17.プレゼント
二階フロアで購入した服の一着に着替えた後、どうせだからと一階の散策をすること合計二時間ほど。
大丈夫ですからと固辞するハノンちゃんに、これまたカレンさん作のくまのぬいぐるみを購入して押し付けて店から出てきたところである。
渋々、といった体で受け取っていたが、その後はといえば、ハノンちゃんはぎゅっとぬいぐるみ抱きしめていた。何だかんだで嬉しかったのだろう、こちらとしてもプレゼントした甲斐があったというものだ。
私が作ってあげるのに、とカレンさんが言っていたが、それとこれとは話が別である。
カレンさんにも何かお礼をしたかったが、ここは彼女のホームグラウンド。なにか別のところでお返しをするべきだろう。
というわけで、今日一番の目的を果たし、私はやり切ったとばかりにうんと伸びをする。
さて、これからどうするかといったところで、私の体は時間に正直なのだろう、腹の虫がお昼時を告げる。
聞かれていないか。そろりと二人の方を見れば、その願いは虚しく散ってしまったことを悟る。
「ふふ、さっきまでずっと歩いたりはしゃいだりしてましたもんね」
「子どもみたいに元気に、ね」
先ほどのお返しするチャンスを見つけたとばかりにニヤついているカレンさんは活気を取り戻す。が。
「あっ……」
カレンさんのお腹からも空腹を知らせる大きな音が鳴り、またもや顔を赤らめて黙り込んだ。
「……何か言いなさいよ」
「あ、あはは……」
なにか、と言われても。とハノンちゃんの方へと視線をやれば、彼女も苦笑い。
さすがのハノンちゃんも姉をどうフォローすれば良いか分からなかった様子。
「も、もうそろそろいい時間ですし、ほら、お昼ご飯食べに行きませんか?」
ここはハノンちゃんよりも年上の私がなんとかせねば、と捻り出した昼食という案。
お腹空いたよね!?とハノンちゃんを見れば、ブンブンと頭を縦に振って同意してくれた。
「ほら、みんな一緒ですって。だから元気出して、ね?」
カレンさんを励まそうとするも、もう一息何かが足りなかった様子。こうなればもう自棄だ。
「あー、お腹空いたけど美味しいご飯のお店なんて知らないしなー。誰か知ってる人いませんかねぇ」
「わ、私もわかんないなー。あっ、お姉ちゃんなら私よりも街に詳しいから知ってるかもです!」
二人ともに見事なまでに棒読みな演技。こんなことになるとわかっていたら、前世で演劇の一つでも鑑賞していたほうが良かった。
これはむしろ逆効果だったかも、と恐る恐るカレンさんを見る。
「……」
チラチラと視線をこちらに向けている。
え?これで?と思わないでもないが、効果があるのであればもう一度試すべきである。
「そうなんだー、さすがカレンさん!さすがお姉さん、ぜひ連れていってほしいなぁ!」
「そうですよね、お姉ちゃんは凄いんです!」
最後の一言はやけに熱の籠ったものだったが、今はそれは置いておいて。
やったか、と再び彼女へと目を向ければ。
「し、仕方ないわね。それじゃあ私が美味しいお店に連れてってあげる」
彼女は腕を組み、仁王立ちしていた。復活である。
「単純だなぁ……」
「何か言った?」
「いえ!嬉しいなぁって!」
思わず漏れた本音を慌てて誤魔化し、内心ではほっと胸を撫で下ろす。
「まあいいわ。ふふん、楽しみにしてなさい」
少しずつカレンさんの扱い方がわかってきたとともに、『しっかり者で妹想いのお姉さん』という私の中でのカレンさんへの評価のうち、『しっかり者』という部分がガラガラと音を立てて崩れていくのが聞こえた気がした。
本人はそんなことなどいざ知らず。行くわよと上機嫌で歩いていく彼女の後ろを、私たちは慌てて追うのだった。
その後、通常運転に戻ったカレンさんがお勧めするお店にて美味しくランチを楽しみ、食後の休憩もとい歓談をして。
さて、これからどうするかといったところでカレンさんが席を立った。
「もうそろそろかしら。ごめんなさい、私どうしても外せない用事があるから、これで失礼するわね」
「あれ、そうなんですか?忙しいのに、ありがとうございました」
ここは私が出しておくから、と私が遠慮をする前に彼女はお金をテーブルに置いて去ってしまった。
「行っちゃった……。これからどうしよっか、ハノンちゃん」
「そうですね……。もし、リズさんが良ければなんですが、私の用事にお付き合いしてもらってもいいですか?」
「用事?もちろん構わないよ」
私の喫緊の用事は済ませたし、荷物があるので残りは明日に回すつもりだったし、そのうえで何もなければ、ハノンちゃんの時間を拘束してしまうのは申し訳ない。
もう寮に案内してもらうくらいの気持ちでいたが、せっかく丸一日ハノンちゃんといれる日なのに早くも解散は寂しいと思っていただけに、こちらとしては大助かりである。
「それで、用事ってなにをするの?」
