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私を魔女にしてください!~知らない誰かとして生きることになった私の物語~  作者: ツグハ
一章 新たな人生の始まり

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21.地味なことだけど

「疲れたぁー」



 椅子の背にもたれ掛かり、四肢をだらんと投げ出して『もう動きたくない』と全身で表現する。



 時間はお昼、正午を過ぎたあたり。あれからずっとゴリゴリと葉を()り続けていただけあって、いくらコツを掴み始めていたとはいえ、ゴールの見えない単純作業による腕と精神面での疲労がじわじわと蓄積されていた。



 そろそろ限界と思い始めていたところで、シャルさんからお昼休憩にしようかとの提案があり、それはもう喜んで賛成したところである。



「お疲れ様、ほらお昼食べに行こ?」



 脱力していた私に差し伸べてくれたシャルさんの手を取り、よいしょと立ち上がる。私よりも多く作業していたはずなのに、シャルさんには疲れた様子などどこにもない。もしかして筋力の問題なのだろうか。今度お願いして腕を触らせてもらおう。



「リズはお弁当持ってきてる?」



「あ、はい。同居してる人が作ってくれて、それを持ってきてます」



 仕事が上手くできるだろうか、対人関係は上手く築けるだろうかと悩み、昼食のことなどすっかり頭から抜けていた前日の私。少し寝不足気味に起きてきた朝、すでに起きて支度を済ませていたカレンさんから『どうせお昼ご飯をどうするかなんて忘れてたんでしょ』と彼女から渡されていたお弁当を掲げて見せる。



「そっかそっか、私もお弁当だし、それじゃあ一緒に食べようよ。食べるのにもってこいの場所、知ってるんだぁ」



 ついて来て、と先導され階段を上り、辿り着いたのはギルドの屋上。広い屋上には所狭しに設置されている物干し竿と、それに干されている洗濯物がずらりと並び、風で揺らいでいる。



 暦上ではもうすぐ秋だ。時折吹く涼しげな風にそれを感じる時こそあれど、まだまだ夏のジリジリとした陽射しによる暑さが残っている。



「もってこいの場所っていうのはここなんですか?」



「そうそう。それでもって、私が好きなのはあそこなんだ」



 シャルさんがそう言って指を指した先にあるのは、私の胸元くらいまでの高さのただの塀。それと休憩用だろうか、ちょこんと二、三人が座れる程度のベンチが置かれているだけである。



「まあ、そうだよね。リズがその表情になるのも分かるよ。何もない場所がおすすめ、なんて言われてもねぇ」



 最初は困惑するよね、とシャルさんは苦笑する。



「まあ、直にわかるから」



 ベンチの前についた私たちはどちらともなく座り込み、お互いのお弁当の蓋を開ける。本日のお昼の献立はカレンさんお手製のサンドイッチ。卵サンドから始まり野菜やお肉まで、なかなかにボリューム満点である。初仕事ということもあって疲労度の高い状態の私にはありがたい内容だ。



 一口ぱくりと口に頬張り、頬が落ちないように片手で支えてその美味しさを表現する。



 先日の歓迎会でも思ったことではあるが、この世界の料理のバリエーションも全てが同じとまではいかないが、食材の多少の違いはあれどちょっとしたスープやサンドイッチなど洋食と似ているものも多いため、今のところは抵抗なく食事を楽しめている。



 ある程度食べ進め、もっと、もっととカロリーを求めてくる胃袋を落ち着かせたところで、隣に腰掛けているシャルさんをちらりと見ると、私のことをまじまじと見つめていた。



「良い食べっぷりだねぇ。見てて爽快だったよ」



 思わず見入っちゃった、と言うシャルさんの言葉に私はかぁっと頬を赤らめる。



「ちょ、ちょっと。あんまり見ないでください。恥ずかしいじゃないですか」



「あはは、ごめんね。でも一口食べるたびにころころ表情を変えながら食べるんだもん。作った人もこんなに美味しそうに食べてくれてるなら本望だろうね」



『ころころと表情を変える』と言われ、私は自宅にてカレンさんとハノンちゃんの三人で食事をしていた時のことを思い出していた。



 二人にも同じようなことを言われていなかっただろうか。たしかハノンちゃんから『同じものを食べてるはずなのに、リズさんの食べてるご飯のほうが美味しそうに見えちゃいます』なんてことを言われた気がする。



 もしかして、二人の前でも妖怪百面相を披露してしまっていたのだろうか。とすると恥ずかしさもさらに倍である。



 だが、これは仕方ないことなのだ。前世では味気のない病院食ばかり食べていたし、この世界に来る直前なんて点滴ばかりで碌な食事を取ることもできなかった。



 そういうわけで、今の私にはどんな料理も美味しそうに見えて仕方がないし、実際美味しいのだ。ちゃんと美味しいものは美味しいと言わなければ作ってくれたカレンさんに失礼というものだろう。



 しかし、こうも表情に出やすいのも考えものなわけで。一つ一つの物事に対して表情をころころと変えてしまうのは子どもっぽいのではないだろうか。



 もう少し感情を抑えるべきだろうか。もっとこう、表情を変えないミステリアスな女的な。いや、それはやめておこう。今さら取り繕ったところで周囲の人には不審がられるだけ。



