28.おつかい
とある日の昼下がり。夏の暑さも少しずつ薄れていき、秋の涼しさを感じられるようになってきた中、私は買い物をしている。
というのも、今日は仕事が休みで手持ち無沙汰だった私を見たカレンさんが『暇してるなら散歩ついでに今日の夕飯の材料買ってきてくれない?』と私におつかいを頼んできたのがきっかけだった。
ロッサにやって来てから早三ヶ月。最初は右も左も分からない状態でよく迷子になっていたのが、今となっては自分の庭のような気分で街を歩ける。
「あらリズちゃんじゃないの。ほらおいで、今日はいいのを仕入れてるよ!良かったら試食していきな!」
「アンネさんこんにちは。いいんですか?じゃあちょっとだけ……」
仕事においてもそうなのだが、この三ヶ月で著しく変化したのは私の人間関係だ。最初こそ、私を取り巻く友人と言えるのはカレンさんにハノンちゃん、キアナの三人。そして職場の上司であるシャルさんとフェルノさんの合わせて五人だけだった。休日のたびに街へ出て店を巡ったり、こうして買い物をしたり、積極的に街の人たちと話すよう心掛けてきた。その積み重ねが少しずつ実を結び始めているのは実に喜ばしいことだ。
「あ、このリンゴ美味しい。すっごく新鮮ですね」
「そうでしょそうでしょー!どうだい?カレンとハノンにも買っていってあげなよ」
比較的広い街と言っても世の貴婦人たちのネットワークには敵わないらしい。私が記憶喪失だということは初めてここに来て起こした医療ギルドでの騒動以来おばさまたちを通じて皆が周知することとなっている。
街の人たちも、最初はどこか腫れ物に触るような接し方だったものの、カレンさんやハノンちゃん、キアナを介してだったが、会話を重ねていくうちに徐々に打ち解けていくことができ、今はこうして仲良く会話ができるほどになっている。
生前のリズさんの交友関係は広かったようで、街の人たちもどうやら私のことを心配してくれていたらしい。記憶はなくても、こうして温かく迎えてくれる人たちがいる。そのことが、今の私には何より嬉しかった。
「そうですね。それじゃあ三個ください」
「はいよ。毎度あり!ほら、こいつはサービスだよ、持っていきな」
「いいんですか、貰っちゃって。ありがとうございます」
またおいで、というアンネおばさんの挨拶を背に私は本来の目的であるおつかいに戻る。お肉に野菜などなど、行く先々でおすそ分けをしてもらった結果、持参してきていた手提げ袋はぱんぱんになっていた。
「たくさん貰いすぎちゃったかな……」
こんなに良くしてもらえるのは嬉しい。でも、ここまでしてもらうと少し申し訳なくなってしまう。今度からは多少遠慮の気持ちも示したほうがいいだろうか。
今度何かお返しができる機会があれば、その時は遠慮なく恩返しをしよう。
思ったよりも荷物が多くなってしまったので、広場に寄ってベンチで一休み。家族連れやカップル、様々な人たちがこの広場を通り過ぎていくのを眺める。
人間観察を楽しむ。そんなのどかな時間を満喫していると、背後から私の名を呼ぶ声がした。
「リズじゃないっすか、奇遇っすね!こんなところでなにしてるんすか?」
「キアナか。びっくりしたぁ。私はおつかいの帰りだよ。キアナこそ一人で何してるの?」
「あーしっすか?今日はギルドの仕事も休みだったから、その辺をぶらぶらしてただけっす」
声の主であるキアナはドカッと私の隣に座った。
「リズは……買い物っすか?すごい量っすね」
キアナは私の足元に置かれた袋を見て目を丸くした。
「えっとこれはね、お店の人たちがおまけをたくさんくれたから……」
「それにしてもたくさんっすね……袋ぱんぱんじゃないっすか。みんな張り切りすぎっすね」
「みんなに優しくしてもらえて私も嬉しいんだけど、ちょっと申し訳なくなっちゃうよね」
たはは、と私が苦笑いをしていると、キアナは立ち上がって私の荷物をひょいと持ち上げた。
「家まで持ってくっすよ。どうせこの後やることもないっすから」
「いいの?気持ちは嬉しいけど、大丈夫?結構重たいでしょ」
「大丈夫っすよ。こう見えてもあーし、結構鍛えてるっすから」
そう言ってキアナは軽々と袋を持ち上げてみせる。その拍子に袋の口が少し開き、果物が一つ転がり落ちそうになったところを慌てて私が受け止める。
「力持ちなのは分かったけど荷物を大事にね」
「あはは、気を付けるっす」
そうして私たちは家へと歩き出した。最近あった出来事や仕事の話。他愛もないことを話しながら、ゆっくりと街を歩いていく。道端では露店を組み立てている人や、広場へ資材を運ぶ人たちの姿が目についた。なにか祭りでもあるのだろうか?
