雛乃、生きる。
〜雛乃視点〜
パァーーーンッ!!
店内に響き渡る破裂音。
脳天を貫く、デコピン。
「いっーーーーたぁーーっ!!」
「雛乃てめぇ!!」
うわー、お兄ちゃんすっごい怒ってる。
額を押さえながら涙目になる。
これはしばらく許してくれないかも。
そう思った時だった。
「よかったぁ……」
「…………??」
その場にいた全員の視線が、栞ちゃんへと集まる。
「本当に、よかったぁ……」
そう言って脚から力の抜けた栞ちゃんは、涙を溢れさせながら、その場で腰を抜かしてしまった。
ああ、私は本当に酷いことをした。
なのに、本当にこの娘は……。
「大丈夫か、栞ちゃん……」
お兄ちゃんが駆け寄る。
そんな2人の姿を見ていたら、涙が溢れてきた。
でもこれはきっと、さっきのデコピンのせい。
そう自分に言い聞かせた。
♢
〜恭佐視点〜
「落ち着いた?」
栞ちゃんを座敷タイプの席で休ませながら、落ち着くのを待つ。
母さんと親父も、栞ちゃんが落ち着くのを待ってくれていた。
「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
そう言って微笑んだ彼女を、両親は温かく見つめる。
「改めまして、恭佐の母、香織です」
「父の正人だ。挨拶が遅れて悪いな!よろしく!」
両親がそれぞれ挨拶を済ませる。
「はい。こちらこそ、ご挨拶が遅くなってすみません。私、榊原栞と申します」
深々とお辞儀をする。
その所作ひとつひとつが美しく、思わず見つめてしまった。
「あらあら、恭佐。随分とまぁ可愛らしい子、連れてきたじゃない」
にやにやとこちらを揶揄う様子は、やはり親子。
雛乃に通ずるものがあった。
いや、こちらがオリジナルか。
「それで正人さん、お身体は大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、これな。まぁ数日寝とけばなんとかなるだろ!」
ガハハと笑う父。
前職の名残とはいえ、体格の良い親父。
古傷もあるし、全盛期と同じような無茶は控えてほしいんだが、仕方ない。
止めたところで止まらないのが、この親父だ。
「それと、香織さんは随分とお若いんですね。雛乃ちゃんのお姉さんかと思っちゃいました」
確かに家族贔屓抜きでも、50歳とは思えない若さをしていると思う。
30代で時間が止まってるのかと、少し怖くなる。
「あらやだ、あなた。お若いですって♡」
「ガハハ、香織はいつでも綺麗だからな! 俺はいつでもいけるぞ!」
真昼間から大学生の女の子の前で何言ってんだ。
「いちゃつくのは2人きりの時にしてくれっ」
視線を栞ちゃんへと移す。
顔をほんのり赤く染め、もじもじとしていた。
そんな栞ちゃんの姿を、両親は優しく見つめていた。
♢
「雛ちゃん」
母さんが、部屋の隅で正座していた雛乃を呼ぶ。
びくっと肩を震わせた雛乃は、恐る恐る栞ちゃんの前へと向かった。
「ごめんなさい」
そして、頭を深々と下げた。
栞ちゃんのお辞儀とは違い、不格好。
でも今の雛乃からは、それだけでも十分反省が伝わるような、そんな心からの謝罪に見えた。
「顔を上げてください」
子どもをあやすような、そんな優しい声。
顔を上げた雛乃は、今にも泣き出しそうだった。
「大事に至らなかった。それで、良かったです」
そう言って、栞ちゃんは雛乃を抱き寄せた。
そして雛乃は、辛うじて堪えていた涙を溢れさせた。
雛乃を優しく抱き止める栞ちゃん。
それを優しく見守る両親。
「……優しい子ね」
母さんが、小さく呟いた。
…………ん?
いや、そうなんだけど。
今回は全部雛乃の自業自得じゃね?
なんだこの空気。
一人、天井を見上げ、そう思った。




