↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/45

名探偵ヒナノ〈後編〉

 〜栞視点〜


 恭佐さんと初めて喧嘩をして、私は家を飛び出した。

 きっかけは、些細なことだったのかもしれない。

 でも、私には大切なことだった。


 大学とアルバイトを再開して、一週間。今日は最初の週末。

 仕事が休みの恭佐さんは、朝から見るからに具合が悪かった。

 それなのに、私を休ませようとして、食器を片付け始めた。


 学業とアルバイトをこなしながらの家事が、大変ではないと言えば嘘になる。

 それでも、昔からやってきたこと。

 それに何より、私は与えてもらうばかりでいたくなかった。


 雛乃ちゃんと恭佐さんが、互いに遠慮なく言い合い、相手を気遣っているのを見てきたからだと思う。

 私も、恭佐さんと並んで立ちたかった。

 助けてもらうだけではなく、私からも力になれる人でいたかった。


 恭佐さんの優しさは嬉しい。

 だからこそ、自分の身体を後回しにしてまで頑張ってほしくはなかった。

 なのに、私が食器を片付けると言っても、恭佐さんは譲ってくれない。


 そんなつもりはないと分かっている。それでも、頼ってもらえないことがなんだか寂しくて、言い合いになってしまった。

 そして私は、家を飛び出した。


 玄関先で雛乃ちゃんとすれ違った気がする。

 きっと驚かせてしまったと思う。

 心配かけちゃうかな?

 でも、雛乃ちゃんがいれば、恭佐さんは大丈夫……だよね?


