31.昔話
豊穣祭の翌日、夕日が街並みを茜色に染め上げる頃。本日最後の薬草の加工を終えた私は大きく背伸びをした。
「終わったぁ……!」
「お疲れ様ぁ。ごめんね?たくさん仕事を押し付けちゃって」
本来なら帰り支度を始めているであろう時間だが、今日は珍しく仕事量が多く業務が長引いてしまった。
「いえいえ、このくらいなら全然平気なんで気にしないでください」
この時間であればまだギルドの玄関でハノンちゃんが私と一緒に帰るべく待ってくれているはず。
さて、帰ろうかと身支度を終えたところで、勢いよくドアが開かれた。
「あーしが来たっすよ!」
聞き慣れた元気いっぱいの声に、思わず私の肩は跳ねた。
「キアナ!びっくりしたじゃない。それにここには来ちゃ駄目だって前に怒られたばかりでしょ」
「いやぁ、本当は玄関口で待ってようと思ってたんすけどこっちのほうが面白いかなって。驚かせようと思ったら大成功っすね!」
「あのねぇ……」
昨日の不自然な様子が嘘だったかのように、キアナはいつも通りの笑顔を浮かべている。
昨日はあれほど心配したというのに、その姿を見た途端、胸につかえていたものがすっと軽くなった。同時に、呆れも込み上げてくるのだけれど。
「まったく。昨日は急にいなくなって心配したんだからね」
「いやぁ、面目ないっす。ちょっと野暮用が長引いちゃって」
頭をぽりぽりと掻きながら笑うキアナ。その様子はいつもと何ひとつ変わらない。どこまで反省しているのかは怪しいものだ。
「それで、今日はどうしたの?私これから帰るところなんだけど」
私が呆れ半分に尋ねると、キアナは、はっと大げさに目を見開いた。
「そうだった!迎えに来たんすよ!」
「迎え?私を?」
「他に誰がいるんすか。外でハノンも待ってるし、ほらほらさっさと行くっすよ!」
キアナは私の腕を掴みグイグイと引っ張り、わけが分からないまま私は彼女についていくこととなった。
ギルドの玄関口でハノンちゃんと合流した後、私たちはいつもと同じ帰り道を歩く。フンフンと上機嫌に歩くキアナを前に私とハノンちゃんは困惑するばかり。
「それで?いきなり迎えに来たと思ったら、理由も言わずに連れ出して……今日はどうしたの?」
「ふっふっふ、それはっすね」
キアナは得意げに人差し指を立てる。
「昨日、急にいなくなって心配かけちゃったじゃないっすか。それで考えてたんすけど、あーしなりのお詫びをしようと思って。今日はみんなに晩ご飯をご馳走するっす!」
「え、キアナが奢り?いいの?」
キアナからの思わぬ言葉に、私は目を丸くした。
「ちょっと、なんすかその顔は。あーしだって埋め合わせくらいするっすよ」
「ごめんごめん。ちょっと予想外だったからつい。キアナってばたくさん食べてて、食費にいっぱい使ってる印象だったからさ。あまり手持ちがないんじゃないかって思ってた」
失礼な、と頬を膨らませるキアナに対して、私は慌ててフォローを入れる。正直なところ、キアナはよく食べる。遊びに行けば毎回こちらが驚くほどの量を平らげるものだから、食費だけでも結構かかっているんじゃないかと勝手に思っていたのだ。
将来、大食いで世界に名を馳せるつもりなのだろうか。
……いや、そもそもこの世界に大食い選手権なんてあるのか。
「まあいいっすよ。ってことでみんなでご飯を食べようと思ってこうして誘いに来たわけっすよ」
誘いというには多少強引だったと思うのだが、それはいつものこと。
それよりも、キアナが今回のことを気にしており、私たちのことを思ってくれていることが分かっただけで、今の私には十分だ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて奢ってもらおうかな。ハノンちゃんもそれでいい?」
「はい、私も賛成です!早く帰ってお姉ちゃんにも伝えなきゃですね」
何を食べようかと目を輝かせるハノンちゃんを見て、私も内心ではほっと胸をなで下ろした。
ハノンちゃん自身、とても優しい子だ。きっと昨日のことを気にしているキアナの気持ちを汲んで、あえて明るく振る舞っているのだろう。
