25.野外活動準備
「シャルさん、こっちの作業終わりました」
「はいはーい。……うん、完璧。リズも手慣れてきたねぇ」
いつも通り粉作りをしていたとある日の午前。医療ギルドで働き始めて早くも一ヶ月が経った。毎日同じ作業をしていたおかげか、要領を掴むことができて今となってはどれだけ粉を作ろうとも腕がパンパンになることはなくなった。単純に筋力がついただけなのかもしれないが。
女性でも多少筋肉がついてた方が健康的に見えていいよね。でも腕だけがムキムキになってもどこぞのハッピーで埋め尽くすあれを連想してしまうだけなので、家に帰ったら軽く鍛え始めてみるか。全身引き締め計画発動である。
「じゃあそろそろ新しい仕事を任せてみようかなぁ。リズも同じ作業ばかりで飽きてきたでしょ?」
「本当ですか!?やりますやります!」
正直なところを言えば、仕事に慣れてきた反面単純作業ということもあってマンネリ化してきていたのも否めない。黙々とやっているのではなく、作業中にシャルさんと他愛のない話もしていたので暇を感じることはなかったが。
そんなところに、新しい仕事という魅力的な提案が舞い込んできたのであれば飛びつくしかない。
「お、やる気だねぇ。今回頼みたいのは素材の調達なんだ」
素材の調達、ということはどこか遠くにでも行くのだろうか?初めてこの街に来る途中には薬草が取れるような場所はあっただろうか。脳内会議が繰り広げられている中、口に出ていたのだろうか、シャルさんが違う違うと訂正を入れてきた。
「と言っても遠征ってほど大げさなものじゃないよ。ここから三時間くらいかな、歩いたところに森があるんだよ。そこに生えてる薬草やキノコを少し採ってきてほしいんだぁ」
「薬草とキノコ……ですか。私に分かりますかね?」
言葉にした瞬間、自分でも少しだけ不安が混じっているのが分かった。
ここに配属されてから私はいろんな素材を粉にしてきたということもあって、どんなものが薬品になるものなのかに関してはある程度理解が深まってきたと思う。乾燥した薬草、砕かれた根。手触りと重さで判断する作業には、もうある程度慣れている。
だが、それはあくまで『加工されたもの』であって、最初の状態、つまり現物そのままの状態ではない。なので、現地に調達しに行ったところで私に判別ができるかどうかは自信がない。
もし間違えてしまったらどうなるのか。持ち帰った時にシャルさんが検品をしてくれるとは思うが、それを通過してしまって薬剤として加工してしまった場合。それがもしも人体に毒性のあるものだったら。頭の片隅にそんな考えがよぎる。
「大丈夫大丈夫、一人で行かせるわけじゃないからぁ。同行者に教えてもらいながら採取してくるといいよ」
私の心情を察してか、シャルさんは即座にフォローを入れてくれる。声の調子はいつも通り軽いのに、言い切る速さだけは迷いがない。安心させるためというより、不安を成立させないみたいな言い方だった。
「同行者ですか?」
私の疑問にシャルさんはうんと頷く。
「基本的に街の外へ行くときは複数人で行くのが原則でね。ケガをしたとか、魔獣に襲われた時とか。なにかあったときに一人だと危ないこともあるしね」
その言葉に、私は無意識にバッグの肩紐を握り直した。
街の外で魔獣に襲われる。その危険性は、嫌というほど身をもって知っている。この世界に来たその日に、私は魔獣に襲われた。カレンさんとハノンちゃんが助けてくれなければ、今ここでこうして話をしている私はいない。その必要性を、私は誰より実感していた。
「それで、その同行者っていうのは……」
そこまで私が言ったところでドアがノックされた。どうぞー、とシャルさんが入室の許可を出して、ドアが開いたところで、そこから顔を出したのはハノンちゃんとカレンさんだった。
「お疲れ様です、リズさん。朝方ぶりですね」
「カレンさんにハノンちゃん?どうしたの?」
思わずそう聞き返すと、二人は一瞬だけ顔を見合わせた。その間に、カレンさんの方が先に肩をすくめる。
「どうしたのって、あなた素材採取に行くんでしょ?今回同行するのが私たちってわけ」
