20.右手は擦るだけ
「よーし、それじゃあ適度に頑張らずにお仕事を頑張っていきましょー」
頑張るのか頑張らないのか、果たしてどちらなのだろうと甚だ疑問ではあるが、出鼻を挫くに等しいことをここで聞くのは野暮というものだろう。
おー、と彼女のスタイルに便乗して私も脱力して掛け声を合わせる。それが正解だったのか、シャルさんもよく出来ました、というような満足げな顔をしている。
「ところでリズは、記憶がないってことは仕事のことはもちろん、私たちのことも全部忘れちゃってるんだよね?」
「はい、すみません……」
「あ、ごめんね。謝らせるつもりはなかったんだけど。私たちはみんな、リズが生きてくれてたってだけで嬉しかったんだから」
シャルさんは『私たち』と言った。その言葉をそのままの形で受け止めるのであれば、フェルノさんが相談した通りにギルド全体、その細部まで周知してくれているのだろう。この短期間でやってのけてくれた彼女には本当に頭が上がらない。
初任給が入ったら何かお礼をせねば。今度欲しいものや好きなものなど、こっそり探りを入れておこうと思う私であった。
「うん、それじゃあ自己紹介からしなきゃだねぇ。改めまして、私の名前はシャル、十九歳。ここで働き始めて八年くらいかなぁ。よろしくねぇ」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
体を左右にゆらゆらと揺らしながら挨拶をする彼女に対して、こちらもまた力を抜いてお返事。
逆算すると十歳そこらでここで働き始めた、ということ。カレンさんや前世の私と同年代の人が八年もここで、と驚きがなかったわけでもないが、ハノンちゃんもそういえばそうだったなと思い出し納得する。
もしかしなくても、この世界ではまだまだ幼い子どもたちが多少なりとも労働をすることは普通なのだろうか。今度それとなくカレンさんにでも聞いてみよう。
「さて、自己紹介も済んだところで、ここでの基本業務から説明していこうかな。ゆっくり説明していくつもりだけど、一度で覚えなくていいからね」
人が一定の仕事を覚えるのに要する時間は、どれだけ早い人でさえ一ヶ月ほど、時間がかかる人だと半年はかかるという。そのことを知ってか知らないでか、ゆっくりでいいとフォローを入れてくれるシャルさん。彼女がもし前世の世界にいたとしても、きっと後輩に慕われるような良い上司になっただろうなと思う。
さて、そんな彼女の下で仕事をしていくことになるわけだが。彼女が渡してきたのは大きな器と棒。
「今日、リズに教えるのはすごーく単純な作業だよ」
「ええと……擂り鉢と擂り粉木、ですか?」
「正解ー。それを使ってね、これをたーくさん擂り潰してほしいんだ」
そう言って、シャルさんが指差した先にあるのは人一人が入っても大丈夫なくらいに大きい麻袋。きつく縛られた結び目を解き袋を開けてみれば、中にはたくさんの乾燥した葉が袋いっぱいに入っている。この葉自体に魔力があるのだろうか、微妙に光を帯びている。
決して怪しい葉っぱじゃないよー、とシャルさんが注釈を入れてくるが、そのせいで余程怪しさが増すというものだ。
「これはシグっていう木の葉っぱを乾燥させたものでね、私たち製薬科がお薬を調合するときに一番使うものだから、それなりに量が必要なんだ」
シャルさん曰く、調合までの行程は、シグの葉を始めとする乾燥させた薬の素材を粉状になるまで擂り、それらを用途に合わせて組み合わせ、よくかき混ぜればこれで薬の素は完成。その後は製薬科の人たちが薬の素が入れられた容器に魔力を流し込み、薬によって異なるが、一定期間寝かせて魔力が薬に馴染んだら調合薬の完成とのこと。
そしてシグの葉が多く必要なのは、これ自体に効能はないのだが、調合をするにあたって、乾燥させたシグの葉と他の葉たちを組み合わせることによって、魔力を加えた際にそれぞれの薬の効能を引き上げてくれる性質を持つ。
例えば、風邪薬を調合するのであれば『シグの葉と風邪薬用の薬草A』、解熱剤であれば『シグの葉と解熱剤用の薬草B』というように基本的にはどんな薬を調合するときにもシグの葉は使う、というレシピのベースが出来上がってるからだそうだ。
「なるほど、この葉っぱがどれだけ凄いかは分かりました。それで、私はどれくらい擂ればいいんですか?」
「え?全部だよ?」
「……はい?」
全部。全て。オール。
あの大きさの麻袋に入ったものを全て擦ってくれとシャルさんは言った。これには私も思わずといった形で聞き返してしまう。
「ほら、言ったじゃん。量が必要だってぇ」
言った、たしかに言ったけど!