「近くのお店に用があるんです。すぐ着きますよ」
精算を済ませ、お店を出た私たちは通りを歩いていく。
近いと言ったのは本当のようで、五分も経たないうちに目的地に到着し、私たちが入ったお店は文房具店。紙やインクの匂いが混ざり合い、どこか心が落ち着くようなものになっている。
「どれにしようかなぁ……」
ショーケースの前で立ち止まり、ハノンちゃんがあれでもない、これでもないと物色しているのは万年筆のようなペン。
偏見かもしれないが、彼女がそれを使うにはまだ幼すぎるのではないか。また、学校に行っているとは言っていたが、まさか万年筆を使うことはないだろう。
「それって、誰かへの贈り物?」
疑問に思ったことは、実際に聞いてみるのが一番。ハノンちゃんに質問をすると、予想は的中で、彼女ははいと答えた。
「でも、その人に似合うのはどれだろうなぁって迷っちゃって……」
ふむ、と私は考える。その人、と言うからには私の知らない人なのだろう。それならば、と彼女に再度問いかける。
「ねえハノンちゃん、その贈り先の人ってどんな人なの?」
ハノンちゃんがプレゼントを贈るその人の人物像がわかりさえすれば、なにかヒントを得られるかもしれない。
その人を思い浮かべているのか、ハノンちゃんは真剣に考えだした。
「えっとですね……。女性の方なんですが、時々子どもっぽいと言うか、普段は抜けてるように見えるんですけど、実は芯があって。私の相手も嫌な顔せずにしてくれる優しい方で……。でも、どこか遠くを見てる時があって寂しそうというか、暗さがあるというか。そう、脆い一面が垣間見えて、支えてあげたくなっちゃうような人です」
「なんていうか、すごい観察力だね……」
私もハノンちゃんの前ではしっかりお姉さんをしていよう、心に決めた瞬間である。
私のことはさておき、今はハノンちゃんの期待に応える場面だ。
芯がある、つまりは根本的には真面目な性格で、でもその真面目な性格が故に一人で抱え込んでしまいそうな危うさがあって、ということだろうか。
私なりの分析が済んだところで、他のショーケースも手当たり次第に探し始めた。
「それなら、こういうのはどうかな」
ハノンちゃんを呼び、数ある万年筆の中から一本を指差し、彼女に確認をする。
「あ……。これかもしれない。いや、これです」
感触としては良好。私のセンスも捨てたものではない。
私が見つけたのは、光沢のある黒いボディ、キャップのクリップ部分が金の塗装を施されているだけの少し細めの万年筆。
シュッとした細めの、少し脆さもあるような雰囲気のボディと、唯一金の塗装が施されているクリップをその人の芯としてイメージした。
少しだけ、私の好みも入っているがそれはご愛嬌。ハノンちゃんがこれだと気に入ってくれるのであれば些細なことである。
「どうかな?気に入った?」
「はい、これにします!ありがとうございますリズさん!」
私にぺこりとお礼をし、ハノンちゃんは店員を呼びに行き、これを購入して店を出る。
万年筆なんて高いだろうに、誰に贈るんだろうかと考えていると、ハノンちゃんは先程購入したばかりの、包装された万年筆を私に差し出した。
「リズさん、退院おめでとうございます!これ、お祝いです!」
「え、これ私への贈り物だったの!?」
「はい。フェルノさんから、リズさんも医療ギルドで働くと聞いていたので、そのお祝いも兼ねて。これから先、ペンを使うことも多くなると思ったのでこれにしました」
まさか私が貰う側になるなんてことを想像した事もなかった。とんだサプライズである。
私は万年筆を両手で包み込むように握りしめた。軽いのに、やけに重い。それは物の重さじゃなくて、誰かの気持ちの重さだ。
「……ずるいなぁ、もう」
思わずこぼれた声に、ハノンちゃんはきょとんとしたあと、少しだけ笑った。
「えへへ、気に入ってくれましたか?」
「ありがとうハノンちゃん。大事に使わせてもらうね」
そう言って、彼女からのプレゼントを受け取り、両手で大事に抱える。
余韻に浸っている私を邪魔しまいと、ハノンちゃんはにっこりとしながら、静かに私を眺めている。
さて、余韻に浸り切ったところでふと思い出したのは、この万年筆を選んでいる最中のこと。
子どもっぽい、脆さがある、支えてあげたい。
「私って、ハノンちゃんからそういう風に見えてたんだね……」
褒められてるところもあってむず痒く感じるところもあるが、それよりも問題は私の欠点もずばり見抜かれていることだ。
結果的に、言わば自己分析をしていたようなものなのに、贈り先が私だと気づかない間抜けさ。恥ずかしくて穴があったら入りたい。
もう少し年長者らしく気丈に振る舞おう、私は固く決意した。
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