田中、襲来。
12月28日。
実家の相澤食堂で仕事を手伝い始めて、3日目。
栞ちゃんは客席周りの清掃を手伝い、俺は厨房で食材の仕込みをしていた。
ちなみに雛乃は、夢の中だ。
「こんちわー」
開店前だというのに、ずかずかと店内へ入り込んでくる男。
雛乃に負けず劣らず騒がしい。
「なんの用だよ、淳」
「よっ! 恭佐! 元気してたかー?」
屈託のない笑顔に、陽のオーラを纏った男。
自称・親友の長谷川 淳。
奇しくも、栞ちゃんとの出会いのきっかけとなった榊原美麗。
その美麗と俺が出会うきっかけを作った男でもある。
大学を卒業してからは、年に数回顔を合わせるかどうかといったところだった。
「さっきまでは元気だったよ。さっきまではな……」
騒がしいやつを相手にするのは疲れる。
そういうのは、雛乃1人で十分すぎるくらいだった。
「いやー、おじさんが倒れたって聞いたからさ。仕事納めも終わったし、手伝おうと思ったんだけど……」
淳の視線が、客席を清掃していた栞ちゃんへと向けられる。
「いやー、どうやら必要なかったみたいだなー!」
その声に気づいた栞ちゃんが、こちらへ振り返る。
手にしていた台拭きを置き、淳に向かって丁寧に頭を下げた。
「あっ、初めまして。榊原栞と申します。恭佐さんのお友達……でしょうか?」
「榊原……」
ほんの一瞬。
淳の表情から、いつもの軽薄そうな笑みが消えた。
「…………?」
首を傾げる栞ちゃん。
淳の様子もすぐに元へ戻る。
「あー、どもども! 恭佐の親友やってまーす。淳でーす」
「自称だけどな」
「ひどくない!? せめて他称にして!!」
おちゃらけた様子の淳に、栞ちゃんは少し困ったように笑っていた。
そんな栞ちゃんを、淳は笑顔のまま見つめている。
「…………」
表情こそいつもの淳だったが、どこか探るような視線にも見えた。
「あら、淳くんじゃない! 久しぶりねー。今日はどうしたのー?」
厨房から母さんが出てくる。
「お久しぶりです、香織さん! 今日もお綺麗ですね!」
「あらやだ淳くんったら。そんなこと言っても唐揚げくらいしか出ないわよ♡」
出るのかよ。
てか、出すなよ。
母娘そろって原価圧迫させんな。
「ありがとうございまーす! 手伝いに来たんですけど、人手足りてそうなんで、このあと3人! いいっすか?」
「あら、ありがとう。もちろんいいわよ。ゆっくりしていってね」
そう言い残して、母さんは厨房へと戻っていく。
「んで、あとの2人って誰だよ」
「それは来てからのお楽しみ〜」
ニシシッと笑う淳に、小さくため息を吐いて仕事へと戻る。
「邪魔だけはするなよ」
「りょー!」
そして淳は開店までの間、端の座敷に腰を下ろし、ぼんやりと店内を眺めていた。
いや。
正確には、その中の1人を。
栞ちゃんを。
♢
ガヤガヤ。
開店前だというのに、店の外が騒がしくなってきた。
毎年この時期は、地元の常連さんたちが集まって忘年会を開く。
今日も忙しくなりそうだった。
「おはよぉ〜」
盛大にあくびをしながら、雛乃が顔を出す。
「遅ぇーよ。栞ちゃんがほとんどやってくれてるぞ」
雛乃にそう告げてから栞ちゃんに目を向けると、ちょうど雛乃のあくびが移ったところだった。
「あっ……」
目が合ったまま、栞ちゃんの顔がみるみる赤くなっていく。
口元を手で隠し、恥ずかしそうに俯いてしまった。
……なんだか、こっちまで恥ずかしくなってくる。
俺は上がった熱を冷ますように、コップの水を飲み干した。
「あらあら、朝からお熱いわね〜。そう思わない? 淳さん」
いつの間にか、雛乃が淳の隣へと移動していた。
「あらやだ、んもう。わたち、恥ずかしくて見てられないわ」
顔を隠した指の隙間から、こちらをチラチラと覗く淳。
お前はいちいちそのノリに乗っかるんじゃない。
ああ、神よ。
なぜこの2人を引き合わせてしまわれたのですか……。
俺は神を心底憎んだ。
そんな俺と栞ちゃんをよそに、2人は勝手に盛り上がり始める。
「淳さん久しぶり〜。いつぶり〜?」
「いぇーい! ひなちゃんおひさー! 元気してたー?」
「元気元気〜! 淳さんは?」
「絶好調〜!」
「「いぇーい!」」
パァンッ!
