23.騒々しい元友人
医療ギルドで働き始めて早一週間。今日も私はゴリゴリと粉作りに勤しんでいる。
ギルドの建物内に初めて入ったときも思っていたのだが、現在は夏だというのに室内は涼しい。というのも、ギルド内は一室ごとに魔法陣が設置されており常に適温になるよう調整されているそう。ここにもファンタジー要素が!と小躍りしてしまった。そういうわけで、私は快適な環境の中、窓越しに聞こえてくる夏の風物詩であるセミの鳴き声をBGMに、シャルさんと時折雑談を挟みながら楽しく作業を進められている。
正直、医療現場で働くということもあってもっと大変な仕事が待っているのだろうと覚悟をしていただけに、拍子抜けというか安心というかそういったものを感じてはいた。それをシャルさんに話すと『最初はこんなもんだよぉ。仕事が大変になるのは医療課に移ってからだからね』だそう。
大変な仕事というのはきっと急患の対応だったり、クセの強い入院患者のお世話や夜勤業務などのことなのだろう。前世で仲良くなった看護士さんとどういった経緯でそうなったかは覚えていないが、仕事の話になった時に『ここだけの話だよ、絶対秘密だからね!』とちょっとした愚痴を漏らしていたのを思い出した。
それならば、と私は今しか感じることのできないこの平穏な時間をありがたく享受することにしたわけである。もちろん仕事はきっちりとやり遂げるのは前提で。
が、しかし。平穏というものはいつも突然に私のもとから去っていくのだ。
「リズ!リズがここにいるってほんとっすか!?」
バァンと勢いよく開けられビクッとした私が見たものは、私の名を呼んだであろう褐色肌の女性がこちらへズカズカと歩いてくる様子と、彼女の背後にいる後を追いかけてきて息切れしている受付の職員さんだった。
「やっと捕まえた……!ほら、関係者以外は立ち入り禁止だから早く出ていって!リズが戻ってきたからいつかはと思ってたけどあなたってば毎回毎回……!用がある時は呼び出しなさいって言ってるでしょ!」
「いやっす、離すっすよ!リズ!ほらあーし!キアナっすよ!」
キアナと名乗った女性は羽交い絞めにしていた職員さんと揉みくちゃになりながらもこちらへずるずると徐々にこちらに近づいてくる。この世界での記憶が皆無な私にとっては、ただ知らない人が私の名を呼びながら物凄い顔をして迫ってくるという恐怖体験である。
とはいえ、私にとっての初対面である彼女は私の顔を見てリズと呼んだ。きっとこの体の本来の持ち主だった生前のリズさんと知り合いだったのだろう。であれば無碍に扱うこともできない。きちんと私を取り巻く状況を説明してやるべきだ。
「あの、離してあげてください。私に用があるみたいですし。用件が済んだらすぐに帰ってもらいますから、今回だけ……ね?」
私が助け舟を出すと、職員さんもリズがそう言うならと渋々な様子ではあるが納得してくれた様子。『今回だけだからね、次はないから』と念を押し職員さんは戻っていった。
「ふぅ。それで、えっと……キアナさん、でしたっけ?」
「いやだなぁリズってば。なんすかキアナ『さん』って。いつも通りに呼び捨てで構わないっすよ。ていうか本当にリズなんすよね!?生き返ったってどういうことすか!」
私の他人行儀な態度にケタケタとキアナさんは笑い飛ばしたうえで矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。彼女の言ったとおり、生前のリズさんとキアナさんには『いつも通り』と言えるほどの関係があったのだろう。私は思わず目線を下に落とす。
そんな相手に今から『実は記憶喪失なんであなたのこと覚えてません』なんて言うことになるのだ。仮に今私が逃げの選択肢を取って真実を伝えなくとも、いずれは知ることになったときには彼女の心にもっと大きな傷を付けてしまうだろう。そのほうがもっと後悔する。
「えっとですね、実は……」
意を決して私がこの世界で目覚めてからの経緯、そして私には記憶がないことをキアナさんに伝えると、彼女はきょとんとした顔を浮かべた後、腹を抱えて笑い出した。
「はー、笑ったっす。なーにおかしなこと言ってんスか。リズがあーしのこと忘れるなんて天地がひっくり返るより有り得ないっすよ。あれっすか?咄嗟に思いついたドッキリっすか?」
今この場で軽快に言葉を紡ぐのはキアナさんだけ。それも次第に私たちが纏っている重苦しい雰囲気に飲み込まれていく。さすがに彼女もこの空気感に気付いたようでおろおろと私やシャルさんを交互に見つめる。
「え、なんすかこの空気。まさかとは思うけど実は本当のことでしたーなんて言わないっすよね?」
