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06.街道

「ジュリさん、大丈夫ですか?怪我が痛んだりしてないですか?」



 彼女たちと出会ったのは、本当に森の入り口の手前だったらしい。そんなに時間をかけることなく森を抜けて、私たちは今青空の下、街道をとことこと歩いている。



 私の怪我や疲れを案じてくれているのだろう、二人の歩行速度が私に合わせてゆっくりになっているのはなんとなく感じていた。



「大丈夫だよ、ありがとうハノンちゃん」



「とんでもないです。私が医療魔法を使えてたら、この場で治療してあげられるのに……」



「医療、魔法……?」



 少なくとも私が生きてきた中で聞いたことのない(もし言っている人がいたのなら、それはおそらく拗らせてしまった人だろう)単語が耳を通過した。



「あ、そういえば言い忘れてたわね」



 先頭を歩くカレンさんが顔だけをこちらに振り向かせながら話し始めた。



「ハノンはね、ロッサにある医療ギルドに所属して、医療魔法の勉強をしているの」



『ギルド』やら『魔法』やら、聞き慣れない単語が珠璃の脳内を駆け巡る。



 魔法もギルドもあれだよね、ファンタジー系のラノベとかによく出てくるやつ。火を出したり水を出したり風を吹かせたりするやつが魔法で、ギルドはいわゆるお役所とか人やお仕事を管理するところ、みたいな。



 え、魔法使えるの?それとももしかしてカレンさんも拗らせちゃってるだけ?



 私が頭にクエスチョンマークを浮かべて、うんうんと唸っているのを見てカレンさんが助け舟を出してくれた。



「えっと、魔法ってのは、自身の体の中で作られているマナ、魔力ともいうわね。魔法の源であるマナを使って顕現させる物事のことを指すの」



「マナ?魔力……?」



「あなたってば自分の名前以外本当に何も知らない、じゃなかった。覚えてないのね」



 私のところまで歩み寄り、いい?と人差し指を立ててカレンさんは解説を続ける。



「さっき言ったように、魔法はマナを使って顕現させたもののことを言う。そしてマナはここで作られているの」



 そう言うとカレンさんは胸当ての上からパンッと子気味の良い音を立てて胸を叩いた。



「……軽快でいい音が出ましたね」



「やかましい!胸が小さいの気にしてるんだから言わないでちょうだい!」



 堂々とやるものだから気にしていないと思ったのだが、まさか禁句であったとは。赤面させながらこほんと咳払いをし、カレンさんは説明を続ける。



「まったくもう。それで、自身の体で作られたマナを使用して、火や水などを作り出すことができるし、医療行為だってできる。それが魔法よ。まあ、口だけで言っても分かりづらいわよね。試しに見せてあげる」



 見てて、とカレンさんがすっと手を差し出す。すると、大気や地面から霧状のなにかが彼女の手のひらへと収束し、気がつけば小さな球体状の水がふよふよと浮いている状態になった。



「どう?これでわかったかしら」



「すごいすごい!すごいですよカレンさん!こんなことができるなんて!」



 水泡を見て、わぁわぁと年甲斐もなく歓声を上げながら、ぴょんぴょんと跳ねる私。すごいものを見た時は素直にすごいと言うべきで、己の感情に従って感嘆の意をそのまま表現するべきなのだ、なにも恥ずかしくはない。はず。



「もしかして、猪を相手にしてる時もなにか手をかざしてましたけど、あれも魔法を使ったんですか?」



 先の猪との戦闘ではすぐに決着がついてしまい、何をしているかよく分からなかったが、魔法の話を聞いた今ならば、さてはと私も勘づく。



「そうよ、よく分かったわね。あの時は風の魔法を使ってあいつの頭をすこーしだけ切り刻んでやったの」



「すごいすごい!カレンさんってば天才なんじゃないんですか!?水だけじゃなくて風の魔法も!魔法をいっぱい使えるなんて憧れちゃいます!」



「ちょっと、これくらいではしゃぎすぎよ。魔法を初めて見た子どもじゃ……って、記憶がないんだったわね」



「ジュリさんってば、ほんとに子どもみたいで可愛らしいですよね」



「あっ……その、失礼しました」



 聖母のような笑みを浮かべてこちらを見るハノンちゃんの存在に気づき、はたと我に帰る。こんな子どもの前ではしゃぎすぎてしまった。羞恥心があとからこれでもかと湧き出してくるのがわかる。



「と、とりあえず!立ち止まっちゃってますし、ほら!先に進みましょう!」



 照れを隠すために二人よりも先にさっさと歩き出す。そんな私を見て姉妹はくすくすと笑い、すぐさまこちらへと追いついた。



 少しほど歩いて平常心を取り戻し、私はさきほどの魔法の話を復活させるべく、二人に声をかける。



「えっと、魔法っていうものがあるっていうのは理解したんですけど。その、医療魔法っていうのはそのままの意味で、治療をする魔法ってことでいいんですか?」



「正解ですっ。今回のジュリさんの場合だと、細かい傷が多いですので、その一つ一つの外傷の治りを『促進』する魔法をギルドの方は使うと思います。これも治療魔法のひとつなんです」



「なるほどね、ありがとう。それで、その治療魔法をまだハノンちゃんは使えないってこと?」



「はい。ギルドの人から言われたことなんですが、私はまだギルドに所属してそんなに経ってない見習いですし、そのうえ幼くて、医療魔法ができるようになるほどのマナを作り出せる体が出来上がっていないから、まだ魔法を教えてもらえないんです」



