↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/46

今宵、月の見える丘に③

 道の駅を出て、車を走らせること十数分。

 目的地の公園へ到着した。

 来週から本格的に冷え込むという予報だったが、日が沈んだころには、すでに身に染みるほど寒くなっていた。


「さっぶぅ……」

 鼻をすすりながら、雛乃が身体をガタガタと震わせる。

 上着は羽織っているものの、丈の短いニットワンピースから伸びる脚は見るからに寒そうで、こちらまで震えてきそうだった。


「その服を選んだの、自分だろ」

「昼間はちょうどよかったの!」

「夜まで外にいるって分かってただろ」

「おしゃれは我慢って言うじゃん!」

「じゃあ我慢しろ」

「おにぃの人でなし!」

「なら上着返せ」

「やだよぉ」

 下を出してべーっとする雛乃。

 調子に乗ってると転ぶぞ、そう伝えてやろうとしたところで雛乃は既に躓いていた。


 先を歩く雛乃をぼんやりと眺めつつ、俺はスーパーで買ってきた団子やお菓子の入ったレジ袋を左手に持ち、空いている右手をポケットに入れて温める。


「寒いですね……」

 栞ちゃんも、両手に息を吹きかけていた。


「じぃーーーー」

 何やら、雛乃が俺と栞ちゃんを交互に見つめている。

「なんだよ?」

「おにぃ、栞ちゃん」

 雛乃が、ちょいちょいと手招きする。


 嫌な予感がする。

 それでも言われるまま近づいたところで、俺と栞ちゃんは雛乃に片手ずつ握られた。


「冷てっ!」

「冷たっ!」

 声が重なったことがおかしくて、思わず栞ちゃんと笑い合う。


「あったけぇ~~」

 沁みるぅ~、とでも言いたげな表情で、俺たちの手から暖を取る雛乃。

 さながら、銭湯で見かけるおじさんのようだった。


「俺たちは湯船じゃねぇぞ」

「いい湯だなぁ~」

「聞けよ」

 ひとしきり俺たちから熱を奪い、満足したらしい。

 ようやく解放される。

 そう思った瞬間、雛乃は俺の右手と栞ちゃんの左手を重ね合わせた。


「えっ……? 何してんの?」

「雛乃……ちゃん?」

 困惑する俺たちに、雛乃が答える。

「こうすると、温かい、でしょ?」

 小悪魔的というか、挑発的というか。

 意図を察しろとでも言いたげに、こちらへ何度もウインクを送ってくる。

 栞ちゃんを見ると、耳の先まで真っ赤になっていた。


「さぁ、2人とも! 手をつないだら、行ってみよー!」

 雛乃は勢いよく振り返ると、月が輝く丘の上を目指して歩き出した。

 その場に残された俺たちは、互いの顔を見合わせる。


「その……」

「ごめんな。今、離すよ」

 そう言って手を離そうとしたところで、栞ちゃんの手を握る力が強くなる。


「いえ。せっかく温かいので……もしよければ、このまま行きませんか?」

 思ってもみなかった返事に、鼓動が速くなる。


「……分かった」

 握られた手を、今度は俺からも握り返す。

 先ほどまで感じていた寒さが、今はちょうどよく感じられた。


 栞ちゃんの瞳には、夜空の星が映り込んでいる。

 その輝きから逃げるように、先を歩く雛乃へ視線を向けた。


「ほら、置いていかれるぞ」

「はい!」

 俺たちは、雛乃のあとを追って歩き始める。

 会話はなかった。

 それでも、不思議と気まずくはない。


 つないだ手から伝わってくる温もりを、互いに確かめるように歩いた。


◇


 それから歩くこと数分。


「…………」

 丘の上では、雛乃が夜風に吹かれながら、1人で佇んでいた。

 俺たちも少し遅れて追いつき、その隣に並ぶ。

 そして空を見上げた俺は、道中から抱いていた感想をそのまま口にした。


「くっそ、中途半端じゃねぇか……」

 今日の月は、半月とも三日月とも呼べない、なんとも絶妙な形をしていた。

 お月見と聞いて想像するような、丸い月とは程遠い。


「間に合わなかった……か……」

 雛乃が、悔しそうに俯く。

 なに、少し遅かったみたいに言ってんだ。

 数時間とかのレベルじゃないからな?


 雛乃は俺の左手からレジ袋を受け取ると、中に入っていた団子を取り出した。

 袋を開け、夜空を見上げながら1つ口へ運ぶ。


「…………」

 何度か静かに噛み締める。

 そして、雛乃は震える声で呟いた。

「これが……月見の団子の味だってのかよっ……!」

 さながら少年漫画の主人公のように、無駄に悲劇的に食レポをした雛乃。


「スーパーで買った普通の団子だろ」

 月の形で味が変わってたまるか。

「おにぃには分からないよ……月を失った者の気持ちなんて……」

「そんなもん、どっかの戦闘民族に聞いとけ」

 まったく、しょうもないやつだ。


「栞ちゃんも食べよー」

「はい。ありがとうございます」

 月を失った物の悲しみは3秒と持たなかった。

 そして雛乃が差し出した団子を、栞ちゃんは空いている右手で受け取った。


 それでも、左手は俺の手を握ったままだった。

 雛乃の視線が、一瞬だけ俺たちのつないだ手へ向けられる。

 何か言われると思ったが、雛乃は嬉しそうに笑っただけだった。


「星、すごくきれいですね……」


 中途半端な月。

 けれど、隣に立つ栞ちゃんは瞳を輝かせながら、夜空を見上げていた。


「そうだな。それに……」

 辺り一面に広がる、色づいたモミジやイチョウ。

 その葉が淡い月明かりに照らされ、幻想的な景色を作り出していた。


「お月見だけじゃなく、紅葉も見られましたね」

 栞ちゃんが、穏やかに笑う。

 満月には少し遅かった。

 それでも栞ちゃんがこんなふうに笑っているのなら、今日ここへ来た意味はあったのだろう。


 つないだ手から伝わる温もりと一緒に、心臓の鼓動まで伝わっているんじゃないだろうか。

 そう思うと、急に意識してしまう。

 ただ、それでも俺は、その手を離そうとは思わなかった。


 7年前は、まだ中学生だった幼い女の子。


 ずっと子どもだと思っていた彼女を、俺はこのときすでに、1人の女性として意識し始めていたのだろう。


 まだ、自覚はない。


 けれど、それでも着実に。


 俺は、彼女に惹かれ始めていた。


最後までお読みいただきありがとうございます。

楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。