 私は走り疲れて歩いた。

 呼吸は整ったけれど、恭佐さんの具合が心配で落ち着かなかった。

 せめて飲み物を買って、早く帰らないと。

 そう思いながら入ったドラッグストアで、スポーツドリンクを手に取ったときだった。


 スマホが鳴る。

 急な着信に驚きつつも私は電話を取った。

「もしもーし、栞ちゃん? こちら雛乃。恭佐は始末した」


「……えっ?」

 物騒な言葉に、手の中のボトルを落としそうになった。

「安心して。今は寝てるよ」

 胸をなで下ろす。

 でも、いったい何をしたのだろう。

 余計に不安が増してしまった。


「それより栞ちゃん、今ドラッグストアにいるでしょ?」

 思わず周囲を見回した。

「あははっ。探してもいないよー。ヒナはお家にいるからねー」

「どうして分かったんですか?」

「お家を出るとき、お財布を持ってたでしょ。だからお買い物じゃないかなーって思ったの」


「でも、それだけじゃ……」

「冷蔵庫にはお水とお茶くらいしかなかったし。おにぃ、熱あるから、飲み物を買いに行ってくれたのかなって」


「…………」

 考えていたことが筒抜けで、少し恥ずかしくなる。

「それにね、栞ちゃん。さっきから店内の『お薬相談はこちらへ〜』って案内が聞こえているのだよ」


「そ、それは……」

「ちっちっちっ。初歩的なことだよワトソン君」

 得意げな声がした。


 以前、恭佐さんが言っていた、雛乃ちゃんの騒がしさ。

 その裏では、こんなふうに私のことまで見てくれているのだと、改めて思った。


「というわけで、おにぃと喧嘩した栞ちゃんに、助け舟を出してあげよう」

 胸がちくりと痛む。

 やっぱり、雛乃ちゃんには分かっていた。

「……助け舟、ですか?」

 正直飛び出してきた手前、帰るのが少し気まずかった。

 それも見透かされてる気がした。


 私は素直に返事を待つ。

「ミルクたっぷり牛乳プリン!」

「え……?」

「おにぃの好きなプリン。そこに売ってるから、買って帰ってあげて」


 私はスイーツの棚へ目を向ける。

 たしかに、その名前のプリンが並んでいた。

「……ありがとうございます」

 恭佐さんの好物を、一つ知った。


 私はまだ、恭佐さんのことをあまり知らない。

 何を食べると喜ぶのか。

 疲れたとき、何をしてほしいのか。

 きっと恭佐さんも、私について知らないことがたくさんある。

 だから、帰って話をしよう。

 少しずつ、お互いのことを知っていきたい。

 そう、強く思った。


「あっ、ヒナは抹茶プリンね! それから棚の上のお菓子もお願い♡」

「お菓子も、ですか?」

「うん。三つくらい!甘いのとしょっぱいの!」

 通話の向こうで、袋を開けるような音がした。


 三つで済むのだろうか。

 少し笑いながらプリンをかごに入れ、私は電話を切った。


◇


〜恭佐視点〜


 トントントン。

 包丁の小気味よい音が、ぼんやりした頭に届く。

 部屋には、温かな香りが漂っていた。


 意識がはっきりするにつれ、出ていった栞ちゃんの姿を思い出す。

「栞ちゃん!」

 名前が口をついて出た。

 どうやら俺は、リビングのソファで眠っていたらしい。


 キッチンに立つ栞ちゃんと目が合う。

「おはようございます。と言っても、もう夕方ですけど……よく眠れましたか?」

 栞ちゃんが微笑んだ。


 起き上がろうとすると、額からタオルが落ちる。

「これ、栞ちゃんが?」

「いいえ。雛乃ちゃんですよ」

 栞ちゃんの視線を追う。

 ソファの脇では、雛乃がもたれかかって眠っていた。


「私が帰ってきたときは起きていたんですけど、『おにぃ寝てるから静かにしないとねー』って言って。そのあと、いつの間にか」


「……そっか」

 静かにしていたら、自分が寝たのか。

 それでも、俺が起きるまでここにいてくれたらしい。


「そんなことより、栞ちゃん」

 謝ろうとすると、彼女は小さく首を振った。

「私も、急に飛び出してごめんなさい。でも……恭佐さんがつらいとき、何もさせてもらえないのは寂しかったんです」


「……ごめん」

 雛乃の言葉が蘇る。

『栞ちゃんの気持ちも、ちゃんと受け取ってあげて』

 俺が彼女を心配したように、彼女も俺を心配していた。

 そこに気づけなかった。


「もうすぐできますよ」

 キッチンから、栞ちゃんの声が届く。

 眠ったおかげか、さっきよりは頭がはっきりしていた。

 食欲を唆る香りにつられ、腹も減ってくる。


「スポーツドリンクと、お粥です」

「ありがとう」

 まずは飲み物で喉を潤した。

 冷たすぎない温度がありがたい。


「食べられそうですか?」

「ああ。むしろ、腹ぺこだ」

 レンゲですくって、一口。


「あつっ……」

「出来たてですから、気をつけてくださいね」

 栞ちゃんが笑う。

 その顔を見て、胸につかえていたものが少し軽くなった。


「美味い。大根おろしが入ってるのか」

「はい。少しだけ味をつけました」

「これ、好きだな」

 自分では思いつかない味だった。


「お口に合って、よかったです」

 栞ちゃんが顔を逸らす。頬が、少し赤くなったように見えた。

「いや、ほんとに美味しい。ありがとう」

 もう一口食べようとして、熱い器を持つ手元がぐらついた。


「あっ」

 レンゲが滑る。

 中のお粥は、ソファの下で眠っていた雛乃の頬へ落ちた。


「あああっつぅー!!」

「わ、悪い!」

 雛乃が跳ね起き、頬についたお粥を指で拭う。


「なになに!? 何これ!?」

 指先を見て、ぺろりと舐めた。

「……えっ。めっちゃ美味しいんですけど?」

 寝起きとは思えない冷静な食レポだった。


「おにぃ、起きたの?」

「ああ。さっきは悪かったな。色々と」

「まったくもうだよ。栞ちゃんが優しくて、ご飯の美味しい良妻でよかったね」

「そうだな。返す言葉が……ん?」

 横を見ると、栞ちゃんがしゃがみ込み、両手で顔を隠していた。


「栞ちゃん?」

「い、いえ……」

 雛乃はそんな栞ちゃんを気にする様子もなく、もぐもぐと頬を動かしている。

 ……もぐもぐ?


