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〜世界が怖い娘は、世界を作り変えて生きていた〜

娘は、世界が怖い。だから、自分で世界を作り変えて生きている。


3月17日、卒園式。娘は練習ではふざけたり、お友だちにちょっかい出して困らせたりしていたらしく、うまくできなくても頑張っているので見守ってくださいと担任の先生から言われた。


けれど、あまり心配はしていなかった。娘は3歳からダンス、バレエ、ピアノ、幼稚園でもいろいろな発表会を経験し、彼女が本番はちゃんとやるのはわかっていた。


わかっていたが、卒園式の娘は思った以上に凛々しく堂々としており、大きすぎないちょうどいい大きさの歌声に、思わず涙が出てきた。


先生や来賓の方々の長い話の間は、あくびをしたり、口内炎を触ったりしていたが、その場から動くことも、隣の子にちょっかい出したりもなく、とても素敵な卒園式だった。


卒園、してしまった。


ありのままの娘のまま、困らずに過ごせた幼稚園。


来月からは、小学生。


不安になって、卒園式の次の日、私は主治医に服薬の相談をした。衝動性に自覚があり、癇癪をするのが嫌だという娘。死にたくなるとか、失敗ばかりのこんな人生は嫌だと言う娘。


娘の自己肯定感が下がる前に、服薬をした方がいいのではないかと思った。けれど、もっと日常的に困っているレベルでないと薬は検討しないとの事。感覚過敏も、匂いで気絶するなどのレベルではじめて服薬を検討するらしい。


癇癪したくないとか、手が勝手に悪いことしちゃうとか、言っているだけで、内省を伴わないから気にしなくていいとの事。


つまり、私は6歳の娘に、死にたくなるとか、人生嫌とか、これからも言われ続けなくてはいけないのか。


帰り道、金平糖とブドウ糖を買った。これまで金平糖を食わず嫌いしていた娘だったが、ケースが万華鏡になった可愛い金平糖を買うと、おいしいおいしいと何個も食べた。ブドウ糖は好きではないようだった。


娘が荒れる主な原因が空腹と疲労であることに気付いたのは、つい先日のことだった。本当はブドウ糖を食べて欲しかったけれど、仕方がない。気休めでもなんでも、藁にも縋りたいのだ。娘が落ち着いて過ごせるように。


小学校が始まってみれば、娘はあっさり適応できる気もする。心配しすぎだったと、後から笑い話になればいい。


そんな不安をよそに、春休みは思ったより平和に過ぎていった。


夫は普通に仕事なので遠出したりもなく、慣れた場所、慣れた人としか遊んでいない。家でずっと好きな事ができる。好きな時におやつを食べ、好きな時に私に抱きついてくる。好きな時間に寝て、好きな時間に起きる。


こんな毎日なら、娘は荒れずにすむ。


何も困っていないと思っていた幼稚園、娘が頑張って困らないようにしていたんだなと今更気付いた。


春、爛漫。


娘とお花見に行った。満開前の人の少ない公園を選んだのに、娘は少し荒れた。日光の眩しさと、鮮やかな青空、いつもと違うピンクの木、ちょうちょが飛び、花びらが舞う。娘にとって、春のカラフルな世界は情報量が多すぎた。


視覚も、聴覚も、嗅覚も、触覚も、味覚も…


全てが敏感すぎる世界。私には、想像もできない。



小学校より先に、放デイでの日中一時支援がはじまった。前日から不安そうだった娘は、行き渋りもせず、送迎した私からサッと離れて、職員さんと建物に入って行った。


あっさり行って拍子抜け。嬉しい誤算。私は帰宅し、衣替えと、まだ名前を書いていなかった学校用品に記名をした。捗ったし、気分転換にもなった。卒園式から半月。毎日パワフルで賑やかすぎる娘と常に一緒にいて、私もやっぱり疲れていたようだ。


入学するまでは保護者の送迎とのことで、お迎えに行くと、すでに放デイに慣れた娘が穏やかに待っていた。よかった。


最初は一人で職員さんと遊んでいたけれど、すぐに慣れ、他の子とオセロをしたり、年上の女の子に手をつないでもらってお散歩に行ったり、廊下を一緒に走って怒られたりしたらしい。


初めての場所が苦手な娘が、1日目で廊下を走って怒られるまでになれるなんて、凄いのでは?


