27.帰還
警戒を続けつつ採取をすること数時間。幸い、その後は特にトラブルが起こることもなく順調に作業を進めることができ、すべての素材を採り終えたところで私たちは街への帰路についていた。森に到着した時は高くに昇っていた太陽も今では西に傾き、空を茜色に染め上げていた。
「今日の活動はどうでしたか?途中あんなことが起きちゃいましたけど……」
「いやー、正直すごく疲れたかな。魔獣の件もそうだけど、なにより足腰にきてるかも」
緊張が解けて疲労感が自己主張してくる中、私は背伸びをしながら道を歩き、夕暮れの涼しさを満喫している。
緊張が解けると、それまで感じていなかった疲労がどっと押し寄せてきた。中腰での作業が多かったせいで腰もじんわり痛む。帰ったらお風呂に入って、念入りに柔軟をしよう。
朝はただの素材採取だと思っていた一日が、思っていた以上に濃い一日になってしまった。
「ま、初めてにしては頑張った方じゃない? 途中で泣き言は言ってたけど」
「それは……否定できない……」
腰をさすりながら苦笑すると、隣を歩くハノンちゃんがくすっと笑った。
「でも、最後までちゃんとやり切れたじゃないですか。コールもシロシズクダケも、ちゃんと見分けられるようになってましたし」
「そう言ってもらえると嬉しいな。素直に褒めてくれるのはハノンちゃんだけだよ……」
「なによ、私だってちゃんと褒めてるじゃない」
わずかに頬を膨らませるようにして、カレンさんは不満そうな声を漏らす。その様子がおかしくて、私とハノンちゃんは思わずくすりと笑ってしまった。それを見たカレンさんは、ますます拗ねたように口を尖らせる。
今日だけで覚えたことはたくさんある。薬草の名前や特徴。採取の仕方。森での立ち回り。そして、魔獣と遭遇したときの怖さ。どれも机の上で本を読むだけでは、きっと身につかなかったことばかりだ。
「まあ、あれね。今度はもっと手際よく動けるようになることね」
気を取り直したように、前を歩くカレンさんが振り返らずに言う。先ほどの声色とは違い、真面目な時のそれだった。
「今日みたいに毎回魔獣が一匹だけとは限らないんだから。毎回私が助けられると思ってたら駄目よ」
「それは……はい」
その言葉の重みは、もう十分すぎるほど分かっていた。
森は綺麗なだけの場所じゃない。薬になる素材を育み、人の命を救う恵みを与えてくれる場所である一方で、一歩間違えれば命を落とす危険とも隣り合わせの場所だった。
夕日に照らされながら歩く帰り道で、私は肩に掛けた採取袋を握り直す。
怖かったし、疲れた。それでも、不思議ともう二度と行きたくないとは思わなかった。むしろ次は、もう少し役に立てるようになりたい。そう思えたのは、きっと二人がいてくれたからだ。
「その様子なら、きっと大丈夫よ。あなたは今回で経験を積んだ。次に来る時はもっと周りを見る余裕が出てくるわよ」
「はい。次はもっと頑張ります」
そう返事をしたところで、木々の隙間から街の外壁が見えてきた。見慣れた門が夕日に照らされ、どこか温かく見える。無事に帰ってこられた。その当たり前のことが、今日は少しだけ嬉しかった。
街へと戻ってきた私たちがその足で向かったのは医療ギルド。今回採取したものを納品するためだ。
「お疲れ様です、ただいま戻りましたー」
「お、おかえりぃ」
私がこの一か月毎日通ってきた作業場の扉を開くと、すっかり見慣れた部屋にいるシャルさんがこちらを振り返った。
「戻ってくるの、意外と早かったねぇ。てっきりもう少し遅くなると思ってたよ」
「二人のおかげで順調に進められましたから。はい、これが今回頼まれたものです」
よいしょ、と私とハノンちゃんは、それぞれ背負っていたバックパックをテーブルの上へ降ろした。
「どれどれ……」
シャルさんは種類ごとに小分けされていた袋を一つ手に取り、口を開いて中身を確認する。葉を裏返し、花弁を指先で軽くつまみ、キノコは傘や軸の状態まで手早く目を通していた。普段のどこか緩い雰囲気をまとったシャルさんとはまるで別人。柔らかな笑みはそのままでも、素材を見つめる眼差しだけは鋭い。そこにいたのは、自らの仕事に真摯に向き合う、一人の職人のようだった。
「……うん、問題なし。みんなお疲れ様ぁ」
彼女の一言に私たちはほっと胸を撫で下ろす。トラブルはあったけれど、皆が無事にちゃんと仕事を成し遂げることができた。そのことが何よりも嬉しい。
「ということは、今日の仕事はこれで終わりですか?」
肩の力が抜けた私はそう尋ねた。正直なところ、疲れが酷くこれ以上仕事をするには厳しいものがある。
「うん、今日はもう終わりでいいよ。加工するのは明日からにしようか」
シャルさんは採取した薬草を手際よく種類ごとにまとめながら答えた。
「今日は本当にお疲れ様。リズ、初めて外で仕事をしてみてどうだった?」
シャルさんは手を止め、改めて私へ視線を向けた。不意にそう聞かれ、私は今日一日のことを思い返し、シャルさんに報告をした。
出発する前は、ただ薬草を採取するだけの簡単な仕事だと思っていた。けれど蓋を開けてみれば思った以上に重労働。何時間も歩き、中腰で薬草を摘み、魔獣と遭遇し、その解体まで目の当たりにした。今思い返してみれば、魔獣と遭遇してからというもの、森を出るまではずっと緊張していた。
「……めちゃくちゃ疲れましたし、怖かったです」
思わず私の口から本音が零れた。
「でも、それ以上にとても勉強にもなりました。薬草も実際に見ないと分からないことばかりでしたし、森がどれだけ危険な場所なのかも身をもって知りました」
「そっかぁ。それなら今日行ってもらった意味は十分あったねぇ」
私の話を聞いたシャルさんは満足そうに微笑んだ。
「本当にお疲れ様。今日はこのまま帰っていいから、あとは家でゆっくり休んでねぇ」
「ありがとうございます。それじゃあ、お疲れさまでした」
シャルさんの厚意に甘えて私たちはそのまま家へと帰り、カレンさんが用意してくれたご飯を食べてお風呂に入ってと、いつも通りの時間を過ごした。
自室へと戻り、ベッドに腰かけた私は改めて今日のことを思い出していた。終わってみれば想像以上に濃い一日だった。疲れは全身に残っている。それでも、不思議と後悔はなかった。今日の経験は、きっとこれから魔女になるための大切な一歩だったのだから。
……明日はきっと筋肉痛との戦いにはなりそうだけど。
すでに体のあちこちが軋み始めている。思わず苦笑しながら、私は静かにベッドへ身を沈めた。
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