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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


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13/46

おはよう。

 夕食を終え、片付けも一段落したころ。

 俺はようやく、重大なことに気づいた。


「……なぁ、雛乃」

「んー?」

 ソファに寝転がりながら、買ってきたお菓子を物色している愚妹へ声をかける。


「お前、いつ帰るの?」

「えっ?」

「……え?」

 何を言っているんだこいつ、といった様子の雛乃。

 いや、その顔をしたいのは俺なんだが。


「だから、いつ帰んのって?」

「え? 泊まるけど?」

「聞いてないけど?」

「言ってないもんね」

「言えよ」

「てへっ♡」


 可愛く舌を出すな。

 許されると思うなよ。

「母さんには連絡はしたんだろうな?」

「あっ……」

 おい。

 雛乃はポケットからスマホを取り出すと、そのまま電話をかけ始めた。


「もしもーし。ヒナだよー。うん、うん。ヒナ。今日、おにぃの家泊まるねー。うんうん、そう。んじゃーねー」


 ――通話終了。


「いいってー」

「ちっ……」

 許可取るの早ぇな。

 母さんは、もう少し引き止めてくれよ。


「それで、服どうするんだよ。着替え持ってきてないだろ?」

「あるよ?」

「なんで?」

「さっき買ったから。あっ栞ちゃんとお揃いね」


 嫌な予感がする。

 今日の買い物を思い返す。

 俺は栞ちゃんの生活用品を揃えるため、雛乃にカードを渡した。

 そして雛乃は、俺の目が届かないところで自由に買い物をしていた。


 まさかな。


「……誰の金で?」

「おにぃのカードで♡」

「帰れ」

「やだ♡」


 やっぱりあとで請求しよう。

 お菓子代も含めて、きっちりとな。


「栞ちゃん!」

「は、はい?」

 雛乃は勢いよく立ち上がると、栞ちゃんの両手を握った。

「今夜は寝かさないぞっ♡」

「えっ……?」


 突然の宣言に、栞ちゃんが目をぱちぱちさせる。

「お前はホントに寝られると思うなよ?」

「いやん♡」

「そういう意味じゃねぇよ」


 俺のカードを好き勝手に使った件について、まだ話は終わっていない。

 そんな俺たちを見ながら、栞ちゃんは口元に手を当てた。


「ふふっ……」

 小さな笑い声。

 昨日の夜には見られなかったその表情に、俺は少しだけ安心した。


◇


「栞ちゃーん! これ見よー!」

「はい!」

「次これ! これも面白いよ!」

「はい!」


 それぞれ風呂を終え、寝室でくつろいでいる。

 話し合いの結果、俺がベッド、栞ちゃんと雛乃の二人が布団で寝ることになった。


「あとねー、ヒナおすすめの動画が――」

 そこまで言ったところで。


「…………」

 雛乃の動きが止まった。

「雛乃?」

「…………」

 返事がない。

 先ほどまであれだけ騒がしかったというのに、急に部屋が静かになった。


 栞ちゃんが雛乃の顔を覗き込む。

「……寝ちゃってますね」

 時計を見る。

 まだ日付すら変わっていない。


「今夜は寝かさないぞっ、じゃなかったのかよ……」

「ふふっ」

 栞ちゃんが声を押し殺して笑う。


 まぁ、無理もないか。

 雛乃から届いたメッセージの履歴を見るに、昨夜は遅くまで起きていたようだし、今日は朝からずっと動き回っていた。


 半分以上は無駄な動きだったが、こいつなりに俺のことを心配していたのだろう。

 すぐ調子に乗るから、本人には絶対言わないが。


 栞ちゃんが、そっと雛乃に毛布をかける。

「雛乃ちゃんって……すごい人ですよね」

「どこを見てそう思ったんだ?」

「えっ?」


「今日だけでも相当やらかしてただろ、こいつ」

 演劇を始める。

 俺のカードでお菓子を買う。

 マラカスを買う。

 玉ねぎを消滅させる。

 パン粉をぶちまける。

 水をぶちまける。


 改めて考えると、本当に何しに来たんだ。

「確かに……少しだけ、驚きましたけど」

「少し?」

「……かなり?」

そう言って小さく笑う。

「だろ?」

 二人で顔を見合わせる。

 自然と笑いがこぼれた。


 栞ちゃんは、眠っている雛乃へ視線を戻した。

「でも、明るくて……すごく優しい人だなって思います」

「…………」

「私、今日は何度も雛乃ちゃんに助けてもらいましたから」