もしかして、かなり娘に合う放デイなのではと、期待が膨らんだ。


帰りに公園に寄った。ささやかなお花見を繰り返し、桜の華やかさにもたいぶ慣れた娘は、ステージのように段になった場所を見つけると、桜吹雪の中、歌いながら踊り始めた。


娘が赤ちゃんの頃から、我が家では当たり前だった踊る娘と観客の私。音楽が流れるたびに踊っていた赤ちゃんは、スーパーで、公園で、どこでも、音に合わせて踊り、音がなければ歌いながら踊る。時にはお友達も自分の世界観に巻き込んで、世界中を自分の舞台にして踊る子となった。


踊りだけではなく、何かを創り出すことが大好きな娘は、いつだってエネルギーを爆発させ続けている。それを真っ向から受け止めるのに、私は疲れてしまう。けれど、踊りの時と同じでいいのか。観客でいいんだ。


公園で娘がいくら踊っていても、私は怒ったりしない。場所と時間と安全さえ確保できれば、娘のパフォーマンスをただ見ていればいいのか。


娘はどこでも踊る。スーパーでも、公園でも、廊下でも。歌いながら、ナレーションしながら、踊る。


「ここは舞台だ」と思ったら、もうそこは舞台になる。段差があれば上に立つ。広い場所があれば走り出す。空間を自分のステージに変えてしまう。


最初は落ち着きのない子だと思っていた。でも違った。この子は表現せずにいられない子なのだ。踊るだけじゃない。自分で遊びを作って、友達を誘う。ブロックで仕組みを設計する。砂場に街を作る。迷路を描く。マイクラで世界を作る。ごっこ遊びでは必ず演出家になる。


頭と身体と言葉が全部つながっていて、全部が「表現」に向かっている。


同時に、この子はとても怖がりだ。


戦うアニメが見られない。悪役が悪いことをするシーンが怖い。暗いのが怖い。人の目が怖い。人の形をした人形が怖い。人が出てくる絵本が不気味に見える。


五感すべてに感覚過敏があるのと同時に、感情の刺激にもとても過敏なのだ。


外から見ると、エネルギッシュで明るくて、人を巻き込んでいく子に見える。でも内側は、世界がとても怖い。だから、世界を作り変える。


その日、私はそれに気付いた。


この子が「舞台化」するのは、ただ楽しいからだけじゃない。怖い世界を、自分が安心できる世界に作り変えているのだと。


自分がナレーターなら、何が起きるか自分で決められる。自分が演出家なら、怖いシーンは入れなくていい。自分が主役なら、世界は自分のものだ。


ごっこ遊びも、舞台化も、遊びの設計も、全部「自分がコントロールできる世界」を作ることだ。


自分で描いた絵本や図鑑なら、不気味な人や怖いものは出てこない。


知的好奇心が強すぎるのも、知らないことが怖いから、全部を知りたいのかもしれない。


6歳が無意識にやっている。それがこの子の、世界との付き合い方だ。



ある夜、娘が自分の書いた本で図書館を作りたいと言った。絵本の他に、動物や空の図鑑もあった。


いつもすぐ飽きて完成までいかず、忘れた頃にまた続きを描き始めるので未完成のものが多い。


正直なところ、最初は言ってるだけだと思っていた。適当に付き合っていたらまたすぐ飽きるだろう。


けれど、今回は違った。


まず、本にバーコードを書き出した。その下に図書館の名前を書いた。


いつも行っている図書館の本に必ずあるバーコード。よく見ているなと思った。


書いたバーコードがこすれて消えることに気が付くと、その上からテープを貼って保護した。


次に、ポスターとチケットを作り出した。


そして、オープンの日を自分で決めた。チケットは切れ込みを入れて、もぎりやすくした。


ここで23時を過ぎた。さすがにこれ以上は待てなくて、私は娘を寝室に連行した。


これで図書館ごっこは終わったと思った。これまでも、いつも娘は寝たら次の日には他にやりたいことを思いついて、他の事に夢中になるのだ。正にリセットボタンを押したかのように。