まさかそんな、と未だに信じられていないキアナさんに感じていた罪悪感からか、私は彼女から顔を背ける。その沈黙こそが答えだと、彼女は悟ったようだった。
「ちょっと待って。これって本当の話なんすか?ってことはつまり、リズはあーしのことも忘れちゃったんすか……?」
「……はい。あなたが私とどういう関係だったのかも、今の私にはわかりません。」
「……じゃあ、あーしとリズが仲良くなったきっかけ。リズが依頼を出してた素材採取の同行をあーしが受けて二人で森まで行ったときに、あーしがお腹が空いたからってそこらに生えてるキノコを食べてお腹を下しちゃって、リズにめちゃくちゃ怒られたんすよ。これも覚えてないすか?」
未だに私に記憶がないことを信じ切れていない彼女にごめんなさい、と私は頭を下げる。
彼女は表情を青褪めさせ動揺した様子を隠せていない。当然の結果ではある。私だって彼女の立場であったなら同じようになるだろう。事態を知った彼女はその場にぺたんと腰が抜けたように座り込み、再び静寂の時間が流れ始めた。
「……すみません。ひとつ、聞いてもいいっすか」
それからどれほどの時間が経ったのだろうか。体感であれば五分?十分?実際にはそう長くない時が流れたところで、沈黙を破ったのはまたしてもキアナさんだった。
「このことは、ギルドや街のみんなは知ってるんすよね?」
「はい。街の人たちで知っているのはごくわずかだと思いますが、少なくともギルドの人たちは知ってます。もしかしたら、当時の目撃者たちが街で話を広めているかもしれませんが。皆さんまだ会話がぎこちないことは時々あるけれど、私に対して分け隔てなく接してくれています」
以前製薬課の人と話をして以来、他の職員さんたちから声をかけてもらうことが徐々に増えてきていた。困ったことがあれば何でも聞いてねというありきたりなものから始まり、休日の過ごし方やこの街の美味しい飲食店の話などなど。お互い手探りな感じがまだ否めないけれど、これから先仲良くやっていけそうだと今の私にとって充分心地の良いものを感じていた。
「そう、すか……やっぱり本当なんすね……」
「私がキアナさんのことを覚えていないのは、本当にごめんなさい。でも、私はあなたとも仲良くしたいと思ってます」
これも心からの本音だ。かつての友人だったキアナさん。息を切らしてここまで来てくれたということは浅い間柄ではないのだろう。であるならば、リズさんが大切にしていたその関係を私は守りたいと思っている。
「キアナさんさえ良ければですが、今度一緒にお出かけでもしながら過去の私のことを教えてくれませんか?知りたいんです、キアナさんと私、二人で何をして遊んだのかとか、どんな話をしていたのかとか。なんでもいいんです」
私は彼女のもとに歩み寄り、手を差し伸べる。
「覚えてなくても、なかったことにはしたくないんです」
かつてのリズさんを取り巻いていた環境を、私は知らない。
けれどそれは、なかったことになったわけじゃない。誰かの中にはちゃんと残っていて、今もそこにあるものだと思うから。
だから私は、知りたい。ちゃんと、知っていきたい。
嫌な空気が流れていたさっきとは違い、優しい雰囲気の沈黙が数刻流れた後、私の手をキアナさんは取り立ち上がった。
「そう、すよね。リズがあーしのこと忘れちゃってたのはたしかに辛いすけど、そんなのリズが抱えてる悩みに比べたらこれっぽっちの大きさもないっすよね。忘れられたあーしより、忘れちゃったリズの方がずっとしんどいに決まってるっす。なのにあーしってば……」
キアナはそこで言葉を詰まらせ、視線を落とした。
「……あーしが勝手に、弱くなってただけなんすね……」
キアナはそう呟いた直後、頭をかきむしるようにして笑った。
「あーあーもう考えるのやめたっす!あーしらしくない!」
ふんすっ!とキアナさんは鼻息を鳴らしたかと思えば両手で思い切り自分の頬を叩いた。季節外れの痛々しいもみじの誕生だ。自業自得ではあるのだが強く叩きすぎたらしく、ヒリヒリと痛む頬を軽くさすった後、キアナさんはこちらに握手を求めるように手を差し出した。
「改めて、『初めまして』。あーしはキアナ。呼び捨てで構わないっすよ!」
「こちらこそ『初めまして』、リズです。よろしくね、キアナ」
キアナの差し出した手を取り固く握手を交わした。ハノンちゃんやカレンさんに続き、今の私にとって数少ない貴重な友人の誕生の瞬間である。
「で、今から遊びに行くっすか!いいっすよ良いお店知ってるからそこに行くっすよ!いっぱい話すっす!」
「へ?ちょっと待って私まだ仕事中ですって!こら引っ張らないでってば!」
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