雛乃の3分クッキング!!
日用品の買い出しも終わり、無事に帰宅。
両手に大量の荷物を抱えたまま、エレベーターへと乗り込む。
「おにぃ、ちょっと邪魔! スペース取りすぎ!」
乗り込むや否や、端へと追いやられる。
「どっかのアホが、無駄なもんばかり買うからだろ」
「あーやだやだ。お菓子の重要性も分からないなんてー。そんな大人に私はなりたくないよー。ねっ、栞ちゃん?」
人に自分の娯楽費を払わせた挙句、呆れ口調で自分を正当化するこいつは、一体なんなのだろう。
考えると頭が痛くなるので、放棄することにした。
「…………」
雛乃を無視すること自体は、何も問題はない。
ただ、栞ちゃんから反応がないのは少し心配だったので、俺からも声をかける。
「栞ちゃん?」
「……あっ、はい!」
ようやく話しかけられたことに気がつく。
「大丈夫? おやつ食べる?」
雛乃も心配したのか、栞ちゃんへ声をかけた。
「はい……その、私ばかり貰ってばかりでいいのかなと、考えてしまって……」
確かに、お金の面ではそれなりの出費だ。
だけど、俺は一つも惜しいとは思っていなかった。
いや、やっぱりお菓子代は惜しい。
マジであとで請求しよう。
「栞ちゃん!」
雛乃が元気よく口を開く。
「相澤家、家訓その1!」
家訓?
そんなもの、初めて聞いたんだが?
「働かざる者、食うべからず!」
お前だよ。
「その2! 恩は仇で返すべし! あっ、違う。今のなし」
確かにお前は仇で返してくるなぁ?
「…………」
「その4! 甘えたいときは甘えなさい!」
ドヤァー!
誇らしげに胸を張るこのバカは、何を言っているのだろう。
あと、2と3はどこへいった。
「だからね、栞ちゃん。後ろめたい気持ちもあるかもしれないけど、辛いときは誰かに寄りかかっていいんだよ」
優しい顔を向ける雛乃。
たまにはまともなことを言う。
「ありがとうございます……」
言葉とは裏腹に、まだ納得まではできていない様子だった。
そう簡単に割り切れることではないのも分かる。
雛乃はともかく、俺だって生活のほぼすべてを誰かに世話してもらうとなれば、遠慮してしまうだろう。
「まぁ、そゆことだから、おにぃ。今日は私たちがご飯作るよ! ねっ、栞ちゃん!」
「は、はい。頑張ります!」
事前に打ち合わせはしていたのだろう。
雛乃のテンションに押されながらも、なんとか前を向く栞ちゃん。
料理の提案も、雛乃なりの気遣いなのだろう。
しかし――
「えっ……栞ちゃんはともかく、雛乃も作るの?」
「んーー? そだよーー」
「不安しかないんだが?」
「あー? あんまりヒナを舐めんなよ? こちとらボナペティって予習してっかんなぁ!」
ダメだ。
きっと、意味すら理解していない。
仕事が減るどころか、増える未来しか見えない。
栞ちゃんが可哀想すぎる。
「栞ちゃん。邪魔なら、遠慮なく蹴り出していいからね……」
「えっ……まさか、そんなことしませんよ」
ぱたぱたと手を振る栞ちゃんを見ていると、雛乃と違って心が安らぐ。
なぜ、こうも違うのだろうか。
「まぁ、無理せず、困ったらいつでも呼んでくれて大丈夫だから」
「い、いえ。頑張ります!」
「そっか。それじゃあ、期待して待たせてもらおうかな」
「はい! お口に合うように頑張ります!」
ふんすっ!
そんな音が聞こえてきそうなほど、栞ちゃんは気合いを入れていた。
誰かの手料理を食べるのも久しぶりで、少し楽しみになっている自分がいた。
「あれ? てか雛乃。お前、ボタン押してねぇだろ」
エレベーターの操作盤の前に立っていた雛乃が、ピクリと動く。
「……上へ参りまーす!」
慌ててボタンを押した。
どおりでいつまでも着かないわけだよ。
エレベーターが最上階へ到達したころ。
雛乃が妙に静かだと思ったら、いつの間にか買ったばかりのお菓子を開けていた。
そして、目を瞑って顔を上へ向ける。
すぅーっと鼻から息を吸い込み、静かに呟いた。
「ボナペティ……」
そんな雛乃を見ながら、俺は――
本当にダメかもしれない。
そう思った。
◇
時刻は19時30分を迎えようとしていた。
エプロン姿に着替えた2人が、キッチンに並ぶ。
わざわざ買いやがったな、この愚妹め。
「それで、2人は何を作るんだ?」
「チッチッチ。まぁ待て、ご飯は逃げねぇよい」
とりあえず、大人しく待っていろということらしい。
心配だが仕方ない。
栞ちゃんの料理スキルに一縷の望みをかけ、ソファに腰掛ける。
キッチンからは、楽しげな声が聞こえてきた。
「どゅるるー、バン! 雛乃とぉーー!」
『ほらっ! 栞ちゃんも!』
「し、栞のぉー……」
「3分クッキングーー!!」
うぇーい! どんぱふー! ぱちぱちー!
