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元カノの妹と同棲することになりまして。  作者: 三久田ともかさ


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11/45

雛乃の3分クッキング!!

 日用品の買い出しも終わり、無事に帰宅。

 両手に大量の荷物を抱えたまま、エレベーターへと乗り込む。

「おにぃ、ちょっと邪魔! スペース取りすぎ!」

 乗り込むや否や、端へと追いやられる。


「どっかのアホが、無駄なもんばかり買うからだろ」

「あーやだやだ。お菓子の重要性も分からないなんてー。そんな大人に私はなりたくないよー。ねっ、栞ちゃん?」

 人に自分の娯楽費を払わせた挙句、呆れ口調で自分を正当化するこいつは、一体なんなのだろう。

 考えると頭が痛くなるので、放棄することにした。


「…………」

 雛乃を無視すること自体は、何も問題はない。

 ただ、栞ちゃんから反応がないのは少し心配だったので、俺からも声をかける。

「栞ちゃん?」

「……あっ、はい!」

 ようやく話しかけられたことに気がつく。

「大丈夫? おやつ食べる?」

 雛乃も心配したのか、栞ちゃんへ声をかけた。


「はい……その、私ばかり貰ってばかりでいいのかなと、考えてしまって……」

 確かに、お金の面ではそれなりの出費だ。

 だけど、俺は一つも惜しいとは思っていなかった。

 いや、やっぱりお菓子代は惜しい。

 マジであとで請求しよう。


「栞ちゃん!」

 雛乃が元気よく口を開く。

「相澤家、家訓その1!」

 家訓?

 そんなもの、初めて聞いたんだが?

「働かざる者、食うべからず!」

 お前だよ。

「その2! 恩は仇で返すべし! あっ、違う。今のなし」

確かにお前は仇で返してくるなぁ?

「…………」

「その4! 甘えたいときは甘えなさい!」

 ドヤァー!

 誇らしげに胸を張るこのバカは、何を言っているのだろう。

 あと、2と3はどこへいった。


「だからね、栞ちゃん。後ろめたい気持ちもあるかもしれないけど、辛いときは誰かに寄りかかっていいんだよ」

 優しい顔を向ける雛乃。

 たまにはまともなことを言う。


「ありがとうございます……」

 言葉とは裏腹に、まだ納得まではできていない様子だった。

 そう簡単に割り切れることではないのも分かる。

 雛乃はともかく、俺だって生活のほぼすべてを誰かに世話してもらうとなれば、遠慮してしまうだろう。


「まぁ、そゆことだから、おにぃ。今日は私たちがご飯作るよ! ねっ、栞ちゃん!」

「は、はい。頑張ります!」

 事前に打ち合わせはしていたのだろう。

 雛乃のテンションに押されながらも、なんとか前を向く栞ちゃん。

 料理の提案も、雛乃なりの気遣いなのだろう。


 しかし――

「えっ……栞ちゃんはともかく、雛乃も作るの?」

「んーー? そだよーー」

「不安しかないんだが?」

「あー? あんまりヒナを舐めんなよ? こちとらボナペティって予習してっかんなぁ!」


 ダメだ。

 きっと、意味すら理解していない。

 仕事が減るどころか、増える未来しか見えない。

 栞ちゃんが可哀想すぎる。


「栞ちゃん。邪魔なら、遠慮なく蹴り出していいからね……」

「えっ……まさか、そんなことしませんよ」

 ぱたぱたと手を振る栞ちゃんを見ていると、雛乃と違って心が安らぐ。

 なぜ、こうも違うのだろうか。


「まぁ、無理せず、困ったらいつでも呼んでくれて大丈夫だから」

「い、いえ。頑張ります!」

「そっか。それじゃあ、期待して待たせてもらおうかな」

「はい! お口に合うように頑張ります!」

 ふんすっ!

