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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


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訪れは春と共に。後編

「ただいまー」

 玄関の扉を開けると、なぜか栞ちゃんと雛乃が並んで立っていた。


「「おかえりなさい!」」

「……なんだ、お前ら」

 随分と元気なお出迎えだな。


「ふっふっふっ。おにぃ、今日は何の日でしょう!」

「……水曜日?」

「曜日を聞いてんじゃねーよ!!」


「いや、知らんがな」

 雛乃が大げさにため息をつく。


「まったく、これだからおにぃは……」

「恭佐さん」

 隣に立つ栞ちゃんが、少し照れくさそうに微笑んだ。


「お誕生日、おめでとうございます」

「……誕生日?」

 そう言われて、ようやく思い出した。

 そういえば、今日は4月2日だったな。


「……ああ、そうだったか」

「忘れてたんかい!!」

「いや、別に毎年何かするわけでもないしな」

 自分の誕生日をわざわざ誰かに知らせることもない。

 だから、今日も普通に仕事をして帰ってきたわけだが。


「もう! せっかくヒナたちが準備したのに!」

「……準備?」

「そう! 今日は朝から栞ちゃんと頑張ったんだから!」


「……朝から?」

 俺は雛乃を見た。

「お前、今日仕事は?」

「有給!」


「……お前はまた、有給か」

「もらえるもんは使う!」

 雛乃が得意げに胸を張った。

 職場の皆様、いつも本当にすみません。


「ドヤッ!」

「ドヤッ、じゃねーよ」

「労働者の正当な権利ですぅ!」

「それはそうなんだが、使い方が毎回おかしくないか?」


「おにぃの誕生日より大切な仕事なんてないもん!」

「……お前なぁ」

 そう言いかけて、俺は口を閉じた。

 ……まったく。

 そういうことを平然と言うから、怒るに怒れない。


「ふふっ。恭佐さん、今日は私たちにお任せください」

 栞ちゃんが楽しそうに笑った。


「……そっか。じゃあ、今日はお言葉に甘えるかな」

「はい!」

「よーし! それじゃあ、主役のご入場でーす!」


 雛乃が勢いよくリビングの扉を開けた。

 ……なんだ、そのテンションは。

 そう思いながら中へ入った俺は、思わず足を止めた。


「……おお」

 テーブルいっぱいに、料理が並んでいた。

 色鮮やかなサラダに、温かなスープ。

 焼き色のついた肉料理に、いくつもの小鉢。

 中央には、見るからに手間のかかっていそうな料理まで置かれている。


「……すごいな、これ」

「えへへ。栞ちゃんと頑張ったんだよ!」

「全部、手作りなんです」

「マジか……」

 これだけの料理を用意するとなると、相当時間がかかっただろう。

 朝、栞ちゃんがやけに気合いを入れていた理由がようやくわかった。


「……ありがとう、栞ちゃん大変だったでしょ?」

 主に雛乃の面倒見るの大変だったろう。

 心の底から労いを送る。


「えへへー! ってあれ?栞ちゃん? 私は?」

「いえ、喜んでいただけたなら、嬉しいです」

 ……いや、本当に。

 まさか、自分の誕生日にこんなご馳走が待っているとは思わなかった。


「まぁいいや! ささっ! おにぃ、座って座って!」

「はいはい」

 促されるまま椅子に腰掛ける。

 そして、改めて料理を見渡した。


 ……ん?

 ふと、ひとつの皿が目に留まる。

 ほかの料理と比べて、少しばかり形が不揃いな料理。


「……雛乃」

「ん?」

「これ、お前が作ったのか?」

「そうだよ!」

 満面の笑み。

 ……そうか。

 俺は静かに箸を置いた。


「おにぃ?」

「……いや」

 落ち着け、俺。

 今日は誕生日だ。

 せっかく作ってくれた料理に、失礼な態度を取るわけにはいかない。


 それに、前回のバレンタインでは、とんでもないチョコレートを食わされたとはいえ……。

 今回は栞ちゃんも一緒に作っている。

 きっと大丈夫だ。

 ……大丈夫だよな?


