07.ロッサ
「わー、人がいっぱいいる……!」
街の入り口にある門を抜け、その先に見えたのはたくさんの人と建物。露店の客寄せや行き交う人々の雑踏で賑わっている。
「私たちも初めて来た時はこんな感じでしたよね」
いつの間にか両隣にに寄ってきていたカレンさんとハノンちゃんが、驚いている私の顔を見てくすくすと笑っている。そして、せーの、と二人で声を合わせ。
「改めて、ロッサへようこそ」
初めての街への来訪を歓迎してくれたのだった。二人にここまで連れてきてくれたことへの感謝を伝え、まだまだ見足りないとばかりに周囲の観察をする。
すると、いた。ファンタジー系の世界ならもしやと思っていたものがそこに。
「え、あれってもしかしてエルフ?すごいすごい、初めて見た!」
エルフ。森の奥深くに住んでいる、耳の長い美しい外見をした妖精。私がもし生まれ変われるのであればなりたいランキングをトップで独走しているかのエルフが、そこかしこを歩いている。
「あ、あそこ!見てくださいよカレンさん!あそこにいる小さい人ってもしかしてドワーフですか!?はえー、ほんとにいるんですねぇ!私感激ですよ!」
さながら、親に連れられて遊園地に来た幼児が、マスコットキャラクターを発見してキラキラと目を輝かせながらはしゃいでいるよう。
見て見て!と、幼児よろしく、この感動を表現するべくぴょんぴょんと跳ねながら、私は彼らを指差しつつカレンさんへと顔を向ける。
「いったい何に感動してるのよ」
カレンさんが少し呆れたような顔をして、私の顔を指差す。
「あんただってエルフでしょ。自分の顔見てみなさいよ」
ほら、とカレンさんが荷物から取り出したのは小さい手鏡。私がエルフ?いやいやそんなご冗談を、と苦笑を浮かべながら、手鏡で私の美顔(当社比一割増)を映し出す。
「……誰?」
そこに写っていたのは、当社比一割どころか十割増されたような美少女。森で歩き回っていたせいか、少しばかり汚れや傷が見受けられるが、透き通るような白い肌とアイスブルーの瞳、胸あたりまで伸びている美しい金色の髪。なにより目を惹きつけたのが、先ほどのエルフと同じく頭の両端に生えている普通の人よりも長い耳。
「誰って、ジュリに決まってるでしょ」
「いや、え?これが私?大丈夫ですか、この鏡壊れてませんか?」
一体何を言い出すんだ、とでも言いたげな顔でカレンさんは私を見る。
現実でなら、私の顔は何度も見たことがある。平凡という言葉が体を持って歩いているみたい、と実の母に言われたこともあるくらいだ。特段可愛くも不細工でもない。それが私自身に対する評価だったが、しかし。
「まだ納得してないような顔ね」
「だって、私の顔がこんなに可愛らしいなんて思いもしなかったから」
この賛美は決して自画自賛ではない。この鏡に映る美少女は誰だ。少なくとも、寝落ちする前の平凡な私の顔ではない。あまりにも、可愛すぎるのだ。なにか別のものを映し出しているのではないかと疑いたくもなる。
「お姉ちゃん、ほら、ジュリさんは記憶がないから。だから、自分の顔だって忘れてるのかも」
「んー、なんかそれが理由でこうなってるわけじゃない気がするけど……。とりあえずはそういうことにしとくか」
もう終わりと、カレンさんは私の手から手鏡を取り上げてリュックの中へと収納する。個人的にはもうちょっとあのご尊顔を拝んでおきたかったのだが……。
「さて、茶番はこのくらいにしておいて、医療ギルドに行きましょう」
「そうですね、ジュリさんの怪我もありますし」
「そうと決まれば、早く行きましょ。ほらジュリ、あとでいくらでも自分の顔とにらめっこさせてあげるから」
そう告げるや、私の肩をぽんと叩いて、カレンさんは先に歩き出した。手鏡を取り上げられ少しばかりシュンとしていた私も、ハノンちゃんに手を引かれながら彼女の後を追う。
カレンさんへと早足で追いつき、ふうっと一息をついたところで、私たちが今歩いている通りの周辺をを観察する。
ここがメインストリートなのだろうか、買い物をしている人や入り口と同じく露店や商店の呼び込みをしている人、食べ歩きをしている人、時折小さめではあるが馬車が通ったりと活気に満ちている。万が一ハノンちゃんの手を離してしまえば、そのまま人混みに呑まれ、再び迷子へと逆戻りになるだろう。
