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私を魔女にしてください!~知らない誰かとして生きることになった私の物語~  作者: ツグハ
一章 新たな人生の始まり

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37.大晦日

 街中の人たちがあれやこれやと忙しなく動き回る昼下がり。もちろん、我が家も例外ではなく、家の大掃除の真っ最中である。



 時は大晦日。日本なら年末までに大掃除を終え、大晦日はのんびり過ごす家庭も多いだろう。



 だがこの世界では、私が思うような『年末までに行うこと』はせずに、『年越しの締めとなる大仕事は大晦日に行う』という慣わしらしい。



 とはいえ、全てをこの日にやってしまっては、王族や貴族でもあるまいし、人手が足りるわけもないので終わるものも終わらない。なので、普段からできる細々としたことだけを先に済ませておいて、大きな仕事だけをこの日に残す、というのが一般庶民のやり方だ。



 家中の家具は部屋の中央へ寄せられ、床には雑巾や桶が並んでいる。



「ほらリズ、ぼさっとしてないでさっさと窓拭いて!まだまだやることは残ってるんだからね!」



「はい!すいません!」



 わずかに手を止めただけなのに、それを見逃さないのがカレンさんだ。すかさず飛んできた叱咤に、私は慌てて雑巾を手に取った。



 ちなみに本日の役割分担は、カレンさんは床掃除、私は窓拭き、ハノンちゃんは家具の磨き上げ。



 二人ともこの手の作業には慣れているようで、手際よくどんどん片付けていく。つまり、この中で遅れているのは私だけ。どうやら掃除にも才能というものがあるらしい。



 あれこれ考えていては、またカレンさんからのお叱りを受けてしまう。まずは手を動かさねば。



「お姉ちゃん、こっちは終わったんで加勢しますね!」



「あら、ありがとうハノン。どっかの誰かさんとは違って仕事が早くて助かるわー」



「ぐぅ……」



 ぐぅの音しか出ない私は本当に情けないのではないだろうか。……いや、出ているだけましなのか?



 その後も三人で役割を分担しながら、家中を隅々まで掃除していく。窓を磨き、棚の埃を払い、家具を元の位置へ戻す頃には、冬の日はすっかり傾いていた。



「よし、こんなものかしら」



 カレンさんが腰に手を当てて部屋を見渡す。



 掃除を始める前とは見違えるほど綺麗になった部屋を見て、私は思わず息を吐いた。



 掃除を終えて、休憩を挟んだ後は晩御飯作り。



「気のせいかもですけど、いつもより使う食材が少し多い気が……?」



 テーブルの上には、肉や野菜、香草に果物まで所狭しと並べられている。普段の夕食では見かけない量に、思わず首を傾げた。



「今年最後の日だからね。今日のために取っておいたんだから使い切らないと」



 カレンさん曰く、食材やろうそくなど、その年の生活を支えた消耗品は翌年へ持ち越さないのがこの辺りの習わしらしい。古い年のものを新しい年へ持ち込むのは縁起が悪いとされているのだとか。



