24.思い出作り
「えー、今行きたいっすよー。どうせサボってもバレないし誰も何も言わないっすよ」
「いや、バレるどころか目の前にシャルさんいるからね?ほら、手を離してください、ね?」
「やーだー!今がいいっす!」
まだ仕事中だからまた今度と断りを入れている私に対してキアナはごねた。それはもう盛大に。
「リズ、行ってきていいよぉ。ここで働き始めてから一度も休み取ってなかったでしょ?今日は半休ってことにして遊んできていいから」
子どものようにごねるキアナに見かねたのか、それともただ私を気遣ってくれたのか。シャルさんのゴーサインが出たことにより私はキアナに腕を引かれ、半ば強引にギルドの外へ連行された。
というわけで私たちは今、お昼時ということもあり、キアナに連れられて飲食店へとやって来ていた。聞くところによると、ここはかつて私とキアナがよく通っていた店らしい。
「へえ、ここがそうなんだ。内装も結構お洒落だし私好きかも」
「そういえば前のリズも同じこと言ってたっすね。記憶を無くしても感性は変わらないもんなんすね、ちょっと嬉しいっす」
にへーと嬉しそうな笑みをキアナは浮かべた。私に記憶がないと知ってショックを受けて落ち込んでいた彼女を見ていた私としても、多少は立ち直れたのだなと思い一安心である。
「あ、そうだリズ。前から思ってたんすけど、敬語やめないっすか?」
「え?敬語?」
突然の提案に思わず素っ頓狂な声が漏れる。
「いやだって、リズに敬語で話されるの背中がむず痒いんすよ。なんかこう、落ち着かないっていうか」
「でも、私たち友達だったとはいえ今の私には記憶がないし……」
「それでもっす。今のリズが無理して思い出そうとしなくていいのは分かってるっす。でも、あーしはもっと気楽に話したいっす」
真っ直ぐそう言われてしまうと弱い。
私としても記憶がなくなったからといって、彼女との距離まで遠ざけたいわけではないのだ。
「……分かった。じゃあ、少しずつ頑張ってみる」
「お、今の感じっす!」
キアナは満足そうに笑った。
「ここのお店、すごく美味しいんすよ。あ、今回はあーしの奢りっす、好きなもの頼んじゃっていいっすからね」
ギルドの給与は月末締め月末払いらしい。前世のそれと同じようなシステムだ。現代の労働法みたいなものはこちらにはないので働けば働くほど給与が増えていく。休みに関しては各々が周りに迷惑が掛からない程度に適宜取得していいとのこと。
というわけでまだお給金を貰えておらず節約をしなければならなかった私にとってはありがたい話。ここは素直に奢ってもらうことにした。
「ここに通ってたってことは注文する定番メニューみたいなものもあったはずよね?前の私はどんなのを頼んでたの?」
メニュー表をぱらぱらとめくり、あれもこれも気になるな、と思いつつキアナに尋ねてみる。こういうことはここの味を知っているキアナに聞いたほうが安牌だ。が、キアナは明後日の方向へと視線を逸らした。
「前のリズっすか?……あー。前のリズはサラダばっかり頼んでたっすね。ドレッシングどころか味付けも何もなしのただの生野菜。リズが菜食主義なのは知ってたっすけど見てるこっちは何が美味しいのかわかんなかったっすよ」
健康にいいのはわかってるんすけどね、とキアナは困った表情を浮かべる。生野菜のみは私にもきついかなぁなんて。前世は味の薄い病院食ばかりだった。せっかく元気な体を貰えたのだから色々なものを食べたいに決まっている。
また、家でも気軽にお肉を食べられるような金銭状況ではなくみんなで節約の日々のため基本はパンとスープがメイン。歓迎パーティのときは奮発してくれていたのだろう。これも給料が出れば多少の改善はされるだろうから、それまでの我慢である。
「じゃあ、キアナのおすすめは?」
「へ?あーしっすか?」
先ほどの私と同じようにキアナはきょとんと目を丸くした。
「何その声。前はそうだったのかもしれないけど今は違うからね。お肉だって美味しいし食べたいもの。もちろん野菜もきちんと食べるけどね」
私の発言にキアナは目を丸くする。
「……そうっすか」
さっきまでの明るい声が少しだけ小さくなる。目線を落とし、キアナは少しだけ寂しそうな表情を浮かべた。やっぱり過去の私と重ねている部分はまだあるのだろう。私が何かフォローを入れようとしたそのとき、キアナはふっと笑った。
「それならこうしないっすか?今日はあーしのおすすめをリズが頼んで、あーしは別の料理を注文するっす。そしたら料理交換なんてのもできるっすよね」
「え、料理交換?」
「そう、料理交換っす。『これ美味しいから一口どう?』的なあれっすよ。あーし憧れてたんすよね」
キアナは楽しそうにどれにしようかとメニュー表をぱらぱらとめくっている。彼女なりに私と新しい思い出を作ろうとしてくれているのだろう。それならば、彼女の気持ちに私も応えたい。