 それに、だ。私は私らしくあろうと決めたばかり。



 せっかくの二度目の人生なのだから、私は私らしく、私の気持ちに正直に生きたい。もちろん、人の迷惑にならない程度に。ましてや私のような人種は特に気をつけなければならない。一旦は受け入れてもらった形を取っているとはいえ、まだまだ特異な目で見られていることは気が付いている。そんな私が自由に立ち振る舞えるほど社会は甘くない。



 本当の意味で私らしく生きるのは、もっと『今のリズ』を周囲の人たちに受け入れてもらってからでも遅くない。



 まずは仕事を覚えて、みんなに認めてもらうところから始めていこう。そのためにはまずご飯をしっかり食べて午後からの業務に備えなければ。


 カレンさんが朝早くに起きて作ってくれたお弁当をもきゅもきゅと頬張り尽くし、頑張るぞいと気合いを注入する。



「ごちそうさまでした。それでシャルさん、直に分かるっていうのはいったい……」



「ああ、そういえばそうだったね。それじゃあ下を見て」



 よいしょ、と立ち上がったシャルさんは塀の向こう側を指差した。促されるままに彼女が示す方向を見るとそこにあるのはギルドの敷地内にある小さな広場。



「何が見える?」



「えっと、広場……ですか?それと、子どもたちが遊んでます」



「そうだね、大正解。これが私の好きな景色だよ」



 シャルさんはそう言いながら、愛おしそうにその光景を眺めている。私からすれば、前世で入院してることによく見た何の変哲もないよくある光景なのだが。



「なんでこんなところが好きなのかって顔してるね」



「あ、いえその。すみません、よくある光景なんじゃないかなってつい」



 ころころと表情を変えるというのが裏目に出てしまったらしい。私らしく、とは言ったもののやはりもう少しポーカーフェイスを意識するべきである。



「ああ、いいんだよ気にしないで」



 よく言われるから、とシャルさんは苦笑しながらも目線を戻す。



「あそこにはさ、入院している子どもたちがよく集まるんだ」



 改めて私も広場を見ると、入院服を着た子どもたちが歩いていたり、会話を楽しんでいるのが見て取れる。中には走り回っている子もいるがすぐに看護士に捕まってお説教をされており、微笑ましいなと私はくすっと笑みを浮かべる。



「微笑ましいでしょ?あの子たちの中にはもうすぐ退院する子もいるんだよ。病気や怪我が理由で苦しんでいた子たちが、今はこうやって元気になっている姿を見るとさ、なんだかこっちも元気がもらえる気がしてね」



「その気持ち、分かる気がします。子どもたちの笑顔って、活力を貰えますよね」



「うん。それと同時に、私自身が誇らしく感じるんだよ。あの子たちを元気にすることができたのは私たちなんだって」



 そして、とシャルさんは顔を引き締める。その表情には確固たる意志が宿っているのが見て取れた。



「あそこにいるのは、元気になった子たち。じゃあ、そうでない子はどこにいる?もちろん病室だよね。今私たちがこうして話をしている最中にも、病気や怪我と戦っている子どもたちがいる。私たちギルドの職員は、そういう子たちを一人でも多く救わなきゃならないんだ」



「一人でも多く、ですか。そうですね、その通りです」



「もちろん、全員を救えるなんて思っちゃいないよ。それは不可能だし、傲慢な考えだと思う。昔、助けられなかった子もいたからね」



 その言葉を口にした瞬間、シャルさんの視線がわずかに揺れた。



 さっきまで子どもたちを見つめていた柔らかい目が、一瞬だけ遠くを見失ったように宙を彷徨う。笑っているわけでも、泣いているわけでもない。ただ、何かを思い出してしまった人の顔だった。



 私は反射的に、それ以上踏み込んではいけない話題だと直感する。



「……ごめんね、ちょっとだけ昔の話をしただけだから気にしないで。でもね、そのくらいの気持ちがないと救えるものも救えない。だから、ここに来るんだ。一人でも多く、あの子どもたちのように、私たちの力で元気にするんだって気持ちを見失わないように」



 優しい声の表情の中に、決意を滲ませるシャルさん。一瞬、彼女の視線が遠くへと向く。塀の向こう、遊ぶ子どもたちの姿を見ているのか、それとももっと別の、過去の景色を見ているのかは分からない。



その横顔は、ほんのわずかに強張っていた。笑っているはずなのに、どこか痛みを堪えるような静けさがある。



「……」



 言葉は続いているのに、その一瞬だけ音が薄くなるような気がした。



 やがて彼女は小さく息を吐き、肩の力を抜く。まるで張り詰めていた糸を、自分の手でそっと緩めるみたいに。



ハッとしたように初めて会った時のようなふにゃっとした表情に戻り、こちらに謝罪をする。



「真面目な話になっちゃったね。せっかくの楽しい昼食だったのにごめんねぇ」



「とんでもないです。良い話を聞けました。ありがとうございます。私もシャルさんみたいになれるように頑張りますね!」



 私の言葉にシャルさんは少し照れくさそうな表情を浮かべる。



「はいはいこの話はおしまい!それじゃあそろそろ戻ろっかぁ」



 行くよ、と足早に歩いていくシャルさんの背中を私はにんまりとした笑顔で追いかけていった。

お読み頂きありがとうございます!


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次回もよろしくお願いします。

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