30.豊穣祭2
「急な用事なら仕方ないわね」
キアナが人混みの中へと隠れた後、カレンさんはそう言って小さく肩をすくめた。
「でも、お姉ちゃん……」
ハノンちゃんはキアナが走っていった方向を心配そうに見つめている。
「きっとすぐ戻ってくるよ」
そう口にしたものの、自分に言い聞かせているような気もした。さっきまであれほど楽しそうに笑っていたキアナが、あんな表情をするのを初めて見た。胸の奥に引っかかった小さな違和感は、時間が経つほどに大きくなっていく。
「リズさん?」
「あっ、ごめん。ぼーっとしちゃってた」
ハノンちゃんに声を掛けられ、私は慌てて笑顔を作る。せっかくのお祭りなのだ。ここで気持ちを沈ませるのはもったいない。
「キアナの分まで楽しんでおかないと、あとで怒られちゃうかもしれないね」
「ふふっ、それはありそうですね」
「『あーしを置いて美味しいもの食べたっす!』とか言いそう」
キアナの口調を真似すると、三人の間に自然と笑いが生まれた。その笑い声に背中を押されるように、私たちは再び祭りの賑わいの中へ歩き出した。
「次はどこへ行きましょうか?」
「まだ見てない屋台もたくさんあるわね」
そんなことを話していると、不意に聞き慣れない声が耳に届く。
「そこのお嬢ちゃん、よかったら占っていかないかい?今日だけの特別な占いだよ」
声が聞こえたほうに目を向けると、そこには紫色の布で飾られた小さな出店が建っていた。店先には見たことのない模様が描かれた水晶やカードが並び、その奥では年老いた女性が静かにこちらを見つめている。
「おや……あんた、少し変わった運命を背負っているね」
年老いた女性、もとい占い師は意味深な笑みを浮かべると、私へ向かって手招きをした。私に手招きをした。胡散臭い気がするがどうしたものかと立ち止まっていると、カレンさんが私の肩をぽんと押した。
「いいんじゃない? せっかくのお祭りなんだし、占ってもらったら?」
「でも、占いなんてやったことなくて……」
「私もないけど、魔法占いって意外と当たるらしいわよ。外れても祭りの思い出になるじゃない」
ほらほらと言われるがままに、私は席に着いた。
「それじゃあ、始めるよ。この水晶に手を置いておくれ。魔力が吸われるが、なに、ほんのちょっとだけだから気にするほどでもないさ」
「こ、こうですか?」
言われるまま透明な水晶へそっと手を添える。ひんやりとしていた水晶は、次の瞬間、私の手から魔力を吸い上げるように淡い光を放ち始めた。
「おぉ……」
ハノンちゃんが小さく感嘆の声を漏らす。占い師は、水晶に浮かぶ光を静かに見つめている。
「……おや?」
ふと、その眉がぴくりと動き、さっきまで穏やかだった表情が、わずかに曇る。
「どうかしましたか?」
私が尋ねても、占い師は答えない。ただ、水晶をじっと見つめ続けている。
「言うべきか……いや……」
言い淀んでいる占い師に対し、私はなにか悪い相でも出たのかと不安な気持ちになった。占いを信じる信じないはともかく、良くないことを言われると多少なりとも落ち込むものだ。
「えっと……占い師さん?なにかあったんですか?」
占い師はゆっくりと目を開き、私と水晶を何度も見比べた。
「……すまないね。年寄りの見間違いならいいんだが。」
「見間違い?」
「長く占いをやってきたが、こんな結果は見たことがない」
その言葉に思わず息をのむ。見たことがない、というのはそれほどまでに酷い結果なのだろうか。
「良くないこと……なんですか?」
「いや、違う。そういうことを言いたいんじゃない」
占い師は静かに首を横へ振った。良い悪いではない、とそこで言葉を切り、小さく息を吐く。
「わかりやすく言うと、お嬢ちゃん。あんたの運命は、まるで一度途切れた糸を誰かが無理やり結び直したように見える。それでいて、結び目がぐちゃぐちゃなんだよ」
