10.リズ
まるで見てはいけないものを見たと言わんばかりに、席を立ち驚く女性。
「え、なんで、どうしてリズが……?」
なんだなんだと、女性の大声に釣られて野次馬もとい患者やギルド職員たちが、私たちを囲い込む。そして、彼らとの距離が近くなり、野次馬たちの声も自然と聞こえるようになる。
「おい、あれってリズじゃないか?」
「まじだ、でもリズはたしか……まさかアンデッドか……?」
「もし本物だったらヤバいかもしれんぞ。おい!誰か憲兵呼んで来い!」
「ちょっとちょっと、なに、この野次馬たち」
突然の騒ぎの渦中に巻き込まれる私たち。おそらく人の名前だろう。リズ、という単語が周りで多く飛び交っている。
「えっと……私のことですか?」
「あなた以外に誰がいるっていうのよ!」
誰がいる、と言われてもと困るのだが。
私としても状況が読み込めないのだ。私の名前は珠璃であって、決してリズという知らない人の名前で呼ばれる覚えはないのだから。
「落ち着いてください、この人の名前はリズさんではなくジュリさんですよ?」
私が抗議しても、おそらくこの女性は聞く耳を持たないだろう。ハノンちゃんが助け舟を出してくれた。が、しかし。受付の女性はひとます落ち着きはしたものの、脳内での処理が追いついていないのだろう。困惑の表情は取れずにいる。
「どうも、ジュリです……」
この街に来て何度目だろうか、肩身の狭い思いをしつつ自己紹介をこなす。
「すみません、私はあなたのことを存じ上げないのですが……。あなたは、私のことを知っておいでなんですか……?」
恐る恐る、慎重に。また大声を上げられたらたまったものではない、腫れ物に触るが如く、私は女性に問いかけた。
「知ってるも何も……」
どう言い表したらいいか分からない、とばかりに女性は途中で口をつぐむ。
これでは、私たちもいったいどうしたらいいのか分からない。私、ハノンちゃん、カレンさんの三人は、それぞれお互いに顔を見合わせては首を振る。
「いったい何の騒ぎ?」
受付の横にある扉が開き、顔を出してきたのは白衣を着た女性。
「フェルノさん、実は……」
受付の女性が彼女にこの状況を説明しようとするが、先ほどと同じく言い淀んでしまう。おずおずとこちらに顔を向ける彼女に倣い、フェルノさんもこちらに顔を向けると、彼女もまた目を見開いて硬直した。
ここまであからさまな反応を立て続けにされてしまうと、私としては、何かしてしまったのだろうか、ここにいてはいけないのだろうかと不安に駆られてくる。
あの、と私が口を開こうとした時、フェルノさんもまた、はっと正気に戻る。
「ごめんなさい、私としたことが、つい」
「すいません、その、ついっていうのはなんですか?ずっと同じような目で見られて私もうんざりしちゃってるんですよ」
度重なるストレスから、徐々に積み重なってきていた苛々が滲み出てしまい、フェルノさんに対して強めの語気で当たってしまった。
「あ、ごめんなさい……。フェルノさん、でしたっけ。あなたに怒っても仕方ないのに」
やってしまった。何も彼女が悪いわけではない。これでは八つ当たりもいいところだと思い、私はすぐに謝罪を入れた。
「いいえ、私も配慮が足りなかったかもしれない。とりあえず、場所を変えましょう。ここで話すには人が多すぎるもの。詳しい話はそのあとでいいかしら」
「はい、わかりました」
私が了承の旨を伝えると、彼女はスッと野次馬たちへと向き直る。
「ほら、職員は早く仕事に戻ってください。診察待ちの皆さんも、ここは病院です。ご歓談されるのは構いませんが、あまり騒がれないようにお願いします」
彼女の一言で、野次馬と化していた人たちはそそくさと散り、私たちが入ってきた時の、病院のあるべき姿へと戻っていく。
「お待たせしたわね。それじゃあ、ついてきて。私は少し席を外すから、何かあったら呼んでちょうだいね」
