39.ポーション作り
「皆、仕事を始める前に、ちょっとこっちに集まってくれ」
カイルさんが、ぱんぱんと手を叩き皆の注目を集め、それに従って職員たちは私たちの元へと集まり始める。
シャルさんと別れ、調薬課に配属された私の第一の仕事は、職員へのご挨拶。
これから一緒に働くうえで、第一印象というものは大事だ。
ここでコケてしまえば、スタートダッシュどころではない。スタートラインに立つ前から盛大にすっ転ぶ未来だけは、何としても回避したい。
「今日から彼女、リズがここで働くことになった。皆も仲良くしてやってくれ」
さあ、とカイルさんに促され、緊張の中私の自己紹介は始まった。
「は、初めまして!リズです、よろ、よろしくおねがいしましゅっ!あっ……」
噛んだ。それも盛大に、ベタな嚙み方で。私の社会人生活、開幕三十秒で閉幕のお知らせである。
一瞬、部屋の空気が止まったような気がした。
誰か、何か言ってお願いだから。このままじゃ恥ずかしさで消し炭になってしまう。
「……ぷっ」
誰か一人が吹き出したのを皮切りに、部屋中から笑い声が広がった。
「今どきそんなベタな噛み方ってある?」
「いやいや、人の失敗を笑うもんじゃ……くくっ」
……笑われている。
いや、笑ってくれたほうがましだとは思っていた。思っていたけど、いざこうして笑われると恥ずかしいものは恥ずかしい。
今すぐ穴を掘って埋まりたい。
こうして、調薬課での第一印象は、見事にやらかす形で幕を開けた。
羞恥心に苛まれる私をよそに、カイルさんは「こっちだ」と歩き出す。
連れて来られた先で目に飛び込んできたのは、私の身長ほどもある大きな鍋だった。思わず鍋というより釜と言いたくなるその大きさに、私は目を丸くした。
「今日リズにやってもらうのは、ポーション作りだ」
ポーション。そういえば、以前ここへ来た時に職員さんが飲ませてくれたのもポーションだった。
「うちで主に作ってるのは、怪我に使われる治癒ポーション、疲労回復ポーション、それから解毒ポーションの三種類だ。もちろん他にもあるが、全部一度に覚えようとすると頭がパンクするだろうし、まずはこの三つを覚えれば十分だ」
ポーションにも色々種類があるらしい。
疲労回復については先日飲ませてもらったし、治癒ポーションや解毒ポーションも王道のそれ。さすがファンタジー世界、思っていた以上に品揃えが豊富である。
「いろいろな種類を作ってるんですね。それで、今日は何を作ればいいんですか?」
「今日リズに教えるのは、疲労回復ポーションだ。このポーションが一番消費量が多くてね、在庫は多ければ多いほど助かる」
疲労回復のポーションが一番消費されていることに私は驚いた。てっきり、治癒ポーションが一番需要があるものだと思っていた。
表情に出ていたのだろう、私を見てカイルさんは苦笑した。
「最初は皆そういう反応をするよ。治癒ポーションももちろん消費量は多いのだが、疲労回復ポーションについては冒険者はもちろん、採掘や農作業なんかでも使われるし、商会からの注文もある。なんなら、この街の住民たちも日常的に服用してるくらいだ」
「なるほど……疲れを取るためなら、冒険者以外の人たちも必要になりますもんね」
「そういうことだ。それじゃあ、説明はこのあたりにしておいて、実際に作っていこう。今回は初めてだから、いつも使ってる鍋じゃなくてこの小さいほうを使おう」
カイルさんは大鍋を脇へ寄せると、やかんほどの大きさの鍋を取り出した。そして、その横に並べられた素材を一つひとつ指差していく。
「ポーション作りで一番大切なのは、素材の計量だ。どれだけ腕が良くても、ここを間違えれば全部台無しになる」
私も慌てて鍋の前へ立ち、並べられた素材へ視線を落とす。
「材料はたった三つ。フィル草、アルム根、そして精製水だ。フィル草は筋肉疲労を和らげる薬草で、アルム根は滋養強壮の効果を持つ」
そこには、淡い青色をした細長い葉と、握り拳ほどの大きさをした薄茶色の根、そして透き通るように澄んだ水が入った瓶が置かれている。
「これだけですか?材料自体は少ないんですね」
「見た目は簡単そうに見えるだろう? だが、この分量が少しでも狂えば品質は一気に落ちる」
私は並べられた素材を改めて見つめた。
たった三種類。けれど、その「たった」が一番難しいのだと、カイルさんの言葉から伝わってくる。
「まずは精製水を鍋に入れて沸騰させる。作業台の下に加熱用の魔石が置かれているから、そこに魔力を流し込んで起動させる」
私は言われたとおり、透明な瓶から精製水を鍋へ注ぐ。
続いて作業台の下へ視線を向けると、赤く透き通った魔石が一つ埋め込まれていた。
最初は薪でも使うのかと思ったが、この密室でそんなことをしたら、調薬室より先に私たちが燻製になってしまう。調薬に火力を使うなら、魔石のほうが理にかなっているのだろう。
言われたとおり魔石へ魔力を流し込む。赤く透き通っていた魔石は淡く輝き始め、ほどなくしてじんわりと熱を帯びた。
やがて鍋も温まり、静かだった精製水が小さな泡を立て始める。
それが次第に勢いを増し、ぐつぐつと沸騰したところで、カイルさんが口を開いた。
「水が沸騰したら、細かく刻んだアルム根を入れる」
細かく刻まれたアルム根が湯の中で踊り、透明だった湯が琥珀色へと濁り染まっていく。
煮込むにつれ、甘い香りがふわりと立ち上った。薬というより、お菓子を作っているみたいだ。
「アルム根の成分が十分に溶け出したら、次はフィル草だ」