カレンさんはいつも通り淡々とした調子でそう言い切った。あまりにも当然のように言われたせいで、私は一瞬返事が遅れる。
「初めての仕事は緊張するでしょ?リズが見知った人が一緒にいてくれれば多少は安心できるんじゃないかなって」
続けてシャルさんが付け足した。彼女の気遣いには頭が上がらない。
「ありがとうございます、シャルさん」
私がお礼を言うと、シャルさんはいいよいいよと軽く手を振り、今回の仕事についての軽い説明を始めた。
「今回採取してきてほしいのは薬草とキノコがいくつか。はい、これリストね。乾燥させる前の新鮮な状態が欲しくてねぇ。今までは別の班に任せてたんだけど、今回はリズにも慣れてもらおうと思って」
シャルさんは私にリストを渡した後、テーブルの上に地図を広げた。地図の上には簡単な丸印と、森の入り口らしき道筋が描かれている。距離としてはそれほど遠くない。
あれ、と私はその地図を覗き込みながら、ふと気づいた。
「あ、もしかしてここって、私と二人が初めてであった時の森ですよね?」
私がこの世界に来て初めて降り立って、二人と初めて出会った場所。まだ右も左も分からなくて、ただ必死に目の前の状況を受け止めるだけだった、あの時の景色。
「……あそこに行くんですね」
ほんの少しだけ胸の奥がざわつく。
「そうだよ。でも大丈夫」
シャルさんはそう言って私と、そしてカレンさんとハノンちゃんを見る。
「ちょっとだけ知ってる場所に、見知った人たち。ね?大丈夫でしょ?」
その言葉に、私は一瞬だけ言葉を失う。
気を遣われてる。それも、かなり丁寧に。その優しさが少しだけ嬉しかった。私は彼女の言葉を飲み込むように、ゆっくりと息を吸って吐いた。
「……何から何までありがとうございます」
「いいよいいよ。仕事だしねぇ」
軽く手が振られる。いつもの軽さなのに、なぜか少しだけ心に残った。
「これで少しは安心できたかな?」
「はい、おかげさまで」
よろしくお願いします、と挨拶をするとハノンちゃんはこちらこそと微笑み、カレンさんは小さく頷いた。
「よろしくね。じゃあ、準備が出来次第出発するわよ」
いつも通りの短い指示。その一言で、さっきまでの雑談混じりの空気がすっと引き締まる。
私は軽く息を整えた。いよいよ外に出るのだ。そう思った瞬間、ほんの少しだけ背筋が伸びる。
遠征の準備品としてシャルさんからバックパックが渡された。ずしりとした重さが腕にかかる。この中に素材採取に必要なものが入っているのだそう。
「あと、万が一に備えて薬も一緒に入れてるからねぇ。必要なときは使って」
万が一。その言葉が私の中で引っかかる。
あの時の私のように魔獣に襲われ怪我をすることもあるのかもしれない。そうしたときにすぐに私が対処しなければならない。ただ守られる側ではなく、状況によってはそれを使う、救う側にもなる。そういう立場で外に出るのだと、改めて意識させられる。
受け取ったバッグを軽く持ち直す。中身の重さは、ただの荷物というより一種の『責任』みたいにも感じられた。
「良い表情をしてる。それなら大丈夫そうだねぇ」
シャルさんは安心したように柔らかく目を細め私を見る。その視線はどこか保護者のようで、少しだけくすぐったい気持ちになる。
「準備は良さそうね?あまりもたもたしてると作業の時間が短くなっちゃうわよ」
カレンさんはそう言って、静かに私たちを見た。急かすようではあるが、それと同時に柔らかい声色だった。私は軽く息を吐いて、二人を見た。この二人と一緒ならきっと大丈夫。確信はないけれどそう思える。
「はい、お待たせしました。それじゃあシャルさん、行ってきますね」
行ってらっしゃい、というシャルさんの声を背に私たち三人は部屋を出た。
廊下に出ると空気がわずかに変わり、自然と気持ちが切り替わっていくのが分かる。そのまま足を揃えるようにして、私たちは森へと向かって歩き出した。
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