死神の足音。
12月25日
〜雛乃視点〜
私たち3人は車を走らせていた。
「おにぃ……」
「急かすなっ……」
「大丈夫……でしょうか……?」
焦るお兄ちゃん。
そんなお兄ちゃんの思いとは裏腹に、朝の通勤ラッシュで車はなかなか進まない。
ふと窓の外を眺める。
重く淀んだ空。
差し込む影は暗く、まるで死神のようだった。
「…………」
お兄ちゃんには悪いけれど、私は、このまま目的地まで着かなければ良いとさえ思ってしまった。
♢
12月24日夜
〜恭佐視点〜
『良い子にしてないとサンタさん来ないから、今日は早く寝る〜!!』
そう言って、雛乃は真っ先に寝た。
23にもなって何を言ってんだあいつは。
栞ちゃんのバイト先は、年末年始でしばらく休みになるらしい。
俺は明日が仕事納めのため、早めに寝室へと向かう。
「そうだ。明日仕事納めだから、もしかしたら帰り遅くなるかも」
隣で寝支度を整える栞ちゃんへと伝える。
「あっ、忘年会というものでしょうか?」
「そうそう。具体的に決まってるわけじゃないんだけど、上司次第で参加になるかもしれないから」
「わかりました。そうしたら、明日のお夕飯は冷凍して保存の利く物で用意しますね」
「助かるよ。ほんと、1人じゃそこまで気が回らないから」
「いえ、少しでも恭佐さんの力になれればと」
「十分すぎるくらいだ」
ほんと、そのうち頭が上がらなくなりそうだと思った。
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこっちなんだけどな」
「いえ、間違ってませんよ」
ここ最近、よく見るようになった笑顔。
今日も1日色々あったが、最近は特に栞ちゃんと話すと、どこか気持ちが軽くなる気がした。
「俺は明日もあるし、早めに寝ることにするよ」
「はい、また明日ですね。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
電気を消す。
雛乃の心地良さそうな寝息を聞きながら、意識は緩やかに闇の中へと沈んでいった。
ゆさゆさ。
「おにぃ……! お兄ちゃん!!」
ゆさゆさ。
大きな声とともに身体を揺さぶられ、目が覚める。
時計を見ると、時刻は6時半を回ったところだった。
予定の時間より30分ほど早い起床に、少しだけ眉をしかめる。
「なんだよ……」
「大変なの……!」
「なにが……」
お前の頭はいつも大変なことになってるよ。
そう思いながら、大きな欠伸を吐き出す。
「お父さんが!!」
「親父が?」
「倒れたって!!」
「……え?」
雛乃の声で起きたのだろう。
視界の端では、栞ちゃんが顔を真っ青にしているのが見えた。
くそっ……何してんだよ、親父!
俺は急いでベッドから飛び降りた。
♢
なかなか進まない車に、少しだけ苛立ちが募る。
後部座席では、雛乃が俯いたまま。
朝、母さんから電話で父が倒れたと聞き、余程混乱していたのだろう。
「恭佐さん……」
心配そうに栞ちゃんがこちらを窺う。
「ごめん、栞ちゃん。巻き込んじゃって」
「い、いえ……」
栞ちゃんも顔が真っ青だった。
病気で母を亡くしたばかりだ。
人の命に関わるかもしれない。
そんな逼迫した空気は、何度味わっても慣れるものではないのだろう。
「悪い。親父はさ、昔消防士だったんだ」
どうにか気を紛らわせようと話をする。
静かに耳を傾ける栞ちゃん。
雛乃は俯いており、ミラー越しでは表情が窺えない。
「それで、救助活動中に大怪我を負って引退」
「…………」
栞ちゃんの表情が一段、暗くなる。
「もちろん今ではピンピンしてる。してたんだけどな……」
元気づけようとしたが、余計な一言が口から漏れてしまう。
バックミラー越しに確認した雛乃は、俯いたまま震えていた。
まだ、雛乃が生まれる前。
親父が事故で大怪我を負った、あの日。
小さかったけれど、今でもよく覚えている。
母の取り乱した姿……。
「…………」
パチーンッ!!
「…………!?」
湿った空気とヘタレた自分を吹き飛ばすように、両頬を叩く。
ジンジンとした痛みが、頭を急速に冷やしてくれる。
「悪い! 弱気になってた。大丈夫、あのゴリラが簡単にくたばるわけないからな!」
そう言って、なんとか栞ちゃんに笑顔を向けた。
♢
家を出てから1時間。
普段ならもう少し早く着くところだが、渋滞に巻き込まれて思ったより時間がかかってしまった。
相澤食堂。
父が消防士を退いてから、母と2人で営んでいる小さな食堂。
俺たち兄妹は小さい頃、よく家の手伝いで働かされたもんだ。
最短で店内に入れる、食堂側の駐車場へと車を停める。
雛乃は俯いたまま動かない。
心配した栞ちゃんが、肩を貸すようにして雛乃を連れ出す。
「ごめん、栞ちゃん……雛乃、頼んだ」
栞ちゃんには申し訳ないが、俺も雛乃に気を配れるほど冷静ではいられなかった。
早足に食堂の入り口へと向かう。
「母さん!!」
ガチャンッ!
入り口を開けるには不要なほど、手に力が入っていた。
そのままずかずかとホールを通り抜ける。
乱暴な足音を立てながら進む。
不意にホールと居住スペースの境にある従業員休憩所から、母が顔を出した。
「恭佐……!」
驚いた様子の母。
詳しく聞きたいことは山ほどあったが、今はとにかく父の状況を確認したかった。
「母さん、親父は!?」
母は一瞬目を伏せた後、口を開いた。
「今は寝てるわ……」
そんなやり取りをしていたところで、雛乃を連れた栞ちゃんがお店へと入ってきた。
「あら、雛ちゃんと……」
「母さん、今はそれより親父のことっ」
ガタッ。
「なんだぁ……ててっ。おー、いてぇー」
母の後ろ。
休憩所から壁に手をつきながら、よろよろとゴリ……親父が顔を出した。
「親父……」
「よう、恭佐か! なんだぁ、わりぃな! お前まで!」
ガハハと笑う親父。
状況が飲み込めず、母へと視線を向ける。
母さんは頬に手を当てながら口を開いた。
「あら、雛ちゃんから聞いてない? お父さん、ぎっくり腰で倒れちゃって。お仕事手伝ってーって」
今朝の情景がフラッシュバックする。
『お父さんが!!』
『親父が?』
『倒れたって!!』
「…………」
後ろを振り向く。
今回の騒ぎの発端となった女。
一同の視線を集めたその女は、小さく身震いした後、天を見上げて語り出した。
「そう、これは今朝のこと……」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
助けて下さい。
本業と毎日投稿のストックという死神が、首元へと鎌を突きつけてきます。
では、また次回お待ちしております。
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