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私を魔女にしてください!~知らない誰かとして生きることになった私の物語~  作者: ツグハ
一章 新たな人生の始まり

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15/42

15.退院

 目を覚ましてから二日後の朝。



「うん、もう大丈夫。どこも問題ないわ」



 診察を終えたフェルノさんが、私に完治の旨を伝えた。



「やっと退院だー!」



 私は、その言葉をずっと待っていたとばかりにベッドを降りて立ち上がり、万歳をするように背伸びをする。実は昨日の時点で、ほぼ完治していたらしいのだが、念のためということで今日まで様子を見ようということになっていた。私としては落胆したものの、専門家からの助言とあっては、こればかりは仕方がない。



 ということがあり、今の私は一刻も早く、外の空気を吸いたくてうずうずとしているのだ。



「それじゃ、リズは退院ってことになるのだけど、もう少しだけ部屋で待ってもらえるかしら。もうすぐお迎えが来るはずだから」



「え、お迎えですか?」



「ふふ、今は内緒にしておくわ。退院おめでとう」



 お祝いを告げて部屋を出ていくフェルノさんに、ありがとうございましたと返す。



「あ、そうそう言い忘れてた」



 ドアを開けたところで、フェルノさんはこちらに向き直る。



「入院費用だけど、今回入院することになったのは私の不手際みたいなものだし、チャラでいいから」



「ちょ、ありがたいですけどそういうのは先に言っといてください!」



 ごめんなさい、と苦笑し手を振りながらフェルノさんは部屋を去っていった。まったくもう、と彼女の一言で上がった脈拍を、深呼吸をして落ち着かせる。



「……ほんと、最後までずるい人だな」



 小さく息を吐く。



 助けられてばかりだった。ここに来てからの時間は短いのに、その全部が誰かの善意でできていた気がする。



 さて、この部屋ともついにお別れをする時がやってきたわけだが。



「いろいろあっ……なかったな」



 目覚めて以来、初日こそちょっとした出来事があったが、それからというもの、朝に起きて、フェルノさんが診断ついでに持ってくる朝ごはんを食べてぐうたら。お昼、夜も同じ流れであとは寝る。時折、ハノンちゃんが数分だけ様子を見にきて話をするだけ。それ以外は何もしていない。



 前世での長い入院生活でもそうだったが、何もすることがない、というのはこれはこれで辛いものがある。ようやく外に出て、私の異世界生活が本格的にスタートできるのだ。喜びも一入だ。



 が、しかし、お迎えとやらが来るにももう少しかかるらしい。



 せっかくなのだ、最後くらいきちんとしようと、寝ている期間含め約一週間生活を共にしてきたベッドを綺麗に整える。初めてやった割には上手くできたのではないだろうか。よし、と一息を吐いて。



「今までお世話になりました」



 と、ご丁寧に頭を下げた。何事にも感謝というものは大事なのだ。そうしたところで、ノックの音が部屋に響く。パタパタと玄関まで歩き、どうぞ、とドアを開けて、そこに見えたのは。



「リズさん、退院おめでとうございます!」



「久しぶり、退院おめでとう」



「ハノンちゃん、それにカレンさんも」



 そこにいたのは、この世界に来て出来た二人の友人。



「ごめんなさいね、お見舞いに来れなくて。本当は行きたかったんだけど、仕事が終わった後だと面会時間が終わってるから」



「いえいえそんな、こうやって今来てくれただけでも嬉しいです。ありがとうございます」



 このタイミングで二人が来てくれた、ということはつまりそういうことなのだろう。念の為、という形で私は二人に問いかける。



「フェルノさんが、あとで迎えが来るって言ってましたけど、もしかしてお二人がそうなんですか?」



「はい、お迎えに上がりました!」



「この子ったら、昨日はずっと眠れなかったのよ。楽しみなことがあるとこうなっちゃうのよね」



「お、お姉ちゃん、それは内緒です!」



 しーっと指を立てるハノンちゃんと、それを見て、ごめんごめんと笑うカレンさん。数日間会っていなかっただけで、この柔らかな雰囲気が懐かしく感じる。



 これからは、何回でも好きな時に彼女たちと会える。そう思うだけで毎日が楽しみになる、そんな気がした。



「それじゃあ、行きましょうか」



 ここで立ち話をしていても仕方ない。そう言って、カレンさんはここを出ようと促し、私たちも頷く。



 部屋を出て、来た時と同じように狭い通路を抜け、まだ診察待ちの人もまばらなメインフロアを通る。そうしてギルドを出ようとしたその時、フェルノさんが私たちを呼び止め、こちらへと駆け足で寄ってくる。