また、ロッサに入ってきたあたりでも露店が見受けられたが、この付近で展開しているそれとは少しばかり気色がちがう。というのも、街の入り口付近の露店では主に食べ物、それも調理済みのものばかり売られていた。街を出入りするをターゲットにするのであれば、たしかに惣菜のほうが売れるのかもしれない。
私たちが歩いているこの通りでは、主に主婦層や各ギルドの人など、街の住人向けに果物や野菜などの食材を売る露店や、商店ではカレンさんが身につけていたようなレザーの胸当てをはじめとするナイフや防具一式、洋服、小物雑貨など様々なものが商品としてそれぞれの店のショーケースに展示されている。
所狭しといろいろな店が並んでいる中で、よく考えられたものだなぁと他人事ながらに関心をするなかで、左前方に他の店とは雰囲気の違う大きめの建物が見えてきた。
「ねえハノンちゃん、あれもお店なの?」
私と手を繋ぎ、引率兼観光案内をしてくれているハノンちゃんに確認をすると、いいえ、と答えが返ってきた。
「あれは商業ギルドですよ。この街においてのお店の出店状況を管理したり、トラブルなんかも対応してるらしいです。この辺りはお店が多いでしょう?だから、なにかと管理がしやすいからここに構えてるんだそうです」
この街に入って初めてお目にかかるギルド。これがそうかぁ、3階くらいはあるであろう大きな建物を仰ぎ見る。
「ここの近くだと、他にはお姉ちゃんが所属してる裁縫ギルドや、鍛治ギルドなんかもありますね。ジュリさんもギルドに興味が湧いてきましたか?」
「うん、ちょっとずつだけど面白そうだなって思い始めてるよ」
「それは良かったです。ジュリさんが良ければですけど、落ち着いた時にまた、この街を案内してあげますね」
「それじゃあ、その時はまたハノンちゃんに手を繋いで案内してもらおうかな」
任せてくださいっ、と胸を張るにっこり笑顔のハノンちゃん。まだまだ小さくて可愛いのに、見た目と反して物凄く頼りになる子だ。
「ハノンと約束するのはいいけど、その前にちゃんと治療を受けて元気にならないとね。あと当面の宿も探さないとだし」
カレンさんに言われて我に帰る。宿を探す、ということは夜を越す、眠るということだ。この状況が夢であると自覚してからどれほど時間が経っただろうか。未だに覚める気配はない。
もしかしたら、現実にいる私は寝ている間に息を引き取って……。なんて最悪な状況もあり得るのでは、と脳裏をよぎった。
「……ジュリさん?顔色が良くないですけど、大丈夫ですか?」
「……ん、あぁいや大丈夫だよ!ちょっと考え事に集中しちゃった、ごめんね?」
今さらそんなことを考えても仕方ない。せっかく、久しぶりに心が踊る時間を過ごしているのだ。今はこの大地を力強く踏み締めていることを喜ぼうではないか。悩みなんて、それこそ一人になった時間にでも悩めばいい。
行こう、と今度は私がハノンちゃんの手を引いてカレンさんの元へと歩き出した。
悩みから解放されたと思いきや、気になる物事というのは立て続けに舞い込んでくるもので。
「ねえ、ハノンちゃん。実は私、街に入ってからずっと感じてたことがあるんだけどさ」
「気になる、ですか?」
こてん、と首を傾げるハノンちゃんの耳に顔を寄せ、小声で話を始める。
「そう。気のせいだったらいいんだけど、街に入ってから、ずっと人に見られてる気がするんだよね。それも、凝視されてる、みたいな感じで」
最初こそ、大人げなくはしゃいでた私を見てただけかもしれないと思っていた。しかし、この大通りに入っても尚、刺さるような視線が通りすがる人たちから向けられる。
「たしかに、言われてみればそうかもしれませんね。最初ははしゃいでるジュリさんを見てただけ、とは思いましたが」
ハノンちゃんにもそう思われていたとは、お姉さんとしては穴があったら入りたいところではある。私の羞恥心はともかく、こうも見られているとなると肩身が狭いわけで。
「カレンさん、私は大丈夫なんで少し急いでもいいですか?」
「え、ええ。私は構わないわよ」
「ありがとうございます。ごめんねハノンちゃん。もうちょっと一緒にゆっくり歩きたかったんだけど」
「いいえ、大丈夫ですよ。私も気味が悪いですし。ギルドに着いたらゆっくりしましょうね」
本当にできた子である。ハノンちゃんを産んでくれたお母様に、世界に感謝である。そうして私たちは、周囲の視線を振り切るように足を早めて医療ギルドへと進んでいった。
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