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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


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35/46

初詣と神様の悪戯。

 1月1日


 新しい年を迎えた相澤家では、早くも深刻な問題が発生していた。

 いや、正確には昨夜から続いている問題だ。


「恭佐さん、こちらは12個です」

「ああ」


 俺は栞ちゃんの読み上げた食材や備品の在庫を用紙に記入する。

 相澤食堂は今日から3日間の休業。

 年末の忙しさで後回しになっていた棚卸しを、今のうちに終わらせようというわけだ。


「次は……いち、に(・)ぃ(・)に(・)ぃ(・)……5個ですね!」


「……っ!」

「……恭佐さん?」

「いや、なんでもない。続けてくれ」

「はい!」


 ……まずい。

 非常にまずい。

 昨夜の記憶が、鮮明によみがえってくる。


『にぃにぃ?』

 …………。

 くそっ。

 ただの数字だぞ。

 2,2だ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


「えっと、いちに(・)ぃ(・)さ(・)ん(・)で……6です!」

「……ああ」


「こちらは……2(・)2(・)個です!」

「…………っ!」


「恭佐さん? 大丈夫ですか?」

「……大丈夫だ」


 大丈夫なわけがない。

 まさか28歳にもなって、ただの数字の読み上げに精神を削られる日が来るとは思わなかった。


「おにぃ!」

 びくぅっ!!

 急な声かけに思わず身体が跳ねる。


「……なにしてんの?」

「お前こそなんだよ!」

 突然現れた雛乃が、不思議そうに俺を見る。

「いや、栞ちゃんに聞きたいことがあってさ」


「あ、雛乃ちゃん!」

 栞ちゃんが顔を上げた。

「ね(・)ぇ(・)ね(・)ぇ(・)、雛乃ちゃん。ここの備品なんだけど……?」

「ひゃいっ!?」

「……?」


 今度は雛乃が固まった。

 ……ふっ。

 ほれみろ。


「……おにぃ、今笑ったでしょ?」

「別に?」

「絶対笑ったでしょ!」

「気のせいだろ」

「むぅぅ……!」


 俺たちの様子を見て、栞ちゃんが不思議そうに首を傾げる。

 ……頼むから、昨日のことは思い出さないでくれ。


 相澤家家訓その5。

『栞ちゃんにお酒を与えるべからず』

 どうやら、この家訓には重大な欠陥があったらしい。

 酒を飲ませなくても、俺たちが勝手に意識してしまう。

 ……改訂が必要かもしれない。




「そうだ!」

 雛乃が何かを思い出したように手を叩いた。

「栞ちゃん! あけましておめでとー!!」


「あ……」

 栞ちゃんの表情が、わずかに曇った。

「……えっと、その……」

 困ったように視線を泳がせる。

 ……ああ、そうか。


「雛乃、ちょっと」

「ん?」

「栞ちゃんは……」

 俺は雛乃に小さな声で事情を伝えた。


「あ……そっか」

 雛乃は一瞬だけ目を丸くすると、栞ちゃんに向き直った。

「ごめんね、栞ちゃん」

「い、いえ! そんな……」

「でもさー」

 雛乃は、いつものように笑った。


「栞ちゃんも、楽しく過ごしたくない?」

「……え?」

「栞ちゃんの中のお母さんは、どう思うと思う?」

「…………」


「私、栞ちゃんのお母さんには会ったことないけどさー」

 雛乃は少しだけ声を柔らかくした。

「きっと、栞ちゃんに我慢してほしいなんて思わないと思うんだよね」


「……雛乃ちゃん」

「だからさ! 今年もいっぱい楽しいことしようよ!」

 雛乃が両手を広げる。


「栞ちゃんが笑ってる方が、きっとお母さんも嬉しいんじゃないかな?」

「…………」

 栞ちゃんは少し俯いた。

 そして、ゆっくりと顔を上げる。


「……はい!」

 その表情には、いつもの柔らかな笑顔が戻っていた。

「今年も、よろしくお願いします!」

「うん! よろしくね、栞ちゃん!」


 ……まったく。

 こういうところだけは、我が妹ながら感心する。

 本人のためでも理屈や社会の常識で諦めるしかない。

 そう思うことの多い俺からすると、この自由さが雛乃の良いところだと思う。


 けれど、雛乃は違う。

 相手が迷っているとき、真っすぐ手を差し伸べられる。


 ……まあ。

 普段からもう少し考えて行動してくれれば、なおいいんだが。


「よーし! それじゃあ今日は初詣行こー!!」

「おい、棚卸しは?」

「私はお餅食べてるから早やく終わらせてー」


「お前なぁ……」

「だって、神様が待ってるもん!」

「神様も新年早々お前には会いたくねぇよ」

「んだとコラァ!!」

 