「おい、雛乃。何食ってる?」

「お粥だけど?」

「誰のだ?」

「んー? おにぃの?」

「返せよ」

「もう食べちゃったもーん!」

「開き直るな」


「無理な物は無理ですぅー! 栞ちゃんの手料理は、すでに私の胃袋へとI’ll be backしましたー!」

こいつ、溶鉱炉に叩き落としてやろうか。


「恭佐さん。おかわり、まだありますので……」

 栞ちゃんがようやく顔を上げた。

 ほっとしたところで、雛乃が真っ先に反応する。


「えっ、ほんと!? やったー!」

「お前のじゃねぇからな!」

 風邪のせいだろうか。

 普段より、こいつに張り合っている気がした。


◇


 念のため、俺は二人から少し離れて食事を続けた。

 ここ数日、早く帰ろうとして、仕事中も普段以上に気を張っていた。

 生活が変わって楽しい反面、疲れもたまっていたのかもしれない。


「はい、あーん」

 雛乃は栞ちゃんにお粥を冷ましてもらい、食べさせてもらっている。

「どっちが年上か分かったもんじゃないな」

「ヒナは永遠の17歳です♡」

「はいはい」

 相手にすると熱が上がりそうな妹は流して、栞ちゃんへ向き直る。


「今日は助かった。ありがとう」

「私こそ、ムキになってしまってごめんなさい」

「俺も、栞ちゃんの気持ちを聞かずに、休めって押しつけてたからな」


「……では、おあいこですね」

 栞ちゃんが笑った。

「次からは、ちゃんと頼むようにするよ」

「はい。任せてください」

 そのやり取りを聞いていた雛乃が、口をぱくぱくさせてこちらを見ている。

 どうやら次の一口を待っているらしい。


「えー、おにぃが食べさせてくれるんじゃないの?」

「自分で食え」


◇


 食事を終え、栞ちゃんが食器を片付ける。

 家事で戦力外の雛乃は、俺のために用意された氷嚢を頬に当てていた。

 さっきのお粥が、まだ熱かったらしい。


「そうだ、恭佐さん。デザートもありますけど、食べられそうですか?」

「ありがとう。いただこうかな」

「ヒナも食べるぅー!」

 食い意地だけは、感心するほど衰えない。

「お待たせしました」

 栞ちゃんが持ってきたのは、俺の好きな牛乳プリンだった。


「これって……」

「雛乃ちゃんが教えてくれたんです。恭佐さん、これがお好きだって」

「そっか」

 雛乃をちらりと見る。

 本人は抹茶プリンを無邪気に頬張っていた。

 それも俺の金で買ったんだろうが、今日は助けられたからな。

 文句は飲み込んでおく事にした。


「そういえば、雛乃」

「なにー? 抹茶プリンならあげないよー」

 じとーっとした目線でこちらを睨む。

 

「俺が倒れる前、何か飲ませたか?」

「えっ……?」

 栞ちゃんが雛乃を見る。

「電話で『始末した』って言ってたのは……」

「あー、あれね。栞ちゃんも食べる?」

 雛乃が、見覚えのあるラベルを貼った瓶を取り出した。


『HNTX0723』

「おい、待て」

 雛乃は瓶から一粒取り出し、自分の口へ放り込む。

 それから栞ちゃんにも差し出した。

「……甘じょっぱい、ですね」

「でしょ? 塩分チャージのラムネだよ」


「…………」


 雛乃がけらけら笑う。

「おにぃ、もしかして本当に薬だと思った? 水には何も入れてないよ?」

 体調が悪かったとはいえ、完全に勘違いした。


 羞恥心が込み上げてきたところで、栞ちゃんが瓶を指さす。

「この『0723』って、何ですか?」

「このアホの誕生日だよ」

 雛乃が答える前に、俺が吐き捨てた。


「えっ、そうなんですね。でも、どうしてラベルを……?」

「それはね、栞ちゃん。なんかかっこいいから、だよ!」

 自信満々に胸を張る。

 こいつの感性を理解しようとするのは、もうやめよう。

 俺はソファへ戻り、背もたれに身体を預けた。


「あっ! 栞ちゃん、7月23日は予定空けといてね♡」

「え、あっ、はい」

 栞ちゃんが、まんまと雛乃の誕生祭に招待されてしまった。


「そだ。栞ちゃんの誕生日も教えてよ」

「私は、9月5日です」

「オッケー! 栞ちゃんの誕生日も、空けておくね!」


 雛乃がこちらをちらりと見る。

 俺もスマホのカレンダーを開き、日付を探した。

 来年の9月5日は金曜日。

 ずいぶん先だが、早めに仕事を終えれば、夕飯くらい一緒に食べられるだろう。

 カレンダーに予定を入れる。


「ちなみに、おにぃの誕生日はねぇ――」

 雛乃の声が聞こえた。

 栞ちゃんが何か返事をしたようだったが、俺の頭はもうぼんやりしていて、うまく聞き取れない。


 栞ちゃんの誕生日。

 プレゼントを贈るとしたら、何が喜ばれるだろうか。

 考えてみても、まだ分からなかった。


 俺たちは、お互いのことを、まだ知らない。

 だから、これから知っていけばいい。

 そう思いながら、俺はゆっくり目を閉じた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

恭佐と栞のお互いを思いやる気持ちがきっかけの喧嘩、いかがだったでしょうか?


続きも読んでみたいと思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。


これからもどうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。