私たちは家で帰りを待っていたカレンさんと合流し、そのまま四人で食事へ向かった。
カレンさんに対してもキアナは謝罪をしていたのだが、カレンさんは「反省しているなら、それで十分よ。次から気を付けなさい」とその一言だけで許してくれていた。
私たち一行がやってきたのは、以前キアナと私の二人で食事に行ったお店。店内から漂う料理の香りに、キアナのお腹が盛大に鳴った。
注文を終え、店員さんが料理を運んできた。湯気の立つ料理が次々とテーブルへ並び、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「おぉー! どれも美味しそうっす!」
目を輝かせたキアナは、待ちきれないと言わんばかりにフォークを手に取った。
「ほらほら、みんなも早く食べるっす!」
四人で手を合わせ、食事が始まる。しばらくは料理の感想や今日あった出来事など、他愛もない話で盛り上がっていた。
「そういえば、二人は前に一度ここに来たことがあったのよね?」
「そうっすね。厳密に言えば前に一度っていうか、昔はちょくちょく来てたっす」
キアナが語るのは、私の知らないリズさんの思い出だ。二人がどんな日々を過ごし、どんな関係を築いてきたのか。私はその話を、少し聞いてみたいと思った。
「ねえキアナ。昔の私ってどんな人だったの?」
「どんな……すか?そうっすねぇ」
キアナは箸を止め、楽しかった過去を思い出すように語り始めた。
「まず、あーしたちの関係から話すのがいいっすね。あーしとリズは同じ集落で生まれたんす。幼馴染ってやつっすね。子どもの頃のあーしたちはどこに行くときも一緒だったんすよ」
キアナの表情は穏やかだった。いつものいたずらっぽい笑顔ではなく、昔を懐かしむような優しい笑みを浮かべている。
「リズは昔からしっかりしてて、あーしがやっちゃいけないことをしてたら止めてくれたり、あんなに小さかった時から将来のことをちゃんと考えてたり。そうそう、口喧嘩になった時なんか、あーしが勝ったことなんて一度もなかったっすね。理屈を並べられて、最後には『それはキアナが悪いでしょ』って言い返せなくなるんすよ」
「たしかに、キアナが言い負かされる姿しか想像できないかも」
「ひどいっす!」
カレンさんの発言に対して頬を膨らませるキアナに、皆の笑いが漏れた。
「でも本当なんすよ。例えば山で遊んでたときなんか、あーしが『向こうまで探検するっす!』って勝手に走り出そうとすると、『危ないから駄目』って止められるんす」
話を聞いていると、昔のキアナは今とほとんど変わっていなかったようで、私は苦笑した。
「それでも聞かないと、『もし魔物がいたらどうするの?』『誰かが探しに来ることになったら、みんなに迷惑がかかるでしょ』って、理屈で攻めてくるんすよ。子どもながらに全然勝てなかったっす。最後はいつも、あーしが折れるしかなかったっす」
キアナは少しだけ視線を宙へ向けた。その表情は、懐かしい日々を思い返しているようにも見える。
「でも、これが不思議と嫌じゃなかったんすよね。リズはいつもあーしのために言ってくれてるってなんとなく分かってたっすから」
「リズさんは今も昔も優しかったんですね」
「優しかった……そうっすね。その通りっす」
キアナは一度言葉を切り、手元の料理へ視線を落とした。
「……でも、そんなリズにも、辛いことがあって塞ぎこんでた時期があったんすよ」
「リズさんが落ち込むほどって、相当辛いことですよね」
キアナはこくりと頷いた。
ここまでの話を聞く限り、昔のリズさんは芯が一本通っていて、簡単には弱音を吐きそうにない人だと思っていた。そんな彼女が塞ぎ込むほどの出来事。
私たち三人は口を開かず、キアナの次の言葉を待っていた。
キアナは小さく息を吐くと、静かに口を開いた。
「リズの父親が亡くなったんすよ」
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