「……おにぃ、なんでそんなに警戒してるの?」

「いや、別に」

「絶対警戒してるじゃん!」

「前科があるからな」

「チョコの話はもうやめてよ!!」

 ……自覚はあるらしい。


「ふふっ。大丈夫ですよ、恭佐さん」

 栞ちゃんが微笑む。

「今日は私も一緒に味見しましたから」


「……それを聞いて安心した」

「おにぃ!? ヒナへの信用なさすぎない!?」

「信用は積み重ねだからな」

「ひどい!!」

 そんなやり取りをしながら、俺は恐る恐る料理を口に運んだ。


「…………」

「ど、どう?」

 雛乃が不安そうに顔を覗き込んでくる。

 ゆっくりと噛みしめる。

 ……うん。


「……美味い」

「……え?」

「普通に美味いぞ、これ」

「ほんと!?」

「ああ。ちゃんと美味い」


「やったぁぁぁ!!」

 雛乃が両手を上げて喜んだ。

 ……おいおい。

 そこまで喜ばれると、今までどれだけ失敗してきたのか心配になるんだが。


「栞ちゃん! ヒナ、やったよ!」

「はい! 頑張りましたね、雛乃ちゃん」

「えへへへ!」

 まるで初めて料理に成功した子供のようだ。

 ……まあ、実際そんな感じなのかもしれない。

 それにしても。


「……ありがとな、雛乃」

「……ん?」

「わざわざ休みまで取って、作ってくれたんだろ?」


「…………」

 雛乃が一瞬、きょとんとした。

 そして、にへらと笑う。

「……えへへ。どういたしまして!」

 ……まったく。

 こういうところは、昔から変わらないな。


 ♢


 食事を終えた頃には、すっかり腹が満たされていた。

「……ごちそうさま。本当に美味かったよ」


「よかったです!」

「ふっふっふっ。だが、おにぃ!」

「……なんだよ」

「まだ終わりではないのだよ!」

 雛乃が得意げに人差し指を立てる。


「……まさか」

「そのまさか!」

 栞ちゃんが冷蔵庫から取り出してきたのは、大きな箱だった。

 そして、テーブルに置かれたのは。

「……ケーキ?」

「はい!」

「じゃじゃーん! バースデーケーキでーす!」


 白いクリームに、色とりどりの苺。

 中央には、チョコレートのプレートが飾られている。


『恭佐さん お誕生日おめでとう!』


 ……なるほど。

 これはまた、ずいぶんと豪華だな。


「これも2人で?」

「はい。デコレーションは雛乃ちゃんと一緒に頑張りました」


「ちなみに、スポンジはお店で買いました!」

「そこは正直なんだな」

「だって、失敗したら大変じゃん!」

「……賢明な判断だ」

「なんか褒められてる気がしない!」

 雛乃が頬を膨らませる。

 ……いや、今回は本当に褒めてるんだけどな。


「それじゃ、ロウソクつけるね!」

「……何本立てる気だ?」

「もちろん、年齢の数だけ!」

「やめろ。ケーキが火事になる」

「和にぃ来るかな?」

「こんな事で兄貴を呼ぶな!」

「ふふっ」


 結局、ロウソクは数字の形をしたものだけになった。

 部屋の照明が落とされる。

 小さな炎が揺れる中、2人が声を揃えた。


「「ハッピーバースデー!」」


 ……なんだか、照れくさいな。

 別に、自分の誕生日なんて大したことじゃないと思っていた。

 けれど。

 こうして誰かが祝ってくれるというのは、案外悪くない。

 俺は小さく息を吹きかけ、ロウソクの火を消した。


「おめでとー! おにぃ!」

「お誕生日、おめでとうございます。恭佐さん」

「……ありがとな」

 自然と、頬が緩んだ。


 ♢


「さてさて!」

 ケーキを食べ終えたところで、雛乃が勢いよく立ち上がった。


「ここからは、お待ちかねのプレゼントターイム!」

「……まだあるのか?」

「当然!」

「いや、もう十分なんだけどな」

「だーめ! ちゃんと受け取って!」

 そう言って、雛乃が栞ちゃんに目配せする。


「あの……恭佐さん」

「ん?」

 栞ちゃんが、小さな紙袋を差し出してきた。

「これ、私からです」

「……俺に?」

「はい。あまり高価なものは用意できませんでしたが……」

 少し不安そうに、俺の顔を見上げる。


「そんなの気にしなくていいよ」

 俺は紙袋を受け取った。

「ありがとう。開けてもいい?」

「はい!」


 中から取り出したのは、細長い箱だった。

 蓋を開ける。


「……ネクタイ?」

「はい!」

 落ち着いた色合いのネクタイ。

 そして、その隣にはシンプルなネクタイピンが収められていた。


「恭佐さん、いつもお仕事で使われていますから……」

「……そっか」

「その……気に入っていただけると嬉しいです」

 栞ちゃんが、少し緊張した様子でこちらを見ている。


「以前、ネクタイがほつれて来たっておっしゃってましたので」

 ……なるほどな。


「もちろん、大事に使わせてもらうよ」

「……はい!」

 栞ちゃんの表情が、ぱっと明るくなった。


 ……まったく。

 そんなに嬉しそうにされると、こっちまで嬉しくなる。


「ふっふっふっ」

 すると、隣で雛乃が不敵に笑い始めた。


「……なんだよ」

「おにぃ。栞ちゃんのプレゼントで満足してる場合じゃないよ?」


……嫌な予感がする。


「ヒナからもあるんだから!」

「……そうか」

「なんでそんなに警戒してるの!?」

「日頃の行いだな」

「ひどい!!見られてなくても赤信号はちゃんと止まってるのに!!」

 そう言いながら、雛乃は大きめの紙袋を差し出してきた。


「はい! おにぃ、お誕生日おめでとう!」

「……ありがとな」

 受け取ってみると、ずしりと重い。


「……なんだ、これ」

「開けてみて!」

 言われるまま袋を覗く。

 中には、3冊の本が入っていた。


「……本?」

「そう! おにぃにぴったりの本を選んできたんだよ!」

「……ほう」

 雛乃よ、俺は本には五月蝿いぞ?