自覚もあるようで「やりたいことが多すぎて間に合わない。寝たら忘れるから続きができない」と以前言っていた。


けれど次の日、娘は図書館のロゴマークを作り出し、ポスターなどにも描き足した。


自ら棚を用意し絵本を並べるがうまくいかず、倒れてしまう。そこでブックスタンドを使ってみたが、また倒れた。ここで考え、絵本を少し開いて置くと安定することに気が付いた。


仕事で不在の夫にチケットを入れた招待状を作った。私にはチケットを手渡しでくれた。


この日はこれでおしまい。準備が整ったらしい。


前の日の続きが、できた。


ポスターの日付は3日後なので、この日は図書館は開かれなかった。


次の日、図書館オープンが待ちきれなくなった娘は、その日の日付を書いた紙を貼り、ポスターの日付を書き換えた。


そしてロゴマークを自分の胸に貼り付け、館長になった。ルールも作った。


走ってはいけません。


本当の図書館はダメだけど、ここはうるさくしても大丈夫。


いよいよオープン。本棚の横に受付も作ってあって、そこでチケットを渡すと、もぎって半券を回収された。


おすすめの絵本も紹介してくれて、私はそこで絵本を5冊借り、読んで返却した。


図書館というものを、自分なりに観察して、理解して、再現していた。チケットのくだりはバレエの発表会も混ざっていたけれど。


本当によく見ている。本物の図書館には、月に3回は行っているだろうか。


しかも、図書館で本の貸し出しをするだけではなく、企画や運営までした。普段見えていない図書館の裏の仕事を想像して。


「来年、本を増やしてリニューアルします」


閉館後、館長はこう言った。


やりたいことが多すぎて、23時を過ぎても創作をやめられない。間に合わずに寝たら忘れて、中途半端で積み上がっていく、描きかけの作品。


今回、途中で忘れることなくやり遂げた娘が、もう次を考えている。


何もかも中途半端だと思っていたのは、私だけだったのかもしれない。この子の中では、全部ちゃんと続いていた。


ずっと、このチケットを受け取ってあげられる親でいよう。図書館の受付でチケットを渡されながら、私は思った。


この図書館は、娘に特性がないと開かれなかった。発達障害、ギフテッド、2E…


困りごとと捉えられることの多い数々の特性は、娘の強みでもあることがはっきりとした出来事になった。


次に、娘が4歳から描き続けているハートちゃんのことを書こうと思う。娘の自分図書館にも、何冊かハートちゃんの絵本が並んでいた。


娘が初めてハートちゃんを描いたのは、4歳の時だった。


スーパーでハートちゃんたちがかくれんぼをするストーリーを、5ページにわたって描いた。矢印でストーリーが進む絵本だった。


まだ書けないひらがなもあり、ここはママが書いてと言われて一緒に作った。


ハートちゃんは、娘より1歳年上の女の子だ。


年中の時、1年生になる話を描いた。年長の時、2年生になる話を描いた。常に娘の「一歩先」を生きている。


怖い場所に、先に行ってくれる。


振り返ってみると、ハートちゃんが登場する物語の舞台は、娘が苦手だったり不安だったりする場所ばかりだ。


スーパー、学校、旅行先。ハートちゃんが先に行って、ちゃんと帰ってくる。


その物語を描くことで、娘は「あの場所は怖くない」という記録を自分の中に作っているのかもしれない。


脳内リハーサル、という言葉が浮かんだけれど、それより少し豊かな何かだと思う。怖い場所を物語の中に置いて、自分でコントロールできる場所にしようとしている。


最初はイマジナリーフレンドなのかと思ったけれど、娘にとってハートちゃんはもう一人の自分なのかもしれない。


同時期にハートちゃんシリーズとは別の絵本も描いていた。


かわいいふたりの女の子がお散歩をして、何かに驚くお話だった。


娘にとって怖くない場所は、ハートちゃんではないキャラクターが登場するようだ。


年長になって動物図鑑も作った。ストーリーもセリフもない。ただ世界がある。


波の層が何重にも重なって、魚が飛び跳ねている。ワカメだけ、色画用紙を切って貼っていた。


他のページでは森の木の手前と奥で大きさを変えていて、どこで学んだのか、遠近法を使っていた。


