29.豊穣祭
いざ豊穣祭当日。遠足前の幼稚園児よろしく、興奮して眠れなかった……なんてことはなく、朝までぐっすり。おかげで体調は万全、元気そのものだ。
時刻はお昼、カレンさんとハノンちゃん、そして私の三人はキアナと合流するために広場へと来ているのだが。
「ちょっと人が多すぎますね……」
街の人全員が祭りに参加しているのではないかと思うほどの大混雑。もし高い場所からこの様子を見下ろせたのなら、きっと私はこう言うだろう。『人がゴミのようだ!』と。これでは合流が難しいのでは?と思っていたのも束の間、人混みをかき分けてきたキアナがひょっこりと現れた。
「みんなお待たせっす!もしかして待たせちゃったっすか?」
「ううん、大丈夫だよ。私たちもさっき着いたところだから」
ここに来るまでに走ってきたのだろうか、ふぅっと息を吐いたキアナは辺りを見渡した。
「いやぁ、ここに来るまでに思ったすけど、すごい人っすねぇ」
感心したように呟くキアナにつられ、私も改めて周囲へ視線を巡らせる。
広場には色とりどりの露店が立ち並び、香ばしく焼ける肉の匂いや甘い焼き菓子の香りが風に乗って漂ってくる。子どもたちは目を輝かせながら走り回り、大人たちは談笑しながら買い物を楽しんでいた。楽団が奏でる陽気な音楽と人々の笑い声が重なり合い、街全体が浮き立っているように感じられる。
「祭りっていうくらいだし毎年こうなの?」
「私とお姉ちゃんも去年はまだこの街に来ていませんでしたから、実際の様子は知らないんです。でも、近所のウェルシーおばさんが『豊穣祭の日は毎年すごい人出になる』って教えてくれました」
「へぇ……やっぱり名物のお祭りなんだね」
そんな話をしていると、キアナが急にパンッと両手を叩いた。
「そんなことより、ほら早く行くっすよ!食べたいものが売り切れちゃったらどうするんすか!」
ほらほらと、まるで子どものようにキアナは目を輝かせ、私の腕を引っ張り歩き出した。その姿を見ていると、本当に今日を楽しみにしていたのだと伝わってくる。
「ちょ、ちょっとキアナ! そんなに引っ張らなくても逃げないって!」
「あーしのお腹は待ってくれないっす!」
「ふふっ、なんだか今日のキアナってばいつもより子どもっぽいかも」
「失礼っすね! 今日くらいは思いっきりはしゃいでもいいじゃないっすか!」
「そんなに焦らなくても屋台は逃げないわよ」
苦笑しながらカレンさんが後を追い、ハノンちゃんも「待ってくださーい!」と小走りで続く。四人で笑い合いながら歩くその時間は、ただそれだけで心が弾んだ。
そのままキアナに連れられるように露店が並ぶ通りへ足を踏み入れる。
「わぁ……」
思わず感嘆の声が漏れた。さっき広場から眺めていたときよりも、ずっと賑やかだ。
鉄板の上でこんがりと焼かれる串焼き。湯気を立てる大鍋のスープ。色鮮やかな果物を飴で包んだお菓子。見たこともない木彫りの置物や、魔石をあしらった装飾品まで並んでいる。どこを見ても新鮮で、視線があっちへこっちへ忙しく動いてしまう。
「あっ、あれ美味しそう!」
「おっ、リズも見る目あるっすね! あそこの串焼きは人気なんすよ!」
「え、キアナ知ってるの?」
「……実は昨日、こっそり下見してきたっす!どこに美味しい屋台があるか調べておこうと思ったんすよ。せっかくみんなで来るんすから!」
胸を張るキアナに、思わず笑みがこぼれる。
「ふふっ、本当に今日を楽しみにしてたんだね。」
「もちろんっす!」
即答するその笑顔には、一点の曇りもなかった。だからこそ、その無邪気な笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってしまうのだった。
「じゃあ、せっかくだし食べようか」
そうして私たちは串焼きの屋台へと歩を進めた。近づくにつれて、炭火で焼ける肉の香ばしい匂いと甘辛いタレの香りが鼻をくすぐる。これはダメだ。昼食をまだ済ませていない私の胃袋が早く食べさせろと主張している。
「へいおじちゃん!串焼き四本くださいっす!」
「四本ね、ちょっと待ってな」
「こんにちはー。これは何のお肉ですか?」
