09.姉妹
医療ギルドにようやっと到着し、扉を開けて入っていく私たち御一行。
「それじゃあ、私は荷物を下ろしてくるので、お二人は座って待っててください」
小さな天使ことハノンちゃんは、とことこと奥へ進みながら戻りましたー!と挨拶をして消えていく。
「ハノンちゃんは今日も元気だねぇ」
「いい子だし、素直で可愛いし。見てるだけで癒されるよ」
どうやら私だけではなかったらしい。診察待ちであろう人たちが話しているのが聞こえてきた。そうだろう、わかっているじゃないかと私も鼻高々である。ハノンちゃんが通った道には笑顔の花が咲くのだ。
「姉である私ならともかく、なんであなたが威張ってるのよ」
「ハノンちゃんはみんなの妹みたいなものですよ。だから私もハノンちゃんのお姉ちゃんなんです」
「お姉ちゃんってなにそれ、あなたってばもしかして変態なの?そんなこと言ってる人初めて見たわよ」
「ちょっと、変態はやめてください!誤解ですってば!」
妹を稀有な目で見られ、私と少し距離を取りながら蔑視するような目で私を見るカレンさん。変態とは失敬な。YESロリータNOタッチ、私はただ可愛いハノンちゃんを見て癒されているだけであって、実害を伴うようなことは決してしない。
「まあ、変なことをしないのならいいけどね」
ふう、と私は安堵の息を吐く。ここで誤解されでもしたら今後の交友関係に亀裂が生じてしまうかもしれない。今度からはもう少し己の欲を抑えねば。そう心に誓いつつ、私とカレンさんは手近にある椅子に座り、ハノンちゃんの帰りを待つ。
手持ち無沙汰となった私はキョロキョロと周囲の観察を始めた。
頑強な石造りの外観とは裏腹に、照りのある木材の床、石の壁にところどころ設置されている観葉植物。暖かみのある内観となっている。
診察を待つ人々はといえば、若い人もちらほらと見受けられるが、メインは「今日はどうしたんね」「腰が痛くてのぅ」などと世間話をしている高齢の方々。
どこでも同じようなものなんだな、と私は苦笑する。
「さっきのハノンの話なんだけどね」
どこを見るでもない、遠くを眺めるような目をしながらカレンさんは話し始めた。
「実は私もね、あの子のことを誇りに思ってるの」
あまり本人の前では言わないけどね。くすりと笑みを浮かべながらカレンさんは話を続ける。
「私たちの両親はね、いろんなところを旅する商人だったの。私とハノンは祖母の家に預けられてた」
「あの、その『だった』っていうのは……」
「5年前だったかしら。ハノンがもっと小さい、五歳の頃に、仕事中の事故で亡くなったの。山中の険しい道を進んでる時に、土砂崩れに巻き込まれたらしくて」
「えと、ごめんなさい。追及するようなこと言っちゃいました」
「いいのよ別に。私が話したかっただけなんだから。むしろあなたこそ、こんな話されてびっくりしたでしょ。ごめんなさいね」
お互いに謝罪を返し、私たちは苦笑を浮かべる。私個人としてはびっくりというより、大変な人生を……などと月並みな感想を抱いていただけである。
どこまで話したかしら、とカレンさんが首を傾げるのを見つつ、彼女がまた話し出すのを私は待つ。
「五歳って親に甘えたい年頃じゃない?なのに、あの子はそれもできなかった。親の死にようやく慣れてきた二年後に、きっと私たち以上にショックだったんでしょうね。心労が祟ったのか、祖母も亡くなって……。だから今は私があの子の親代わりをしてるの」
「カレンさんだってまだ若いでしょ?それなのに、まだ幼かったハノンちゃんの世話をしてただなんて、すごいですよ」
「ありがとう。もう十八歳だから、立派な大人よ」
三年前、つまり十五歳といえば、中学生や高校生。現実であれば、友人と遊んだりおしゃれをしたい盛りの女の子だ。
ここと現実の価値観は多少なりとも違うだろうが、それでも、一人の少女が背負うものとしては、あまりにも重すぎる。
「それでね、あの子と私と二人だけの生活をし始めてから、昔もお姉ちゃんっ子だったんだけど、より一層私にべったりくっ付いてまわるようになったの」
「ご両親がいなくて寂しかったんでしょうね」
「きっとそうでしょうね。私もそれに気付いてたから、出来る限りはあの子のそばにいてあげたわ。当時は趣味としてやっていた裁縫をしてる時も、お風呂に入る時や寝る時もずっと」
余程ハノンちゃんのことが大切で仕方がないのだろう。カレンさんの顔を見れば、慈愛に満ちた女神顔負けの表情をしている。
そういえば、私が小さい頃、母も同じような表情をしていたな、とふと思い出した。
「両親の遺したお金がたくさんあったから、働かずにハノンのお世話を続けられたし、そんな生活ができたことは今でも感謝してる。でも、いつまでもこうしてるわけにはいかないじゃない?ハノンもわたしも、いずれは仕事に就いたり、嫁いだりするんだから」
「それで、この街にやってきたっていうこと、ですか?」
