白金の思い出。
1月13日
〜栞視点〜
「涼子さーん! とびっきり可愛くよろしくー!」
「はいはい、任せといてー!」
雛乃ちゃんは元気いっぱいにそう告げると、私と涼子さんを残してお店を出て行きました。
……どうしてこんなことになったのでしょうか。
話は少し遡り、1月2日のことです。
◇
「見て見て栞ちゃん! これ、私の成人式の写真!」
「わぁ……! 雛乃ちゃん、とっても綺麗です!」
「えへへー! でしょー!」
相澤家で過ごすお正月。
その日、私は雛乃ちゃんと一緒に、家族のアルバムを眺めていました。
そこには、色鮮やかな振袖に身を包んだ雛乃ちゃんが写っています。
いつもの元気いっぱいな雰囲気とは少し違って、とても大人っぽく見えました。
「この振袖、お母さんが選んでくれたんだー!」
「そうなんですね。とっても似合っています」
「でしょでしょ! あっ、そういえばさ」
「はい?」
「栞ちゃんの成人式って、どんな感じだったの?」
「…………」
私は、思わず言葉に詰まりました。
「……その日は、アルバイトをしていました」
「…………」
「…………」
雛乃ちゃんが、ぴたりと動きを止めました。
「……え?」
「えっと……成人式には参加していないんです」
「…………」
「でも、もう終わったことですから……」
少しだけ笑ってみせます。
すると雛乃ちゃんは、突然立ち上がりました。
「……やるよ!!」
「……はい?」
「成人式!!」
「……ふぇ?」
「栞ちゃんの成人式! やろう!!」
「えっ!? い、いえ! そんな、もう終わったことですし……!」
「関係ない!!」
雛乃ちゃんは、私の両手をぎゅっと握りました。
「栞ちゃんだって、振袖着て写真撮りたいでしょ!?」
「……それは……」
私は、視線を落としました。
成人式。
華やかな振袖に身を包んだ同級生たちの写真を、何度か見たことがあります。
少しだけ、羨ましいと思いました。
けれど、あの頃の私には、そんな余裕なんてありませんでした。
「……少しだけ、羨ましいなとは思っていました」
自然と本音が漏れてしまいます。
「よーし! 決まり!!」
「えっ!?」
「栞ちゃんの成人式、やっちゃおー!!」
「ま、待ってください! 雛乃ちゃん!?」
「だいじょーぶ! 全部ヒナに任せて!」
「ふぇぇ!?」
こうして、雛乃ちゃんの一言から始まった私の成人式。
そして現在。
◇
「それにしても雛乃ったら、急にも程があるっつーの」
「……本当に、すみません」
「あはは! 栞ちゃんが謝ることじゃないよ!」
涼子さんは、楽しそうに笑いました。
SNSでも有名なトップスタイリストさん。
そんな方が、今日の私のヘアメイクを担当してくださるそうです。
「それじゃ、改めてよろしくね。えっと、お名前は?」
「榊原栞と申します」
「栞ちゃんね。よろしく!」
「よろしくお願いします」
涼子さんは、優しく微笑んでくれました。
「成人式の当日に、急なお願いをしてしまって……」
「いいのいいの。雛乃から連絡が来たのは少し前だし、時間も調整できたから。それに、あの子の頼みだもの」
そう言って、涼子さんはどこか懐かしそうに目を細めました。
「……あの、涼子さんと雛乃ちゃんは、いつからのお知り合いなんですか?」
「んー、あの子が高校1年生の頃だったかな」
「それでしたら、もう9年くらい前になりますね」
「……えっ、うそ。もうそんなに経つの?」
涼子さんが、ぴたりと手を止めました。
「私、あれから9年も経ってるのに彼氏すらいないんだけど!?」
「え、えっと……」
どうしましょう。
思わぬところで、涼子さんを落ち込ませてしまいました。
「で、でも、そんなに長く通ってくれているんですね」
「あはは。そうだね。本当に、あの子には感謝してるよ」
「……何かあったんですか?」
「そうねぇ。ちょうどいい機会だし、昔話でもしようかな」
涼子さんは私の髪を丁寧にとかしながら、ゆっくりと話し始めました。
「私ね、あの頃、美容師を辞めようと思ってたんだー」
「えっ?」
「この仕事って、下積み時代は本当に割に合わなくてね。お給料は安いし、覚えることは山ほどあるし」
涼子さんは、けらけらと笑います。
「それに、お客さんからの期待に応えられなかったときが、何よりつらかったかな」
「……期待、ですか?」
「うん。切り終えたあととか、カラーが思いどおりにならなかったときのお客さんの顔。あれが本当にきつくてね」
涼子さんは、少しだけ苦笑しました。
「ひと目見ればわかっちゃうんだよ。あっ、失敗したな……って」
「でも、それは……」
何か言おうとして、言葉が止まりました。
ううん。
きっと私は、答えを持ち合わせていないのだと思います。
「いいのよ。私が下手だったのは事実だから」
