師走る。栞恥じる。
栞ちゃんとの同棲が始まってから、一ヶ月ほど経ったある日のこと。
仕事を定時で切り上げ、帰ろうと荷物をまとめる。
「先輩、今日も早いっすね〜。もしかして、彼女でもできたんじゃ?」
後輩に絡まれる。
「馬鹿言ってないで、自分の仕事を終わらせろ。この時間だって残業代が出てるんだ」
「ちぇー。先輩のそゆとこは変わらないっすね〜」
お調子者の後輩を残し、職場を後にした。
外はすっかり冷え込んでいて、コートとマフラーなしでは厳しい寒さだった。
かじかんだ手でスマホを開くと、栞ちゃんからメッセージが届いていた。
『今日のバイトなんですけど、お客さんあんまり来ないみたいで、早上がりになりそうです。晩御飯のリクエストはありますか?』
俺はそのメッセージに返信する。
『俺も今仕事終わって帰るよ。ちょうどいいから一緒にスーパー行こうか』
荷物を持つのは大変だからな。そう思い、提案した。
すぐに返事が返ってきて、最寄り駅で合流して近所のスーパーへ行くことになった。
♢
「お待たせしました」
少し息を切らしながら、パタパタと走ってくる姿は、雛乃とは違って心が穏やかになる気がした。
「俺も今さっき着いたところ」
「よかった……外、寒いですから。待たせてたらどうしようかと」
そう言って、手を擦り合わせて温めようとする。
「さすがに手袋しないと寒くなってきたな。ほれっ」
そう言ってポケットからカイロを取り出し、栞ちゃんへ渡そうと手を伸ばした。
数秒の間が空いてから、栞ちゃんは俺の手を握った。
にぎにぎ。
「……ん?」「……あれ?」
お互いの目が合う。
走って火照っていた栞ちゃんの顔が、さらに赤くなる。
「ご、ご、ごめんなさいっ! これはその、あのぅ……」
栞ちゃんは両手をばたばたと振り、取り乱す。
どうやらカイロを手渡そうとしたのを、手繋ぎと勘違いしたらしい。
確かに一度、暖を取るために手を繋いだけど、まさか俺もこうなるとは予想していなかった。
「あのっ、今のは……」
必死に弁明しようとする姿がなんだか可愛らしくて、つい笑ってしまった。
「いいよ。それより、カイロ使う?」
「では……お言葉に甘えて……」
おずおずと受け取る。
栞ちゃんは俯いたまま、小さな声でぼそっと呟いた。
「さっきのは忘れてください」
「善処するよ」
揶揄うように返す。
俺は巻いていたマフラーを口元まで引き上げた。
だからだろうか。
顔がものすごく熱くなっていくのを感じた。
♢
買い物を済ませ、二人で帰路につく。
こうして二人きりで並んで歩くのも、再会して以来か。
長いようで、あっという間の一ヶ月だった。
公園で再会して、雛乃が馬鹿やったり。
昔話をして、雛乃が馬鹿やったり。
お月見すれば、雛乃が馬鹿やったり。
……なんだ?
もしかしてあいつ、呪いの装備なんじゃ?
脳内で、デバフがかかる不協和音のメロディが流れた気がした。
「懐かしい……ですね。ここ、もう一ヶ月も前になるんですね」
一ヶ月前。
栞ちゃんと再会した公園。
どうやら栞ちゃんも、同じことを考えていたようだ。
「そうだな。今改めて思うとさ、栞ちゃんって行動力あるよね」
つい、意地悪なことを言ってしまった。
「それは……なんだか馬鹿にしてませんか?」
白い肌がほんのりと赤く色付き、頬がぷくりと膨らむ。
俺はその膨れたほっぺを突きたい衝動に駆られたが、なんとか踏みとどまる。
「馬鹿にしてないよ。尊敬してる」
「むぅ……ならいいですけど……」
そう言いつつも、じとーっとした様子でこちらを睨む。
そんな姿を見て、改めて栞ちゃんが今を楽しく生きているのだと安心した。
再会したあの日。
全てを諦めていた。 そんな顔をしていた少女が、今、目の前で笑っている。
俺はそれだけで、今日も仕事を頑張ってよかったと思った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今エピソードを書いてみて、改めて今年の冬はカイロをポケットに忍ばせておこうと思いました。
↑出番があるかはわからない笑
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