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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


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12/46

拝啓、いつかの俺たちへ

「はぁ……」

 キッチンで途方に暮れている栞ちゃんのもとへと向かう。

「邪魔して悪かったな」

「い、いえ……」

 そう言って雛乃を心配そうに見つめる。

「いいよ。あいつのは自業自得だ」

「それより、何を作ろうとしてたんだ?」


 床に散らばったパン粉に、剥かれすぎた玉ねぎ。

 そして、皮を剥き終えたじゃがいもとにんじん、解凍されたひき肉。

 コロッケ……いや、メンチ?

 両方か。

 とりあえず、剥かれまくった玉ねぎの残骸を改めてみじん切りにするのは面倒だ。

 すっかり意気消沈してしまった栞ちゃんに、レシピの変更を促す。


「よし、カレーにしようか?」

 生き残ってるパン粉はかき集めておいて、残り物でカレードリア風にでもすれば良い。

「えっ、でも……」

 今日は自分が料理を作るのだと、意気込んでいたからな。

 ここは――

「俺1人じゃ大変だ。手伝ってくれるか?」

 栞ちゃんが目を見開く。

 その瞳に、改めて光が戻った。


「はい!」

「じゃあ、まずはこの玉ねぎの残骸を……」

「残骸って言うな!」

 なんて声が聞こえた気がしたが、無視する。

「レンジで温めて、先に火を通しておいてくれ」

「は、はい!」

 栞ちゃんの顔に、少しだけ笑顔が戻る。

 2人で手分けして作業すること、5分ほど。

 栞ちゃんの手際の良さにも助けられ、食材の下処理が終わった。


 ここからは――

「栞ちゃん。カレーのじゃがいもは、柔らかいのとしっかりしたの、どっちが好み?」

「はーい! ヒナちゃんは、ほくほくでーす!」

「お前に選択権はねぇよ。それより、どっちにする?」


「私は……相澤さんの、好きを知りたいです!」

 ――ドクンッ。

 心臓が、大きく鼓動した気がした。

「そっか。それじゃあ、先に鍋へ入れちゃおう。今日はじゃがいもをとろとろに溶かした、ひき肉カレーだ」


◇


 待つこと数十分。

 食欲をそそる香りが、部屋を満たしていた。

「できましたね!」

 そう言って微笑む栞ちゃんに、自然と目が吸い寄せられる。

「どうしました?」

「いや、なんでもない」

 そう答え、お皿の準備に取りかかる。

 暖房はつけていないはずなのに、今日は少し暑いな。

 そう思った。


「ヒナも手伝うー!」

「雛乃ちゃんは、良い子で待っててね?」

「はいっ!」

 正座で待機する雛乃なのであった。


「よし、食うか」

 少し狭いが、2人用のテーブルを3人で囲んだ。

 温かな湯気と香りに誘われ、俺はカレーを口へ運ぶ。

 雛乃のせいで不揃いになった玉ねぎも、先に火を通したおかげで、味がしっかり染み込んでいた。


「ほいひぃーね!」

 ハムスターのように頬を膨らませながら、雛乃が喋る。

「飲み込んでから喋れ」

 ったく。

 行儀の悪い妹の、外での振る舞いが心配になる。

「めちゃ美味しいよー。いやー、仕事したあとのご飯は格別だねー!」

 いつ、誰が、どこで、何を成し遂げた?

