13.面接
医療ギルドで働かせてほしい。そうフェルノさんに告げると、彼女は目を丸くした。
「それはまた急な話ね」
先ほどの相談とは毛色の違う内容。だが、今回の相談も、私に取っては重要だ。捉え方によってはこちらの方が緊急度は高いかもしれない。
「えっと、理由を聞いてもいいのかしら」
その言葉を待っていた、とばかりに私は話し出した。
「いくつか理由はあるんですが、まず一つとして、私は記憶がありません」
嘘は言っていない。前世の私、茅野珠璃としての記憶は健在だが、リズとしての記憶は一切ないのだ。
「なので、ここで培った以前の私の知識や一般常識みたいなものも一緒に抜け落ちちゃっていて、正直に言って何もわかりません。なので、ここで働かせてもらいながら、いろんなことを学びたいなと思ってます」
「なるほどね、それで?」
ひとまずは納得してくれている様子。だが、これではまだ足りないと、私は言い訳もとい理由を話し続ける。
「二つ目は、ハノンちゃんやフェルノさんといった、私の今の状況を知ってくれている方がいることです。そういう人たちがいるだけで私としては安心できるかなと思ってます」
結局、どこで生きていこうとも『リズ』という肩書きは私がどうしようが付いてくる。それならば、私がこの世界に来て初めてできた友人であるハノンちゃんや、事情を知っているフェルノさんが近くにいてくれた方がメンタル的に凄く助かる。
それに先ほど話をした通り、私が実は生きていて記憶喪失だ、ということを、時間はかかるかもしれないが、ギルドの方たちに受け入れてもらういい機会にもなる。その旨をフェルノさんに伝えると、一理あるとの返答がきた。
「それにしてもリズってば、最初はびくびくして人の後ろに隠れてそうな印象だったのに、意外とちゃんと考えてるのね」
「誰がお母さんの後ろに隠れてる子どもですか!もう立派な大人です!淑女ですよ!」
「そこまで言ってないわよ、想像力豊かね」
フェルノさんも少しずつ私に心を開いてくれているのだろう、笑顔や軽口が増えてきた。私としても、この機会を逃すわけにはいかないと、全力で心の扉をこじ開けに行く。
「フェルノさんこそ、出会ったときなんて怖い顔して出てきてたじゃないですか。あれじゃあ私じゃなくても、他の子供たちなんて泣きじゃくっちゃいますよ」
「う、うるさいわね。実際にそんなことがあって私も気にしてるんだから。子供は好きなのに……」
少しばかりしゅんとしてしまうフェルノさん。これは突いちゃいけないとこを突いてしまったか。
「ごめんなさい、気にしてることだったのなら謝ります」
「あ、いいのよ気にしないで。あなたも私と仲良くしようとしてくれてるのが伝わってきてるから」
フェルノさんは医者なだけあって、人をよく見るタイプなのだろうか。私の考えていることはある程度お見通しなようだ。自分の浅ましさというか、単純すぎるところが恥ずかしい。
「話が逸れちゃったわね。他に理由はあるのかしら」
己の未熟さに顔を赤らめていると、それを見ながらフェルノさんはくすくすと笑いながら問いかけた。
「あ、そうでした。えっとですね、これが最後なんですが……」
「……?どうしたの?なんでも言ってみて」
最後のものは、正直、言いづらいものがあった。私が言い淀んでいるのを見て、フェルノさんが助け舟を出してくれた。
お言葉に甘えて、と私は深呼吸を挟んで再び口を開く。
「……本当に逼迫したお話なんですが、その。今の私にはお金も家もないからですっ!」
宿無しで、無一文。これからこの世界で生きていこうにも、先立つものが何もない。更に言えば、無一文ということは、今回の治療費も支払うことが今の私にはできないのだ。もし支払うことができなかったら、前の世界であれば、即牢獄行き。
牢獄という屋根付きの住居は確保できるかもしれないが、その先はお察しである。何が悲しくて、異世界生活の第一歩目が囚人にジョブチェンジという羽目に遭わなければならないのか。考えるだけで背筋が凍る。それだけは絶対に避けたい。
また、もしここを追い出されるだけで済んだとしても、待ち受けるのは路上生活。果ては自身の体を売ってその日暮らし。この体は、先代リズさんから借りているようなものだ。これも絶対に避けたい。
それら全てを即座に解決できるものというのが、ここでの労働、というわけだ。これらの理由を全て詰め込んだ私の悲痛な叫び。それを聞いたフェルノさんは最初こそ呆気に取られていたが、その次にはくすりと笑った。
「ふふ。なるほど、それが本音なわけだ」
「お恥ずかしながら……」
私は体を縮こませながら、こくりと頷く。その姿を見て、フェルノさんはさらに大きく笑い出した。誠に遺憾ではあるが、こちらが何か文句を言えるような立場でもないのだから、彼女が落ち着くのを待つしかあるまい。
フェルノさんの笑いが収まり、ごめんなさい、と声を引き攣らせながら謝罪を入れる。
「ごめんなさい、笑いすぎね」
本当にそうだ、と私は心の底から同意する。ふうっと一息をついて、彼女はこちらに向き直る。
「フェルノさんさえ良ければ、上の人に掛け合ってもらったりできませんかね……?」
恐る恐るそう切り出す。するとフェルノさんは首を小さく傾げ、不思議そうな顔をした。
「上の人に掛け合えばいいのよね?」
「はい。さすがに採用はフェルノさん一人じゃ決められないでしょうし……」
「それなら大丈夫よ」
フェルノさんはあっさり頷く。そして、まるで今日の天気でも話すような気軽さで口を開いた。
「いいわよ。ここで働いても」
今、なんと?いいわよ?イエス?フェルノさんの思いもよらぬ返答に、思わず私は聞き返してしまった。
