05.経緯
「お姉さん、どうぞ、お水です。その様子だと何も飲んでないでしょう?」
「ありがとうハノンちゃん。すっごく助かる」
茣蓙ござを敷いたり飲み物を荷物から取り出すだけの簡単な設営を済ませ、私はハノンちゃんが注いでくれた水を受け取り、一気に飲み干す。
「ふふ、余程喉が渇いてたんですね。まだたくさんあるので、慌てないでゆっくり飲んでくださいね」
おかわりどうぞ、と私が飲み干した矢先にまた水を注いでくれる。さながら孫の食べっぷりを喜ぶ、田舎のお婆ちゃんのよう。彼女は将来良いお嫁さんになるに違いない。
注いでもらった水を、今度はちびちびと飲んで一息をつく。私が落ち着くのを待ってくれていたのであろう、お姉さんが口を開く。
「さて、そろそろいいかしら。あなたに色々と聞きたいことがあるのだけれど」
「あ、はいどうぞ。そうですよね、私も聞きたいことがありますし、お先にどうぞ」
「お気遣いありがとう。とりあえず自己紹介からしましょうか。私の名前はカレン、そしてこっちが妹のハノン。改めてよろしくね」
よろしくお願いします、とにっこり笑顔のハノンちゃん。そしてよろしくと手を差し出してくるカレンさん。
「よろしくお願いします、ええと私の名前は……」
そういえば私の名前をどう紹介したものだろうか。二人の名前や風貌から考えるに、ここは少なくとも日本ではなさそうな気がする。ここで本名を名乗ってまた怪しまれたりしないだろうか。
「……珠璃です。よろしくお願いします」
ほんの数瞬思考した結果、私は本名を名乗ることにした。名前を考えるためだけに変に時間を使いすぎてしまえば、それこそ怪しまれる要因になる。それに、この名は尊敬する親から貰ったものだ。私自身気に入っているものでもある。
夢の中とはいえ、親がくれたものを捨ててしまうのは憚るものがあるし、こうして胸を張って名乗っていれば案外怪しまれないものだ。
こちらもにっこりと会釈を返し、カレンさんの握手に応じる。
「ジュリ?へえ、私の故郷じゃ聞かない名前だけど、いい名ね」
よし、通った。多様性万歳。お父さんお母さん、素敵な名前をありがとう。心の中でガッツポーズ。小躍りもセットで追加させて欲しい。
「それで、ジュリに聞きたいことなんだけれど……ジュリ?聞いてるかしら」
「あ、はいどうぞ。すみません」
思わず自分の世界に浸ってしまいそうになっていた。私の悪い癖である、気をつけねば。
「ええと、それじゃあ。まず、ジュリは森の奥から歩いてきたって言ってたけど、そもそもジュリはどうしてこんなところに一人で来たの?」
「えっとですね、めちゃくちゃ言いづらいし信じてもらえるか分からないんですが、実は、目が覚めたら森の中だったんですよね。だから私自身どうしてここにいるのかとか、ここはどこなのかとか全く分からなくて」
私の発言にぽかんとする二人。まあそうだよね、と私自身心から同意する。
例えば、日本のお巡りさんで、とても美しい外見(当社比二割増)の珠璃ちゃんが、道に迷っていたカレンさんとハノンちゃんを保護したとしよう。「どこからきたの?お父さんとお母さんはどこかな?」と質問したのに対して「わかんない!お昼寝して起きたらここにいた!」なんて言われても美人なお巡りさん(当社比三割増)は困惑するだけである。
「え、えっとそれはアレ?実は自覚がないだけで何度も深夜徘徊しちゃってるようなタイプの人が、たまたまここに迷い込んで……みたいなこと?」
「誰が要介護のおばあちゃんですか!私はまだまだぴちぴちですよ!」
「いや、私が言いたいのはそうでなくて……。まあいいわ。でも、あなたが冗談抜きで、ここまでに至る記憶がないっていうのなら……」
カレンさんはここで言葉を止めて水を飲んだ。まるでこれからあまり話したくないことを話すための間を挟んだかのよう。
ふう、と一息をついた後、カレンさんは先ほどとは違う、真剣味のある表情を私たちに見せた。
「ごめんなさい、あなたに聞くのにちょっと勇気がいるものだったから」
それでね、とカレンさんは言葉を紡ぎ続ける。
「もしかしたらジュリ、あなたはここまで攫われてきたのかもしれない」
「お姉ちゃん、急に何を言い出すんですか?そんな物騒な話……」
カレンさんのとんでもない仮説に、私もハノンちゃんも驚きの表情を隠せない。
たしかにここに迷い込んだ当初、私も誘拐の可能性を考えたが、すぐさまその可能性は自身で頭の隅に追いやった。
が、第三者であるカレンさんもその可能性に辿り着いてしまった。そのことを考えると、あながち馬鹿にできないのかもしれない。
「ハノン、なにも私が考えなしにこんなことを言ってるわけじゃないのよ」
続けていいかしら、とカレンさんが私に問いかけ、どうぞと私も答える。
「私もハノンも、つい先月にこの森の近くにある『ロッサ』っていう街に来たばかりなんだけどね。詳しい話は知らないんだけど、ここら一帯で人攫いが何件も起きてるらしいの」
カレンさん曰く、ロッサという街に彼女たちは住んでいて、そのロッサ近郊を含めた広い範囲で誘拐事件が多発しており、未だに犯人は捕まっていないのだという。そして、攫われる対象というのが、主に私のような若い女性たち、ということらしい。
「ほら、ジュリってばさっき押し倒しちゃった分もあるだろうけど、それにしては体中傷だらけだし、服も汚れてるし。もしかしたら、遠くから攫われてきて、運よく逃げてこられたのかもしれないなって。」
「それでここまで逃げてきて、体力が尽きて気を失ったっていうことですかね。それならお姉ちゃんが言ってることと、ジュリさんがここにいることの辻褄が合うところもあるかもしれません」
「ここにくるまでの経緯とか、ジュリの記憶が抜け落ちてるし、原因は分からないから、あくまで可能性だけどね」
結局はそれだ。私がどうしてここにいるのか、ここに至るまでの経緯がわからない以上、これ以上話を深掘りしても『if』のものしかならない。
「私も気になりますけど、とりあえずこの話は終わりにしませんか?ジュリさんも治療が必要ですし、さっきの話が本当なら、早くここから離れてロッサへ向かったほうが得策かもしれません」
「それもそうね。ジュリ、もう歩けるかしら」
カレンさんが差し伸べてくれた手を支えに立ち上がり、体の状態を確かめる。
「ありがとうございます、おかげでもう歩けそうです」
「そ、良かった。それなら、とっとと片付けて街に向かいましょ」
各々(と言っても荷物があるのは彼女らだけ。私はお手伝いのみ)が荷物の整理を完了。私たちはロッサへと歩き出した。