占い師が言うには、この占いで見えるのは一本の糸のような線。その線の色や太さ、ほつれ具合などからその人のこれから起きる出来事を占えるのだそう。
「普通なら、運命の糸は生まれた時から死ぬまで一本で繋がっている。多少ほつれることはあっても、途中で切れることはまずない」
そう言って占い師は水晶へ目を落とした。
「だが、お前さんの糸は違う。一度ぷつりと途切れ……何者かの手で無理やり繋ぎ合わされた跡があるんだよ」
そこまで口にすると、占い師は言葉を飲み込んだ。
「こんな糸は、長いこと占いをしてきたが見たことがない」
占い師の言葉に、私は少なからず動揺していた。
一度途切れ、無理やり結び直された二本の糸。つまり『リズ』と『珠璃』、二人分のそれだ。私の中には、二人分の人生が確かに存在している。そこまではいい。問題は、それを占い師がこうも簡単に見抜いてしまったことだ。いつかは私の望んでいないような形で露呈してしまうのではないか。一抹の不安が私の脳裏をよぎった。
「これに関しては分からないことだらけで何も言うことはできないけど、他にも見えたものがある。聞くかい?」
占い師の言葉に、私はこくりと頷いた。
「近いうち、お前さんは大きな真実を知ることになる。その真実は、お前さんが大切に思っている者に関わることだ。その時、お前さんは試されることになるだろうね。いわゆる分岐点ってやつさ」
「分岐点、ですか……?」
「そう。お前さんは大切なものを失うか、それとも守り抜くか。その岐路に立つ」
大切なもの。果たしてそれは何のことを指しているのだろうか。この世界にやってきて出来た大切なもの。……みんなに関わること?
「それってもしかして……」
もっと知りたい。知らなければならないと思った。続きを聞こうとしたその時、占い師は私の口元へ人差し指をそっとかざし、静かに首を横へ振った。
「これ以上は言えないよ」
「え?どうしてですか?もっと知りたいのに」
「いいかい?未来っていうのはね、知りすぎると形を変えちまうことがある。私たち占い師は道を示すことはできても、歩く先まで決めることはできない」
そう言って占い師は、水晶からそっと手を離した。
「残念そうにしない。……仕方ない。最後に、この老いぼれからお嬢ちゃんにひとつ助言だよ」
占い師はふう、と息を吐くと先程までとは違う優しげな表情を浮かべ、私に言った。
「一つだけ覚えておきな。真実というものは、お前さんが望む形で現れるとは限らない。そして、知れば必ず幸せになれるものじゃない。それでも知る覚悟があるなら、目を逸らさず向き合いな」
占い師の言葉は、そのときの私にはどこか遠い話のように感じ、胸に引っかかったままだった。けれど、その意味を知るのは、もう少し先の話になる。
占い師と別れたあと、私たちは再び祭りの通りへ戻った。
気づけば日はすっかり傾き、茜色だった空は少しずつ群青へと色を変え始めている。屋台には一つ、また一つと灯りがともり、昼間とは違う幻想的な雰囲気が街を包んでいた。
再び広場へと戻ってきた私たちは歩き疲れたと休憩をしていた。そこへ、広場の中央にあるステージで、なにやら大きな声で宣伝をしているのが耳に入ってきた。
「皆様、お待たせいたしました! これより豊穣祭最後の催し、『豊穣の灯』を始めます! どうぞ皆さん、広場の中央へお集まりください!」
その呼びかけに応じるように、人々はぞろぞろと舞台の前へ集まり始めた。
進行役の説明によると、『豊穣の灯』は、豊作への感謝を捧げるとともに、死者の世界にいる先祖たちへ感謝と祈りを届けるために行われる、豊穣祭最後の催しだという。先祖へ感謝を捧げるその風習は、日本のお盆を思わせるものがあり、異世界の行事でありながらどこか懐かしさを覚えた。
参加者には手のひらほどの紙で出来たランタンのような魔道具が配られる。中には淡く光る魔石が収められており、魔力を少し流し込むことで空へ浮かび上がる仕組みらしい。