いやいや、違う。私がお願いしたのは『上の人に掛け合ってほしい』という話であって、採用の返事をもらう流れじゃない。
私が口を半開きにしたまま固まっていると、フェルノさんはくすりと笑った。
「えっと、上に人への相談は……?」
フェルノさんの言葉に、思わず間抜けな声が漏れた。直近だけ見ても驚くべき出来事が多すぎる。
「どうせこれからやることもないんでしょう?それだったら生前のリズが働いてた環境であなたも働いたほうがいろいろと都合がいいだろうし」
寮も必要だったら用意する、と至れり尽くせりの提案。この人ときたら。私としては一本取られた、というような心境だ。あれ、私何かやっちゃいましたか?とでも言いたげなフェルノさんの顔を見れば、冗談ではないのが分かる。
「えっと、私としてもとってもありがたい話なんですけど……あまりにもあっさりしすぎてませんか……?お願いした私が言うのもなんですけど、こういうことって上の人に掛け合ってみたりとか、フェルノさん一人で決めていいものじゃないでしょうし……」
「ああ、そういえば言ってなかったわね。私、医者としてだけじゃなくてここの支部長も兼任してるのよ。医療ギルドロッサ支部の支部長」
「……え?えええ!?」
目玉が飛び出るほどの驚きとはこのこと。主観的ではあるが、彼女の見た目は二十代後半に見えるほどまだまだ若い。実際の年齢を聞くのは憚られるので聞かないが。そんな若い女性がここの支部長。いったいどれほどの努力と実績を積み上げてきたのだろう、私にはまったく想像できない。
「というわけで、リズを採用するかどうかは私の一人で決められるっていうわけ」
よろしくね、と片目をパチッと閉じてウインクをする彼女。私を誘うつもりだったと、さすが支部長なだけあって頭の回転も早いのだろう、用意周到なのもあるだろうがそれ以上に彼女は人を放っておけない気質の人なのかもしれない。この人なら信じられる、と心から思えるタイプの人だ。
「あ、ありがとうございます!頑張ります!」
思わずベッドから立ち上がり、フェルノさんの手を取ってぶんぶんと腕を振る。良かった。これでひとまずは安心できる。興奮から冷め、彼女の手を離し、ベッドに脱力したように座り込む。
「それじゃあ安心したところで悪いけれど、これでも一応、診察も兼ねてここに来たの。診させてもらってもいいかしら?」
そう言うと、フェルノさんは昨日と同じように脈を測ったり、聴診器のようなもので呼吸に異変がないかを調べた。
そうした後に、フェルノさんは私の腕に手を被せるように乗せると、目を閉じた。すると瞬くうちに、フェルノさんの手がじんわりと光り出し、私の腕を包んだ。
なんだこれ!すごい!とはしゃぎたくなるが、今は大事な診察中。私は我慢できる子なのだ。診察が終わるまではおとなしくして、その後に根掘り葉掘り聞こうと決めた。
一分も掛からなかっただろうか、光が収まり、フェルノさんが目を開ける。これで終わりだと告げるフェルノさんに、私は矢継ぎ早に質問をする。
「フェルノさんフェルノさん!今の光はなんですか?もしかして、今のは魔法ですか!?どうやったんですか!」
「ま、待ってリズ。飛ばしすぎよ」
ふんふんと鼻息が漏れていそうな勢いの私をフェルノさんはどうどうと宥める。
私が落ち着いたのを見て、こほん、と咳払いをした後、フェルノさんは解説を始めた。
「今のは医療魔法っていうものの一つで、体の中に毒などの異物が残留していないかを調べるものなの」
「やっぱり魔法だったんですね!カレンさんの魔法も見せてもらいましたけど、何度見ても感動します!」
目を輝かせる私を見て悪い気はしなかったのだろう、フェルノさんは徐々に饒舌になり始めた。
「まずは診察の結果から言うと、もう大丈夫。体力が戻り次第ではあるけど、すぐに退院できるわよ」
「それは良かったです、ありがとうございます」
とりあえずは安心だ。前世でもそうだったが、ただ寝ているだけという生活はもうごめんである。それはそうと、と会話を繋ぎ、私は今の話の流れで聞きたかったことをフェルノさんに問いかける。
「その医療魔法?でしたっけ。それって、私にも使えたりするんですか?」
その問いに対して、フェルノさんは首を曲げ、うーんと唸る。もしかして、私には……などと嫌な可能性を考えていると、フェルノさんは口を開いた。
「おそらくだけど、使えるようになるんじゃないかしら」
「ほんとですか!?やったやった!」
胸の前でガッツポーズ。はしゃぐ私を見て、あくまで予想だとフェルノさんは付け加える。
「リズが……あ、このリズは生前の、先代のリズのことね。かつてのリズも医療魔法を使えてたから、今のあなたにもその素質はあるんじゃないかって」
「なるほどです。使えるようになるにはどうしたらいいんですか?」
「ふふ、焦らないの。まずは体をしっかり休めること。そして、仕事をきちんと頑張ってこなせるようになること。そしたら教えてあげるから」
子どもを宥めるお母さんのように、私に落ち着くように諭すフェルノさん。それもそうだ、と落ち込みつつ、はーいと返事をする私に、よろしいとフェルノさんは相槌を打つ。
「それじゃ、私は仕事があるからこれで失礼するわね。ハノンにもあなたが目を覚ましたから顔を出すように言っておくから」
「わかりました、何から何までありがとうございます」
どういたしまして、お大事にと、そう言ってフェルノさんは退室した。
「魔法かぁ、楽しみだなぁ……」
ベッドにぽふっと倒れ込み、私はえへえへと笑みをこぼしながら呟くのだった。
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