「まぁまぁお二人とも……」

 俺たち2人をなだめることが最近板についてきた栞ちゃんなのであった。


     ◇


 棚卸しを終えた俺たちは、午後から初詣へと向かった。

 訪れたのは、実家から少し離れた場所にある小さな神社。

 大きな神社と違って参拝客も少なく、境内には穏やかな空気が流れていた。


「ここ、あまり人がいないんですね」

「ああ。どうやら知る人ぞ知る神社らしい」

「そうそう! しかもここの神様、めちゃくちゃ心が広いんだよ!」


「……なんで知ってんだよ」

「んー?なんとなく?佇まいとかそんな感じ?」

「神に対しての冒涜だろもはや」

「ふっ……甘いよおにぃ。未来は自分で掴むもんなんだよ」


「何しに来たんだよお前……」

「雛乃ちゃんはなんてお願いしたんですか?」

「ふっふっふーん。彼氏!」


「神様に無茶なお願いしてやるなよ。それに未来は自分で掴むんじゃなかったのか?」

「無茶とはなんだ!無茶とは!!」


 ……まったく。

 新年早々、騒がしいやつだ。

 そんな俺たちを見て、栞ちゃんが小さく笑う。


「……あの、恭佐さん」

「ん?」

「私も、お参りしてもいいんでしょうか?」

 栞ちゃんが、少しだけ不安そうに尋ねてきた。


「もちろん!」

 答えたのは雛乃だった。

「ここの神様はね、誰かが幸せになりたいってお願いするのを怒ったりしないんだよ! たぶんね!」

 多分って保険かけたぞこいつ。


「……そう、なんですね」

「うん!」

 ……まあ、神様の考えていることなんて、俺にはわからない。

 それでも、雛乃の言うことは案外間違っていない気がした。


「行こうか、栞ちゃん」

「……はい!」

 俺たちは並んで参拝を済ませた。

 栞ちゃんは、いつもより少し長く手を合わせていた。

 何を願ったのかは、なんとなくわかる気がした。


 ちなみに雛乃はめちゃくちゃ必死に手を擦り合わせていた。

 めちゃくちゃ神頼みじゃねーか。


     ◇


「さーて! お待ちかねのおみくじターイム!!」

 参拝を終えるなり、雛乃が元気よく宣言した。


「栞ちゃん! 一緒に引こ!」

「はい!」

 俺も2人に続いておみくじを引く。


 さて。

 今年の運勢はどうなることやら。


「……大、吉」

 最初に声を上げたのは栞ちゃんだった。

「……大吉です!」

「おおっ! 栞ちゃん、すごーい!!」


「ふふっ。ありがとうございます」

 嬉しそうに笑う栞ちゃん。

 幸先のいい一年になりそうだ。


「なんで書いてあるか読んで読んでー」

「そうですね、恋愛は……年上の方とのご縁が吉、だそうです」

「へぇー!」

 雛乃が、ちらりと俺を見る。

 ……なんだよ。


「お仕事は、無理をせず、ほどほどに。家族を大切に……」

 栞ちゃんが、ゆっくりと読み進めていく。


「健康は……甘いものの食べすぎに注意、だそうです」

「これは……雛乃のせいかもな」

「……気をつけます」

 少し恥ずかしそうに笑う栞ちゃん。

 さらに下へ目を向ける。


「金運は……過去の縁を整理すれば、運気が好転する……?」

「ふーん。なんだろうね?」

「……さあ?」

 栞ちゃんは不思議そうに首を傾げた。

 ……まあ、おみくじなんてそんなものだ。


「よーし! 次は大本命! ヒナの番だね!」

 雛乃は慎重におみくじを開いた。

 なぜか下から。


 次第に文字が現れる。

「……おっ! 吉!」

「……ん?」

 まだ続きがあるようだ、まぁこいつの日頃の行いに免じて、神様も小吉くらいはくれるということなのだろう。

 寛大な神様だ。


「おっ! こりゃ私も大吉かなー?」

 雛乃がさらに紙を広げる。


「……微?」

「微?」

「…………微」

「…………」


「微吉」

「…………」

「……なにそれ?」

 いや、俺に聞かれても。


「微吉ってなに!? 聞いたことないんですけど!?」

「俺も初めて見たな」

「私も聞いたことないですね……」


「えっ、なに!? 吉のちっちゃいやつ!? 神様、ケチじゃない!?」

「神様に文句言うなよ。吉なだけありがたく思え。まぁ微、だけどな……ふっ……」


「うるさっ! ちょっと待って! 中身! 中身が大事だから!」

 雛乃が慌てておみくじを読み始めた。


「恋愛は……今は諦めるべし」

「ぶふっ!」

「笑うなぁぁぁ!!」

「いや、神様もよく見てるなって」

「雛乃ちゃん可愛いから大丈夫ですよきっと……」


「まだあるもん! 仕事……トラブル多し、忍耐せよ」

「お前がトラブル起こす側だろ」