絵は描くものだという、固定観念がない。切ったり貼ったり、思いついたものは何でも使う。


最近では、立体的な飛び出す絵本を作るようになった。扉や窓をめくる仕掛けも好きだ。


描く、書く、切る、貼る、作る、並べる。


娘はいつも、何かをアウトプットしている。絵で、工作で、踊りで、音楽で、頭の中にあるものを全部。


怖いものも、かわいいものも、海も、森も、世界全部を。


今回は図書館だった。博物館も作りたいと言う。自分の安心できる世界を作るために、娘は作り続ける。4歳で彼女がハートちゃんを生み出したように。


娘にとって、世界が怖いものではなくなる日も、そう遠くないのかもしれない…


娘には完璧主義もある。


理想が高い。失敗を人に見せたくない。だから自信がない時はふざけて、やらなくていい状況に誘導することがある。


ふざけているように見えるけど、本当は真剣だから逃げている。逃げても、本番ではちゃんとやれる。


高IQのため、やりたい事のイメージが高度過ぎて、年齢相応の手先では表現しきれない事も彼女の大きなストレスとなる。発達性協調運動症の為、思うようにいかない事も多い。


この完璧主義も、怖がりと表裏一体だ。うまくできない自分を見られる事が怖い。限界を超えると嵐になる。頭では分かるのに、出来ない怒り、悔しさ、悲しさ…


そうして限界まで興奮すると、制御不能になって暴力や暴言が出る。けれど、その後はけろっとしている。本人の中では嵐が過ぎてリセットされている。


暴力は親にだけ向かう。一番安全な場所だから、家では全部出せる。それは信頼の裏返しだと思う。


完璧主義で失敗は見られたくないのに、ちゃんと「わからない」が言える。これは娘の強みだ。


ピアノやバレエの発表会ではちゃんとやる。幼稚園ではあまり困らなかった。たぶんこれからの放デイやこれまでの療育でも、安心できる場所では力を出せる。


本人には、頑張っているつもりがないかもしれない。けれど、娘はただ生きているだけで、とてつもないエネルギーを使っている。


私が娘のためにできることは、お腹が空いた時に食べさせ、疲れた時に休ませる事くらいなのかもしれないと思った。


入学式までに、娘には、どうしても欲しいシールがあった。1年生になったら買ってもいいよと約束した、ボンボンドロップシールだ。


けれど春休み中、探せども探せども、どこにもない。もう、市内でシールがありそうな場所は、娘が苦手な大型ショッピングモールしかなかった。


人や商品が多く、情報量が許容量を超える事、人混みの熱。それらは娘にとって、本当に耐え難い事らしい。なのに…


「行ってみる」


と、娘は言った。平日だし、新学期も始まっているし、もしかしたら混んでいないかもしれない。私は重い腰を上げた。


ショッピングモールに着くと、期待とは裏腹に週末並みの人出だった。相変わらず騒がしくて、熱気がある。私は内心、しまったと思った。


けれど、娘は進んだ。


ボンボンドロップシールは見つからなかったけれど、かわいいぷっくりシールのコーナーで目を輝かせ、ひとつひとつ手に取って確かめて、買うものを決めた。


次に大好きなシマエナガのクリスタルパズルも見つけて、また目を輝かせた。私はもう、いいよという他ない。娘が荒れることなく、ふつうに買い物ができている。正直、娘の欲しがるものは何でも買いたい心境だった。


最後に、何年かぶりにミスドでドーナツを食べて帰った。


「なんか、ショッピングモール平気になってた」


車の中で、娘が得意げに言った。嬉しかった。娘の苦手や困難は、克服できるものだとわかった。


では、何が変わったのだろう。


まず、脳の発達がある。感覚の統合は年齢とともに成熟していくから、以前なら処理しきれなかった情報量を、今の娘はうまく扱えるようになっているのかもしれない。


次に、ボンボンドロップシールを探すという明確な目的があったこと。自分が何かを手に入れられる場所、ワクワクが不安を上回れば、娘はどこにでも行ける。


そしてもうひとつ、私の財布の紐が夫よりも緩いことも、娘にとってプラスだったのではないだろうか。欲しいものを買ってもらえるという安心感。もしかしたら、それが足りなかっただけなのかもしれない。