勢いよくハイタッチを交わす2人。
……なんなんだ、この空間。
朝から陽のオーラが強すぎる。
お前ら2人で太陽光発電でも始めろよ。
その方が余程世の中のためになる。
「そういえば淳さん、お父さんが倒れたって聞いて来てくれたんでしょ?」
「そうそう。大丈夫なの?」
「うん! 昨日もお母さんに怒られながらテレビ見てたよ!」
「なーんだ! よかったわー!」
「でしょー?」
「いや、心配して来てくれたんだから、もう少し説明してやれよ」
俺が口を挟むと、2人が同時にこちらを向いた。
「「お前は黙ってろ!」」
……おい。
なんで息ぴったりなんだよ。
「栞ちゃん」
「は、はい?」
「あの2人には近づかない方がいい」
「えっ……?」
「馬鹿が移る」
「聞こえてるぞーばーか!」
「おにぃのばーか!」
……ほらな。
もう帰りたい。
♢
「いらっしゃいませー!」
開店と同時に、待っていた常連さんたちが次々と店内へ入ってくる。
仕事納めを終えた人たちが集まり、昼間から酒を飲みながら今年の出来事を語り合う。
毎年恒例の光景だ。
もっとも、俺たちにとっては単純に忙しいだけなのだが。
「恭佐さん、山田さんのお料理、できていますか?」
「ああ、ちょうどできたところだ。頼む」
「はい!」
栞ちゃんが盆を手に取り、料理を運んでいく。
最初こそ慣れない様子だったが、3日目ともなれば随分と手際がよくなっていた。
それだけではない。
ここ数日で、常連さんたちの顔と名前まで随分と覚えたようだった。
「山田さん、お待たせしました。生姜焼き定食です」
「おっ、ありがとう! もう名前覚えてくれたのかい?」
「はい。昨日もいらっしゃいましたよね?」
「ははっ! こりゃ嬉しいねぇ!」
栞ちゃんが柔らかく微笑む。
「ごゆっくりどうぞ」
丁寧に頭を下げて、次の仕事へと向かっていく。
……うん。
随分と自然に笑うようになったな。
そんなことを考えていると、入口から声が聞こえてきた。
「おーい、淳!」
「おっ、来た来た!」
淳が立ち上がり、入口へと手を振る。
そこには、男女2人の姿があった。
……ん?
どこかで見たことがあるような。
「久しぶりー! 相澤くん!」
女性の方が、こちらへ笑顔を向けてくる。
「ああ、どうも。お久しぶりです」
「元気だった?」
「ええ、おかげさまで」
……誰だっけ。
いや、待て。
見覚えはある。
確か大学時代に会ったことが……。
「恭佐、覚えてるよな?」
淳がニヤニヤと笑っている。
「当たり前だろ」
「じゃあ、名前言ってみ?」
「…………」
くそ。
なんでこいつ、こういう時だけ察しがいいんだ。
「いや、ほら。久しぶりすぎて、なんて呼んでたか一瞬迷っただけだよ」
「ふーん?」
「おい淳、いいから席案内してやれよ」
「はいはい」
危ない。
余計なことを言う前に話題を変えよう。
「こちらへどうぞ」
栞ちゃんが2人を座敷へ案内する。
「あら、ありがとう」
女性が栞ちゃんに微笑みかける。
「お飲み物はどうされますか?」
「じゃあ、私はウーロン茶で」
「俺も同じので」
「かしこまりました」
丁寧に頭を下げて、栞ちゃんが厨房へと戻っていく。
「……なあ、恭佐」
淳が小声で話しかけてきた。
「なんだよ」
「あの子って……」
「あとでな」
「……りょーかい」
珍しく素直に引き下がる淳。
……まあ、こいつも馬鹿ではない。
騒がしいだけで。
♢
昼の忙しさがひと段落した頃。
俺は淳たちの座敷へと足を運んだ。
「お疲れー!」
「おう」
「いやー、相変わらず繁盛してんなぁ」
「年末だからな」
淳の隣では、先ほどの男女が仲良さそうに話していた。
……そういえば。
この2人、確か大学時代の合コンで知り合ったんだっけ。
