18.新しいお家
その後も休憩と称して目に付いた喫茶店に入ってお茶をしたり、露店を巡って雑貨のウインドウショッピングをしたり。楽しい時間というものは早く過ぎ去るもので、高くにあった太陽は西へと傾き、空はオレンジ色に染まっていた。
「ハノンちゃん、そろそろ帰ろうか。あんまり遅くなってもカレンさんが心配するかもしれないし」
私としても、暗くなる前に新居の場所を確認しておきたいのもある。道がわからない以上、ハノンちゃんに案内してもらってはい解散!となると帰りはハノンちゃん一人を歩かせることになるので心配だ。そういった側面もあるので、今日はこのあたりが潮時だろう。
「そうですね、じゃあお家に案内するのでついてきてください」
私の考えを察してくれたのか、ハノンちゃんはすんなりと承諾し、私たちは帰路に着く。
果たして私の新居はどんなだろう、高望みはしないが綺麗なものだったらいいな。などと期待に胸を膨らませて歩くこと二十分ほど。気が付けば、辺りは露店やお店が多く並んでいた繁華街から、住宅街のそれに段々と景色が変わっている。
どこの家も夕飯を作り始めているのだろう、いろんなところから食欲をそそる良い匂いがこちらへと漂ってくる。
相当に歩き回ったせいか、はたまた匂いのせいか。お腹が空いたと胃袋が鳴き声をあげそうになるのを我慢させつつ、周りを見て気付いたことをハノンちゃんに聞いてみる。
「ねえハノンちゃん、あとどのくらいかかりそう?」
「あと十分もしないうちに着きますよ。ごめんなさい、疲れちゃいましたか?」
「ううん、大丈夫。ちょっと気になったことがあって」
気になること?と首を傾げるハノンちゃんに恐る恐る、と言った形で問いかけを続ける。
「この辺りのお家、なんだか豪華というか、お金持ちの人が住んでそうなお家が多い気がするんだけど、私の住むお家ももしかしてこんな感じなの……?」
敷地も広く、装飾の施された門や庭付き。もしこんなに豪華な家が立ち並ぶ一等地のような場所で暮らせと言われても、絶対に気が休まらないのは目に見えている。すぐにでも引っ越したい案件である。
私の問いに、ハノンちゃんはあぁ、と言った様子で答える。
「この辺りのお家はみんな凄いですよねぇ。でも、この区画ももうすぐ終わるので、私たちが今帰ろうとしてるお家は至って普通ですよ」
「そっか、良かった。こんなところに住むんじゃないかって冷や冷やしてたんだよね」
「ふふ、でもいつかはお金を貯めて、こんなところに住んでみたいですよね」
それと、とハノンちゃんは続ける。
「ここも凄いですけど、領主様のお家の近くはもっと凄いんですよ?」
「……え?ここより凄いの?」
ここが一等地だと思っていただけに、ハノンちゃんの発言はあまりにも衝撃的であった。
「はい、大きな商店のご主人のお家だったり、領主様のご親戚宅だったり。この街有数のお金持ちが住んでるだけあって、こことは比べ物にならないくらいです」
今度案内しましょうか?などとハノンちゃんから提案を受けるが私はいやいやと手を振り遠慮しておく。私に染みついた庶民精神が『そんなところに行ったら鳥肌どころじゃない』と拒否反応を起こしている。
さて、数分も歩かないうちに(私にとってはようやくといった気持ちではある)一等地改め二等地を抜けると、ハノンちゃんの言った通り、先ほどと比べて庶民的な石造りや木造の家が増えてきた。
そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので。下町万歳。少しばかり上から目線でここ一帯の評価をしていると、ハノンちゃんが着きましたよ、と戸建ての物件を指差した。
木造ではあるが、外観は他の同じ木造の物件と比べて新しそう。寮、とは聞いていたが、平屋なところを見る限り、誰かと共同生活をする形になるのだろうか。
案内をしてくれたハノンちゃんにお礼を言ってお別れ、と思ったが、彼女はそのままとことこと玄関に向かい、我が家のように慣れた様子で戸を開ける。
「さ、どうぞ上がってください」
彼女の立ち振る舞いに困惑しつつも、招かれるまま家の中に入る。
「あ、やっと帰ってきた」
そう言ってひょっこりと顔を出したのは、先刻まで一緒にいた、見知った人物。
「カレンさん?え、どういうこと?」
「お姉ちゃん、ただいまです」
ただいま?ハノンちゃんがただいまと言って、この家にはカレンさんがいて帰りを待っていた。これらから導き出される答えは。
「もしかして、ここって二人の家なの?」
「はい!私たちのお家です。そして、今日からリズさんの家でもあるんですよ」
寮へと案内してもらっていたはずが、実は二人の家へと連れてこられていて。未だに混乱している私を見て、やっぱり、とカレンさんは苦笑する。
「だから言ったじゃない。先に伝えておいた方がいいって」
「えへへ、ここまで驚くとは思わなくて」
示し合わせたように話す二人にどういうこと?と問う私に、カレンさんはとりあえず上がりなさいよと、手招きして促す。
さあさあとハノンちゃんに背中を押され姉妹宅へと上がり込み、そのまま案内された一室にはテーブルに置かれたたくさんの料理。