「そういえば、もうすぐ豊穣祭っすね」
「豊穣祭?なにそれ」
私が首をかしげると、キアナはそういえばそうだったと納得したような顔を浮かべた。
「そっか、リズってば記憶がないっすもんね。いいすか、豊穣祭っていうのは毎年秋に開かれるお祭りっすよ。畑や果樹園でたくさん実りがあったことを、豊穣の神デメテル様に感謝する日なんす」
「へぇ、お祭りなんだ。なんだか楽しそうね」
「広場には屋台がずらーっと並ぶし、夜はみんなで踊ったり演奏したりするんすよ。街中すっごく賑やかになるっす」
日本でも新嘗祭や神嘗祭など、収穫に感謝する祭りは昔から行われてきた。どうやらこの世界でも、豊作を神へ感謝するという考え方は同じらしい。
「へぇ、そうなんだ。なんだか楽しそうなお祭りだね」
「めちゃくちゃ盛り上がって楽しいっすよ。もし良かったらあーしと一緒に行くっすか?」
「もちろん行きたいけど……私だけ誘われちゃっていいの?」
「いいに決まってるじゃないっすか」
そう言って胸を張るキアナに、私は少しだけ考え込む。
「お誘いは嬉しいんだけど、せっかくのお祭りだし、他にも誘いたい人がいるんだけどいいかな?私の同居人でキアナとは初対面なんだけど……」
せっかくのお祭りだ。二人だけで行くのもきっと楽しいと思うが、どうせならカレンさんやハノンちゃんも誘ってみんなで回りたい。
「もちろん大歓迎っす! お祭りは人数が多い方が楽しいっすからね!それに、リズのお世話になってる人たちなら、あーしも挨拶してみたいっす」
キアナは迷う様子もなく笑った。両手を頭の後ろで組み、気楽そうに肩をすくめる。
「ありがとう。じゃあ帰ったら聞いてみるね」
それから他愛もない話をしながら歩き続けること十数分。見慣れた家が見えてきた。荷物を持ってもらっていたこともあり、そのままキアナにも家まで付き合ってもらうことになった。
「あ、リズさんおかえりなさい!」
「あれ、ハノンちゃん?もしかして帰ってくるの待っててくれたの?」
玄関先には、ちょうど家から出てきたところらしいハノンちゃんが立っていた。どうやら私の帰りがいつもより遅いため心配して様子を見に来てくれていたらしい。
「……あれ?」
ハノンちゃんは私の隣に立つキアナへ視線を向け、小さく首をかしげた。
「えっと、その方は?」
「あ、紹介するね。こっちはキアナ。私の友達なの」
「初めまして!キアナっす!」
「リズさんのお友達なんですね。ハノンです。よろしくお願いします」
ハノンちゃんはにこりと微笑んでから、小さく頭を下げた。一通り挨拶を交わしたところで、ハノンちゃんは家の中へ振り返る。
「お姉ちゃんー。リズさんがお友達を連れてきましたー」
「お友達?」
家の奥から聞き慣れた声が返ってきたかと思うと、ぱたぱたと足音が近づいてくる。
「おかえりなさい。やけに賑やかだと思ってたらお客さんだったのね」
エプロン姿のカレンさんが玄関に顔を出し、キアナを見て少し目を丸くした。
「いらっしゃい。リズの保護者みたいなことをしてるカレンよ」
「保護者みたいなってなんですか」
「なによ、別に間違ってはないでしょ?」
思わずツッコミを入れると、カレンさんは細かいことは気にするなとばかりに笑う。
「リズのお友達なら歓迎するわ。立ち話もなんだし、中へ入りましょう」
リビングへ移動すると、キアナは少しだけ落ち着かない様子で椅子に腰掛けた。
「それで、今日はどうしたの?」
カレンさんがそう尋ねると、私はキアナと顔を見合わせる。
「実は、帰り道で豊穣祭の話になって、」
「豊穣祭か。そういえばもうそんな時期だったわね」
「キアナが一緒に行かないかって誘ってくれたんです。それで、どうせならカレンさんとハノンちゃんも一緒に行けたらいいなって思って」
「私、行きたいです!」
ぱっと顔を輝かせるハノンちゃんとは相対的にカレンさんは少し考えるように腕を組んだ。
「仕事の予定は……その日は休みだったかしら」
「休みです!」
ハノンちゃんが嬉しそうに答える。
「なら問題ないわね」
カレンさんも苦笑しながら肩をすくめた。
「ハノンがその反応なら、私だけ留守番ってわけにもいかないものね」
「じゃあ……!」
「ええ。みんなで行きましょう。どうせならみんなで行った方が楽しいものね」
私は思わずキアナと顔を見合わせる。キアナも嬉しそうに笑って親指を立ててみせた。その様子を見てハノンちゃんも頬を緩め、部屋の空気が一気に明るくなった。
「やったー!」
私とキアナ、そしてハノンちゃんの声が重なった。
こうして今年の豊穣祭は、みんなで出掛けることが決まったのだった。豊穣祭まであと数日。私はこの世界で迎える初めてのお祭りに、少しだけ胸を躍らせていた。
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