これからも、娘がワクワクできる場所、安心できる場所を増やしていきたい。


4月13日。私は小学校の入学式が娘にとって最大の困難になる思っていた。入学式の前の夜、娘は言った。


「明日は人がいっぱいいるからこわい」


正直に言えてるな、と思った。その事には、少し安心した。


娘は変化に弱い。知らない場所、知らない人、読めない空気、そういうものが重なると、体ごと崩れてしまう子だ。


だから、これまでの娘の人生の中で一番大きな変化を前に、親の私はずっと身構えていた。


なのに、娘は思ったより大丈夫だった。


入学式という非日常の緊張感が、娘の脳をちょうどよく働かせたのかもしれない。


けれど、式中は大丈夫だとしても、児童だけでなく保護者も詰め込まれたギュウギュウ詰めの通常学級で、娘は必ず荒れるだろうと見積もっていた。


何が変わったのか、正直よくわからない。私が何かしたわけじゃない。強いて言うなら、春休みを、好きに生きさせた。それだけだ。


自己調整の力は、急に上がるものなのだろうか。否、水面下でずっと積み上がっていたものが、ある日突然、外から見えるようになったのだろう。


児発での行き渋りも、商業施設での癇癪も、もしかしたら全部、折り合いを練習していた時間だったのかもしれない。


春休みの自由は、その積み上がったものが定着する余白になったのかもしれない。詰め込まれていないゆったりとした時間の中で、娘の中で何かが静かに統合されたのだろうか…


もう一つ、思い当たる事がある。


入学式の今日は通常学級で過ごした。大人数、知らない顔、読めない空気。以前の娘なら、それだけで崩れていたかもしれない。


今日は娘に余裕があった。それは、明日からは少人数の支援学級に通う事がわかっていたからだと思う。


「今日だけ耐えれば、明日からは支援学級」


その見通しが、あの場を乗り越える安心になっていたのだと思う。自分が支援学級に行く理由を、娘はしっかりと理解していた。


自己調整と、環境の設計。どちらが先かはわからない。でも娘が育ったのと同時に、娘が自分で育つ構造もそこにあった。その両方が重なって、最大の困難の頂を、娘はヒョイッと越えた。


変化に強くなったというか、変化の中で、自分を保つ方法を見つけたのだと思う。


怖さが消えたわけではない。不安がなくなったわけでもない。ただ、それを抱えたままでも、前に進めるようになった。


それは克服と呼ぶにはあまりに静かな変化で、けれども確かに、以前とは違った。


子どもの成長は、外からは見えない事も多い。何も変わっていないように見える時間の中で、見えない所で形を変え続けている。そしてある日、ふとした場面で、我が子が一回り大きくなっているのに気が付くのだ。


入学式は、その一つだったのかもしれない。


けれど、荒れなかったからと言って、大丈夫だったわけではない。


通学の途中では、通っていた幼稚園の前で足が止まった。ホームルームの間、先生のお話を聞かず、机の上の配布物をずっと触っていた。


幼稚園が一緒だったお友達とクラスが離れた事が悲しくて、淋しげな顔もした。緊張や不安で、下校まで険しかった娘の顔。


でも帰り際、その子にやっと会えた。笑顔で記念写真を撮り、手を繋ぎ、別れ道まで一緒に帰った。娘の表情が、やっと柔らかくなった。


帰宅後、娘はもう明日を楽しみにしていた。私を急かして配布物に名前を書かせ、自分で持ち物を準備した。


完璧な一日ではなかった。けれど娘は、自分の足で歩ききった。それは特別なことではないのかもしれない。けれど娘にとっては、確かに越えた大きな一歩だと思う。


私はたぶん、その一歩を忘れない。


入学式を終えた日の夜、娘はいつも通り、大好きなYouTubeを見てゲラゲラ笑った。最大の困難だと思っていたのに、すんなりと通過してきた。その笑い声を聞きながら、私は娘の隣で、少し泣きそうになった。


