36.転機
「リズがここで働き始めてもう半年かぁ……時が経つのも早いものだねぇ」
「どうしたんですか、急に感慨深そうにして」
魔力操作の訓練を続け、採取や研修にも慣れた頃には、季節はすっかり巡っていた。
秋が過ぎ、冷たい風が肌を刺す冬になった今日この頃。魔法によって温度調整がされた環境の中でぬくぬくと私たちは雑談を挟みつつ、作業を行っていた。
いつもは屋上で食べていた昼食も、この時期ばかりは室内だ。私たちは温かいスープを口にしながら、のんびりと雑談を交わしていた。
「いやぁ、リズが初めてここに来た時のことを思い出しちゃってさ。最初は薬草の名前も怪しかったし、何をするにしてもあたふたして可愛かったのに、すっかり一人前になったねぇ」
「ちょっと、なんだか恥ずかしくなってくるんでやめてください……!あの頃は覚えることが多すぎて、毎日頭がパンクしそうだったんですから」
加工の仕方が甘かったり、そもそも扱う薬草の種類が違ったり。
今となってはそんなミスはもうしないのだが、思い返してみれば私はミスばかりしてシャルさんの手を煩わせていたのかもしれない。
とはいえ、なぜこのタイミングでこんな話をしているのだろうか。もうすぐ年末だから、なにかと振り返ることが多いんだろうか。
「で、いきなりどうしたんですか」
私の問いにシャルさんは先ほどまでの笑顔を少し引っ込め、穏やかな口調で言った。
「リズもここで学べることは、だいぶ身についてきたからねぇ」
だから、とシャルさんは言葉を区切り、湯気の立つカップへ一度視線を落とした。
「そろそろ、次の段階へ進む頃合いかなって思ってさ」
「頃合い、ですか?」
次の段階、頃合い。この言葉に、私は何となくではあるが次に来る言葉が何なのか予想がついた。
「そう。ここで学べることは、もうだいたい身についた。だから今度は、ここを離れて、新しい場所で新しいことを学ぶ頃合いなんだよ」
「……ということは、私、異動ですか?」
「もちろん、今すぐってわけじゃないよ。正式には年明けからだね。今年いっぱいは、今まで通りここで働いてもらうつもりだよ」
異動。いつかは来ると思っていた日が、思ったよりも早く目の前まで来ていた。
半年間通い慣れたこの場所を離れると思うと少し寂しい。でも、それは私が前へ進めている証でもある。
「……分かりました。今年いっぱいまで、よろしくお願いします」
「うん、その意気だよ。とはいえ、まだ時間はあるからねぇ。残りの時間で、教えられることは全部教えておくよ」
シャルさんはいつものように穏やかに笑った。その笑顔はいつも通りだったけれど、どこか寂しさが混じっているようにも見えた。
正直、不安がないと言えば嘘になる。
新しい職場でちゃんとやっていけるのか。今の私の実力で通用するのか。
だが、考え始めればきりがない。
今は、私にできることを、ただひたすらにやるだけだ。
私は残された時間を無駄にしないよう、目の前の薬草へと視線を戻した。
その後も作業を続けたものの、異動の話が頭から離れることはなかった。手はいつも通り薬草を加工しているのに、気づけば次の職場はどんな場所なのだろう、と考えてしまう。
その日の仕事を終えた私は、足早に家へと帰った。
「……ということがありまして」
食卓を囲んでいる中、私は今日の出来事を二人に報告した。
「へぇ、もうそんな時期なのね」
カレンさんは驚く様子もなく頷いた。
「あれ、思ったより反応が薄いですね」
「そりゃそうよ。リズってば今日まで仕事を頑張ってきたんでしょ?家でも魔力操作の練習を頑張ってたし。評価されて当然じゃない?」
カレンさんの私への評価に驚き半分、照れ臭さ半分といったところ。普段はそんなに褒めることのないカレンさんが素直に褒めてくれている。
私が思っている以上に、この半年は無駄じゃなかったんだ。そう思うと、不安だった異動も、少しだけ楽しみに思えてきた。
「えっ……リズさん、お仕事する場所が変わっちゃうんですか?」
ハノンちゃんは箸を止め、不安そうに私を見つめる。
「職場というか、部署が変わるだけだよ。一緒に暮らすのは今まで通りだから安心して」
「あ、そうなんですね……よかったです」
「まあ、異動までまだ時間はあるわ。それまでは今まで通り、しっかり学びなさい」
「はい!」
残された時間はあと少し。この職場で学べることを一つでも多く吸収して、胸を張って次の場所へ進もう。
そう心に決め、私は目の前の夕食を頬張った。
「ダイエットもしっかりやりなさいね。ほら、食べ過ぎだからそこまでよ」
「あ、ちょっと待って!もう一口だけ……」
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