11.仮の私
今は亡きリズさんと、私が、同一人物。そう宣告されて、信じきれない私と、どこか腑に落ちている私がいる。今思い返せば、不可思議な点はあったのだ。そもそも、私が目覚めてから、短い時間ではあるが、苦楽を共にしているこの体はいったい誰のものなのか。
この世界での私の姿を手鏡で見た時。その姿は現実での私とは似ているどころか、全くの別人、人間とエルフという人種さえ違っていた。まさか、他人の体に私が入り込んでいるなどという状態だとは、私を含め、誰もそんな事を思いもしないだろう。
他に誰がいる、と受付の女性から言われたことを私は思い出していた。あの言葉はそういうことだったのか。お前はリズ以外の何者でもないだろう、とそう言っていたのだろう。
だが、しかし。理解が及んでも納得ができないことだってある。まさか、そんなことが起こり得るのだろうか。俯きながら、パズルのピースを当て嵌めるように思考している私に、フェルノさんは言葉をかける。
「あなたからしたら、ただただ困惑するでしょうね。もし私があなたと同じ立場に置かれたら、私だってどうすればいいかわからないもの」
だけどね、とフェルノさんは話を続けた。
「ジュリさん、あなた自身がどう思っているかはさておいて、私を含めてリズのことをよく知っていた人たちからしたら『リズがここにいるはずがないのになんで』って驚いちゃってるの。きっと悪気はないはずだから、みんなを悪く思わないであげてほしい」
フェルノさんは私にお願いという形で、頭を軽く下げた。彼女は何も悪くないはずなのに、こちらこそなんだか申し訳ない気持ちになってきた。
彼女たちからすれば、三ヶ月前にこの姿の人物とは今生の別れをした。はずだった。それが今、理由は不明だがこうして彼女らの目の前に再び立っている。当時のリズさんを知っていた彼女たちや街の人たちが驚き、困惑するその気持ちも、わかる。
彼女たちに悪気がないことだって百も承知だ。でもだからこそ、フェルノさんの放つ一つ一つの重い言葉を受け止めるたびに、思うのだ。
どうして、私が。
「ジュリさん、大丈夫ですか?汗が……。呼吸だって浅くなってます」
ハノンちゃんの言葉に我を取り戻す。深く考えているうちに、冷や汗をかいてしまっていた。背筋が凍るようなことを言われたのだ、仕方がない。動悸だって少しばかり激しくなっているのを感じる。ハノンちゃんが私に寄り添い、取り出したハンカチで私の顔をぺたぺたと拭ってくれている。
「ありがとう、ハノンちゃん。もう大丈夫だから」
ほんとに?と心配そうな目を尚もこちらに向けるハノンちゃんににこりと笑い、先ほど受け取っていた水を一気に流し込む。
「すみません、フェルノさん。お話の続きをしてください」
気持ちを落ち着けるべく、大きく息を吸い、ゆっくりと吐く。先ほどよりはましだろうか、多少落ち着いたところでフェルノさんに続きを促す。
「あなたが大丈夫なら……それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわね。そうだ、ジュリさんと仲が良さそうなのを見て忘れちゃってたけど……。ハノンもカレンさんも、この街に来たばかりだし、リズのことを知らなかったわよね。ごめんなさいね、昔のことにあなたたちも巻き込んでしまって」
「いえ、私は大丈夫です。それよりもハノンはどう?驚いてない?」
「私は……正直に言えば少し驚いてます」
だけど、と力強くハノンちゃんは言葉を紡ぎ続ける。
「今心配されるべきなのは私じゃなくてジュリさんです。そのジュリさんが大丈夫だと言っているのなら、私も大丈夫です」
胸を張って、そう伝えるハノンちゃん。強いなぁ。彼女を横目に見て、本当にそう思った。ハノンちゃんから湧き出す元気を貰い、改めて私は話し合いに臨む。
「ハノンは本当に強くて良い子ね。でも、そんなに気張らなくても大丈夫だから。実を言うね、さっきの話が本題で、今日のところはあと二つだけ確認したいことがあるだけなの」
先ほどまでの重い空気はどこへやら。フェルノさんは軽い声色で私にそう告げた。
「大丈夫。ちょっとした検査みたいなものだから。指だけでいいからこの液体を触ってみて」
フェルノさんが差し出してきたのは小さな器にちょんっと乗せられた透明な液体。なにかの検査薬だろうか?疑わしい目をフェルノさんに向けるとにっこりと笑顔で返された。とにかくやれということだろう。
ええい、女は度胸!