娘が発達障害だと言われてから1年。私は混乱し、葛藤し、検索し、受容した。そして娘の行動を、特性だからで終わらせるのをやめたら、困り事の見え方が変わってきた。


「特性だから仕方ない」


「この子はこういう子だから」


以前はそうやって、強引に自分を納得させていた。でも今は、そこで止まらない。すぐに答えを出さない。


注意深く見ていくと、困った行動にしか見えなかったものが、形を変えた。


外食中、娘は足をバタバタさせる。食器を叩いて音を出す。それが嫌で、私はずっと言っていた。


「やめなさい」


「もう食べずに帰るよ!」


けれど、娘には全く響かなかった。ただ、私が疲弊していくだけだった。


本当は、外食中にスマホを見せるのには抵抗があるのだけれど、疲れた私は、もういいやと自分のスマホを渡した。娘はポケモンのゲームに集中した。その時、娘は足をバタバタしていなかった。


今は外食の時、ぷにるんずのおもちゃを必ず持っていくようにしている。それだけで、行儀の悪い行動は減った。スマホが嫌で、ぷにるんずならいいと思う線引きが、自分でもよくわからないけれど…


娘はお風呂の前になると、急に荒れる。嫌がる。暴れる。私や夫を蹴ることもある。けれど、入ってしまえばご機嫌になる。


彼女は小さい頃からお風呂が嫌いだった。温度が原因かもしれないと思い、お湯の温度を下げ、洗面脱衣所にストーブを付けた。


そうすると、まだ少し嫌がったけれど、癇癪までは起こさなくなった。これで問題は解決した。そう思った私は、そこで考えるのをやめてしまっていた。けれど娘は、別の何かをずっと抱えていた。


「ママ、ギューってして」


自分の気持ちを言語化できるようになった頃、娘は入浴前にそう言うようになった。


思えば私は、娘を観察しながら、その気持ちを言葉にしていた。嫌だった?怖い?楽しい?


娘は首を振って違うと言う事もあった。その繰り返しが、自然と娘が自分の気持ちを言語化し、自分でどうしたらいいのかに気が付く近道になったのかもしれない。


そうか、不安だったのか…


たくさんの感覚過敏の中でも、娘は一番、暑さ、熱さに弱い。もっと、娘の気持ちに寄り添ってあげればよかった。これは、観察が足りなかったケースだった。


けれど、私が気付けなくても、娘が自分からどうして欲しいかを伝えられるとわかった。こちらは、大きな収穫だった。


以前は、ずっと考えていた。


「どうやってやめさせるか」


でも今は違う。


「この行動は、何のためにしている?」


環境を変える。先に欲求を満たす。代わりを用意する。


娘を観察し、して欲しくない行動を、しなくてすむ形に変えていく。すると、お互いのストレスが減っていった。私にも娘にも、余裕が生まれていた。


そうやって娘に関わる中で、ある変化があった。変わっていたのは、娘の行動だけではない。私の心も、少しずつ変わっていた。


3月、私はずっと不安だった。


「小学校に行けなかったらどうしよう」


まだ起きていない未来を、何度も頭の中で繰り返していた。けれど春休み、長い時間を共に過ごし、観察し続ける事で、気が付いた。


娘の行動には理由がある。崩れるのにもパターンがある。整えれば、落ち着くこともある。


「わからないもの」だった不安が、少しずつ「見えるもの」に変わっていった。


娘は知らない事が怖い。だから全部を知ろうとする。そうか、知って安心するのは、私も娘も同じなのか。


「別に、学校に行けなかったら、行けないでもそれでいい」


諦めたわけではない。投げたわけでもない。ただ、結果をコントロールするのをやめただけだった。


不思議な事に、私がそう思えた頃から、娘はみるみる安定していった。


未知の放デイも、苦手な大型商業施設も、怖かったはずの入学式をも乗り越えた。


子供を変えようとしても、うまくいかなかった。


納得するまで観察し、どうすればいいか試行錯誤する。そんな毎日で変わったのは、子供ではなく、私だった。


そうしてできた私の心の余裕が、結果的に子供の行動を変えていった。


やめさせる方法より、やらなくて済む方法を考える。


それだけで、私の子育ては少し楽になった。





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