時計を見る。
時刻は19時30分ちょうどだった。
お隣さん、すみません。
本日は騒がしくなりそうです。
「でわでわでーわ! アシの栞さん! このミシュラン三つ星シェフの雛乃、いかようにいたしましょう」
雛乃が、無駄に綺麗なお辞儀を披露する。
本当に才能の無駄遣いが過ぎる我が妹だった。
てか、シェフがアシスタントの指示を受けるのかよ。
「そ、それでは雛乃さんには……」
「ノンノンノン」
チッチッチと指を振る。
困惑する栞ちゃん。
「シェ……フ!」
髪を掻き上げ、得意げな表情をする。
今だ栞ちゃん。
ボディがガラ空きだから、やっちまえ。
そう心の中で念を送った。
「シェ、シェフ。では、玉ねぎを剥いてもらってもいいですか?」
「ボナペティ!」
いや、了解とかそんな意味じゃないからな、それ。
2人は手分けして、食材の下処理を始める。
栞ちゃんはじゃがいもの皮を手際よく剥き、雛乃は玉ねぎを剥いていた。
――剥いていた。
「栞ちゃん、大変!! 玉ねぎなくなっちゃった!!」
見ると、雛乃の手にあった玉ねぎは、親指ほどの大きさまで縮んでいた。
「雛……シェフ。玉ねぎは、1、2枚剥けば大丈夫ですよ……」
笑顔が段々と引き攣っていく。
「へぇーー。待って! これ、らっきょうじゃん! らっきょうって玉ねぎだったの!?」
断じて違う。
そして、栞ちゃんの表情が一段と曇る。
「そ、それじゃあ、このバットにパン粉を出してもらってもいいですか?」
気を取り直して雛乃に任務を与える。
俺なら既に限界を迎えてそうだが、栞ちゃんは逞しくも雛乃の面倒を見ていた。
「ボナペティ!」
まだやんのかよ、それ。
雛乃は袋を開封し、その中身を――すべてぶちまけた。
しーーんっ。
キッチンに静寂が訪れる。
「雛乃さん、お鍋に水。入れておいてくれるかな?」
笑顔の栞ちゃんだったが、室内は極寒に包まれていた。
「ひっ……承知いたしました! シェフ!」
大学生相手に自ら立場の上下を分からされた、哀れな23歳OLの姿がそこにはあった。
「任務完りょっととっ!!」
ばしゃーん。
いつから我が家は、スプラッシュするマウンテンになったのだろう。
そして――
「雛乃ちゃん」
「はっ、はひっ!」
ぎぎぎ……。
錆びた機械のように、雛乃の動きがぎこちなくなる。
そしていつの間にか『さん』から『ちゃん』になっていた。
「少し、大人しく、しててもらってもいいですか?」
笑顔だが、完全にキレている。
もしかしたら、栞ちゃんは一番怒らせてはいけないタイプなのかもしれない。
俺まで緊張が走ってしまった。
「で、でも……」
指をツンツンして口を尖らせる雛乃。
「大人しく、しててほしいな?」
雛乃がおねだりするときのように、声色は可愛らしい。
だが、それすら貫通するほどの圧が、そこにはあった。
「承知いたしました!!」
カッと踵を揃え、胸に拳を当てる。
料理に何を捧げてんだ、このバカは……。
とぼとぼとキッチンから帰還する雛乃。
すとん――。
無言のまま、ソファの上で体育座りをした。
そんな哀れな妹を慰めるべく、俺は頭を撫でてやる。
「おにぃ……」
上目遣いに俺を見つめる妹。
その半べその妹に対して、俺は――
「ほら、ちょうど3分だ」
19時33分を告げてやった。
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