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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


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14/45

今宵、月の見える丘に①

 11月24日、日曜日。


 雛乃のせいですっかり目が覚めてしまったが、いつものルーティンどおり、朝のコーヒーを淹れる。

「栞ちゃんは何飲む?」

「あっ、では、ココアで」

 そう言って微笑む栞ちゃんは、すっかりココアを気に入ってくれたようだ。


「ついでだ。雛乃は?」

「ついでとはなんだ! ついでとは! まったくもう」

 むむむっと腕を組み、眉間にしわを寄せる雛乃。

 そして、俺と栞ちゃんを交互に見てから答えた。


「マスター、いつものを……」

 テーブルに肘をつき、煙草の箱ほどの大きさのお菓子を1つ取り出す。

「なんだよ、いつものって。ココアでいいな?」

「ちっちっちっ」

 雛乃が指を振る。

 最近見たな、この光景。

「ブラック」

「はぁ?」

「マスター、いつものブラックを……」

「……りょーかい」

 お前はいつも、牛乳たっぷりのミルクココアだろうが。

 そう思いつつ、作業に取りかかる。


「雛乃ちゃん、ブラックで飲めるんですね」

 感心した様子の栞ちゃん。

「まあね。大人の余裕ってやつ? 大人の魅力を隠すのも大変なの」

 そう言って、雛乃は髪をかき上げる。

 相手にしなくていいぞ、栞ちゃん。

 そう、心の中で呟いた。


 ブラックコーヒーを1つと、ココアを2つ用意し、リビングへと戻る。

「お待たせ」

「ありがとうございます」

 栞ちゃんは一口飲むと、嬉しそうに微笑んだ。


「ぶーぶー、遅いぞ、おにぃ!」

 対して、働かないくせに文句だけは一丁前の雛乃。

 相澤家、家訓その1はどこへ行った。

「大人の余裕はどこ行ったよ?」

「大人なら、要求するときは要求していかないとね」

「たちの悪いクレーマーじゃねぇか」

「やめてくれよ、マスター。些細なことさ……」

 そう言って、先ほど取り出したココアシガレットを1本くわえ、煙をふかす真似をしながら窓へと向かう。

 そしてカーテンを少し開き、差し込む日差しに目を細めた。


「なんだか、刑事ドラマみたいでかっこいいですね」

 栞ちゃんは、ごくりと息を呑みながら雛乃を見つめている。

「いや……」

 朝からよくそんなテンションでいられるもんだと感心していると、雛乃がコーヒーを一口飲んだ。


「ずずず……うえっ! なにこれ! 苦っ! おいしくない……」

 先ほどまでのハードボイルドはどこへやら。

 そこには、惨めなお子様の姿があった。


「雛乃ちゃんって、もしかしてコーヒー苦手……?」

 感心していたところ悪いが、もしかしなくても苦手だ。

 それでも、雛乃の芝居は続く。


「罠だ! これは、罠だ!」

 両手を広げて必死に弁明する。

 どこかにノートでも仕込んでいそうだった。

「残念だが、真実だ。ほれ」

 雛乃からカップを奪い取り、もう1つ用意していたココアを渡す。

「ココアが本物か……ニセモノか!!」

 松田、どうにかしてくれ。

 付き合いきれん。


 雛乃を放置し、ソファに腰かける。

 すると、隣に座っていた栞ちゃんと自然に目が合った。

 なんだか上機嫌な様子だ。


「どうかしたか?」

「いえ。好きだなぁ、と思いまして」

 そう言って見せた柔らかな表情に、思わず目を逸らす。

「ココアがか?」

「ふふっ、そうですね」

 カーテンの隙間から差し込む朝日のせいだろうか。

 カップを両手で支える栞ちゃんの姿が、昨日とは違って輝いて見えた。


◇


 栞ちゃんと手分けして、簡単な朝食を作る。

 もちろん、仕事が増えるので雛乃は待機させている。


 調理前、栞ちゃんに「お菓子はご飯のあとですよ」と告げられ、絶望する雛乃の姿には、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。

 栞ちゃんはまだまだ遠慮があるものの、少しずつ雛乃の扱いが上手くなっていた。

 まるで、本当の姉妹のように。


「おにぃ!! 栞ちゃん!!」

 朝食を終え、くつろいでいると、再び雛乃が騒ぎ始めた。

 ソファに座る俺たちの前で、腕を組み、仁王立ちする雛乃。

 また面倒ごとを持ち込むつもりか。

 自然とため息が漏れる。


「今日は天気がいいよ!!」

「そうだな」

 コーヒーを飲みながら、適当に流す。

「空がきれいだよ!」

「そうですね」

 栞ちゃんが、少し困惑しながら応える。

「お月見日和だとは思わんかね!?」

「…………」

「…………」

 栞ちゃんと顔を見合わせる。

 2人して呆然としてしまった。


「……雛乃」

「なんだね?」

「月見のシーズンは、とっくに終わってるんだが?」

 今日は11月24日。

 来週には、もう12月だ。

「甘――い!!」

 突然の大声に、思わず顔をしかめる。


「ココアよりも甘いよ、おにぃ!」

「何がだよ」

「月が昇るなら、それはもう月見なんだよ!」

 雛乃は高らかに宣言すると、窓の向こうに広がる青空を指差した。


 そもそも今は朝だ。

 月どころか、太陽しか見えない。

「だいたい、本来の月見ってのは秋の――」

「昨日、言ったでしょ?」

 俺の言葉を遮った雛乃が、栞ちゃんへ顔を向ける。


「やりたかったこと、全部やろうって」

「…………」

 栞ちゃんが小さく目を見開いた。

「やりたいと思ったなら、今日やればいいの!」


 雛乃にしては、まともなことを言っている。

 そう思ったのも束の間――

「それに、ヒナは今すぐお団子が食べたい!」

「結局それが目的かよ」

「花より団子! 月より団子! なんなら月がなくても団子!」

「もう月見ですらねぇだろ……」

 気怠げにツッコむと、隣から小さな笑い声が聞こえた。


「ふふっ……」

 栞ちゃんは口元に手を当てながら、楽しそうに笑っていた。

「栞ちゃんはどうする? 別に、無理して付き合わなくてもいいんだぞ」

 雛乃の勢いに流されていないか、少しだけ心配になる。

 けれど、栞ちゃんは迷うように窓の外へ目を向けたあと、俺たちへ笑顔を見せた。


「私……行ってみたいです」

 昨日までの栞ちゃんなら、きっと遠慮していた。

 俺たちに合わせて、自分の気持ちを飲み込んでいたはずだ。

 だけど今は、自分から「行きたい」と言葉にしてくれた。


「決まりだね!」

 雛乃はニヤリと笑い、満足げに胸を張る。

「それじゃ、おにぃ! 車、スタンバイ!」

「なんで俺が運転する前提なんだよ」

「ヒナは神様だけど、紙《ペーパー》ドライバーだからね」

「神様に謝れ」


 結局、今回も俺がレンタカーを手配することになった。

 そして――

 こうして俺たちは、11月も終わろうという時期に、季節外れの月見へ向かうことになった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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