「あ、ちょっと待って。私これ気になるかも。一緒に分け合って食べない?」
各々がメニュー表とにらめっこしている中、私の言葉にキアナは手を止めてぱちぱちと瞬きを繰り返した。まるで予想もしていなかった提案だったかのように。しかしそれも束の間、次の瞬間にはぱっと花が咲くような笑顔になる。
「え、本当にいいんすか!?」
「いいよ。だって、私たち友達でしょ?」
そう言ってウインクをする私を見てキアナはじゃあじゃあとメニューをめくる速度を上げた。
「これがいいっすかね……?いやでもこっちも捨てがたいっすね……」
さっきまで少しだけ見えていた寂しさは、もう彼女のどこにも見当たらない。どうやら私の提案は正解だったらしい。ああでもないこうでもないと楽しそうに悩む姿を見ていると、私まで自然と頬が緩んでしまう。
「大丈夫だよ、焦らずにゆっくり選んで」
「えっとえっと……じゃああーしはこれとこれにするっす!」
「じゃあ私はこれね」
店員を呼んで注文を終えた後、料理が運ばれてくるまでの間、私たちは取り留めのない話題に花を咲かせた。料理が運ばれてくるや否や、キアナは待ってましたと言わんばかりにフォークを手に取った。
「いただきますっ!」
私たちが注文したのは肉料理がメイン。違うのはキアナがステーキで私は煮込み料理なことくらい。
キアナは目を輝かせながら一口頬張った。次の瞬間には、これでもかという勢いで何度も頷き、親指をぐっと立ててこちらを見る。
「ほえおいひいっふよ!」
「ほら、食べてる時に喋らないの。料理は逃げないから」
「リズリズ!これ美味しいっすよ!」
口に含んでいる時と飲み込んだ後でキアナを同じことを二度言った。美味しいかどうかは大事なことだもんね。
「見てて分かるから。美味しそうに食べてるもん」
「ほら、リズも食べてみてっす。あーん」
早く早くと、キアナは私に催促してくる。あーん、なんてことは前世でもやったことがないので少々気恥ずかしいところがあるのだが。友達同士ならきっとこういうこともやるよね……?私は意を決してキアナの差し出したステーキ肉にかぶりつく。
するとどうだ。口に含んだ瞬間に溢れだす肉汁、そして口内に広がる爽やかな香草の香り。キアナがはしゃぐのも頷ける気がした。これは美味しい。彼女と同じくぶんぶんと頭を振る私を見て、キアナもそうでしょうそうでしょうと言わんばかりのドヤ顔。
「じゃあ私のもあげちゃおうかな。はい、どうぞ」
お返しにと、今度が私が注文した煮込み料理をスプーンですくってキアナに献上。身を乗り出してパクっと一口。キアナは目を閉じると、そのまま咀嚼する手が止まった。
「……」
「え、どうしたの?口に合わなかった?」
「お口の中が幸せっす……」
頬を赤らめうっとりとした表情をキアナは浮かべた。いちいちオーバーリアクションなのが、見ているこっちとしても楽しくなる。がしかし、料理を飲み込むと、その笑みが少しだけ翳った。
「料理交換ってこんなに楽しかったんすね。前のリズにも食べてほしかったっすね」
「……じゃあ、これからいっぱいやろうよ」
私の言葉に、えっとキアナは顔をあげる。
「ううん、料理交換だけじゃない。前の私のことはもう思い出せないけど、これから先、今日みたいに料理交換もお出かけも、他にも楽しいことをいっぱいしていこう」
キアナが知っているリズは、もう戻ってこない。それでも幸いなことに、今ここには私がいる。
「なんなら、今度は私のやりたいことをキアナに押し付けちゃってもいいんだからね?」
茶目っ気を出して私はキアナに告げる。
過去を取り戻すことはできなくても、新しい思い出なら、これからいくらでも作っていけるのだから。彼女に悲しい顔は似合わない。前のリズさんのようにはいかないかもしれないけれど、これからは私が、私なりのやり方でキアナを笑顔にしていけばいいのだ。
「リズのやりたいこと……っすか?……それいいっすね!あーしも気になるっす!いっぱいやっていくっすよ!」
先ほどまでの暗い表情はどこへやら、キアナは再び満面の笑みを浮かべ、子どものようにはしゃぎだした。その笑顔を見て、私もつられて笑ってしまった。
失ったものは戻らなくても、こうして笑い合えるのなら、それもきっと悪くない。なんてことのない日常を積み重ねて、新しい思い出を増やしていくことができれば、それでいいのだ。
「そうと決まったのなら、ほら!早く食べてリズのやりたいことやるっすよ!時間は待ってくれないっす!」
どうやら今日のお出かけは、私たちにとっての最初の思い出になりそうだ。
お読み頂きありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります……!
次回もよろしくお願いします。