 そう言ってやりたかったが、栞ちゃんがカレーを一口食べる姿を、自然と目で追ってしまっていた。


「…………」

「栞ちゃん?」

 雛乃が話しかけるも、栞ちゃんは俯いたまま、もう一口カレーを食べる。

 その表情は前髪に隠れ、よく見えなかった。

「……なぁ……」

 栞ちゃんが呟く。

 小さく、掠れた声で、うまく聞き取れない。


「おいしぃ……なぁ……」

 震える声。

 心配になって覗き込んだその顔は、涙に濡れていた。

「ちょっ! おにぃ!! 甘口にしてって言ったじゃん!!」

 いや、違うだろ。

 辛くて泣いてるとか、そういうんじゃないって。

 そんなバカに付き合っている場合じゃなかった。


「栞ちゃん、どうした? 大丈夫か?」

「ごめんなさい……その、美味しくて……それに、また誰かとこうやってご飯を食べられるなんて……思ってなかったから」

 そう言って涙を拭うも、それは止めどなく溢れていた。


「おかしいなぁ……お母さんが亡くなってから、今日までずっと味なんてしなかったのに……」

 今まで、1人で抱えてきたこと。

 誰かに頼ることもできず、ずっと1人で頑張ってきたこと。

 それが、ようやく終わったのだろう。


 栞ちゃんは泣き続けた。

 けれど、ご飯を食べるのをやめなかった。

 一口一口、噛み締めるように。

 俺と雛乃も、その姿を見守りながら、一口一口を大切に噛み締めた。

 今、この時を刻むように。

 そして俺は、そっと雛乃のカレーにガラムマサラとカイエンペッパーを振り入れた。


◇


 食事を終え、食器を洗う。

 ソファには、いまだ涙で顔を濡らすアホが1人いた。


「栞ちゃん、酷いよぉー。おにぃが辛いの入れたぉー!!」

 唇を真っ赤に腫らした雛乃を、栞ちゃんが慰めていた。

「よしよーし……」

 どっちがお姉さんか、分かんねぇな。これじゃ。

 ちょっと湿っぽくなってしまったので、つい魔が差してしまった。

 辛いものが苦手な雛乃には、どうやら効果抜群だったらしい。


「ふざけやがって、あのばかにぃ……闇の炎に抱かれてしまえ!!」

「よしよーし」

 栞ちゃんはすっきりした様子で、聖母のように雛乃を慰めていた。


 すくっ――。

 雛乃が唐突に立ち上がる。

「栞ちゃん! 泣くときは! おトイレか! おにぃの胸の中だけ! だよ!」

「えっ……と?」

「お母さんが言ってた!」

 なんでだよ。

 どこのお母さんだよ。

 名作を汚してくんな。


「ありがとうございます。私、この先ずっと1人なんだろうなって思ってて……だけど、1人でも大丈夫だって、そう思ってたんです」

「でも、お二人に出会って、まだたった1日ですけど、すごく楽しかったんです」


 雛乃は、真剣な表情で話を聞いていた。

 ただ、真っ赤に腫れた唇だけが、空気を台無しにしていた。


「色褪せていた日々が、今日だけは輝いて見えて……今までたくさん我慢してきたことを、ほんの少しだけ取り戻せたような気がして……」

 そう言って、栞ちゃんが笑顔を見せる。

「だから、ありがとうございます!」


 再会してから初めて見せる、心の底からの迷いのない笑顔だった。


 ぎゅっ――。

 雛乃が栞ちゃんの手を握る。


「やろう!!」

「えっ?」

「やりたかったこと! 全部!!」

 栞ちゃんの瞳に、光が広がる。


「秋には月見してお団子! クリスマスには帽子かぶってチキン食べて! お正月にはお餅を食べるの!」


 食べもんばっかじゃねぇか。

 でも――

 その表情は、真剣そのものだった。


「それでそれで、いーっぱいおしゃれして、浴衣着て花火! 海でバーベキューなんかもしちゃおう!」


 そうか、雛乃。

 お前は、全部取り返すつもりなんだな。

 栞ちゃんが失ってしまった青春を――


「それでね、最後はウェディングドレスを着るの」

 そう優しく伝えた雛乃。

 雛乃の目には今、何が見えているんだろうか。


 そして俺は少しだけ、その姿を想像してしまった。

 やりたいことを全部、やりたいようにやる。

 仕事に没頭するだけの毎日に疲れていた俺には、今さら何を、とも思った。


 だけど、その話を聞く俺の胸は、理性とは関係なく高鳴っていた。


 俺は、栞ちゃんのその笑顔の先を見てみたくて。

 もう少し、このまま彼女とこうして暮らしたいと思った。


 今のこの気持ちを7年前の俺に話したら、なんと言うのだろうか。

 元カノの妹と暮らすなんてあり得ないと、笑うだろうか?


 きっと、この先3人でやるバカを、鼻で笑うだろう。


 そうだな。


 こうして、くだらない毎日を送って行くのだろう。


 もし、そんな物語に名前をつけるとしたら――


『元カノの妹と同棲することになりまして。』


 何の捻りもない。

 だけど、こんなのも悪くない。


 そう思った。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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