涼子さんは、優しく笑いました。
「そんなときに出会ったのが、雛乃だったの」
「雛乃ちゃんが?」
「そう。今じゃ想像もつかない、黒髪の雛乃ちゃん」
「えっ!? 雛乃ちゃん、黒髪だったんですか!?」
「あははっ! そりゃそうでしょ! 高校に入学したばっかりだったんだから!」
……そうですよね。
でも、どうしても想像できません。
「それでね、髪を染めたいって言うから、私が担当したの」
「はい」
「希望は暗めのブラウンだったんだけど……」
涼子さんは、そこで吹き出しました。
「何をどう間違えたのか、プラチナみたいな色になっちゃって!」
「ええっ!?」
「もう大失敗! ただでさえ辞めようと思ってたのに、とうとうやっちゃったなーって」
涼子さんは笑っていますが、当時はそんな気持ちではなかったのでしょう。
「そしたらね、雛乃が言うの」
『お姉さん! 写真撮ってー!』
「……写真、ですか?」
「そう。しかも、私の名刺まで欲しいって」
涼子さんは肩をすくめました。
「もう終わったと思ったね。SNSで晒されて、お店も炎上して、店長にも怒られて……」
「…………」
「だから、雛乃の顔もまともに見られなかったなぁ」
失敗してしまったという後悔。
お客様を失望させてしまったという恐怖。
きっと、そのときの涼子さんは、そんな気持ちでいっぱいだったのだと思います。
「でも、そうはならなかったんですよね?」
「うん。翌日からね、お店の電話が鳴り止まなくなったの」
「……え?」
「最初はクレームだと思った。そしたら店長に呼び出されてさ」
涼子さんは、当時の店長さんの声を真似るように言いました。
『おい! SNS見ろ!』
「怒られると思って確認したら、もうびっくり!」
涼子さんが、楽しそうに笑います。
「お店が大炎上……じゃなくて、大バズりしてたの!」
「バズり……?」
「そう。原因は雛乃の投稿」
そこには、明るい髪色になった雛乃ちゃんの自撮り写真と、一言。
『ヤバい! ヒナ! 世界で1番お姫様!!』
「…………」
……ああ。
なんだか、とっても雛乃ちゃんらしいです。
「写真の雛乃、もうめちゃくちゃ嬉しそうでさ。私があんなに失敗したと思ってた髪色なのに、本人は最高の笑顔なの」
涼子さんは、鏡越しに私を見ました。
「そしたら、その投稿を見た人たちから予約が入り始めたのよ」
「すごいですね……!」
「いやいや、当時の私は全然すごくないから! むしろ実力以上に期待されちゃって、もう大変!」
涼子さんが声を上げて笑います。
「カラーもシャンプーもすごくよかったって書いてくれてたんだけど、実際は失敗してるわけだしね」
「でも……シャンプーは上手だったんですよね?」
「……うん?」
「だって、それは失敗じゃないですよね?」
涼子さんが、一瞬目を丸くしました。
そして、ふっと笑います。
「……そうだね。ありがと」
涼子さんは、再び私の髪に手を伸ばしました。
「それでね、何より驚いたのは、あの子がすぐにまた来たこと」
「雛乃ちゃんが?」
「うん。『先生にめちゃくちゃ怒られたー!』って」
「……ふふっ」
目に浮かびますね。
「結局、学校でも問題にならないくらいの落ち着いた色に染め直したんだけどね」
涼子さんは、少しだけ声を柔らかくしました。
「帰り際、雛乃が言ってくれたの」
『お姉さん、シャンプー上手だったからまた来るね!』
「…………」
「たぶんね、あのときの私、ひどい顔してたんだと思う。あの子には全部バレてたのかもしれないね」
鏡越しに見える涼子さんは、優しく笑っていました。
「だから決めたんだ。あの子がくれたチャンスを、絶対に無駄にしないって」
「……はい」
「それと、いつか雛乃の専属美容師になってやろうってね!」
涼子さんは、いたずらっぽく笑いました。
「まあ、今でもたまに無茶なお願いをしてくるんだけど!」
「……ふふっ」
雛乃ちゃんらしいです。
いつも明るくて、少し騒がしくて。
でも、誰かが困っているときには、真っすぐ手を差し伸べてくれる。
……私も、何度も助けてもらいました。
「よしっ! できた!」
「……えっ?」
「ほら、見てみて!」
涼子さんに促され、私は鏡を見ました。
「…………!」
そこには、いつもより華やかな髪型と、丁寧にメイクを施された私が映っていました。
確かに自分の顔なのに、まるで別人のようです。
「……これが、私……?」
「そうよ。今日は遅れた成人式を取り戻すんでしょ?」
涼子さんは、にかっと笑いました。
「だったら、とびっきり可愛くしないとね!」
「……ありがとうございます」
「それと、言ってもらえるといいわね」
「……え?」
「大好きな彼に」
「…………っ!?」
思わず顔が熱くなりました。
「か、彼は、そういうんじゃ……!」
