ホラーナイトクリスマス〈前編〉
食材の調達を終え、栞ちゃんと2人で帰宅する。
ガチャ……。
玄関を開け、電気をつけようとしたところで異変に気がつく。
「きょ……恭佐さん……あれ……」
陽も落ちて、すっかり真っ暗な室内。
しかし、リビングへと繋がる扉のスモークガラスから、ぼんやりとした灯りが漏れていた。
「だれか……います?」
栞ちゃんは怯えながら、俺の裾を掴む。
「大丈夫だよ」
そう言って栞ちゃんを後ろに下げつつ、リビングへと向かう。
そして、ドアを開けた。
そこには、蝋燭に照らされた雛乃の姿があった。
「ひっ……!!」
後ろから恐る恐る覗いた栞ちゃんが、恐怖のあまり再び引っ込んでしまった。
「うおっ、気持ち悪っ……」
真っ暗な部屋。 蝋燭の光に照らされた雛乃。
焦点が定まらず、ぼーっとした瞳。
口元には真っ赤な液体。
両手にはナイフとフォークを握りしめていた。
さながらホラー映画のワンシーンのようだった。
おそらく口元の液体は、ケーキのいちごかベリーか何かだろう。
「おにぃ……どう……して……」
どうして助けてくれなかったの?
そんな雰囲気で来られても困るんだが?
ほら見ろ、後ろで栞ちゃんがガタガタ震えてるじゃねーか。
「ったく、何やってんだよ……」
そう言って電気をつける。
「何やってんだじゃないよ! まったく!!」
ようやく雛乃がいつもの調子に戻る。
そこでやっと、栞ちゃんが安堵の息を漏らした。
「その……雛乃ちゃん、なに、してたの?」
なんとか立て直したその笑顔は、少し引き攣っていた。
「2人とも何じゃないよ! 今日はなんの日かわかってるの!?」
栞ちゃんと2人、目を合わせる。
2人して天井を見上げ、そして首を傾げた。
「……強いて言うなら……」
「……『平日』でしょうか?」
ものの見事に平日がハモった。
「かーーーーーっ!!」
両手のナイフとフォークを上下に振り、雛乃が抗議の意を示す。
とりあえず怖いから、ナイフは置けって……。
「ク! リ! ス! マ! スゥ!! イヴ!!」
「あぁー、そういえば……」
「確かに、スーパーもそんな感じでしたね?」
「……なぁんでよ!! なんで! 若い男女が同棲までしてるのに!! 『強いて言うなら……平日?』なのよ!!」
「いや、だって……」
「毎年アルバイトでしたし……」
「かーーーーっ!!」
何その「かーー」ってやつ。
ハマってんの?
相手にすると調子に乗るので、心の中でだけツッコミを入れておく。
「んで、雛乃。お前は家で何してんの?」
「見てわかるでしょ! ク・リ・パ! クリパだよ!!」
家主に告知なしで、他人の家でパーティ開くなよ。
「怖えよ。それに何が悲しくて真っ暗な部屋で蝋燭見つめてたんだよ……」
「2人が帰って来ないからだろ!!」
「いや、平日だから普通に仕事だし。な?」
そう言って栞ちゃんを見る。
「ですね……」
苦笑いを浮かべる栞ちゃん。
「お前こそ仕事はよ?」
「そんなもん! 有給取ったに決まってんでしょ!」
現代っ子か……。
すみません職場の皆さん。
この時期の有給の結果がこれです。
そう思い、遠くを見つめた。
「ごめんなさい。前もって言ってもらえたら……」
栞ちゃんが申し訳なさそうに謝ろうとする。
「謝る必要なんてないよ。こいつが勝手にやってることだ」
「でも……」
おろおろとする栞ちゃん。
まぁ、楽しませようと企画してくれていること自体は嬉しいんだろう。
「おにぃ! こういうイベントはちゃんとお祝いしないと!! 愛想尽かされても知らないからね!!」
既に俺がお前に愛想尽きそうなんだが?
