相澤食堂へようこそ。
「いらっしゃいませー」
厨房から来店者へと声をかける。
「おう! 恭佐のボウズじゃねーか! 珍しいな! それにしてもデカくなったなー」
「山さん、もう28ですよ。ボウズはやめてください。あと最後に会ったの大学ですよ?」
「はっはー! 細かいこたぁー良いんだよ。それに……」
山さん。相澤食堂の昔からの常連さん。
俺たち3人は、ぎっくり腰で動けない親父の代わりに、店の手伝いを任されていた。
「ヒナちゃんはまた一段と美人になったなー!!」
「ありがとうございまーす♡ サービスは唐揚げで良いですかー?」
ゴツン。
雛乃の頭を小突く。
「ったーーーーっ!! なにすんのっ!!」
「真面目にやれっ」
「ぶーぶー。山さん! おにぃがいじめるー!!」
「おうおう、恭佐〜。ヒナちゃん泣かしたらオジサンが許さねーぞ?」
「もういいだろ。はい、注文は……いつもの生姜焼き定食、ご飯大盛りでいいですね」
「おっ、覚えてたかー。だがな、甘いぞボウズ。ご飯は小盛りだ!」
「え?」
「健康診断に引っかかってなー。ご飯減らさないと女房に怒られるんだよ」
「そういうのは先に言ってくれ……」
「母さん、生姜焼き定食、ご飯小盛りひとつ」
厨房を担当する母にオーダーを伝えて、付け合わせなどのフォローに入る。
ホールメインの雛乃、そして栞ちゃん。
今は雛乃が栞ちゃんに接客の流れを教えているところだった。
「台拭きがここでー、お水はここ、洗い物は〜まぁおにぃがやるでしょ」
「テキトー教えんな」
「…………」
栞ちゃんは真剣にメモを取っていた。
栞さん? 最後のはメモしてないよね?
「栞ちゃん、気楽にやってくれていいよ。ほとんど昔からの常連さんだから」
「は、はい!」
見るからに緊張していた。
まぁ、慣れてもらうしかないだろう。
「嬢ちゃん! 水くれー!」
「は、はい! ただいま!」
あたふたと慌てる栞ちゃん。
少し心配だが、自分の仕事へと戻る。
「何かあればすぐに俺に教えて!」
「はい!」
ホールは栞ちゃんに任せて、自分の仕事に集中しよう。
ゾロゾロ。
「こんちわー! おっ、今日はヒナちゃん居るのかい。こりゃラッキー!」
一気にお客さんが入店する。
席はどんどん埋まっていった。
「えっと、えっとー」
案内と水の提供で慌てる栞ちゃん。
さすがにいきなりは勝手も分からないので無理もない。
俺は厨房から栞ちゃんに指示を飛ばす。
「栞ちゃん、案内とオーダーは雛乃に任せて、最初は水と商品の提供に専念しよう」
「分かりました。でも雛乃ちゃん1人で大丈夫でしょうか?」
「あー、多分大丈夫だ」
「分かりました……多分?」
「まぁ、見てれば分かるよ」
「ヒナちゃん久しぶりだねー! お仕事どうだい?」
「佐々木さん久しぶりー! 3日前くらい? あっ、松本さんも久しぶりー! 元気してたー?」
入店してきたお客さんにそれぞれ挨拶しながら、席を促す。
「おかーさーん! ハンバーグ定食と唐揚げ定食おねがーい! あっ、ご飯は大、並でー」
「はいはい。恭佐、お皿と盛り合わせお願い」
「りょーかい」
そして次々と出来上がる商品を栞ちゃんへと託す。
「どちらまでお運びすれば……」
「ああ、ごめんな。ここ常連ばかりだから、ほとんどオーダー顔パスなんだよ」
栞ちゃんは目を丸めて一瞬フリーズする。
「えっ、じゃあさっきの雛乃ちゃん……」
「そ。あいつ1番働いてた時間長いから、ほとんど覚えてるんだよ」
「す、すごいですね……」
感心する栞ちゃんは、お客さんと談笑している雛乃を見て目を輝かせる。
「まぁ、お客さんのことで分からないことあれば、雛乃に聞くのが1番だから」
「分かりました! 行ってきます!」
緊張はほぐれた様子。
なんだか一段と気合が入ったように見えた。
♢
〜栞視点〜
「雛乃ちゃーん、これは……」
「あっ! そことそこ! 佐々木さんと松本さん!」
「お待たせしました。こちら、唐揚げ定食でございます」
商品を提供したところで、お客様にじーっと見つめられる。
「あっ、君が例の……」
「えっと……?」
「いやーヒナちゃんが『私にもついに妹がー!』って」
「あはは……」
困惑していたところ、常連のおじさんが顔を寄せ、小さな声で話しかけてくる。
「で、実際どうなんだ? 恭佐とは」
にやにやとした表情で聞かれる。
「そ、そんな、恭佐さんとは、その……」
「ガハハッ! 悪かった! まったく、いいねー若いってのは!」
