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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


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有給ショコラティエ

 2月14日


 今日は、バレンタインデーです。

 大切な人に、日頃の感謝や想いを込めてチョコレートを贈る日。

 もちろん、私にも贈りたい人がいます。

 けれど、困ったことが1つありました。


「……あの、雛乃ちゃん」

「んー? どしたの、栞ちゃん?」

「本当に、お仕事は大丈夫なんですか?」

「大丈夫、大丈夫! ちゃんと有給取ったから!」


「……有給、ですか?」

「そ! 今日は年に1度の大イベントだからね!」

 そう言って、雛乃ちゃんは自信満々に胸を張りました。


 現在、午後13時。

 お昼ご飯を済ませた私たちはキッチンに並んで、バレンタインの準備をしています。


 ちなみに、今日の雛乃ちゃんはエプロン姿。

 頭には、どこから持ってきたのかわからない白いコック帽子までかぶっています。


「ふっふっふっ。今日の私は、いつもの雛乃ちゃんじゃーありません」

「……え?」


「その名も!」

 雛乃ちゃんは、ビシッとポーズを決めました。

「有休ショコラティエの雛潤です!」


「……ひな、じゅん?」

「そ! 雛潤!」

「あっ、ドラマかなにかですか……?」

「そうそう! わかってくれた!?」

「ふふっ。雛乃ちゃん、面白いですね」

「でしょー!?」


 嬉しそうに笑う雛乃ちゃん。

 正直何を言っていたのかはさっぱりでしたけど、雛乃ちゃんといると不思議とワクワクしてきます。


 ……ただ、私には1つだけ疑問が残っています。

 なぜ、バレンタインのチョコレートを作るために、有給休暇まで取ったのでしょうか。

 もちろん、お休みを取ること自体は悪いことではありません。

 でも……。


「それじゃあ、栞ちゃん! 始めよっか!」

「はい!」

 まあ、いいですよね。

 今日は、恭佐さんに喜んでもらえるように頑張りましょう。


 ◇


 私が作るのは、生チョコレートです。

 口の中でゆっくりと溶ける、甘くて柔らかいチョコレート。

 仕上げに少し苦めのココアパウダーをまぶして、甘さを引き締めます。


 恭佐さんは甘いものも食べますが、あまり甘すぎるものは好まないようなので、このくらいがちょうどいいと思いました。


「栞ちゃん、すごーい! お店で売ってるやつみたい!」

「そ、そんなことないですよ」

「いやいや! これは絶対おにぃ喜ぶって!」

「……そうだと、嬉しいです」


 小さく切り分けた生チョコを、1つずつ丁寧に並べていきます。

 形が少し不揃いになってしまいましたが、初めてにしては上手にできたと思います。


 あとは、箱に詰めるだけ。

 ……喜んで、くれるでしょうか。

 恭佐さんがチョコレートを口に運ぶ姿を想像すると、自然と胸が高鳴ります。


「……栞ちゃん?」

「は、はい!」

「顔、赤いよ?」

「そ、そんなことありません!」

「ふーん?」

 雛乃ちゃんが、にやにやと笑っています。

 ……もう。

 からかわないでください。


「ところで、雛乃ちゃんのチョコは……」

「あっ! そろそろいい感じかな!」

 そう言って、雛乃ちゃんはボウルを持ち上げました。

 中には、茶色い何かが入っています。


「…………」

「どう? すごいでしょ!」

「……えっと」

 なんでしょう。

 チョコレート、ですよね?

 ところどころ色が違いますし、何かが固まっているようにも見えます。


「今回はね、大人のチョコを目指してみたんだ!」

「大人のチョコ、ですか?」

「そう! ちょっとおしゃれな隠し味も入れちゃった!」


「……隠し味?」

「ふっふっふっ。それは食べてからのお楽しみ!」

 雛乃ちゃんは、得意げにウインクしました。

 ……大丈夫でしょうか。

 少しだけ、不安になってきました。


 ◇


 〜恭佐視点〜


 いつもどおり仕事を終えた俺は、帰路についていた。


 ……それにしても。

 今日の栞ちゃん、なんかそわそわしてたな。

 朝から妙に落ち着きがなかったというか、俺の顔を見ては何かを言いかけて、結局何も言わずに引っ込んでしまう。


 何かあったのだろうか。

 まあ、帰ってから聞いてみるか。

 そんなことを考えながら、玄関の扉を開けた。


「ただいまー」

「おかえりなさい、恭佐さん!」

「おっかえりー!」

「……ん?」


 聞き慣れた声が、2つ。

 ……2つ?