確か、そう、田中と佐藤さん。
「相澤くん、久しぶりだね」
「ああ、どうも。ご無沙汰してます」
「なんか雰囲気変わった?」
「そうですか?」
「うん。前より少し、明るくなったような」
「気のせいじゃないですかね?」
「そんなことないと思うけどなぁ」
……まあ、7年も経てば人は変わる。
「お前、あの頃はもっと愛想なかったもんな」
田中が笑いながら口を挟む。
「久しぶりに会ってそれかよ」
「いやいや、褒めてるって」
「どこがだよ」
そんなやり取りをしていると、女性が改まった様子で口を開いた。
「実は今日、相澤くんに報告したいことがあって」
「報告?」
「うん。私たち、結婚することになったの」
「……おお!」
思わず声が出た。
「それはなんというか、おめでとうございます。だな」
「ありがとう!」
笑顔が眩しい。
疲れた目に沁みてきた。
「いやー、ようやくだよ」
田中が照れくさそうに笑う。
「長かったなぁ」
淳がしみじみと頷いた。
……なるほど。
7年前のあの合コンから、ずっと付き合っていたのか。
素直にすごいと思う。
「それでね、相澤くん」
「はい?」
「よかったらその、結婚式に来てほしいの」
「……俺が?」
「うん。もちろん!」
佐藤さんが嬉しそうに頷く。
「あの時の合コンがなかったら、私たち付き合ってたかわからないから……」
「まあ、その可能性もありますね……」
「淳くんがみんなを集めてくれたけど、相澤くんも来てくれたから、あの日付き合えたと思ってるの」
……そうだったっけ。
正直、そこまで何かした覚えがない。
「だから、私たちが出会うきっかけの1人なんだよ。ぜひ来てほしいなって」
「……そういうことなら、喜んで」
「本当!? ありがとう!」
佐藤さんが満面の笑みを浮かべる。
そして田中も嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうな、相澤」
「いやいや。こちらこそ、おめでとう」
……なんだか、こういうのもいいな。
7年前に偶然出会った2人が、こうして結婚する。
人生、何がきっかけになるか分からないものだ。
「おめでとうございます」
いつの間にか近くに来ていた栞ちゃんが、2人へ声をかけた。
「あら、ありがとう!」
「ご結婚されるんですね。素敵です」
栞ちゃんが柔らかく微笑む。
「そうなの。もう7年も付き合ってるんだけどね」
「7年……」
「うん。大学生の頃に知り合って、そのままずっと」
「そうなんですね……」
栞ちゃんは感心したように頷いていた。
「ちなみに、どこで知り合ったと思う?」
淳が楽しそうに口を挟む。
「えっと……大学でしょうか?」
「惜しい! 合コン!」
「あっ……!」
栞ちゃんが小さく声を上げる。
そして、何かに気づいたように俺たちの顔を見回した。
「……もしかして」
「ん?」
「田中さんと、佐藤さん……ですか?」
「「えっ?」」
男女2人が同時に声を上げた。
「……えっ?」
栞ちゃんも不思議そうに首を傾げる。
「……栞ちゃん」
「はい?」
「それ、誰から聞いた?」
「えっ? 恭佐さんからですけど……」
「…………」
一同の視線がゆっくりと俺へ向けられる。
ニヤニヤ。
「へぇ〜? 相澤くん?」
佐藤さんが口元を押さえている。
「田中さんと佐藤さん、ねぇ?」
男性も肩を震わせ始めた。
「……いや、あの」
「ぷっ……!」
淳が耐えきれずに吹き出す。
「ぶははははっ!!」
そして、3人が一斉に笑い始めた。
「やっぱり覚えられてなかったかー!」
「ちょっと! 7年経っても名前覚えてないの!?」
「しかも田中と佐藤って! 適当すぎるだろ!」
……くそ。
完全にやらかした。
「えっ? えっ?」
