14.笑顔
嬉しさやこれからへの期待のあまり、私がベッドで悶えること小一時間。余韻にも浸りきり、スンっと冷静になるであろう頃合いに、彼女はやってきた。
「ジュリさ……じゃなかった、リズさん!」
「ハノンちゃん!」
この世界に顕現した私の天使ことハノンちゃんの登場である。
「ふふ、フェルノさんからリズさんが起きたと聞いて飛んできちゃいました」
彼女の髪が乱れており、息も少し上がっているが、それでも笑顔は崩れていなかった。本当に急いで来てくれたのだろう。その事実だけで心にくるものがある。よいしょ、と椅子をベッドの前に置いて、ハノンちゃんはぺたんと座る。
「体の調子は……って、その様子なら大丈夫そうですね」
「うん、みんなのおかげでこの通り、元気だよ」
むんっと腕に力を入れて力こぶを作る。その様子にハノンちゃんも、良かったですと笑みを浮かべてくれた。
「だいたいのお話はフェルノさんから聞きました。お仕事のことも、その、名前のことも」
最初こそ間違えてはいたが、その後は意識しているのかきちんとリズの呼び名で呼んでくれている。ハノンちゃんも慣れようとしてくれているのだろう。
「そっか。それなら話が早いかな。ということで、ジュリ改めリズです。よろしくね、ハノンちゃん」
同じ相手に二度目の自己紹介。なんだかむず痒いものがあるが、こういうことは大事なので省かない。何事も最初が肝心なのだ。自己紹介も済んだところで、私はハノンちゃんにお願い事をするべく話題を投げかける。
「よろしくついでにって言ったらあれだけど、今日はハノンちゃんにお願いしたいことがあるんだ。聞いてくれるかな?」
「私にですか?もちろんいいですよ、なんでも言ってください!」
キラキラとした目でこちらを見るハノンちゃん。この子は、とことん頼られるのがお好きな様子。こちらとしても助かってはいるのだが、いつか悪い人に騙されてしまいそうで怖くもなる。そうならないように、私もできる限り彼女を見守っていこう、そう心の中で決める。ハノンちゃんの今後はともかく、今は私のお願いの話だ。
「お願いっていうのはね、ハノンちゃんに字の先生をしてもらいたいんだ」
「えっと、字、ですか?」
きょとんとした表情を浮かべるハノンちゃん。まさか年上に字を教えることになるとは思いもしなかったのだろう。私が彼女の立場だったとしたらそう思う。
「ほら、そこに本がいっぱいあるでしょ?みんなが来るまで暇だったから、本でも読んで時間を潰そうと思ってたんだけど、字が全く読めなくて」
恥ずかしながら、と苦笑を浮かべつつ、山積みの本を指差しながら説明をする。
「字が読めなかったら、日常生活でも苦労するでしょ?こんなこと、お友達のハノンちゃんにしか頼めなくて。良かったら、時間が空いた時でいいから先生になってほしいのだけど」
お願い!と両手を合わせ彼女を拝むように頭を下げる。
「まったくもう、何を言い出すかと思ったら」
呆れたような、拍子抜けしたような。そんな表情をして、ハノンちゃんは答える。
「いいですよ、お受けします」
「あれ、そんなあっさり。本当にいいの?」
「もちろんです。リズさんと私の仲じゃないですか、そんなことであればいくらだって引き受けます」
むしろ、と彼女は少し怒ったような声色を作って私に抗議の意を示す。ぷくーっと膨れた頬が可愛らしい。
「そんなことすら軽く頼めない相手だって思われていたんですね」
心外ですっ、と彼女はぷんすかと不満げな表情を浮かべる。
「あぁ、ごめんハノンちゃん。お友達に頼み事をするとか、そういうのに慣れてなくて」
「まあ、そういうことなら許してあげます」
ぷいっと顔を背けるハノンちゃん。ありがたき幸せでございますと平伏して見せれば、ハノンちゃんも私もくすりと笑い出した。
「それじゃあ毎日一時間、お仕事が終わったらお勉強会をしましょう」
「え、毎日?」
「……?何か都合が悪かったですか?」
私としてはありがたい申し出ではあるが、相手はまだ十歳の子ども。あまり帰りが遅くなってはカレンさんに心配をかけてしまうかもしれない。
「もしかして、朝のほうがいいですかね?そうなると、もうすぐ学校の夏季休暇が終わっちゃうからもっと早起きしないと……」
そう言って頬に手を当て、考え込むハノンちゃんに慌てて訂正を入れる。
「いや、仕事終わりで大丈夫なんだけど……。って、ハノンちゃん、学校に通ってたんだ」