屋台の前に着くと、私は焼き網の上でこんがりと焼かれていく肉に目を奪われた。滴り落ちた脂が炭に落ちるたび、香ばしい煙が立ち上り、その匂いが食欲を容赦なく刺激してきた。
「これかい?フォレストボアって名前の魔獣の肉さ。今の時期は脂が乗って美味いんだぞ」
「フォレストボアっていうのは、この間採取に行ったときに襲ってきた魔獣のことね」
「あ、あの魔獣ですか?食べても大丈夫なの……?」
私を二度も襲ってきたあの忌々しい魔獣ことフォレストボア。あのとき感じた威圧感はどこへやら、今では炭火の上でこんがりと焼かれ、私たちに食べられるのを待つばかりだった。
「はいよ、四本お待ちどうさま」
店主から串を受け取ると、焼きたての熱がじんわりと手に伝わってきた。
「焼きたてで熱いから気をつけなよ」
「いただきます」
ひと息吹きかけてから恐る恐るかぶりつく。
「……っ!」
口いっぱいに肉汁が広がり、甘辛いタレの風味と炭火の香ばしさが一気に押し寄せてきた。噛むたびに旨味があふれ出し、ほどよく乗った脂もくどさはなく、むしろ肉の美味しさを引き立てている。
「お、おいしい……!」
「でしょでしょ!」
まるで自分が褒められたかのように、キアナは得意げに胸を張った。
「キアナが自慢げなのは少し気になるけど、本当に美味しいわね」
「お姉ちゃん、このタレすごく美味しいです!」
ハノンちゃんは夢中になって串焼きを頬張り、幸せそうに目を細めていた。そんな三人を見ていると、自然と私の頬も緩んでしまう。
日本では叶えられなかったことが、ここでは当たり前のように叶っていく。みんなと笑い合って、美味しいものを食べて、何気ない時間を過ごす。そんな当たり前が、今の私には何よりも幸せだった。
その後も私たちは屋台を巡り、露店を覗いたり、催し物を見物したりと、祭りを心ゆくまで楽しんだ。夢中になって歩き回っているうちに時間はあっという間に過ぎ、気づけば太陽はゆっくりと西へ傾き始めていた。
広場には新たな人波が押し寄せてきた。子どもたちは手に風船を持ち、大人たちは酒場代わりの屋台で杯を交わしている。昼間とはまた違った活気が街を包んでいた。
「あっ、見てください! あっちで何か始まるみたいです!」
ハノンちゃんが指差した先には大きな人だかりができていた。子どもたちが背伸びをしながら舞台を覗き込んでいる。
「何か始まるみたいっすね」
私たちも人波に混ざって前の方へ進むと、簡素な木製の舞台の上へ一人の青年が姿を現した。
「さあさあ皆さん、お待たせしました! 本日限りの魔法大道芸、お楽しみください!」
青年が指を鳴らす。次の瞬間、何もなかった空中に小さな光がぽっと灯った。
「わぁ……」
光は一つ、また一つと増えていき、やがて無数の蝶へと姿を変える。青、緑、金。色とりどりの蝶たちは舞台の上を優雅に舞い、観客の頭上をゆっくりと飛び回った。子どもたちから歓声が上がる。蝶はやがて一羽の大きな鳥となり、空高く羽ばたく。羽ばたくたびに金色の光が花びらのように降り注ぎ、広場は幻想的な景色に包まれた。
「すごい……」
魔法って、戦うためだけじゃないんだ。こんなふうに誰かを笑顔にすることもできるんだ。自然と拍手がこぼれる。周りの人たちも笑顔で拍手を送り、演者は照れくさそうに頭を下げた。
「面白かったですね!」
「うん! すっごく綺麗だった!」
私は興奮したまま隣を振り向いた。が、その興奮はすぐに醒めることとなった。
「……キアナ?」
そこにいたキアナは、拍手もせず、人混みの向こうをじっと見つめており、さっきまでの笑顔は、跡形もなく消えていた。
「キアナ?」
私が声を掛けると、彼女は肩を震わせるようにして振り返る。
「あっ、いや……なんでもないっす。」
そう笑ったものの、その笑顔はどこかぎこちなかった。
「みんな、ごめんっす。ちょっとだけ用事を思い出したんで、先に行っててほしいっす!」
そう言い残すと、キアナは人混みの中へ駆け出していった。私はその背中を、不思議な胸騒ぎを覚えながら見送ることしかできなかった。
気が付けば番外編も含めて30話目に突入( ˘ω˘ )
ここから少しずつ物語が動き始めます……。
この先もどうぞお読みいただけると幸いです!
励みになりますので感想などもお待ちしております……( ˘ω˘ )