栞ちゃんが困惑した様子で俺と3人を見比べる。
「恭佐さん……?」
「……ごめん」
「えっ?」
「前に話した時のその名前、俺が適当につけた」
「ええっ!?」
栞ちゃんの顔が真っ赤になる。
「わ、私……失礼なことを……!」
「いやいや! 栞ちゃんは悪くないよ!」
佐藤さん?が笑いながら手を振る。
「悪いのは全部こいつだから!」
田中?が俺を指差した。
「……反論できねぇ」
「おにぃー!」
そこへ、最悪のタイミングで雛乃がやってきた。
「なになにー? なんか楽しそうじゃん!」
「ひなちゃん聞いてよ! こいつさぁ!」
淳が嬉々として事情を説明し始める。
……終わった。
俺の平穏な年末が、音を立てて崩れていく。
「ぶはっ!」
雛乃が盛大に吹き出した。
「おにぃ! それはないってー!」
「うるせぇ!」
「しかも栞ちゃん、ご本人の前で言っちゃったの!? 最悪じゃん!」
腹を抱えて笑う雛乃。
「分かってるよ!」
……くそ。
全員敵かよ。
「ハッ!!ってことはマイケルとキャサリンは!?」
雛乃が笑いの燃料を追加投入する。
「おいおい、誰がマイケルでキャサリンなんだ?」
淳もそれに乗っかる。
そして平和にも大炎上する昔話。
神様。
先ほどは憎んでしまって申し訳ありませんでした。
ですから、どうか。
この馬鹿どもを黙らせてください。
♢
ひとしきり笑い終えた頃。
栞ちゃんは厨房の手伝いへ戻り、雛乃も母さんに呼ばれて仕事へ戻っていった。
座敷には、ようやく落ち着いた空気が戻ってきた。
「いやー、笑った笑った」
「お前ら、笑いすぎだろ」
佐藤さん?は目尻の涙を拭いながら笑う。
「名前くらい覚えてくれよなー」
「……すまん」
「まあ、いいけどね」
田中?が苦笑する。
「でもまぁ、結婚式までには覚えといてくれよ?」
「努力します」
「努力じゃなくて覚えろよ!」
また笑い声が上がる。
……まったく。
今日は一生分笑われた気がする。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
女性が時計を確認して立ち上がった。
「ああ。相澤、今日はありがとな」
「いや、こちらこそ。改めて結婚おめでとう」
「ありがとう。招待状、また送るね」
「楽しみにしておくよ」
2人を店の入口まで見送る。
外は相変わらず寒かったが、2人は肩を寄せ合いながら楽しそうに歩いていった。
……幸せそうだな。
7年前。
あの合コンで出会った2人。
俺は美麗と付き合うことになり、あの2人も付き合い始めた。
同じ場所から始まった関係が、7年経ってこんなにも違う形になるとは。
……まあ。
俺も今は、悪くないけどな。
「……恭佐」
隣にいた淳が、ふいに声をかけてきた。
「ん?」
「ちょっといいか?」
「なんだよ」
先ほどまでの騒がしい調子とは違う。
淳は店内をちらりと振り返り、周囲に誰もいないことを確認した。
そして、俺にだけ聞こえるくらいの小さな声で呟いた。
「……そういえばさ」
「ん?」
「ついこの間、美麗ちゃんから連絡があってさ」
「…………は?」
思わず眉をひそめる。
……美麗?
今さら、なんの用だ。
淳は少しだけ言いづらそうに視線を落とした。
「……お前の連絡先、教えてほしいって聞かれたんだよね」
…………。
は?
いかがでしたでしょうか?
7年前の合コンメンバーとの再会。
そして衝撃の事実。
はたして田中と佐藤の本名とは!?
次回、田中と佐藤の真名編!!
という冗談はさておき、最後何やら不穏な空気が流れましたね。
まだまだ先ですが、どうなることやら。
引き続きお楽しみいただければ幸いです!
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