この世界にも学校が存在するということに、私は関心を持つ。てっきり、一部の裕福な家の子たちだけが勉学に励むなどと考えていた。
「はい、この国の方針で、ここみたいに規模の大きい街は校舎が建てられていて、田舎の領地では、最低でも一人の教師が常在するようにされているらしいです」
子は国の宝、と日本でもよく言われていたが、この国も同じようだ。子どもたちの将来のために国が政策としてきちんと力を入れれば、それはいずれ国にとって必ずプラスとなって返ってくる。
「そっか、ハノンちゃんはお勉強楽しい?」
「はい、すっごく楽しいです!」
それならば、と私は考えていたことをハノンちゃんへと伝える。
「だったらこういうのはどうかな。ハノンちゃんが字を教えてくれるお礼に、私はハノンちゃんに算数を教えてあげる」
字を覚えさえすれば、前世の私の知識を彼女に教えてあげられる。もちろん、彼女が望みさえすれば、だが。
「良いんですか?ぜひお願いします!実は私、算数が苦手だったので嬉しいです!」
ありがとうございます、とハノンちゃんからお礼を言われ、こっちがお願いする立場なのにな、と苦笑する。
「それじゃあ、ハノンちゃんの負担が増えるかもだから申し訳ないけど、その時はよろしくね。」
「はい、任せてください!」
私が見落としていなければ、これで当面の問題はクリアできた、はず。安心しきった矢先、そういえば、とハノンちゃんが訪問してきたときのことを思い出し、彼女に問う。
「そういえば、飛んで来たって言ってたけど、ハノンちゃんは今休憩中なの?時間は大丈夫?」
「はい、フェルノさんに話を聞いてから、急いで今やってるお仕事を片付けてきたので、時間が作れたんです。あ、そうなると、飛んできたっていうのは嘘になるんですかね?」
あれ?と疑問符を浮かべるハノンちゃん。
「えっと、私のために、ごめんね。疲れたでしょ」
わざわざ急いで仕事を片付けてくれたこと。それだけでなく心配をかけていたこと、これらを含めた上での謝罪。謝罪を受けたハノンちゃんは、いえいえと言葉を返す。
「私がやりたくてやったことなので気にしないでください。さっきの先生の件だって。リズさんは申し訳ないって言ってましたけど、これもそうです。持ちつ持たれつ、ですよ」
あと、とハノンちゃんは続ける。
「リズさん、こういう時はごめんなさいじゃなくて、ありがとうでいいんですよ。誰も迷惑だなんて思ってないし、リズさんが負い目を感じる必要もないんです」
にっこりと、私の手を握ってそう告げるハノンちゃん。
「それに、ありがとうって言われたほうが、言った人も言われた人もみーんな嬉しくなりますもん」
「そっか。そうだよね」
彼女の言っていることは正しい。誰かのために、今回で言えばハノンちゃんは私のためにやっている事なのだ。それを私は嬉しいと思ったし、彼女だって、それに対してお礼を言われた方が、やって良かったと嬉しく思うに決まっている。
いつから、ありがとうよりもごめんが先に出てくるようになったのだろう。実年齢は若いながらに、わたしもまだまだ教えてもらうことがいっぱいあるんだなと思った。
「ありがとう、ハノンちゃん」
私のために急いで来てくれたこと、心配してくれたこと、大切なことを教えてもらったこと。その全てに感謝を述べる。
「はい、どういたしまして」
「これでどうかな?ハノンちゃんも嬉しくなった?」
そう問いかけると、彼女は殊更輝いた笑顔で私に告げる。
「はいっ!これでみんな幸せです!」
えへへと笑うハノンちゃんを見て、思わず私も笑みをこぼす。この子は幸せを作ったりお裾分けをするのが本当に上手だ。
「ハノンちゃんは将来、絶対にいいお医者さんになれるね」
「本当ですか?嬉しいですけど、なんでそう思ったんですか?」
教えてください、と私の袖を掴み揺らすハノンちゃん。
いつかは私も彼女のように、皆に幸せを振り撒ける存在になれるだろうか、と考える。なれるだろうか、ではない。なるのだ。彼女も、私ならできる、と言ってくれるだろう。
期待に応える。そのためにもまずは体を休めて、少しでも早く退院する。話はそれからだ。
今の自分にやれることを全力でやる。私は彼女の笑顔にそう誓った。
お読み頂きありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価、感想をいただけると励みになります……!
次回もよろしくお願いします。