 だからといって、今年最後の食卓が質素では気持ちよく年を越せない。そこで一般家庭では、普段より少しだけ豪華な料理を用意し、家族そろって一年を締めくくるのだという。



「明日の買い物は大変だから覚悟しておきなさい。年を越した瞬間から戦いが始まるわよ」



 ロッサでは、新年を迎えた瞬間から市場が開き、商売が始まる。



 この街の人たちも、私たちと同じように年内で食材や消耗品を使い切る。そのため、新年を迎えると一斉に市場へと買い出しに向かうのだ。



 つまり、待っているのは普段とは比べものにならない人混みと、商品の争奪戦である。



「なるほど……もしかして、食材が豪華なのも、それに向けて英気を養うためっていう側面もあったり……?」



「あら、よく気付いたわね。良いものを食べておかないとこのあとの体力勝負に置いてかれちゃうでしょ?」



 どうやら、新年最初の試練は職場異動でも魔力の特訓でもなく買い物らしい。私はまだ見ぬ新年初売りに、今から少しだけ胃が痛くなった。



 手分けして夕食の支度を終え、私たちは食卓についた。



 食卓には、香ばしく焼き上げられた肉料理に、湯気を立てるスープ、色とりどりの野菜料理、焼きたてのパンが並ぶ。



 三人で手を合わせ、それぞれ料理へ箸を伸ばす。



 温かなスープを一口飲むと、冷え切っていた体の芯までじんわりと温まっていく。



「……こうして三人で年を越すなんてね。半年前は思いもしなかったわ」



 カレンさんはどこか感慨深そうに呟いた。



「今年はいろんなことがありましたもんね。私たちがこの街に引っ越してきたり、リズさんと知り合って、一緒に住むようになったり……」



 ハノンちゃんも、しみじみとここ一年の出来事を振り返る。



「リズはどうなのよ?正直、私たちよりもあんたのほうが色々と大変だったでしょ」



「私ですか?そうですね……」



 リズさんに聞かれ、私もこの世界にやってきてからのことを思い出す。



「正直、大変でした。記憶がないまま目覚めて、不安しかなかったです。でも、それでも頑張るしかなかったから必死に食らいついてきたつもりです」



 森で目覚めて、わけもわからないまま歩き彷徨っては、魔獣に襲われて。出だしから踏んだり蹴ったりだ。



 二人がもしあの場にいなかったら、今頃私はどうなっていたか。出会いに感謝だ。



「医療ギルドで働き始めてからも、文字の読み書きに薬草の選別、加工方法……覚えることばかりでした。採取活動では魔獣に襲われて、カレンさんに助けてもらったこともありましたし……」



 あの頃は毎日が必死で、目の前のことをこなすだけで精一杯だった。



「でも、そんな中で色んな人と出会って、色んなことを教えてもらって……気付けば、できることが少しずつ増えていきました」



「魔力操作だって、私、ちゃんと見てましたよ。毎日こつこつ練習してましたもん。最初は水を浮かせるだけでも大変だったのに、今ではあんなに上手になりましたし」



「努力した結果よ。当たり前のことを当たり前に積み重ねた。それだけの話」



 そう言うカレンさんだったが、その表情はどこか誇らしげだった。二人からこうも褒められると照れ臭いのだが。



 これまで私が頑張ってこれたのも、二人やキアナ、フェルノさんやシャルさんを始めとする医療ギルドの人たち。今まで出会ってきた人たちが、親身に私の支えになってくれたおかげだ。



「振り返ってみると、本当にあっという間の半年でした。カレンさんやハノンちゃん、それにここにはいないけどキアナや、医療ギルドのみんなにもたくさん支えてもらって……今の私があるんだなって思います」