「私、魔力の流し方なんて知らないんですけど大丈夫ですかね……?」
「あ、そういえばそうだったわね。心配しなくても大丈夫よ」
私が不安そうにランタンを見つめていると、カレンさんが優しく微笑んだ。
「魔法を使うほど難しいものじゃないわ。ただ『灯ってほしい』って思いながら、体の中心からランタンへ魔力が流れていく道をイメージするの。誰でもできるくらい簡単だから安心してちょうだい」
「そうなんですね……」
「それでは皆さん、魔力を流してください!」
進行役の人が開始を宣言した。他の参加者はとうに準備が出来ていたようで、各々が魔力を込めてはランタンを浮かび上がらせていた。
「わわっ、ちょっと待って」
みんなが次々とランタンを飛ばしていく中、私だけが慌てて両手でランタンを抱え込む。
「えっと……体の中心から、ランタンへ魔力が流れる道をイメージして……」
カレンさんに教わった通り、ゆっくりと意識を集中させる。けれど、何も起きない。ランタンは私の手の中で微動だにしないままだ。
「あ、あれ?」
「リズさん、焦っちゃダメですよ。ゆっくり、ゆっくりです」
ハノンちゃんが優しく声を掛けてくれる。
「願いを込めることも大事よ」
カレンさんの言葉に小さく頷き、私はもう一度目を閉じた。
「灯って……」
そう心の中で願った瞬間、中の魔石がほのかに輝き始める。
「あっ……!」
淡い金色の光を宿したランタンは、私の手を離れるようにふわりと浮かび上がり、静かに夜空へ昇っていった。
「できましたね!」
「うん……!」
私たちのランタンを追いかけるように顔を上げる。夜空には、すでに数え切れないほどの灯が浮かんでいた。
一つ、また一つと新たな光が加わり、橙色や淡い金色の灯は夜風に揺られながら、ゆっくりと天へ昇っていく。その光景は、まるで地上に散らばる星々が、元いた空へ帰っていくようだった。
「……綺麗」
思わず漏れたその一言に、カレンさんも小さく頷く。
「ええ。本当に綺麗ね」
ハノンちゃんも両手を胸の前で組み、うっとりと夜空を見上げていた。
広場を包んでいた賑やかな笑い声はいつしか静まり、人々は皆、それぞれの想いを胸に無数の灯を見送っている。
願いは届くのだろうか。……この身体の持ち主だったリズさんにも、この光は届いているのだろうか。答えは分からない。それでも、この景色を前にすると、きっと届いてほしいと願わずにはいられなかった。
私もそっと胸の前で手を組む。どうか、この幸せな日々が少しでも長く続きますように。
無数の灯が夜空へ溶けていく。私はその幻想的な光景を目に焼き付けながら、大きく息をついた。
「すごかったですね」
「ええ。最後まで素敵なお祭りだったわ」
「また来年も来たいです!」
ハノンちゃんの言葉に、私も自然と笑みを浮かべる。
「そうだね。次もみんな一緒に……」
そこまで言いかけて、ふと言葉が止まった。
「……そういえば、キアナ」
用事を思い出したと言って別れてから、一度も姿を見ていない。私は何となく辺りを見回したが、人混みの中に彼女の姿を見つけることはできなかった。
「もう先に帰ったのかもしれないわね」
カレンさんはそう言って小さく笑う。
「キアナさんなら、ひょっこり『お疲れ様っす!』って現れそうですけどね」
ハノンちゃんの言葉に私も苦笑する。
そうだ。あのキアナのことだ。きっと用事が長引いてるだけで、明日以降にはまたいつもの調子で顔を見せるだろう。
まだまだ食べ足りないだろうと、キアナのために買っておいた料理は、結局渡せないまま、すっかり冷めてしまっていた。
ご愛読ありがとうございます!
7月20日まで一旦更新はお休みとさせていただき、21日から改めて再開をしますのでそれまでお待ち板仇蹴ると幸いです。
なろうフェス2026に応募させていただきました( ˘ω˘ )
これからの執筆の励みになりますので感想やレビューなどお待ちしております!