受付の女性に離籍を告げるフェルノさん。私たちはフェルノさんに促され、彼女の後ろをついていく。受付の左手側にずらりと並ぶ診察室前を通り過ぎ、職員専用の通路だろうか、端にある扉をくぐり、機材や備品を保管している棚などが置かれてやや狭目となっている通路を進む。
途中で階段を登り、私たちが導かれたのはとある個室。中は閑散としていて、部屋の奥に台所らしきものが見えるのと、ベッドと本が山のように積まれている勉強机のようなものがそれぞれ一台ずつあるだけ。
「こんなところに連れてきてごめんなさいね。ここしか良い場所が思いつかなくて」
狭いだろうからと来客用の椅子を一台ベッドの近くに設営し、フェルノさんはベッドに手を向け、どうぞ座ってと私たちへ促し、彼女は台所でコップに水を注いで、私たちに渡す。
「大丈夫よ、毎日換気して掃除もしてるから」
場を和ませようとしたのだろう、少しの笑い交じりにフェルノさんは再び促す。そうして私たちとハノンちゃんがベッドに、カレンさんが椅子に座り、フェルノさん自身は机に備え付けられていた椅子に座った。
ぎしっというベッドのスプリングの音だけが鳴り、一瞬の沈黙が流れ、フェルノさんが口を開く。
「まずは、そうね。改めて、うちの職員たちが粗相をしてしまったことに対して、謝るわ。ごめんなさい」
そう頭を下げるフェルノさんに、私は慌てて顔を上げてくださいと告げる。
「いえ、もう大丈夫ですから。あなたのおかげでどうにかなりましたし」
「そう。そう言ってくれるとありがたいわ。……さて、どこから話したものかしら。あなたからも何か聞きたいことがあれば遠慮なく聞いてちょうだい」
遠慮なく。そう言われて私は一番気になっていたことをフェルノさんへと問いかける。
「じゃあまず……。その『リズ』というのはいったい誰ですか?皆さんは私のことを見てそう呼んでいましたが……」
「まあ、それが気になるのは当然よね」
ふうっと息を吐き、顔に掛かっている前髪を掻き上げて、フェルノさんは説明を始めた。
「リズは、つい三ヶ月前まで、この医療ギルドで私たちと一緒に働いていた職員なの」
真剣味のある、そして暗さを纏った表情でフェルノさんは続ける。
「三ヶ月前っていうのはつまり、その。リズはね、三ヶ月前に亡くなったの」
亡くなった。その一言で、重みのあるどんよりとした空気が部屋に立ち籠る。今日はその類の話をよく聞くものだと、どこか私は思いながら話の続きを待つ。
「今日のハノンと同じように、薬の原料が少なくなってきたから採集をお願いしてた。そのときは、彼女の幼馴染の子が一緒に行ってたと思うわ。いつもと同じ、慣れた仕事のはずだった。だけど、その森に本来いるはずのない、毒を持った魔獣がリズを襲ったらしくて、それで……」
そこまで説明して、フェノンさんは机に置いていたコップを手に取り、水を飲み干す。
魔獣という私の知らない単語が飛び出てきたが、今はそれを聞くような場ではない。まずは、と私はリズとやらの人に対して冥福を祈る。
「それで、毒が原因で亡くなってしまった、と。リズさんのお悔やみを申し上げます」
私は数秒ほど目を瞑り、哀悼の意を示したのちに、再び口を開く。
「リズさんが亡くなっていらっしゃるのはわかりました。ですが、そのリズさんと私に何か関係があるのでしょうか?」
「みんなが驚いていたのは、まさにそこなのよ」
ようやく本質に斬り込める、と私は少しばかり前のめりになっていた体を戻し、聞く体制に入る。
「直裁に言うわね。……ジュリさんと言ったかしら。あなたの容姿や声、全てがリズと瓜二つ、いえ、リズそのものなの」
フェルノさんの言葉に、思わずえっという言葉が喉を通り過ぎ、私は目を見張って硬直した。
『私を魔女にしてください!』をお読みいただいて、ありがとうございます。
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