「怪我しないで下さいね……」


「健康……元気すぎるほど良好!」

「そこだけは間違いないな。むしろ少しは慎んだ方がいい」

「元気が1番です!」


「金運……貯蓄は難し。浪費を慎め」

「的確すぎるだろ」

「雛乃ちゃん……少しだけお菓子の量減らそうか」


「うがぁぁぁ!! こんなのいらなーい!!」

 雛乃が勢いよくおみくじを放り投げた。

「おいっ!」

 反射的に手を伸ばし、宙を舞う紙をつかむ。


「罰当たりなことすんな!」

「だってぇ! 神様がヒナにだけ厳しいんだもん!!」

「……ったく」

「やっぱり未来は自分で切りひらーく!!」

 1人騒ぎ立てる雛乃を横目に俺はため息をつく。

 ふとおみくじの最後の行が目に入る。


 ……ん?

 最後に、小さな文字でこう書かれていた。

『人の幸せを願う者には、巡り巡って福が訪れる』


「…………」

 ……なんだ。

 ちゃんと見てくれてるじゃねぇか。


「おにぃー! 早く引いてよー!」

「ああ、わかったよ」

 俺は雛乃のおみくじを丁寧に折りたたみ、近くの結び所へ結びつけた。


 ……まったく。

 最後まで読めばいいものを。

「それじゃあ、最後は俺だな」


「おにぃは何が出るかなー?」

「頑張って下さい!」

「どうせ普通の吉とかだろ」

 俺はおみくじを開いた。


「……大」

「ええっ!? おにぃまで大吉!?」


「…………」

 ほう。

 そうかそうか。

 大吉か。

 まあ、当然といえば当然だろう。

 こういうものは日頃の行いが大切なんだよ。


 日々真面目に働き、家族の面倒を見て、堅実に生活している。

 神様というのも、案外よく見ているものだな。


 さて。

 今年もいい一年になりそうだ。


「……凶」

「…………」

「…………」


「…………大凶?」

「…………」

「…………」


「おにぃ……」

「……なんだよ」

 雛乃が、心底かわいそうなものを見る目で俺を見つめた。


「……素行悪かったんだね」

「お前にだけは言われたくねぇよ!!」


「でも、中身が大事だと思います」

 必死にフォローをする栞ちゃん。 

 くっ……大吉が眩しい。


「おにぃ、いいから早く読んで!」

 ……まったく。

 仕方なく、おみくじの内容に目を向ける。


『恋愛:過去の因縁が再来する。逃げずに決着をつけるべし』

 ……過去の因縁。

 先日、淳に言われた一言が頭をよぎる。

『美麗が、お前の連絡先を聞いてきたんだよ』

 …………。

 まさかな。

 俺は小さく息を吐き、続きを読んだ。


『仕事:おおむね順調。思わぬ出会いあり。縁を大切にせよ』


『金運:現状を維持すれば安泰』

 ……なんだ。

 大凶の割には、そこまで悪くないじゃないか。

 さらに下へ目を向ける。


『ラッキーパーソン:妹』

「…………」

 おいおい、神様や。

 勘弁してくれ。


「……恭佐さん?」

「ん?」

「いえ、なんだか楽しそうでしたので」


「……そんなんじゃねーよ」

 俺はおみくじを折りたたんだ。


「おにぃー! 何書いてあったー!?」

「お前にだけは教えねぇ」

「なんでぇ!?」


 ……まったく。

 今年も騒がしい一年になりそうだ。

 俺は結び所へ向かい、大凶のおみくじを結びつけた。


 隣では、栞ちゃんが大吉のおみくじを大切そうにしまっている。


「……恭佐さん」

「ん?」

「今年も、よろしくお願いします」

 そう言って、栞ちゃんは柔らかく微笑んだ。


「……ああ」

 大凶、ねぇ。

 まあ、いいさ。

 神様がなんと言おうと、今年くらいは平穏に過ごしてやる。

 雛乃的に言わせれば、未来は自分で掴み取るもんらしいからな。


 ……もっとも。

 隣で騒いでいる妹を見る限り、もうすでにそれは難しそうだが。


「あー栞ちゃん! おしるこあるよー!」  

「ほんとですね、美味しそうですね」


「甘いもの……」

「えっ?」

「あっ……」


「大丈夫大丈夫、なんてったって栞ちゃんは大吉だからねー!」


「……それはそうだが」

「じゃあ決まりー!!」

「勝手に決めんな!」

 ……やれやれ。


 どうやら、神様の予言は早くも的中しそうだ。




はい、三連休いかがでしたでしょうか?

私は仕事です。


そんな憂鬱な連休明けにクスッと笑っていただけてれば幸いです。


ようやく明日お休みなので執筆の時間をゆっくり取れそうです。



それではまた明日……


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