「……雛乃?」

「はーい! みんなのアイドル、雛乃ちゃんでーす!」


「お前今日金曜だぞ?、今日仕事じゃなかったか?」

「ふっふっふっ。よくぞ聞いてくれました」

 雛乃は、なぜか胸を張った。

「本日は有休を取得いたしまして!」

「……は?」

「有休ショコラティエの雛潤です!」

「…………」

 ……誰だよ。

 ……彼氏もいないから失恋すらできてねーだろ。


「……で、なんで有休取ってんだよ」

「愛です」

「仕事しろ」

「有休だっつってんでしょ!!」


 ……まあ、確かに。

 有休をどう使おうと、本人の自由ではある。

 だが、俺のためにわざわざ休みを取ったというのなら、少し申し訳ない気もする。


「それで、今日は何の用だ?」

「えー!? おにぃ、今日が何の日かわかんないの!? もしかして誰からも貰ってないのー?」


「……ああ」

 ぷーくすくす。と言った調子でバカにしてくるが生憎こちとら貰ってる。

 職場チョコだが。


「ああ、大丈夫。聞いた私が大人気なかった。おにぃを悲しませた罪は私のチョコで溶かしてしんぜよう。


「雛乃ちゃん……恭佐さんの手元……」


「えっ? なに? いやぁ、おにぃに限って。 いや、まさかぁー」

「ご期待に添えず悪かったな。義理くらいは貰えてて」

「ふ、ふーーん。まぁまぁでもでも? 愛のこもった物はないようだしぃ?」

「それはそれで、監修元に失礼だな……」


「と! に! か! く!」

 雛乃が、勢いよく両手を広げる。


「ハッピーバレンタイン!!」

「……お、おう」

「恭佐さん、これ……」

 その隣で、栞ちゃんが小さな箱を差し出してきた。

 淡い色のリボンが結ばれた、可愛らしい箱だ。


「……これ……」

「……はい。私が、作りました」

「……え?」

「よかったら、食べてください」


 栞ちゃんは、少しだけ頬を赤くしている。

 ……手作り?