「そうよ。来たのは三ヶ月前だからここ最近の話なんだけどね。それで私は裁縫ギルドでお世話になることになったの。本当なら、私の収入だけで二人分の生活費は充分稼げてるのに、ハノンが自分も働くって言い出して。最初は私も心配だし危ないから反対したんだけど。そしたらハノンってばなんて言ったと思う?」
私に問いかけるわけでもない、疑問符のそれ。静かに続きを待とう、そう思っていると、カレンさんの声が少し震えているのに気が付いた。
「ハノンが『ここまで育ててくれたお姉ちゃんに恩返しをしたい』って。『お父さんやお母さんみたいに怪我をした人たちを、私が助けてあげたい』ってそう言ったの。私としては、あの子がずっと元気に笑顔でいてくれたら、それだけで良かったのにね。あの子が寝た後、嬉しくて泣いちゃった」
「……すごく立派に育てられたんですね。尊敬します」
こんなことを言えるようになるまでに、カレンさんも沢山の苦労や葛藤があっただろう。心からの賛辞をカレンさんに贈る。
「そんな大それたことはしてないわよ。あの子が勝手に立派になっただけ」
それほどでも、と照れ隠しをする。私からすれば二人ともに立派すぎて眩しいくらいだ。
「ハノンが医療ギルドで働くことが決まった時、ちょっと不安だった。上手くやれるか、心細くないかって。でも杞憂だったわ。家じゃあハノンから今日の出来事を楽しそうに話してくるくらいよ。本当に楽しいんでしょうね」
だからね、とカレンさんは話を続ける。
「私嬉しいの。あんなに小さかった、私がずっとずーっと守ってあげなきゃって思ってたハノンが。今はあなたを含めた、たくさんの人のために頑張ってることや、そのたくさんの人たちに愛されてるんだっていうことが」
ハノンには内緒ね、と私に言うカレンさんの表情は、やはり姉妹なのだろう。微笑み方やその表情がそっくりだ。
「とってもいい話なんですが、それを私に話してくれたのはどうしてですか?」
出会って間もない私になぜ、と問うとカレンさんは、あぁと気付いたような表情を浮かべる。
「出会ったばかりだからっていうのもあるかしら。ほら、あまり知らない人だからこそ話せることってあるでしょう?」
それに、とカレンさんは付け加える。
「ハノンもあなたに懐いてるし、これからも私たち姉妹と仲良くしてくれそうだなって思ったから」
この話はハノンには内緒だからね、とカレンさんは慌てるように重ねて注釈を入れる。
「……そうですね、私もお二人とは今後も仲良くしていきたいです」
これが夢でなかったら、きっと私たちは。
寂しいような、悲しいような感情が心を苛む。
「……?ジュリ?どうしたの?」
「いえ、なんでもないです。それにしても、ハノンちゃんはまだですかねぇ」
いけない、と私は無理やり話を変える。今を楽しむと決めたのだ。夢が覚めるその時まで、精一杯楽しもうじゃないか。
「荷物を下ろしてるだけだから、そろそろだと思うのだけど……傷が痛むのなら、人を呼んでくるからいつでも言ってね」
「はい、ありがとうございます。今は大丈夫ですので」
「そう、それならいいけど」
そう言うと、カレンさんはもじもじとしながらこちらを見る。
なんだなんだ、と思いつつもカレンさんが口を開くのを待つ。
「えと、その。今後も、友達として、よろしく」
先ほどまで立派な話をしていたのに、これである。自分のこととなると感情表現をするのが苦手なのだろう。カレンさんのことが少しずつわかってきて、なんだか嬉しくなってきた。
「はい、よろしくお願いします」
「ちょ、ちょっと。なんでにやけてるのよ!笑うところじゃないでしょ!」
「いや、カレンさんが可愛いなぁって思って、つい」
「ついじゃないわよ!あーもう、慣れないことするんじゃなかった!」
途端に顔が真っ赤になり、恥ずかしいからと顔を手で隠すカレンさん。顔見せて!嫌だ!こんな問答を繰り返しているうちに、お待たせしましたー!と、ハノンちゃんがとてとて小走りにこちらにやってくる。
「お二人とも、私がいないうちに仲良しさんになったんですね。良かったです」
なってない!とムキになるカレンさんとニヤニヤしている私の様子を見て何かを悟ったのか、笑顔を浮かべる。
「ジュリさん、これからもお姉ちゃんと仲良くしてあげてくださいね。あ、もちろん私とも仲良くしてくれたら嬉しいですっ」
お互いのことを尊重し、思いやる。
本当に、姉妹だな。私は心の底から思った。
「私が先に話を通しておきましたので、受付に行けばすぐに診察室まで案内してくれると思います。行きましょう」
立てますか?と差し伸べてくれたハノンちゃんの手を借り、そのままの状態で受付へと向かう。
「すみません。フェルノさんからお話があったと思うんですが、こちらがジュリさんです」
「あぁ、おかえりなさい。話は聞いて……」
受付の女性はこちらを見るや、すぐさま目を見開き、驚きのまま表情を固めた。またか、と思うが、この際だ。いい機会だしいろいろと話を聞こう。
「あの、どうかされましたか?」
私が女性に問いかけたその途端。
「リズ!?」
女性の大きな声がギルド内に響き渡った。
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