そう言って膝を叩きながら大きく笑う。
似たようなことを、ほとんどのお客様から聞かれてしまった。
その度に返事を濁す。
改めて私は恭佐さんのことを……。
お客様が帰った席を片付けながら、そんなことを考えていた時だった。
ーーガチャーン。
ガラスの割れる音。
どうやら雛乃ちゃんが食器を落としたらしい。
派手な金髪の男性の服には、雛乃ちゃんが持っていたコップからこぼれた水がかかっていた。
「おいテメェ! さっきからふざけんなよ!?」
静まり返る店内。
「申し訳ございませーん」
抑揚のない淡々とした声。
「それが接客する態度か!? ナメてんじゃねーぞ?」
少し目を離した隙に、なにやら大事になってしまったみたいだ。
雛乃ちゃんの様子は後ろからでよく見えなかった。
「飯に髪が入ってて、ただでさえ気持ち悪りぃーもん食わせておいて、さらに水までぶっかけやがって! それがその客に対する店の態度かって聞いてんだよ!」
異物混入。
私も飲食店でアルバイトをしていたから、よく分かる。
本当にクレーム対応は、お客様の温度感で対応が難しくなってしまう。
なんとか手助けに入ろうとした。
「あの、お客様……」
「ああっ!? てめぇは今関係ねーだろ!」
思わず耳を塞ぎたくなる大声。
あまりの剣幕に、私は一歩、後退りしてしまった。
そんな時。
「失礼ですが、お客様ー」
雛乃ちゃんの淡々とした声。
「ああ?」
なおも威圧する男性。
「当店に金髪の従業員はおりません。あれ? おかしいですねー。この色と長さ……どこかで見たような……」
そう言って目の前のお客様を見つめて、ぽんっと手を叩く。
「ああ! なるほど、お客様の髪と同じ色だからかー。なるほどなるほどー」
ガシッ。
男が雛乃ちゃんの腕を掴む。
雛乃ちゃんは一瞬、苦悶の表情を浮かべた。
しかし、すぐにいつもの調子へ戻る。
「困りますお客様……私には心に決めた殿方が……」
ブチッ。
音が聞こえたような気がした。
次の瞬間、男は立ち上がり、拳を握り振りかぶる。
その先を想像して、私は思わず目を覆ってしまった。
「…………」
想像していたような鈍い音は届いてこなかった。
「お客様、従業員への許可のない接触はご遠慮お願いいたします」
目を開くとそこには……。
振りかぶった男の腕を掴み、淡々と告げる恭佐さんの姿。
「誰だテメェは?」
なおも突っかかる男性。
「ただの厨房担当です。髪の毛が入ってしまっていたみたいですね」
チラッとテーブルの商品を確認する恭佐さん。
「申し訳ございません。本日のお代は結構です。頭から水もかかっております。冬ですので風邪を引かれては大変です」
「ああ!? これはそっちがやったんだろうが!!」
声を荒げる男性。
対する恭佐さんは……。
目を瞑り、深呼吸。
そしてーー。
「だからさっさとお引き取りください。帰れって言ってんの、まだ分かんない?」
「はぁ!? んだとコラッ!! んなこと言ってタダで済むと思ってんのか!!」
そう言って周りを見た男。
いつの間にか周りの常連さんたちが近くまで来て、取り囲んでいた。
「にぃちゃんよー、気持ちは分かるが来る店間違えてるよ」
「そうだなー。この店は3回に1回は水ぶっかけられるからなぁー」
「そうそう、雛乃ちゃんの髪の毛なんて頼んでも入れてくれねーってのに」
「なんだよ……なんなんだよお前らは!!」
男が怯む。
そして最後の決め手となったのは……。
「おう! 商品に不備があったって? 悪いな! 店主の正人だ! お詫びをしたいから裏で少し話をさせてもらえないだろうか?」
そう言って男の肩に腕を回す。
正人さんの身体はその男よりも2回り以上大きく、男の顔がみるみる青ざめていくのが分かった。
「くそっ! やってられるか! 2度とこねぇよ!」
腕を振りほどき、逃げるように走り去っていく男の背中。
「またおこしくだしゃーませー」
今日1番やる気のない声で、恭佐さんがお見送りした。
数秒の静寂。
お客様それぞれは自分たちの席へと戻り、またわいわいと食事を再開した。
何事もなかったように。
「あははー手滑っちったー! ごめんねーみんなー!」
いつもの調子で割れたグラスを片付けていた。
いつもの調子で……。
私は心配になった。
「いつものことだろー?」
「こっちなんかご飯小盛りにしたら、野菜マシマシにされたよまったく!」
「俺なんかまだ水かけてもらってないんだけどー?」
再び笑いに包まれる店内。