残念ながら、私は自身の筋力に対する自信など皆無である。この量の葉を擂り続けるとなると、腕が悲鳴を上げることは必至だろう。とんだ重労働を任せられたものである。
ちなみに、薬草を魔法で水分を飛ばし乾燥させる工程もあるそうで、魔力を大量に消費するため、やることは違えどそちらはそちらで重労働なのだそう。だから安心して、とシャルさんは言うが、どこにも安心できる要素など存在していない。
「大丈夫だよぉ。なにもリズ一人に全部やってもらうわけじゃないから。私もちゃんと手伝うよ」
シャルさんが救いの手を差し伸べてくれたが、量が量であるため、多少の落胆は免れ得ない。しかし、泣き言を言っていても作業が進むわけではない。こうしているうちに刻一刻と時計の針は進んでいく。時間は有限であり、その進みを止めてくれることはない。
「でもまあ、慣れたら寝ながらでもできるよ。なんなら昔はもっと地獄だったしねぇ」
へらへらと笑いながら実践するシャルさんに対し私は引きつった笑いを浮かべる。
とりあえずやるしかない、と私は袋から適量を擂り鉢に移し作業に取り掛かるのだった。
さて、意気込んで作業を開始したわけだが、五分も経たないうちに、擂っている間に飛び散ったのだろう、細かな葉の破片が私の服のそこかしこに付着している。
力を入れすぎているのか、それともただ私が不器用なだけなのか。おそらく両者であろうが、初めての作業なのだ、慣れないうちは仕方ないのでそれは一旦置いておく。手でパタパタと破片を払い落とし、私は作業を再開した。
開始から二十分、これくらいで充分かと一度シャルさんに確認を取るがまだ粗いと不合格を言い渡され、さらに細かく擂るべく腕を動かすこと十分。
ようやく合格を貰い次の分を取って第二ラウンドを開始するが、私も非力な乙女。先ほどと同じように力を入れてやっていると、次第に腕の疲れが顔を出してきた。が、作業を始めて一時間も経っていないうちに休憩を挟むのもいかがなものだろうかと、ここは我慢して作業を続ける。
第三ラウンドに入ったあたりで、改善されない力の入った豪快な擂りっぷりと、いかにも疲れ切った表情をしている私を見かねたのか、シャルさんが私の隣へとやってきた。
「リズはなかなか不器用さんだねぇ。ほら、隣でやって見せるから一緒にやろ?」
とはいえ、疲労困憊の状態では真似できるものもできなくなる。小休憩を挟んだ後、シャルさんのお手本付きの指導に合わせて私も手を動かし始める。
擂り鉢の中の葉を飛び散らないようにゆっくりと押し潰しては中央にかき集め、また押し潰してを繰り返す。そして一つ一つの破片が爪ほどの大きさになったところでようやくゴリゴリと擂る。力が多少必要にあるのは最後の擂りの際だけ。それも私のように目一杯力を入れる必要はなかった。
そうして完成した時には、自分一人でやっていた時よりも疲労感はない。作業時間も私とさほど変わらないか、こちらのほうが早いくらい。
「どう?こっちのやり方のほうが楽でしょ」
「はい、これならまだまだ疲れずにやれそうです。ありがとうございます」
私の返事を聞いて、シャルさんはどやぁと得意げな顔をした。この人もカレンさんと同じく扱いやすいタイプの人なのかもしれない。いや、あのチョロイン候補であるカレンさんと一緒にするのはまだ気が早いか。心の中のカレンさんが猛抗議をしてくるが、今は仕事に専念すべきだと窓口をぴしゃりと閉じる。
腕の疲労も充分とは言えないが抜けている。ちらりと時計を見れば、まだ十時を過ぎたくらい。シャルさんの手伝いもあるし、もしかすると、本当に今日中にやり切れるかもしれない。しかし、それはあくまでこの調子であればの話だ。
とりあえず昼休みまでペースをキープして作業を進めること。そうすれば昼休みを挟むことによって体力も回復し、今よりも作業効率も上がるはず。
これを当面の目標に設定し、改めて気合いを入魂した私は先ほど教えてもらったやり方で作業を進めていった。
『私を魔女にしてください!』をお読み頂きありがとうございます!
気が付けば20話ですね……話がどんどん進んでいく……( ˇωˇ )
それに対して執筆が間に合わないんじゃないかとあくせく執筆している私の図。
これからも丁寧に、かつ私が出せる最大限のクオリティでお話をお届けできるよう頑張りますのでよろしくお願いいたします!
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