「そうね」



 カレンさんは穏やかに微笑み、小さく頷いた。



「来年もきっと忙しくなるわ。でも、今のリズなら大丈夫よ」



 その後も皆で今年を振り返りながら食事を進め、食後のお茶を片手にゆっくり過ごしていると、外から次第に人々の話し声や笑い声が聞こえてくるようになった。



「そろそろね。二人とも準備して。外に出るわよ」



 カレンさんに言われるがまま外へ出てみると、近所の人たちも次々と家から姿を現していた。厚手の上着を羽織り、家族や友人と笑い合いながら広場の方へ歩いていく。



「皆さん、どこへ行くんですか?」



「広場よ。私も聞いた話なんだけど、ロッサでは広場に集まってみんなで花火を見ながら年越しをするらしいわ」



 花火という言葉を聞いた瞬間、思わず胸が躍った。まさか、この世界でも花火が見られるなんて思ってもみなかった。



 夏祭りや川沿いで見上げた夜空が、一瞬だけ脳裏をよぎった。



「早く行きましょ!もう手遅れかもですけど、いい場所取られちゃいますよ!」



 私は二人の手を引いて、足早に広場へと向かっていった。



 広場にはすでに大勢の人が集まっていた。人、人、人。見渡す限り人だらけで、豊穣祭のとき以上ではないかと思うほどの賑わいを見せている。



 屋台も立ち並び、湯気を立てる飲み物や焼きたての串焼きが次々と売れていく。



 年越しを待つ人々の喧騒に包まれる中、不意に聞き覚えのある声が私たちを呼んだ。



「おーい皆ー!」



 人混みの向こうから元気いっぱいの声が響く。声のした方へ目を向けると、こちらへ大きく手を振りながら走ってくる、見慣れた少女の姿があった。



「キアナ!キアナもここに来てたんだね」



「当たり前っすよ!去年もこうして年を越したんすから。魔法で作られた花火っすよ、見逃せないわけないじゃないすか」



 キアナはそう言いながら、私たちの隣へ並んだ。



 魔法で作られた花火。日本のそれとはなにか違うんだろうか?俄然興味が湧いた瞬間である。



 広場には私たちと同じように、家族や友人と肩を寄せ合う人たちで溢れている。子どもたちは寒さも忘れたようにはしゃぎ、大人たちは温かい飲み物を片手に談笑していた。



 その中で、併設されていたステージに立った男性が声を張り上げた。



「さあ皆さん!年越しまでもうすぐ!カウントダウンを始めますよ!」



「もうすぐっすねぇ」



 キアナが夜空を見上げる。



 いつの間にか、広場のざわめきも少しずつ落ち着いていた。



 皆が同じ方向を向き、新しい年を待っている。



「……こういうの、いいですね」



 思わず口からこぼれた言葉だった。



 日本にいた頃も、年越しという行事自体は知っていた。でも、こうして大勢の人と同じ瞬間を待つことなんて、私には縁遠いものだった気がする。



 私が呟くと、カレンさんが小さく笑った。



「そうね。悪くないでしょう?」



「十!九!」



 男性がカウントダウンを始めると、皆がそれに倣い始めた。



 そこにいる誰もが、同じ瞬間を待っていた。



 知らない人も、親しい人も関係なく、この街に暮らす全員が。



 この世界で迎える初めての年越しまで、あとほんの少し。



 前世の私には想像もできなかった光景。



 これから先も、こんな時間を大切にしていきたい。そう思いながら、私は夜空を見上げた。



「三!」



「二!」



「一!」



 ドンッ!というお腹に響く音が届くとともに、夜空に無数の光が咲いた。



 赤、青、金……色とりどりの光が夜空を彩り、まるで星そのものが降り注いでいるようだった。



 しかも、この世界の花火はただ光を放つだけではない。普通の花火とは違い、光は途中で形を変え、花や鳥、幻想的な生き物の姿を描きながら消えていく。



 私はただ、夜空を見上げていた。



 前世では病室の天井ばかり見ていた私が、今はこんなにも大勢の人と同じ景色を眺めている。



 それだけのことが、どうしようもなく嬉しかった。



「明けましておめでとう!」



 花火が打ち上がった瞬間、あちこちから祝福の声が響き渡る。



「明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします」



 私もそう呟きながら、隣にいる三人を見る。



「おめでとう、今年もよろしくね」



「こちらこそ、よろしくお願いします!」



「よろしくっすー!」



 各々の反応を見て、私は再び夜空へと視線を戻す。



 見知らぬ世界で、知らない人たちに囲まれて、こうして新しい年を迎えている。



 そう、この世界で、私は確かに新しい人生を歩んでいるのだ。



 夜空に咲いた最後の光が消えていく。楽しかった時間も、いつかは終わる。



 それでも、胸の奥に残った温かな気持ちは消えることはなかった。



 これから先、どんなことが待っているのかは分からない。不安がないと言えば嘘になる。



 それでも、今の私ならきっと進んでいける。私には、背中を押してくれる人たちがいるから。



 この場所で紡いだ絆を大切にしながら、私は前へ進んでいこう。



 新しい一年の始まりとともに。

お読み頂きありがとうございます!


最近お読みいただいた方の数が増えてきていて個人的にほっこりとしてます( ˘ω˘ )感謝感謝です……!


面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります……!


次回もよろしくお願いします。

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