「おい、雛乃」
「なぁに? おにぃー?」
「顔に水かかってんぞ。ちゃんと顔拭いてこい」
そう言ってタオルを雛乃ちゃんの頭へと被せる。
「うん……ちょっと顔、洗ってくるね……」
雛乃ちゃんは「お色直し行ってきまーす!」という元気な掛け声を残し、裏へと入っていった。
「ごめんな、栞ちゃん」
「いえ、その、私こそ何もできなくて……」
「栞ちゃんのせいじゃないしな。でも、びっくりしたろ」
「そう、ですね。さっきの人もですけれど、常連の皆さんが……」
「ははは、そうだよな。どんだけこえーんだよって」
優しく笑う。
「この店さ、雛乃が生まれた頃に開店したんだよ」
「……えっ!?」
「ほら、親父が怪我してって話したろ? その後、親父が『何か人のためになる仕事がしたい』。そう言って始めたのがこのお店」
「人のために、ですか?」
「そそ。ほら、消防で被災地とかにも行くことが多かったりしてさ。だから何か人のためになることをやりたかったんだと。結構損益ギリギリなんだぜ? 顧客ファーストのせいで」
呆れた様子の恭佐さん。
でも周りを見れば、みんな笑顔だった。
「だからさ、この人たちにとってはさ、雛乃も自分の娘くらいに大切に思ってくれてんだよ」
ああ、そうか。
恭佐さんや雛乃ちゃんが温かいのって……。
「よう! 色男〜。さっきのあれ、ガシッてやるの、もっかいやってくれよ〜」
「料理下げますよ」
ぶっきらぼうに吐き捨てる彼。
彼の背中は、父親の正人さんとは違って大きなわけではない。
だけど、とても逞しく見えた。
♢
〜恭佐視点〜
悪質クレーマーの残した食器を片付けて、母さんへと報告を済ませる。
「いつも悪いわね〜」
「いいよ。母さんが出る方がやばいから」
「あらあら、それはどういう意味かしら?」
凍えるような笑顔を向けられ、思わず身震いする。
母さんは相手の尊厳をコテンパンにするからな。
なんてことは絶対に言えない。
「親父を寝かしつけてくるよ」
母さんから逃げる言い訳を使い、出張ってきた親父を休ませるように連れていくのであった。
親父を和室の布団へと放り投げた帰り、トイレへと寄る。
コンコンーー。
ガチャ。
中から雛乃が出てきた。
「手、大丈夫か?」
「……お兄ちゃん……」
力なく答えた雛乃の目は少しだけ赤く、身体を震わせていた。
「だからあんま無茶するなって、あれほど」
「だって……お母さんのせっかく作った料理をバカにして、更にタダにしろって……それに!」
「だからって水をかけるのはやり過ぎだ」
妹の頭に手を乗せる。
一瞬ビクッとしていたが、朝のデコピンが効いているのだろう。
しかし今回は撫でてやる。
「ごめん……」
しょぼくれる雛乃。
「だけどな、正直見てて、スカッとしたわ!」
表じゃ絶対言えないけどな。
2人の時くらいはいいだろう。
「おにぃ、性格悪いよー」
少しだけいつもの雛乃が戻ってきた。
「顔洗ったならさっさと戻ってこいよ。いつまでもサボってたら今晩のおかずがなくなるからなー」
「うん……」
「相澤家の家訓その1」
雛乃に問う。
「働かざる者食うべからず! でしょ!」 「よろしい」
雛乃を後にし、俺はキッチンへと戻った。
「雛ちゃんは大丈夫そう?」
料理を作りながら母さんは呟く。
「まぁ大丈夫だろ」
「そう、ありがとうね。お兄ちゃん」
「気持ち悪いからやめてくれ」
そして母さんから逃げるように配膳のフォローへと向かった。
「お帰りなさい。その、お疲れ様でした!」
なぜだか顔が赤い栞ちゃんが、労ってきた。
よく分からん。
周りのお客さんも何やらにやにやしている。
何を吹き込んだ?
今日何度目かのため息をついた。
えーいかがでしたでしょうか?
今週は雛乃や恭佐がどんな環境で育ったかを、栞ちゃんが知っていく流れがメインとなります。
きっと2人はとても温かい環境で育ったんですね。
なんだかお客様の中に変態が紛れていた気がしますが…
さて、気がつけば10万字まであと少し。
当初は15万字くらいで終わるかなーっと思っていたら、20万字くらいになりそうで焦っております。
なぜか?
雛乃が勝手に喋るからです。
言うこと聞いてくれないんです。
20万字で終わるかも怪しい。
御免なさい。
引き続き3人を温かく見守って下されば幸いです。
あっそろそろヤツがちらっと出るよ〜
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