「……ありがとう。開けてもいいか?」

「は、はい!」

 リボンをほどき、箱を開ける。

 中には、きれいに並べられた生チョコが入っていた。


「おお……すごいな」

「……本当ですか?」

「うん。普通に店で売ってそうだぞ」

「そ、そんな……」

 栞ちゃんは照れくさそうに俯いた。


 俺は、そのうちの1つを口に運ぶ。

 柔らかいチョコが、舌の上でゆっくりと溶けていく。

 甘さは控えめで、表面のほろ苦いココアパウダーとの相性もいい。


「……うまい」

「……!」

「すごくうまいよ、栞ちゃん。ありがとう」

「……えへへ。よかったです」


 栞ちゃんは、心底嬉しそうに笑った。

 ……なんだろうな。

 職場でチョコをもらうことはある。

 だが、こうして手作りのものをもらったのは、初めてだった。

 それも、俺の好みに合わせて作ってくれたらしい。


 ……なんか、照れるな。


「はいはーい! おにぃ!」

「……なんだよ」

「雛乃ちゃんのこと、忘れてませんかー?」

「……忘れてたわけじゃないけどな」

 出来れば忘れていたかったけど。


「じゃじゃーん!」

 雛乃が、皿を差し出してきた。

「…………」

「どう!?」

「…………」


 ……なんだ、これ。

 皿の上には、茶色い物体が鎮座していた。

 チョコレート、と言われればそう見えなくもない。

 だが、表面は妙にでこぼこしているし、ところどころ色も違う。


「……お前、これ……うん」

「言わせねーよ!!」

「まだ何も言ってねーだろ!」

「顔が言ってた!!」


 ……失礼な。

 まあ、否定はしないが。


「いいから食べてみてよ! 味には自信あるんだから!」

「……本当か?」

「もちろん!」

 ……仕方ない。

 見た目で判断するのもよくないしな。

 俺は、小さく切り分けられたチョコを1つつまんだ。

 そして、口に入れる。


「…………」

「どう!? どう!?」

「…………」

 ……しょっぱい。

 いや、しょっぱいなんてもんじゃない。

 なんだ、この味。

 それに、妙に酒臭い。


「……雛乃」

「なになに?」

「お前、味見したか?」

「してないよ?」

「……なんでだよ……」

「……え? あれ? 美味しくない?」

 思わず視線を逸らしてしまった。

 雛乃の表情が固まるのが視界の端で見えた。


「…………」

「…………」

「……あれ?」

 ……おい。

「……まさか」

「ちょ、ちょっと待って!」


 雛乃は慌てて自分のチョコを手に取った。


「そんなわけ……」

 ぱくっ。

「…………」

「…………」

 もぐもぐ。

 ごくん。


 そして、雛乃は口元を隠して怪しげな笑みを浮かべた。


「……これ、毒です」


 バタン。


「おい!!」

 机に突っ伏した。

 ……何やってんだ、こいつ。


「ひ、雛乃ちゃん!? 大丈夫ですか!?」

「……栞ちゃん」

「は、はい!」

「……私のことは、忘れて……」


「雛乃ちゃーん!!」

「そーか、雛乃。お前のことは忘れない」

 テキトーに吐き捨てる。


 まったく。

 バレンタインに何をやってるんだ、こいつは。


 ……ん?

「……あれ?」

 ふと見ると、栞ちゃんが雛乃のチョコを手に取っていた。


「お、おい栞ちゃん。それは……」

 ぱくっ。

「……あ」

「…………」

 栞ちゃんが、小さく首をかしげる。


「……しょっぱい、ですね」

「……だろうな」

「それに、なんだか……」


「……ん?」

「……ひっく」

「…………」

 ……おい。

 今、なんつった?


 栞ちゃんの頬が、ほんのり赤くなっている。

 嫌な予感がした俺は、キッチンへ向かった。

 そして、調理台の上に置かれた瓶を見つける。


「…………」

 洋酒。

 しかも、結構な量が減っている。


「……雛乃」

「…………」

「お前、これどれくらい入れた?」

「……んー? わかんない!!」

「笑ってごまかすな!!」


 ……まずい。

 非常にまずい。

 以前、栞ちゃんが酒を飲んだときの惨劇が脳裏をよぎる。

 あれ以来、我が家には新たな家訓が制定された。


 第5条。

 栞ちゃんにお酒を与えるべからず。

 ……破られてんじゃねーか!!


「……恭佐さん」

「……ん?」

 くいっ。

 袖を引っ張られた。

 振り返ると、栞ちゃんが俺を見上げていた。

 頬はほんのり赤く、目が少し潤んでいる。


「……私のも、ちゃんと食べて?」

「……え?」

「……だめ、ですか?」

 ……おいおい。

 そんな顔で見上げるのは反則だろ。


「い、いや。もちろん食べるって」

「……えへへ」

 栞ちゃんは、嬉しそうに微笑んだ。

 ……どうやら、前回ほど酔っているわけではないらしい。


 ただ、普段より少しだけ距離が近い。

 それが、かえって厄介だった。

 俺は栞ちゃんのチョコをもう1つ手に取る。


「…………」

「……ん?」

 栞ちゃんが、俺の手元をじっと見つめている。

「……どうした?」

「…………」


 はむっ。

「…………」

「…………」

 ……ん?

 今、何が起きた?

 手に持っていたチョコが、消えている。

 いや、それだけじゃない。

 指先に、何やら柔らかい感触が……。


「……っ!?」

 食われた。

 チョコを。

 指ごと。


「お、おい栞ちゃん!?」

「……んむ?」

 栞ちゃんは、不思議そうに俺を見上げた。

 そして、幸せそうにチョコを頬張る。


「……おいしいです」

「……そりゃ、栞ちゃんが作ったんだからな」

 なんとか言葉を絞り出す。


「……えへへ」

 ……駄目だ。

 心臓に悪い。


「……おいしい?」

「……ん?」

「私のチョコ、おいしいですか?」

「……ああ。すごくうまいよ」

「……よかったー」


 ぎゅっ。

「…………っ!?」

 突然、栞ちゃんが抱きついてきた。

 俺の胸元に顔を寄せて、嬉しそうに笑っている。


「……えへへ。頑張って作ったんですよー?」

「……そ、そうか」

「……喜んでもらえて、嬉しい」

 ……おいおい。

 ちょっと待ってくれ。

 俺は今、どうすればいいんだ?