せーの、と二人は息を合わせ、
「リズさん、我が家へようこそ!」
歓待の挨拶を私に浴びせた。
どうぞどうぞと促されるままにリビングへと案内され、椅子に座った私は二人に一体これは、と説明を求める。
「まあまあ、とりあえず食べながら話しましょ」
いただきます、と合唱する二人に私も続いて食事へとありつく。
「ん、これ美味しいです」
「そう?良かった、今日のご飯は全部私が作ったのよ」
「このご馳走全部ですか?料理も上手そうとは思ってましたけど凄いです。今度作り方教えてください」
「あ、ずるいです。私にも教えてください」
和気藹々とした私の歓迎会もとい夕ご飯の中、一通りをたべて場が落ち着いたあたりで、わたしは改めて二人に問いかける。
「今日から私もここに住む、みたいなことをハノンちゃんが言ってましたけど……」
「そうよ、ハノンと私で話してフェルノさんに話を持ちかけたの。ね、ハノン」
はい、とはのんちゃんは相槌を打つ。
曰く、一人部屋である寮で暮らすとなると字も読めない、土地勘もない今の私には厳しいのではと二人は思って、フェルノさんへ相談したのだそう。
幸いにも、この家には空き部屋が一つあり、ちょっとした物を置いていただけだったので清掃さえすればすぐに使える。二人が一緒にいた方がなにかと私のためになるのではと申し出たところ、フェルノさんもそれに賛成して、今に至ると言うことらしい。
なるほど、と私は相槌を打ち、でもと言葉を続ける。
「ここまで聞いておいてなんですが、本当にいいんですか?私としては凄く助かりますけど、姉妹だけの家に私が入り込んじゃって」
ちょっとだけ申し訳なさがある、と暗に伝えると、カレンさんは呆れたような表情を浮かべる。
「まったくもう、そんなこと気にしなくていいの。あんた、ここを出てって一人で暮らせるの?今のとこそうは見えないわよ。それに、私もハノンも、家族が一人増えたみたいで嬉しいのよ。だから、あなたは素直に好意を受け取ってくれると助かるんだけど」
今日から私も家族の一員だと言われ、思わずハノンちゃんを見ると、彼女も同じ考えみたいでこくこくと頷いている。
「私たちと家族になってくれませんか?」
若干プロポーズじみた言葉になっていたが、ハノンちゃんの言いたいことは充分に伝わった。
「それじゃあ、はい。お言葉に甘えさせてもらいます」
よろしくお願いします、と了承の旨を伝えれば、やったー!とハノンちゃんが椅子から飛び降りて私に抱きついてくる。
「嬉しいです。また楽しいことが増えましたね、お姉ちゃん!」
そうね、と彼女自身笑顔を浮かべつつも、行儀が悪いとハノンちゃんを窘めることも忘れない。そうして私はこの家に住まわせてもらえることが決定し、一安心したのであった。
「すっきりしたぁ」
楽しい食事を終え休憩を挟んだ後、疲れただろうからと一番風呂を譲ってもらい、身も心もすっきりとしたところで、私の部屋へと案内され今に至る。事前に急いで準備してくれていたのだろう、埃っぽさのない清潔感のある部屋に、ベッドや机、収納棚などの生活に必要であろうものがすべて揃っている。
至れり尽せりだなと改めて二人に感謝をしつつ、ベッドに腰掛けて一息を吐く。一人でいると、どうしても考えることというのが湧いて出てくるわけで。
魔法やら魔獣やらと前世とは全く異なる要素が闊歩するこの世界。そこに私がリズさんの体に宿る形で転生した。そもそも、なぜ私はこの世界に呼ばれたのだろう。何の理由もなく私の魂だけがこの世界に迷い込んで、なんてことはあり得ないだろうと私の第六感のようなものが告げている。
小説であれば、神のような存在と話し、憐んで転生させてもらうというものがあったりするが、私は一切そのような話をした覚えはない。
もう一つ、前の世界で生死を問わず私の魂だけを魔法でこの世界に引っ張ってきて、リズさんの体に押し込めた。私としてはこちらのほうが有力説として上がっている。
だとするならば、誰が、なぜという疑問に至るが、カレンさんやハノンちゃん、フェルノさん以外にこの世界で関わった人がいないだけに判断材料が少なすぎる。
私がこれからこの世界で生きていくうえで、もっと多くの人たちと知り合ったり、いずれは魔法も使えるようにもなって、見える世界も違ってくるだろう。そのときに答えを出せるように、今から地道に頑張るしかあるまい。
などと考えているうちに欠伸をする回数が増えてきた。今日は思いの外はしゃぎ過ぎてしまったので疲れているのだろう。
明日もやることはある。疲れをしっかり回復しておかねばと、髪を乾かすのも忘れたまま、私はベッドに体を沈めた。
今日一日で、いろんなことがありすぎた気がする。けれど、不思議と心は軽い。
「……おやすみなさい」
誰にともなく呟いて、目を閉じる。
ふと、今日笑っていた二人の顔が浮かんだ。
この世界に来て初めて、ちゃんと『帰る場所』ができた気がした。
あたたかい夜の中で、私はゆっくりと眠りに落ちていった。
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