「ほほーう。男か」
涼子さんが、にやりと笑います。
「ち、違っ……その……!」
「あははっ! ごめんごめん!」
……もう。
雛乃ちゃんのお知り合いだからでしょうか。
からかい方まで、少し似ています。
「でも、きっと言ってくれると思うよ」
「……?」
涼子さんは、鏡越しに私を見つめました。
「だって今の栞ちゃん、世界で1番のお姫様みたいだもん」
◇
相澤家に戻ると、今度は香織さんが待っていてくれました。
「まあまあ! すっかり綺麗になっちゃって!」
「ありがとうございます……!」
「さあ、あとは振袖ね!」
用意されていたのは、香織さんが若い頃に着ていたという振袖でした。
丁寧に保管されていたその着物に袖を通し、着付けてもらいます。
「……苦しくない?」
「はい、大丈夫です」
「よかった。栞ちゃんに着てもらえて、この着物も喜んでるわ」
「…………」
私は、そっと袖に触れました。
こんなに素敵な着物を、私が着てもいいのでしょうか。
そう思っていると、香織さんが優しく微笑みました。
「遠慮しなくていいのよ」
「……はい」
胸の奥が、じんわりと温かくなりました。
◇
「おにぃぃぃ!! 準備できたよー!!」
雛乃ちゃんの元気な声が響きます。
「そんな大声出さなくても聞こえてるって」
「いいからいいから! ほら、栞ちゃん!」
「は、はい……!」
雛乃ちゃんに背中を押され、私は恭佐さんの前へ出ました。
「…………」
恭佐さんが、目を丸くしました。
……どうしましょう。
急に緊張してきました。
「あ、あの……」
「…………」
「ど、どうでしょうか……?」
恭佐さんは、少しだけ視線を泳がせました。
それから、照れくさそうに口を開きます。
「……うん。か、可愛い」
「…………っ!」
「それに……綺麗だと、思う」
……っ!
どうしましょう。
顔が、熱いです。
「うひょぉぉぉ!! 栞ちゃん、可愛すぎるぅぅぅ!!」
雛乃ちゃんが飛びついてきました。
「ひ、雛乃ちゃん!?」
「写真! 写真撮ろ! いっぱい撮ろ!!」
ぱしゃぱしゃぱしゃっ!
ものすごい勢いでシャッター音が響きます。
「ちょっと待て雛乃! 連写しすぎだろ!」
「だって! 私の義姉が世界で1番可愛いんだもん!!」
「……おい」
「えっ!?」
……義姉?
えっと……。
……え?
頭が真っ白になりました。
「お前! 変なこと投稿すんなよ!?」
「えー? もう投稿しちゃった!」
「はぁ!?」
雛乃ちゃんが、スマートフォンの画面を見せてきました。
『私の義姉が世界で1番可愛かった件』
「お前なぁ……」
「えへへー!」
……もう。
雛乃ちゃんったら。
でも、不思議です。
恥ずかしいのに、嫌ではありませんでした。
◇
「はーい! みんな並んでー!」
最後は、相澤食堂の前で記念撮影です。
恭佐さん、雛乃ちゃん、香織さん、正人さん。
残念ながら、和也さんはお仕事の都合で来られませんでした。
「和也おにぃは、あとでテキトーに貼っとくから!」
「……お前、兄貴をなんだと思ってんだよ」
「だいじょーぶ! ヒナの編集技術を信じて!」
「そこが一番信用できねぇんだよ……」
「えへへー!」
……ふふっ。
相変わらず、賑やかな兄妹ですね。
「ほらほら、栞ちゃん! 真ん中!」
「えっ、でも……!」
「今日の主役なんだから当然でしょ!」
雛乃ちゃんに手を引かれ、私はみんなの真ん中に立ちました。
「はい、撮るよー!」
カメラに向かって、笑います。
……こんな日が来るなんて、思ってもいませんでした。
成人式は、もう終わったものだと思っていました。
今さら取り戻せるものではないと。
けれど、みんなが私のために時間を作ってくれて。
綺麗にしてもらって。
振袖まで着せてもらって。
大切な人に、可愛いと言ってもらえて。
そして、こうして一緒に笑ってくれている。
……幸せだなぁ。
胸がいっぱいになるほど、幸せでした。
「栞ちゃーん! もっと笑ってー!」
「……はい!」
私は、精いっぱいの笑顔を浮かべました。
カシャッ。
シャッターの音が響きます。
その写真はまるで白金のように輝いていました。
私はこの日の胸の高鳴りを、きっと一生忘れないと思います。
いかがでしたでしょうか?
栞ちゃんがひとつひとつ思い出を積み上げていく裏で、現実の私の仕事も着々と積み上げられていっている次第でございます。
エタることはありませんが、シンプルに多忙でお休み頂く可能性もございます。
ブックマークなどして頂けると更新通知も届いたり作者が嬉しく思うのでよかったら登録してお待ち下さい。
特に私が嬉しく思うのが大事!笑笑
冗談はこの辺で、また明日お待ちしております。
私は久しぶりの休みなので、バイオハザードでも観てこようと思います。←落差笑笑