カイルさんは鮮やかな緑色の葉を手に取り、私へ差し出した。
「これは細かく刻みすぎたらいけない。香りと薬効が飛んでしまうから、軽く千切るくらいでいい」
差し出された鮮やかな緑色の葉を受け取り、私は言われたとおりに鍋へ入れた。
「このままニ、三分かき混ぜながら煮出す。焦らずゆっくりでいい」
木べらを握り、鍋の中を円を描くようにゆっくりとかき混ぜる。
すると、琥珀色だった液体にフィル草の緑が少しずつ溶け込み、やがて若葉色へと変わっていった。
甘い香りの中に、今度は爽やかな草花の香りが混ざり合う。
「最後に魔力を流し込む。ここが一番重要だ。魔力も少しずつ流し込むようなイメージでやってみてくれ」
私は小さく息を吸い込み、鍋へ意識を集中させる。
魔石を起動した時と同じように、今度は鍋の中の液体へと魔力をゆっくり流し込んでいく。
「その調子だ。そのまま焦らずに、一定の魔力量を保ってくれ」
魔力を流し続けていると、若葉色に濁っていた液体が、少しずつ透き通っていく。
液体が完全に透き通ったところで、カイルさんが満足そうに頷いた。
「よし、そこで止めていい。そしたら、別の容器を準備して、この作ったポーションを濾して注ぎ込む」
言われたとおり、空のガラス瓶に漏斗と布をセットし、鍋の中身をゆっくりと流し込んでいく。
葉や根の欠片が布の上に残り、透き通った若葉色の液体だけが瓶の中へと注がれていく。
やがて最後の一滴が落ちると、ガラス瓶の中には宝石のように澄んだポーションが収まっていた。
「……綺麗」
思わず零れた一言に、カイルさんは満足そうに笑みを浮かべる。
「色も透明度も問題ない。あとはこれを常温になるまで置いておけば完成だ」
「前に頂いたものと同じです。私も作れるようになったなんて、なんだか感動しちゃいました」
「初めてにしては上出来だ。魔力操作も問題ないし……自分で勉強したのか?」
カイルさんの褒め言葉に、嬉しさの中へ照れくささがひょっこりと顔を出した。
「いえ、魔力に関しては同居してる人に色々教えてもらってたんです。その成果が出ました」
「なるほど。良い友人に恵まれてるんだな」
カイルさんは感心したように頷くと、出来上がったポーションへ視線を落とした。
「魔力操作がこれだけ安定してるなら、調薬だけじゃなく他の魔法も覚えるのは早いかもしれないな」
「他の魔法、ですか?」
「魔法は何を覚えるにしても基礎が大事だからね。その基礎ができているなら、できることは一気に増える」
カイルさんの言葉に、自然とカレンさんとハノンちゃんの顔が思い浮かぶ。思い返せば、魔力操作の練習では何度も失敗した。そのたびに根気よく付き合ってくれた二人には、感謝してもしきれない。
私の表情を見て何かを察したのか、カイルさんは穏やかに微笑んだ。
「それじゃあ、次はリズ一人で作ってみようか。こういうのは反復して覚えるのが一番だからね」
「はい!任せてください!」
元気よく返事はしたものの、いざ一人でやるとなると少しだけ緊張する。
さっき教わった手順を頭の中で一つひとつ思い返しながら、私は新しい鍋へ精製水を注いだ。
カイルさんに時折アドバイスをもらいながら、私は何本もの疲労回復ポーションを作り続けた。
最初はぎこちなかった手つきも、一本、二本と数を重ねるうちに少しずつ慣れていく。
ポーションを何度も作り上げていくうちに、時は夕刻。仕事の時間も終わりに差し掛かっていた。
「今日はここまでにしようか。お疲れ様」
「はい、ありがとうございました……!」
一回一回の調薬では大した負担はない。けれど、何本も作り続ければ話は別だ。塵も積もれば、で魔力を使い続けたせいか、じんわりとした疲労感が全身を包み込む。
「明日はこの小さい鍋じゃなくて、普段使ってる大きいやつを使おうか。今日の出来を見てる限り、それでも問題なさそうだからね」
「えと、それって今よりも多く魔力を使うってことですよね……?」
「もちろん。最初は大変だと思うけど頑張って」
にこやかに告げられた一言に、私の肩はがくりと落ちた。
どうやら、ここの仕事はどこへ行っても肉体労働が基本らしい。
「そうだ。帰る前にこれを」
カイルさんは、先程まで私が作っていたポーションを手に取り、小さな細長い容器に注ぎ込んで私に手渡した。
「せっかく初めて作ったポーションだからね。ほら、飲んじゃっていいよ」
「いいんですか?」
「もちろん。売り物には回さない練習用だから、遠慮しなくていい」
両手で受け取った瓶の中では、若葉色の液体がきらりと光を反射する。
初めて自分の手で作り上げたポーション。それは私にとって、ただの薬以上の価値があるように思えた。
「じゃあ、せっかくなんでここで飲んじゃいますね」
口に近づけると、ふわりと薬草の爽やかな香りが鼻をくすぐる。
恐る恐る口に含むと、ほんのりとした甘さと清涼感が口いっぱいに広がった。
「……美味しいです」
「ははっ。初めて飲んだ人はみんなそう言うよ」
飲み終える頃には、調薬で消耗していた魔力がじんわりと戻ってくるような、不思議な感覚が全身を巡っていた。
「それじゃあ、改めてお疲れ様。明日からもよろしく頼むよ」
「はい、お疲れさまでした!」
片付けを終え、職員たちに挨拶をして私は調薬室を後にした。
初めての仕事をやり遂げた今、私は新たな一歩を踏み出したのだという実感を胸に抱きながら、帰路についた。
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