 そんな音が聞こえてきそうなほど、栞ちゃんは気合いを入れていた。

 誰かの手料理を食べるのも久しぶりで、少し楽しみになっている自分がいた。


「あれ? てか雛乃。お前、ボタン押してねぇだろ」

 エレベーターの操作盤の前に立っていた雛乃が、ピクリと動く。

「……上へ参りまーす!」

 慌ててボタンを押した。

 どおりでいつまでも着かないわけだよ。


 エレベーターが最上階へ到達したころ。

 雛乃が妙に静かだと思ったら、いつの間にか買ったばかりのお菓子を開けていた。


 そして、目を瞑って顔を上へ向ける。

 すぅーっと鼻から息を吸い込み、静かに呟いた。

「ボナペティ……」

 そんな雛乃を見ながら、俺は――

 本当にダメかもしれない。

 そう思った。


◇


 時刻は19時30分を迎えようとしていた。

 エプロン姿に着替えた2人が、キッチンに並ぶ。

 わざわざ買いやがったな、この愚妹め。

「それで、2人は何を作るんだ?」

「チッチッチ。まぁ待て、ご飯は逃げねぇよい」

 とりあえず、大人しく待っていろということらしい。

 心配だが仕方ない。

 栞ちゃんの料理スキルに一縷の望みをかけ、ソファに腰掛ける。


 キッチンからは、楽しげな声が聞こえてきた。

「どゅるるー、バン! 雛乃とぉーー!」

『ほらっ! 栞ちゃんも!』

「し、栞のぉー……」

「3分クッキングーー!!」

 うぇーい! どんぱふー! ぱちぱちー!


 時計を見る。

 時刻は19時30分ちょうどだった。

 お隣さん、すみません。

 本日は騒がしくなりそうです。


「でわでわでーわ! アシの栞さん! このミシュラン三つ星シェフの雛乃、いかようにいたしましょう」

 雛乃が、無駄に綺麗なお辞儀を披露する。

 本当に才能の無駄遣いが過ぎる我が妹だった。

 てか、シェフがアシスタントの指示を受けるのかよ。


「そ、それでは雛乃さんには……」

「ノンノンノン」

 チッチッチと指を振る。

 困惑する栞ちゃん。

「シェ……フ!」

 髪を掻き上げ、得意げな表情をする。

 今だ栞ちゃん。

 ボディがガラ空きだから、やっちまえ。

 そう心の中で念を送った。


「シェ、シェフ。では、玉ねぎを剥いてもらってもいいですか?」

「ボナペティ!」

 いや、了解とかそんな意味じゃないからな、それ。

 2人は手分けして、食材の下処理を始める。

 栞ちゃんはじゃがいもの皮を手際よく剥き、雛乃は玉ねぎを剥いていた。

 ――剥いていた。


「栞ちゃん、大変!! 玉ねぎなくなっちゃった!!」

 見ると、雛乃の手にあった玉ねぎは、親指ほどの大きさまで縮んでいた。


「雛……シェフ。玉ねぎは、1、2枚剥けば大丈夫ですよ……」

 笑顔が段々と引き攣っていく。

「へぇーー。待って! これ、らっきょうじゃん! らっきょうって玉ねぎだったの!?」

 断じて違う。

 そして、栞ちゃんの表情が一段と曇る。


「そ、それじゃあ、このバットにパン粉を出してもらってもいいですか?」

 気を取り直して雛乃に任務を与える。

 俺なら既に限界を迎えてそうだが、栞ちゃんは逞しくも雛乃の面倒を見ていた。

「ボナペティ!」

 まだやんのかよ、それ。

 雛乃は袋を開封し、その中身を――すべてぶちまけた。

 しーーんっ。

 キッチンに静寂が訪れる。


「雛乃さん、お鍋に水。入れておいてくれるかな?」

 笑顔の栞ちゃんだったが、室内は極寒に包まれていた。

「ひっ……承知いたしました! シェフ!」

 大学生相手に自ら立場の上下を分からされた、哀れな23歳OLの姿がそこにはあった。


「任務完りょっととっ!!」

 ばしゃーん。

 いつから我が家は、スプラッシュするマウンテンになったのだろう。

 そして――


「雛乃ちゃん」

「はっ、はひっ!」

 ぎぎぎ……。

 錆びた機械のように、雛乃の動きがぎこちなくなる。

 そしていつの間にか『さん』から『ちゃん』になっていた。


「少し、大人しく、しててもらってもいいですか?」

 笑顔だが、完全にキレている。

 もしかしたら、栞ちゃんは一番怒らせてはいけないタイプなのかもしれない。

 俺まで緊張が走ってしまった。


「で、でも……」

 指をツンツンして口を尖らせる雛乃。

「大人しく、しててほしいな?」

 雛乃がおねだりするときのように、声色は可愛らしい。

 だが、それすら貫通するほどの圧が、そこにはあった。

「承知いたしました!!」

 カッと踵を揃え、胸に拳を当てる。

 料理に何を捧げてんだ、このバカは……。


 とぼとぼとキッチンから帰還する雛乃。

 すとん――。

 無言のまま、ソファの上で体育座りをした。

 そんな哀れな妹を慰めるべく、俺は頭を撫でてやる。


「おにぃ……」

 上目遣いに俺を見つめる妹。

 その半べその妹に対して、俺は――


「ほら、ちょうど3分だ」


 19時33分を告げてやった。


最後までお読みいただきありがとうございます。

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