「急に呼び止めてごめんなさいね。改めて、退院おめでとう。これを渡そうと思ってたから、間に合って良かったわ」



 そう言ってフェルノさんが渡してきたのは小さな袋。開けてみて、と言われ開封してみると、中に入っていたのは金貨と銀貨が数枚ずつ。



「えっと、これは?」



「私からの退院祝いよ。無一文なんでしょ?新生活を始めるのに必要だと思ったから、物じゃなくてお金にしたの」



「わぁ。これ、私の二ヶ月分のお給金くらい入ってます」



「二ヶ月分!?ちょっと待ってください、そんな大金頂いちゃって大丈夫なんですか!?」



 横から覗いてきたハノンちゃんの一言に、そんなに大金なのかと私は背筋が凍る。



「そ、そんな大金、受け取れません」



 思わずお金を封筒に戻して返そうとする私を見て、フェルノさんはいいのいいのと押し返す。



「気にしないで。言ったでしょ、お祝いだって。それに、これはギルドからの迷惑料みたいなものも入ってるから」



 先日の受付での職員を巻き込んだ騒ぎ。これに対しての謝罪だ、とフェルノさんは言う。受付の方をちらりと見れば、今日もあの日と同じ女性がそこにいる。私の視線にに気がついた彼女は、申し訳なさそうにこちらへおずおずと会釈をし、業務に戻っていった。



「え、じゃあこれで当面は困らないってこと……?」



 確かに、今の私には先立つものが何もない。これを受け取れば、生活費としては困ることはないだろう。それに、謝罪としての意味も側面にあるのであれば、ここで私が受け取りを辞退してしまうと、フェルノさんの顔も潰してしまうことになるのではないだろうか。



「それなら……。じゃあ、ありがたく頂戴しますね」



「ええ、好きに使ってちょうだい。それじゃあ、私は仕事に戻るわね。カレンさん、ハノン。あとはお願いね」



 そう言ってフェルノさんは受付の奥へと姿を消していった。二人にお願い、と言っていたが、なにか打ち合わせでもしていたのだろうか。彼女たちも息を合わせたように任せてください、と元気に頷いていた。



「二人とも、私のところに来る前にフェルノさんと何か話してたの?お願いがどうとかって」



「ふふ、今は内緒です。ね、お姉ちゃん」



「まあ、そうね。今は内緒。悪いことじゃないから、楽しみにしときなさい。とりあえずここを出ましょう」



 さあさあと背中を押され、出口が近づいてくる。



 たったそれだけなのに、胸の奥がざわつく。私は医療ギルドを後にする。入り口を出る最初の一歩くらいは自分の足で歩きたかったのだが、私の些細な願いは叶わず。



 数歩進み立ち止まったところで、朝日の眩しさに私は思わず目を瞑る。慣れてきたところで目を開け空を見れば、そこに広がるのは、晴れ渡る青空と緩やかに流れる雲。時折吹く風の心地よさ。



 部屋の中から見て感じるものとは違うそれ。瞬きをすれば、さっきまでクリアに見えていた世界が、視界が水に濡れたよう。



 頬を涙が伝い、その流れのままに落ちて、地面を濡らす。



「お母さん……」



 それは声にならないほど小さく。



「私、出られたよ……」



 あの日、病室でずっと話していた未来。『治ったら、外に行こうね』と笑ってくれた母の声。その声だけは、今でもはっきり思い出せた。



 もう返事は、どこからも返ってこない。



 でも、ここで立っているこの足は、確かにその続きを歩いている。



 私は小さな声で、もう会うことのできない母に報告する。状況こそ違うが、病院から退院して、自分の足で外の世界を歩く。ここで初めて、私は前世からずっと願っていたことを叶えられたのだと実感した。



 前世では、病気が治ったら何がしたいかを母とずっと話し合っていた。それだけに、お母さんに見せてあげたかったな。嬉しさと同時に、悔しさが心に残る。



 けれど、だけれど。と私は母に安心してくれと、空に向かって祈る。



「ちょっとリズ、なんで泣いてるのよ」



「リズさん?どうしましたか?どこか傷が痛むんですか?」



 二人の声が遠く感じる。私の前に進んでいた二人がこちらに振り返り、ぎょっとした様子でこちらに駆けてくる。



「……ううん、大丈夫。ちょっと、眩しかっただけ」



 これ嘘だ。でも、今はそれでいい。



「ほんとに?何かあったらすぐに言いなさいよね?」



 心底心配そうに私を見る二人。ほんとに大丈夫だから、と言って私は歩き出す。



「ほら、早く行きましょ!置いてっちゃいますよ!」



 一歩、また一歩。この世界で生きていく。



 もう一度、ちゃんと歩いていく。



 この世界で人生を歩んで、できれば寿命でこの世を去ったとき。いつかこの旅の話を、全部、母に聞いてもらえる日が来るなら。その時はちゃんと笑って話そう。今日の出来事も、これから起きるであろう楽しい出来事も全部話してあげよう。



 だから今は。泣いたままでも、進むのだ。



 あの日、母と約束した未来は、もう遠い未来の話じゃない。私たち二人が望んでいた未来は、またここから始まる。



 今度はみんなと歩いていくために。



 涙の残る頬のまま、確かに前へ。私は、隣で笑う二人と一緒に歩き出した。

お読み頂きありがとうございます!


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次回もよろしくお願いします。

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