 雛乃の寝顔を見つめながら、栞ちゃんは優しく笑う。

「迷惑かけられたの間違いじゃないか?」

 雛乃が褒められているのを聞くのは、どうにも居心地が悪い。

 だから、つい皮肉を口にしてしまった。


「そうですね」

 そう言って、くすりと笑う。


「でも、一緒にいると、悩んでいたことまで忘れてしまうというか……」

「そうだな。それは分かる」

 正確には、悩んでいる暇を与えてくれない。

「昔からこんな感じなんですか?」


「……まぁな」

 少しだけ考える。

「調子に乗るから、本人には絶対言うなよ?」

「はい」

 栞ちゃんが少し楽しそうに頷いた。

「あいつ、空気読めないように見えるだろ?」


「……はい」

 少し気まずそうに返事をする。

「でも、妙なところだけよく見てるんだよ。誰かが本当に困ってたり、落ち込んでたりすると、何も聞かずにくだらないこと始めたりしてさ」


 今日だってそうだった。

 栞ちゃんが暗い顔をすれば、こいつは何かを始めた。

 本人がどこまで意識してやっているのかは知らない。

 まぁ、半分くらいは素だろうけどな。


「だから、まぁ……」

 眠っている妹を見る。

 こんなこと、本人が聞いたら一生擦られるだろう。


「俺も、よく助けられてるよ。今日だってそうだ」

「…………」

 栞ちゃんが俺を見る。

 そして、嬉しそうに笑った。


「相澤さん、雛乃ちゃんのこと大好きなんですね」

「どこをどう聞いたらそうなるんだよ」

「ふふっ……すみません」

 栞ちゃんが、こんな冗談を言えるようになったのも、あいつのおかげなんだろうな。

 認めたくはないけどな。


「今日はもう寝ろ」

 逃げるように布団を被る。


「えっ?」


「明日もこいつのペースに付き合ってたら、身体が持たないからな」

 俺がそう言うと、栞ちゃんは眠っている雛乃を見た。

 それから――


「ふふっ……そうですね」

 柔らかく笑った。


◇


 翌朝。


「…………ん」

 目を覚ます。

 

 ぼんやりと視界が徐々にクリアになっていく。

 今日は天井がいつもより遠く感じた。


「…………?」


 ぼんやりとした頭で周囲を見る。

 床。

 俺はなぜか、床に敷かれた布団の上で寝ていた。


「…………」

 昨日、俺はベッドで寝たはずなんだが。

 徐々に目が覚めていくにつれて、いつもと違う香りに包まれていることに気がつく。


 ゆっくりと顔を横へ向ける。


「…………」

 栞ちゃんがいた。

「…………」

 近い。

 かなり近い。

 そして、向こうもすでに目を覚ましていた。

「…………おはよう、ございます…………」

 ほんのりと赤く染まった頬は、初めて会った時とは見違えるほど温かみを感じた。


「……おはよう」

 なんだ、この状況。

 記憶を辿る。

 昨日は確か、栞ちゃんと雛乃が床に布団を敷いて、俺はいつも通りベッドで――


 ベッドを見る。

「すぅ……すぅ……」

 雛乃がいた。


「…………」

 なるほど。

 なんとなく理解した。


「俺、ベッドから落とされたのか……?」

「みたい……ですね」

 まったく記憶にない。

 おそらく夜中に雛乃がベッドへ侵入し、寝返りでも打った拍子に俺を押し出したのだろう。

 そのまま俺は、雛乃が抜けた布団へ転がり込んだらしい。


 敷いたばかりの寝具へ目を落とす。

「……新しく買った寝具が良すぎるのも考えものだな。落ちたことにも気づかなかったよ」


「ふふっ……」

 栞ちゃんが小さく笑った。

 そして――

「持ちませんでしたね」


「…………」

 昨日の夜。

『明日もこいつのペースに付き合ってたら、身体が持たないからな』

 まさか、一晩すら持たないとは。


「……そうだな」

 思わず俺も笑ってしまった。


「んぅ……」

 ベッドの上から声がする。

 雛乃がゆっくりと身体を起こす。


「ふぁぁ……おはよぉ……」

 目を擦る。

 俺を見る。

 栞ちゃんを見る。

 自分がベッドにいることを確認する。

 もう一度、俺と栞ちゃんを見る。


「…………」


 口角が上がった。

「朝からお盛んだこと♡」

「誰のせいだと思ってんだ」


 どうやら今日も。

 静かな一日には、なりそうもなかった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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