今宵、月の見える丘に②
昨日に続き、俺たちはレンタカーで近所のスーパーへ来ていた。
そう。
雛乃の提案により、今日は季節外れのお月見をすることになったからだ。
「本当に良かったのか?」
買い物カートを押しながら、栞ちゃんに確認する。
「少し驚きはしましたけど、私は楽しみですよ?」
そう言って微笑む。
昨日から、彼女の笑顔が自然と増えていた。
そのことに、俺の心まで温かくなる。
「そっか。大丈夫だとは思うけど、本当に嫌なときは、はっきり言うんだぞ?」
「そうですね。いつも圧倒されてます」
栞ちゃんが、くすくすと笑う。
雛乃の存在が、冷え切っていた彼女の心を少しずつ温めてくれているのかもしれない。
仕方ない。
たまにはちゃんと労ってやるか。
そう思ったところで、カートいっぱいにお菓子が入っていることに気づいた。
「雛乃?」
「なぁに? おにぃ」
「これはなんだ?」
カートの中を指差す。
「何って、そりゃお団子だけど?」
「その下だ」
「え? ん? おやおや、これはドッキリウーマンチョコじゃないすか、アニキ」
白々しい。
団子の下には、箱ごと入れられたウエハースチョコ。
なんで月見にウエハースチョコなんだよ。
「俺は金出さないからな?」
「またまたご冗談を……あっ! んもう、仕方ないなぁ。チョコはおにぃが食べていいからね!」
「いらん」
それ以上の言葉は出てこなかった。
おまけ目当てでまとめ買いした挙げ句、他人にチョコを処理させる悪魔の所業。
「分かったよ。おにぃにもちゃんとシールあげるから……」
「ダブったやつ……」
「聞こえてるからな?」
呆れて、それ以上ツッコミを入れる気にもならなかった。
こいつは、上がった評価を下げないと死んでしまう生き物なのだろうか。
そんな意味不明な生態を晒していた。
◇
買い物を終え、再び車を走らせて目的地へ向かう。
せっかく月見をするからには、夜空がきれいに見える場所がいい。
そう考え、少し小高い丘にある自然公園へ向かうことにした。
その途中、休憩がてら道の駅へ立ち寄り、駐車場で一息つく。
「ぶーぶー、おにぃのケチぃー」
チョコを箱買いできなかったことに、非難の声を上げる雛乃。
子どもの頃なら、1つ買ってやるだけで喜んでいたのにな。
大人になってほしいとは思っていたが、箱買いを覚えろとは言ってない。
「3つも買えば十分だろ」
「ふーん。3つじゃ足りないよーだ! あっ! そうだ!」
「まだなんかあるのか?」
「せっかくだしさ、1人1つずつ開けようよ!」
ふむ。
別にシールはいらないが、ランダム要素のあるものは、いくつになってもワクワクする。
「いいんですか? 私も」
栞ちゃんが、遠慮がちにこちらを窺う。
意外と、こういうものに興味があるのだろうか。
「もちろん! じゃあ、栞ちゃんから選んでいいよー」
雛乃が、買ってきた3つのチョコを差し出す。
最初に栞ちゃんが選び、次に雛乃。
最後に残った1つが俺へ渡された。
「おにぃは余りものでいいよね」
「聞く前に配ってんじゃねぇか」
そうして全員にチョコが行き渡ったところで、車内にて開封の儀が執り行われた。
まず、栞ちゃんが袋を開ける。
中から現れたのは――
『慈愛の聖母マリアンヌ』
眩しいほどキラキラと輝くシールだった。
「うわっ! 栞ちゃん、これめっちゃレアなやつ! いーなー! どことなく栞ちゃんに似てるし」
当の本人は、シールの角度を変えながら、その輝きを興味深そうに眺めている。
「きれいですね……」
思っていた以上に嬉しそうだ。
続いて、俺も袋を開ける。
『闇に潜みしネクラマンサーキョウコ』
聖母ほど派手ではないが、こちらもキラキラした加工が施されていた。
イラスト自体は、描いた人間のこだわりが感じられるほどクオリティが高い。
しかし、どうなってんだ、この名前のセンスは。
「ぶふっ……ネクラマンサーだって! あはははっ!」
雛乃のツボに入ったらしい。
「おにぃには、よく似合ってるね」
車から放り出してやろうか、こいつ。
そして、最後に残ったのは雛乃。
「ヒナも開けるー! 見せてあげるよ、神引きというやつを! はぁー! おりゃっ!」
バァーーン!!
『騒音の悪魔ウルサイッヌマダム』
吠えている犬を連れた、なんだか具合の悪そうなおばさんが、そこにはいた。
「…………」
「…………」
「誰だよ、このおばさん!!」
俺たち2人の気持ちを代弁するかのように、引き当てた本人がツッコんだ。
「雛乃、お前にぴったりじゃねぇか。ぶふっ」
笑いを堪えきれず、吹き出してしまう。
しかも、キラキラとした加工は一切施されていない。
いわゆるノーマルだ。
「その……私は可愛いと思いますよ? ……わんちゃん」
なんとかフォローしようとする慈愛の聖母。
逆に、その優しさがとどめを刺していた。
「くぅ……こうなったら……! みんなでスマホケースに入れます!」
何言ってんだ、こいつ。
どうやら、全員を道連れにする気らしい。
そう思ったが、栞ちゃんは自分のスマホをしばらく見つめたあと、意を決したようにクリアケースの内側へシールを差し込んだ。
「入れました」
「栞ちゃん……!」
感極まる雛乃。
そして、勢いよく俺へ振り返る。
「ほら! おにぃも!」
ふんっ!
ウルサイッヌ顔負けの鼻息を鳴らす。
「分かったよ……」
仕方なく、俺もスマホケースにネクラマンサーを差し込む。
職場では、画面を上向きにしてデスクへ置こう。
そう、無駄な決意を胸に秘めた。
3人ともケースへ収納し終えたところで、栞ちゃんが口を開く。
「なんだか、いいですね。お揃いみたいで。こういうの、初めてなので……」
そう言って、笑顔を輝かせた。
ああ、これが聖母か。
「栞ちゃん……」
聖母の慈愛にあてられ、じーんと涙ぐむ哀れなウルサイッヌが、そこにはいた。
でも、お揃いか。
昨日買ったばかりの栞ちゃんのスマホに、早速1つ、3人の思い出が増えたらしい。
たまには、こういうのも悪くない。
スマホケースに入ったネクラマンサーを眺めながら、そう思った。
ふと窓の外を見ると、日は少しずつ傾き始めていた。
肝心の月見は、まだ始まってすらいない。
それでも、今日ここまで来た意味は、すでに1つできたような気がした。
最後までお読みいただきありがとうございます。
楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります!