「悪かったよ。で、何をすればいいんだ?」「クリパ!」
雑かよ。
「まぁいいや。栞ちゃん、ご飯の準備、手伝ってくれる?」
「はいっ。任せてください!」
そう言って2人でキッチンへと立つ。
「ちっ! イチャイチャと! このリア充め!!」
「うるせぇな、マ○パでもやっとけ!」
「もうやってるよ!!」
いつの間にかつけていたテレビには、42ターンが経過した画面が映し出されていた。
「お前それ……」
「CPU3人! 50ターンだよ!!」
「すまん……」
過去一、妹が可哀想だと思った瞬間だった。
「栞ちゃん……雛乃のこと、頼むね……」
「は、はい……?」
よく分かっていない様子の栞ちゃん。
でも、きっとそれくらいの方がいいのだろう。
その方がきっと……。
「恭佐さん?」
「なんでもないよ。さっ、さっさと仕上げちゃおうぜ」
「はい!」
そして調理に戻る前に見えたテレビの画面では、CPU相手に圧勝している雛乃がいた。
♢
晩御飯を食べ終え、雛乃が用意したケーキを3人で食べる。
「2人とも、来年はちゃんと予定空けといてよねー」
「は、はい」
「来年も平日だ。仕事だよ」
「まったくもう……危うくクリぼっちになるとこだったよ、まったくもう! んーー! いちご美味ぁー」
ぷんすかしながらケーキを頬張り、歓喜する。
情緒の忙しいやつめ。
「クリぼっち……?」
「クリスマスにひとりぼっちってこと。気にするな」
栞ちゃんには悪いが、どうやら真のクリぼっちはクリぼっちを認識すらしていないらしい。
これこそ真の聖女というやつか。
「おにぃはいつもぼっちだもんねー」
「他者に情緒を委ねる方がおかしいんだよ」
「はいはい。寂しくなったらいつでも電話していいからねー」
「お願いされてもごめんだよ」
「んもう、素直じゃないんだから♡」
雛乃が栞ちゃんの方へ身を寄せる。
「栞ちゃん。おにぃのことお願いね!」
何やら栞ちゃんに耳打ちしたようだが、余計なこと言ってないだろうな?
まぁ、栞ちゃんの様子を見るかぎり、変なことは言っていないと思うが。
「…………」
「…………」
栞ちゃんと目が合った。
にこりとしたその表情は、どこか懐かしい気がした。
いつだっただろう。
あれは……。
「ご馳走様〜!」
雛乃の完食の声に意識を戻される。
雛乃も食べ終わり、俺も早く食べきろうとお皿に目を戻すと、ケーキは既になくなっていた。
「おい」
問い詰める前に、雛乃はそそくさとお風呂場へと逃げ込んだ。
仕方なく、残された栞ちゃんと2人で食器を片付ける。
お皿を洗い流す水の音だけが、部屋にこだましていた。
「雛乃ちゃん。私たちのために、今日は時間作ってくれたんですよね……」
栞ちゃんがぽつりと呟く。
「あまり深く考えなくていいぞ? そうだとしても、半分はあいつがやりたくてやってることだからな」
「ふふっ……そうですね……」
そう言って優しい顔を見せる。
ああ、そうか。
母さん。
母さんが、俺たちに向ける表情に似てるんだ。
なんとなく、そう感じた。
感覚でしかない。
でも、その優しい笑顔に俺は……。
「ふぃ〜いっちょ上がりぃ〜〜! うへぇぁ、さぶぅー!」
騒がしいやつが風呂から上がった。
「おにぃーー! タオルーー!!」
「ったく、準備してから入れよ……」
隣の栞ちゃんと目が合い、お互い笑い合う。
「まったく、世話の焼ける妹だよ」
「ですね」
栞ちゃんにバスタオルを託し、俺はココアを淹れるため再びキッチンへと向かった。
寒暖差が激しい季節になりますので、皆様も風邪ひかないようにお気をつけ下さい。
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