 抱き返すべきなのか?

 いや、相手は酔っている。

 だが、突き放すのも違う気がする。

 ……誰か、正解を教えてくれ。


「……おにぃ」

「……なんだよ」

 机に突っ伏していた雛乃が、顔だけをこちらに向けた。


「……栞ちゃん、可愛いね」

「……ああ」

「……私も抱きついてあげよっか?」

「お前は寝てろ!!」


 ……まったく。

 バレンタインって、何をする日だったっけ?

 甘いチョコを食べて、日頃の感謝を伝える日じゃなかったか?


 どうして俺は、酔った栞ちゃんの面倒を見ながら、妹の作った毒物と戦っているんだろうな。

 ふと、テーブルの上に残された雛乃のチョコが目に入った。


「…………」

 しょっぱい。

 酒臭い。

 見た目もひどい。

 お世辞にもうまいとは言えない。


 ……けど。

 わざわざ有休まで取って、俺のために作ってくれたんだよな。

 ……ったく。


「……まあ、栞ちゃんのチョコと一緒なら、食えなくもないな」

 俺は、栞ちゃんのチョコを1つ口に入れ、続けて雛乃のチョコをかじった。


「……え?」

 雛乃が、顔を上げる。

「ちょ、ちょっとおにぃ!? 何してんの!?」


「……何って、食ってんだけど」

「いやいやいや! それ、まずいんだよ!?」

「……知ってる」

「だったら食べなくていいって!」

「……せっかく作ってくれたんだろ」

「…………」

 雛乃が、目を丸くした。

 俺は、残りのチョコを口に運ぶ。


 ……うん。

 やっぱり、まずい。

 だが、栞ちゃんのチョコの甘さが、多少は救いになってくれる。

 そうして俺は、なんとか雛乃のチョコをすべて平らげた。


「……おにぃ」

「……なんだよ」

「……ありがと」

「……来年は、レシピどおりに作れよ」

「……うん!」

 雛乃が、嬉しそうに笑った。


 ……まあ。

 こういうバレンタインも、悪くはないのかもしれない。

 いや、体力が削られるのは程々にしてもらいたいが。


「じゃあ、代わりに栞ちゃんのチョコは私が食べてあげるね!」

「……は?」

「だって、おにぃばっかりずるいじゃん!」

「絶対にやらん!!」

「もう食べちゃいましましたー!」


 こちらが栞ちゃんに抱きつかれて、身動きが取れないのを良いことに平らげやがった。

「まだお前のチョコの口直しが済んでないんだが!?」


 やっぱり、こいつは一度反省したほうがいい。

 そんな俺の隣では、栞ちゃんが幸せそうに笑っていた。


「……ふふっ。恭佐さん、雛乃ちゃん。仲良しさんですねー」

「……どこがだよ」

「……えへへ」


 ……まあ、いいか。

 栞ちゃんの笑顔も見れたし、なんだかんだ楽しい夜ではあった。


 ただし。

 来年のバレンタインから、雛乃の調理には監督者をつけよう。

 俺は、そう固く決意したのであった。


 ◇


 ちなみに。

 翌月のホワイトデー。

 お返しを選ぶ恭佐が、アルコールの含まれていないお菓子を血眼になって探したのは、また別のお話。




遅くなりすみません!


ちょいと体調悪く推敲作業が遅れたりなんやらで…

という言い訳はここまでに。


次週は結構大事な?お話も入ってくる予定です。

栞ちゃんのおみくじの過去とは?

そういった物に触れていく予定です。


ラブコメ要素が少し薄れる展開かもしれないのでまとめ読みなども一つの方法かもしれません。


多分1〜3くらいのナンバリング降ると思いますので読書の目安にどうぞ。


それではまた、明日。


ブクマも待ってまーす。

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