、どちらが上手に使えるか競争していました。


 ふふ。

 懐かしいな。


 高校生になる頃、お父さんのご両親は離婚してしまいました。

 もともと裕福ではなかったけれど、そこからはもっと大変だったみたい。


 そんなある日、彼は私に言いました。


『将来、家族には絶対にお金で苦労させない』


 それから、本当に一生懸命に勉強して。

 努力して。

 今の会社に入ったのです。


 ……そういえば。

 あの頃のお父さんの姿は、高校受験を頑張っていた栞に、どこか似ていた気がします。


     ◇


 私は、仕事を頑張る彼が好きでした。


 もちろん、仕事だけじゃなくて。

 私のことも、娘たちのことも、大切にしてくれていたと思います。


 でも。

 いつからだったのでしょう。

 少しずつ、家族と過ごす時間が減っていきました。


 その代わりに、たくさんのものを買ってくれるようになりました。


 美麗は喜びました。


 栞も、最初は嬉しそうでした。

 でも、小学生になる頃には、あまり喜ばなくなっていました。


『いらない』

『欲しくない』

『お母さんとご飯が食べたい』


 ……そうよね。

 栞が欲しかったのは、きっとそういうことだったのよね。


 いつも一緒にいたはずなのに。

 分かっていたはずなのに。

 ごめんなさい。


 ……どこで、間違えちゃったのかな。


     ◇


 栞が大学生になりました。

 制服姿も可愛かったけれど、私服姿もとっても綺麗。


 いつの間にか、こんなに大きくなっていたのね。


 でも。

 今日の栞を見て、なぜだか胸が苦しくなりました。


 まるで、今にも消えてしまいそうな。

 そんな気がしたのです。


 ……栞。

 お母さん、あなたが心配です。


     ◇


 今日は、お父さんがお見舞いに来てくれました。

 でも、なんだかいつもと違う匂いがします。


 甘い香り。

 ……女性ものの香水?


 もう。

 妻が入院しているというのに、いったい何をしているのかしら。


 ちょっと意地悪を言ってしまいました。


「あらあら。妻を置いて、若い子とデートかしら?」


 お父さんったら、真っ青になってしまって。

 そして、慌てて事情を話し始めたの。

 どうやら、娘たちのことが分からなくなって、上司に相談したみたい。


 そうしたら、


『若い女の子のことが分からないなら、そういう子がいる店に行けばいい』


 なんて言われたそうです。

 それで、キャバクラに連れていかれたんですって。


 ……もう!

 思わず笑っちゃったじゃない。

 昔から、本当に女心の分からない人。


 よりによって、夜のお店でお勉強だなんて。

 そんなことを言われたら、担当してくれた女の子だって困っちゃうでしょう?


 だから、言ってあげたの。


「そんなところに行くくらいなら、せめて職場の若い人に相談してみたら?」


 そうしたら、お父さんったら真剣な顔で頷くんだから。


 ……ふふ。

 本当に、不器用な人ね。


 でもね。

 お父さん。

 言葉だけじゃないの。

 一緒にいてあげて。


 ただ、それだけでいいのよ。


 お父さんは、何度も何度も頭を下げていました。


     ◇


 仕事とお金で、変わってしまった彼。

 でも、きっと本質は昔から変わっていないのでしょう。


 まっすぐすぎて。

 不器用で。

 何かを守ろうとすると、そればかりになってしまう人。


 もし、私が元気で隣にいられたなら。

 もう少し、違っていたのかしら。


 ……一緒にいてあげて。


 自分で言った言葉なのに。

 どうして、こんなに胸が苦しいのでしょう。


 家族と一緒にいてあげられなかった私。

 栞のそばにいてあげられなかった私。


 ……ごめんなさい。


     ◇


 最近、身体の調子がどんどん悪くなってきました。


 ああ。

 そろそろなのかしら。


 不思議ね。

 自分のことなのに、思っていたほど怖くありません。


 ただ。

 家族を残していくことだけが、心残りです。

 だから、今のうちに。

 みんなに、少しだけ言葉を残しておこうと思います。


 いつか、読んでくれる日が来るかもしれないから。


     ◇


 お父さんへ。


 あなたは本当に不器用で、どうしようもない人でした。

 でも、家族のために必死に働くあなたの姿は、昔からずっとかっこよかったわ。


 あの頃、駄菓子屋さんで100円を握りしめていた男の子が、こんなに立派になるなんてね。


 あなたなら、きっと分かると思うわ。

 愛しています。


     ◇


 栞へ。


 中学校の卒業式。

 高校の入学式も、卒業式も。

 そして、これから迎える成人式も。

 一緒に行ってあげられなくて、ごめんなさい。


 きっと、寂しい思いをたくさんさせてしまったよね。

 ダメなお母さんで、ごめんなさい。

 不器用なお父さんを、いつか許してあげてくれると嬉しいな。


 でも、何より。

 あなたには、幸せになってほしいの。

 あなたが幸せそうに笑う姿を、もっとたくさん見たかった。


 いつか、素敵な人と出会って。

 ウェディングドレスを着たあなたと、一緒に写真を撮りたかったなぁ。


 ……ごめんね、栞。


     ◇


 美麗へ。


 そこから先は、文字が滲んでいました。

 水でもこぼしてしまったのでしょうか。

 何度目を凝らしても、読むことはできませんでした。


 そして。

 日記は、そこで終わっていました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。