 まず、1冊目を取り出す。

『アンガーマネジメント』

「…………」


 続いて、2冊目。

『怒りをコントロールするには?』

「…………」


 そして、3冊目。

『妹が大大大好きなお兄ちゃんの話』

「…………」


 ……なんだ、これ。

「どう? おにぃ!」


 雛乃が期待に満ちた目でこちらを見ている。

 俺は改めて3冊の表紙を見比べた。


 怒り。

 怒り。

 妹。


「……雛乃」

「ん?」

「これは、どういう意図で選んだんだ?」

「えー? だって、おにぃってすぐ怒るじゃん?」


「…………」

「だから、怒りをコントロールできるようになったらいいなーって!」


「……ほう」

「それでね! 3冊目は、ヒナとおにぃみたいなお話なんだよ!」


「……待て」

「妹のことが大大大好きなお兄ちゃんが、妹のために色々頑張るの!」


「……待てって」

「おにぃも読めば、きっと妹への愛が深まると思うんだよね!」


「……お前なぁ!!」

「ほら! すぐ怒る!!」

「誰のせいだと思ってんだ!!」

「だから、その本読んで勉強してよ!」

「お前が俺を怒らせなきゃ済む話だろうが!!」


「それは無理!」

「即答すんな!!」


 ……くそっ!

 なんなんだ、このプレゼントは!

 しかも、よく見ると3冊目のライトノベル。

 表紙には、頬を赤らめた妹らしき少女が、兄と思われる青年に抱きついているイラストが描かれている。


 ……おい。

「……雛乃」

「なーに?」

「お前、これ読んだのか?」

「うん! めっちゃ面白かった!」

「…………」

「コミカライズ版も買ったから読み終わったら貸してあげるね!」


「……そうか」

 俺は静かに本を閉じた。

 そうか、そうか、雛乃。

 お前はそういうやつだったんだな。

 ……とりあえず、これは本棚の奥にしまっておこう。


「ふふっ……」

 ふと、隣から小さな笑い声が聞こえた。

 栞ちゃんだった。

 口元を押さえ、必死に笑いを堪えている。


「……栞ちゃん?」

「す、すみません……ふふっ……」

「いや、いいんだけどさ……」

「だって……恭佐さん、さっそく怒ってますから……」


「…………」

 ……ああ。

 そういうことか。

 俺は手元の2冊に目を落とした。


『アンガーマネジメント』

『怒りをコントロールするには?』

「……なるほどな」


「おっ! おにぃ、ようやく本の大切さがわかった?」

「ああ。よーくわかったよ」


「えへへ!」

「……とりあえず、お前が真っ当な社会人になるための哲学書を買いに行かないとな!」

「そうそう! その調子! ってあれ?」

「さぁ雛乃、お勉強の時間だ」

「それは無理ーー!!」


 

「……はぁ」

「おにぃ?」

「……ありがとな、雛乃」

「……え?」

 雛乃が目を丸くする。


「まあ、選んだ理由には色々言いたいことがあるけどな」

「えへへ……」

「でも、俺のために選んでくれたんだろ?」

「……うん!」

「だったら、大事に読ませてもらうよ」


「……おにぃ!」

 雛乃が嬉しそうに笑った。

 ……まったく。

 こういう顔を見せられると、怒る気も失せる。


「じゃあ、3冊目から読んでね!」

「……なんでだよ」

「妹への愛を深めるため!」

「お前への愛情はもう十分だろ」

「……えっ」

 雛乃が固まった。

 ……ん?


「お、おにぃ……」

「なんだよ」

「今、ヒナのこと大好きって……♡」

「言ってねーよ」

「きゃっ♡」

「人の話を聞け!!」


 ……ああ、もう。

 せっかくの誕生日だっていうのに、最後まで騒がしいやつだ。


 けれど。

 テーブルに並んだ料理。

 食べ終えたケーキ。

 そして、手元に残されたプレゼント。

 そのどれもが、俺のために用意されたものだった。


 自分の誕生日なんて、すっかり忘れていた。

 別に、誰かに祝ってもらおうとも思っていなかった。

 だけど。

 こうして2人が笑っている姿を見ていると、なんだか悪くない気分になる。


「……ありがとな、2人とも」

 改めて礼を言うと、栞ちゃんが優しく微笑んだ。

「こちらこそ、いつもありがとうございます。恭佐さん」


「えへへ! 来年も楽しみにしててね、おにぃ!」

「……来年も有給取る気か?」

「もちろん!」


「仕事しろ!!」

「有給だっつってんでしょ!!」


 ……まったく。

 どうやら、来年も騒がしい誕生日になりそうだ。

 それでも。

 こんな誕生日なら、毎年あってもいいのかもしれない。


 だが、『妹が大大大好きなお兄ちゃんの話』お前はダメだ。





はい。

次回はいよいよ38話ぶりのあの人の登場。

彼女の再登場により物語がどう動くのか、見届けていただければと思います。


それではまた明日。



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