 早く大人になりたいです、とハノンちゃんは先ほどとは打って変わって、しゅんと下を向く。この年くらいの子どもだと、大人に憧れる子が多い。ハノンちゃんもその類なのだろう。



「ハノンちゃんはそのまますくすく育ってくれればいいと思うよ。それでカレンさん、さっきも話に出ましたけど、ギルドっていうのはなにか聞いてもいいですか?」



「ギルドっていうのはね、うーん、どう説明したものかしら……そうね、簡単に言えば、何か一つの物事に対して特化した人たちの集まり、とでも言えばいいかしら」



「例えば、私が所属している医療ギルドであれば、その名の通り医療関係の魔法を得意とする人や、薬学に精通している人。いわゆる治療行為に特化した人が多く所属しているんです」



「他にも、他国から来た、いわゆる冒険者に仕事を紹介する冒険者ギルドとか、狩りや傭兵業を生業としている人たちの傭兵ギルドなんてものもあるわよ」



 なるほど、と私は得心する。私が読んでいたファンタジーものとは少しばかり違う要素もあるが、根本にあるコンセプトは大して差はないだろう。



「するとあれですか、商人たちには商業ギルドとかあるんですかね」



「そうそう、正解!段々理解が進んできたんじゃない?」



 カレンさんから百点満点のお墨付きをもらい、私もにっこりである。



「私たちは、所属しているギルドごとにそれぞれ神様を信仰しているんです。だから、極端に言ってしまえば、この世界には、ギルドの数だけ神様が存在しているんですよ」



 ますますファンタジーっぽくなってきたぞ、と私は思った。が、この世界では唯一神ではなく、多神教みたいなスタンスを取っているらしい。日本みたいな八百万の神的なものなのか、それともギリシャ神話みたいに、何かを司る神々が存在する、というようなものだろうか。私のラノベ心に火が点いてきた。



「ちなみに、私が所属している医療ギルドでは『癒しの女神』であるパナケイア様を信仰していて、お姉ちゃんの所属している裁縫ギルドでは、ミネルヴァ様を信仰しているみたいです。ちなみに、今日はお互いのギルドの雑用で、私は薬草を、お姉ちゃんは染料の素材を集めに来てたんですよ」



「本当なら傭兵ギルドに護衛をお願いするのが普通なんだけど、私自身が護衛になれるくらいの実力があるから、今回は私とハノンだけなの」



 ギリシャ神話とローマ神話が出てきた。私が知っている神話の神が出てきているあたり、夢の中なだけあって、私が理解しやすいように世界は作られているらしい。わりと何でもあり、ご都合主義なのである。



 パナケイアはハノンちゃんの言う通り全ての治療を司る『癒しの女神』としてギリシャ神話に登場している。



 一方、ローマ神話に登場するミネルヴァは、ギリシャ神話のアテネと同様に『戦いの女神』として知られているが、他にも『製織』や『工芸』の女神でもある。私の知る限り、刺繍や裁縫関連の神といえばアラクネもそうだが、かの神の顛末を知ってか知らないでか、ミネルヴァがこの世界では信仰されているらしい。



 なぜ神話の神々を知っているのか?お年頃だからである。



「ていうか、カレンさんは裁縫がお好きなんですね。なんだか意外でした」



「あぁ……それ、あなた以外の人からもよく言われるわ」



「あ、いやその!決して悪い意味じゃなくて!ほら、女性らしくて可愛いなって!」



「ジュリさんジュリさん、お姉ちゃんが得意なのは、ぬいぐるみ作りなんですよ。私の寝室にも、お姉ちゃんが作ってくれたくまさんのぬいぐるみがありますし、お姉ちゃんの部屋なんて、くまさんだけじゃなくて他のぬいぐるみでいっぱいなんです」



 お姉ちゃん可愛いですよね、と姉を愛でるハノンちゃん。私自身、彼女にはしっかりとしたお姉さんといった印象を持っていた。それが、蓋を開けてみれば、実はぬいぐるみなどの可愛いものが大好きな女の子。ギャップ萌えとやらで世の男性陣もイチコロであること間違いなしである。



「カレンさん可愛い」



「ちょっと、聞こえてるわよ!あんまりからかわないの!」



 少し調子に乗ってしまい、カレンさんにめっと叱られてしまう。はーい、と二人揃って返事をし、お互いの顔を見てにへっと笑顔を咲かせる。



「仲良くお話ししてるのもいいけど、ジュリ、ほら見て。街が見えてきたわよ」



 カレンさんに促されて前方を見ると、長い道の先にうっすらと建造物が見えてきた。少しずつ距離を縮めればそれは、街をぐるりと囲む壁のようだ。



 森で目覚めてからここに至るまで、いったいどれほど歩いてきたのだろう。現代っ子かつインドア派なのにも関わらず、ここまで頑張ってこれた自分を褒めてあげたい。



「さ、街までもう少しよ。疲れてるだろうけど頑張って。わかってるだろうけど、気を抜いてまた腰を抜かさないでよ」



 さっきのお返しとばかりに、私の失態を激励をしつつからかってくるカレンさんに対して。わかってますよ、と恥ずかしさを隠して返事をする。



 この世界での初めての街だ。いったいどんな景色なのだろう。私は期待に胸を膨らませながら、徐々に街に近づいていった。

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