ぐりぐりと容器に指を押し付けるように触ってみたものの何も変化はない。ただただ液体と容器の冷たさが伝わってくるだけだった。
「うん。第一検査は問題なさそうね。今触ってもらったのは聖水って呼ばれるものね。これに拒否反応が出てれば私はあなたを然るべきところに突き出さなきゃいけなかったところだけど、何もなくてよかった」
「然るべきところって……いやなんでもないです」
聞かないほうがいいことというのは世の中に五万とある。仮にもしその聖水に拒否反応が出ていれば私は良くて拘束、最悪は……。考えるのはよそう。背筋を嫌な感覚が伝った。
何事かをさらさらと用紙に書き込み、書き終わるや否や先ほどと同じような笑みを浮かべてフェルノさんは私の手を取り言った。
「あなたの脈を測らせてほしいのだけど、いいかしら?」
「み、脈ですか?」
「そう、脈」
思わず聞き返す私に、フェルノさんはゆっくり丁寧に繰り返す。
「さっきの検査も、この検査にもちゃんと理由があるのよ?あなたがアンデッドじゃないってことを証明するためでもあるの」
アンデッド、つまりゾンビのようなものだろうか。もしくは骸骨とか。この世界にもそういうのがいるんだなぁと他人事のように想像する。
「なるほど、それでジュリがちゃんと生きてるってことをみんなに伝えて、安心してもらうのね」
カレンさんが合点の行ったように相槌を打つ。私はといえば、未だに『だから何だ?』と言わんばかりに頭上に疑問符を浮かべている。
その様子を見て、フェルノさんが、ちゃんと説明するからと苦笑しながら補足を加えてくれた。
「アンデッドっていうのは、その名の通り『死者』のことを指すの。それで、ごく稀になんだけど、死者の魂がアンデッドとなって死体を依り代にして出現し、人に害を及ぼすことがあるの」
そこまで解説してくれて、ようやく私も理解が追いついてきた。少しずつ脳内で整理をしながら、フェルノさんに答え合わせをしてもらう。
「なるほど、じゃあ、今から私の脈を測って、心臓が動いてる。ちゃんと生きてるっていう証拠があれば、私はリズさんの姿を模したアンデッド?なんかじゃないってことが証明されるわけなんですね」
私が解答をすると、フェルノさんは正解、と花丸を付ける。
「簡単に言えばそういうことね。お願いできるかしら?」
「そういうことなら、もちろん」
そのくらいであれば是非もない。私は素直に袖を少し捲り、左腕を差し出した。
ありがとう、とフェルノさんは席を立ち私の前で膝をつくと、手首に指を当て、脈の確認を行なった。そこで私は、自身の左腕に大きく抉られたような傷跡があるのに気が付いた。
これが、リズさんの亡くなられた原因なのだろうか、などと考えているうちに、フェルノさんは手を離した。
「うん、ちゃんと脈が確認できたわ。協力ありがとう」
「いえ、それでもう一つの確認したいことっていうのはなんでしょう?」
フェルノさんが再び椅子に座るのを確認して、私はフェルノさんに問いかけた。
「え?ああ、それならもう大丈夫。もう解決したから」
「……?そうですか、それならいいですけど」
自分としては腑に落ちない部分がないでもないが、彼女が納得してしまったのであれば、深掘りする必要はないだろう。彼女自身『気張らなくていい』と私に言っていたのだし、それほど重要なものでもないのだろうから。
「それじゃあ、傷の手当てをしましょうか。ごめんなさいね、後回しにしちゃって」
彼女の言葉を聞いて、そういえばそっちがメインだったなと思い出した。特に痛むようなこともなかったし、多少の痛みくらいであれば、先ほどの話のショックで痛覚も吹き飛ぶだろう。
痛み、怪我。この単語で私には気付いたことがあるので、それをフェルノさんに投げかける。
「あの、フェルノさん。治療の前に一つだけお聞きしたいんですけど」
「なにかしら?私で答えられることなら何でも聞いてちょうだい」
フェルノさんが快諾してくれるのを見て、私はおずおずと質問を始める。
「えっとですね、このリズさんの体は、毒が原因で亡くなられたんですよね?」
「ええ、その通りよ。あとは出血も多かったからそれも原因の一つね」
何を今更、とでも言いたげな顔でフェルノさんは私を見る。傷自体は痛まない。けれど、体の奥底にどこか引っかかるような違和感だけが残っていた。
「気になったんですけど、生前の?傷口なんかは塞がれていますが、そのときに、毒は抜かれているんでしょうか……?」
私が問いかけると、フェルノさんは思い出すように顔をしかめ、少し長い沈黙がこの部屋に生まれた。
「あっ……」
「けふっ……」
思い出したのか、フェルノさんがそう声を出した時、それと同時に私はこみあげる何かに耐えきれず、手で口を覆いながら咳き込みをした。
手のひらを見れば、そこは自身の吐いた血液で赤く濡れており、毒うんぬんの質問は私の体を以て解答されていて。
血を見たショックなのか、それとも毒のせいなのか。途端に体中が痛みだし、そのまま私はベッドから崩れ落ちて横たわった。
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