34.魔力式ダイエット
「ダイエットをします!」
とある休日、家でまったりとしていたカレンさんとハノンちゃんを前に、私は宣言した。
「ダイエットって、また急な話ね。どういう心境の変化なわけ?」
「リズさん、太ったようには見えませんけど……」
カレンさんは呆れ半分、ハノンちゃんは心配そうにと、各々が私を見ながら反応を示した。
私とて、好きでダイエットをするわけじゃない。
というのも、最近はキアナと食事へ行く機会も増え、そのたびについ食べ過ぎてしまう。また、家で食べるときも食事の量が増えているのを自覚している。カレンさんの作るご飯が美味しいのがいけないんだ。
「悔しいですけど、最近二の腕が太くなってきたのと、お腹周りがちょっとずつ気になり始めてまして……そろそろまずいかなって」
そう言って私は自身の二の腕を指で摘んだ。
コミックであれば『ぷにっ』という効果音で表現されるであろう私の二の腕。ちなみにお腹周りは『ぷよん』だ。
非常にまずい。今でこそ体形は服で隠し通せるからいいものの、これが春先になれば話は別だ。
暖かくなってくれば、厚着をする冬場とは違って必然的に着る服も薄くなり、半袖にもなる。
そうするとどうだ。隠れていた脂肪の塊が世に晒される。これは乙女にとって由々しき事態。断固として阻止せねばならない事案だ。
「まあ、いい心掛けなんじゃない?で、具体的には何をするのよ」
「そうですね……とりあえずは走り込み、ですかね?」
「ですかねって、何も考えずに宣言したわけ?無計画すぎない?」
「お、お姉ちゃん、もっと優しく……」
カレンさんは先ほどよりも一層呆れた表情を浮かべて私を見た。実際のところ、ダイエットをしようと決心したのはついさっきの話で、対策を考えるタイミングがなかったのは否めない。
「ぐ、ぐぅ……」
「はぁ。仕方ないわね、私も協力してあげるわよ」
カレンさんはよいしょ、と腰を上げ私に言った。
「リズにちょうどいいダイエット方法があるんだけど、やってみる?」
「私にちょうどいい、ですか?大変すぎるのはちょっと……」
カレンさんが思いつくダイエット方法。自身に対してストイックな彼女のことだ、きっと相当にきついものに違いない。私は思わず身構えた。
「大丈夫よ。リズの今後にも役立つ方法だから」
私に役立つとは、何のことだろうか。カレンさんに促されるままに私は外へ出た。
外に出る、ということはやはり体を大きく動かすものだろうか。外は秋晴れ、絶好の運動日和だ。もしそうならば、動きやすい服装に着替えたいのだが。
私たちがやってきたのは、家の近くにある、井戸がぽつんとあるだけの小さな空き地。ハノンちゃんも見学ということでついてきている。
カレンさんが手に持っているのは桶。いったいそれを使って何をするのだろう。
不思議そうに私が見ていると、カレンさんは桶を置いた。
「さて、今からやるのは魔力式ダイエットよ」
「ま、魔力式?なんですかそれ」
魔力式、なんてものは私が知っているダイエット方法ではない。さすがは異世界。前世からの知識なんてこの場では何の役にも立たないのだ。
カレンさんは人差し指を立てると、教師が授業を始めるように口を開いた。
「魔力式ダイエットはね、ただひたすらに魔力を使うのよ」
「えっと、それは分かりましたけど、魔力を使うだけで痩せるものなんですか?」
実際に体を動かすわけでもないのに痩せる?そもそも私には魔力を使うなんてことは、豊穣祭でほんの少しやったくらい。
魔力を使うだけで本当に痩せるなんて、正直半信半疑だった。
「大丈夫よ、私も昔この方法で痩せたから。それに、リズは魔女を目指すんでしょ?魔力操作をいずれは身に着けなきゃいけないわ」
「だから魔力式ダイエットなんですね。リズさんにとっては魔力の扱い方も学べて、そのうえで痩せることもできるっていうことですね」
「なるほど、そういうことですか」
「分かってくれたかしら?それじゃあ説明するわよ」
こうして『カレンさん直伝魔力式ダイエット』の講座が始まった。
魔力というものは、私たちの体力と密接な関係にあるらしい。つまり、魔力を使用すればするほど、それだけ運動に近い負荷が体にもかかるということだ。
ただし、ただ魔力を行使すれば良いというものでもないらしい。
大事なのは魔力を細かく、そして長時間制御し続けること。
魔力の制御には集中力を要する。その集中力も体力がなければ持続しないわけで、確かに効率がいい。
「ただむやみやたらに魔力を放てばいいわけじゃないんですね。てっきり、魔法を撃ちまくるものかと思ってました」
「そんなことしたら大変なことになるじゃない。そのための水よ。水を使って魔力の制御をするの」
「水で魔力制御ですか?」
「そう。桶の中の水の流れを変えたり、水を浮かせたり形を変えたり。いろいろやれることはあるわ。リズも、目に見えたほうが分かりやすいでしょ?」
それに、とカレンさんはそこで言葉を区切った。
「これから先、研修が上手く進めば、仕事で医療魔法を使うことになるわよね?その時にもこの水の操作はきっと役に立つわよ。血液や薬品だって、言ってしまえば水分なんだから」
「そう言われればそうですね。そこまで考えてくれてたんですね」
「もちろん、目的はそれだけじゃないわ。」
カレンさんは真剣な顔で、私を真っ直ぐ見て続ける。
「あとは、今後私がいない時に採取に出かけることもあるでしょうし。その時に自衛できるように、今のうちから魔法に慣れておくのは大事だと思うわ」
自衛策。確かに、カレンさんが毎回私と一緒に採取に行ってくれるという保証はどこにもない。
そうでなくても、もしカレンさんが自身を守ることしかできない状況になった時、私が何もできないままだと詰みになってしまう。
そう考えると、今の時点で魔力を操れるようになっておくことは急務なのではと私は思った。
「それじゃあ、始めるわよ」
カレンさんは井戸の水を桶に注ぎ、私の前に持ってきた。
「まずは、そうね。桶に入った水を浮かせることから始めましょうか。まずは私が手本を見せてあげるからよく見てなさい」
次の瞬間、水面がふるりと震える。
波紋がゆっくりと広がり、桶いっぱいに張られていた水が渦を巻くように持ち上がっていく。
やがて、水は一滴もこぼれることなく、私の目線ほどの高さまでふわりと浮かび上がった。まるで透明な球体になったかのように形を保ったまま、数秒間空中で静止し、吸い込まれるようにゆっくりと、再び桶の中へ戻っていった。
「すごいですねカレンさん、見とれちゃいました」
「ありがとう。でもこれは魔力操作の基本だから、あまり褒められてもね。ほら、じゃあ次はリズの番よ。ちゃんと見ててあげるから頑張りなさい」
「リズさん、一緒に頑張りましょう!」
ハノンちゃんもまた、私と同じ訓練をするようだ。
……家を出た時は手ぶらだったはずなのに、ハノンちゃんの前にも水を張った桶が置かれていた。いつの間に持ってきた……?
そうして、私の魔力操作訓練、もとい魔力式ダイエットが始まったのだった。
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