8.なぜか転移先はダンマス(*^-^*)
「だろうな」
「あなたに教えた管理画面の『存在抹消』をクリックした瞬間、僕らの生体データはこちらの世界の初期スポーン地点に直結したってところでしょうか。ですが、僕は花房さんよりも早く目醒め、バリバリ敵を倒してレベルを上げまくってますよ!」
「初期スポーン地点だ? なにがなにやらサッパリだな」
「とにかく――どうやらここは、ダンマスの世界そのもののようです。なぜか僕たちは、ダスマスの勇者になったわけです。ゲーマーの僕にはうってつけの世界だ。欲を言えば、ちゃんと青空が広がったフィールドのあるRPGか、ナーロッパの世界観の方がよかったんですけど。ま、贅沢言うとキリがないですね」
「ダンマスだと?」と、私は言った。その略称には心当たりがあった。ひどく懐かしい響き。「もしかして洋ゲーのダンジョンマスターってか?」
「よくご存じで。さすが僕より年長者ですもんね」
◆◆◆◆◆
今から遡ること1987年。
『ダンジョンマスター(DUNGEON MASTER)』は、アメリカのFTL Gamesが開発し、のちに日本でも移植された(PC版は1990年、スーパーファミコン版は翌91年にリリース)3DダンジョンRPGの金字塔である。
先達である『ウィザードリィ』とは根本的に異なる点は、リアルタイム制を盛り込んだことだ。あたかもプレイヤーはダンジョンで実際にサバイバルしているような緊張感を生み、腕に自信ありのハードゲーマーたちの間で一躍人気になった。
プレイヤーはダンジョン内にある『勇者の館』で、鏡の中に閉じ込められた総勢24人の中から、最大4人の勇者(戦士、忍者、魔法使い、僧侶)を選んで復活、もしくは転生させ、パーティを組む。
ゲームの目的は、ダンジョン最下層にいる宿敵『ロード・カオス』を倒し、奪われた『炎の杖』を取り戻すことである。
従来型RPGがターン制だったのに対し、ダンマスはなにもかもがリアルタイムで時間が進行するのが当時他とは一線を画した。
敵の襲撃にあい、プレイヤーが操作にモタモタしたり、魔法詠唱に手間取ったり、ステータス画面で武器やアイテムを探している間も、敵は容赦なく攻撃を仕掛けてくるのだ。パニックになれば全滅につながりかねない。そんな中を3Dダンジョンを手書きでマッピングしなければならず、命懸けだった。
それだけではない。
勇者たちは時間経過とともに腹が空いたり、喉が渇いた。食事、水を摂らないと持久力、体力が落ちていき、放置すればやがて餓死する。時折、睡眠をとって回復しなければならないというリアリティまであった。
キャンプの最中でさえ、モンスターは常にうろついているため、囲まれて襲われることもめずらしくない。それゆえ、扉付きの小部屋に入り、安全を確保する必要があった。とはいえ『解錠』の魔法を投じてきて、中に侵入するモンスターも稀に存在し、決して気が抜けなかった。
また各アイテムには重さの概念があり、ましてや勇者たちの持ち物スペースにも限りがある。
欲張って積載量を超えて所持したり、低レベルなのに分相応の鎧や兜、武器を装備すると、著しく移動速度が落ちるうえ、スタミナが目減りしていく仕様だった。最大積載量を増やすには、とにかく修行を積んで戦士レベルを上げるしかない。
そのレベル上げについてだが、使った分だけ強くなる熟練度システムを採用。
敵を倒したときに得られる一般的な経験値だけでなく、剣や斧を振れば戦士レベル、アイテムを投げれば忍者、ファイヤーボールをはじめとする魔法を唱えれば魔法使い、あるいは防御魔法、フラスコを使って回復薬を作れば僧侶など、各レベルが成長した。
特筆すべきは失敗しても一定の経験値が入る点であろう。努力を重ね、失敗することでも成長するシステムだった。『失敗は成功のもと』を地で再現するようでもあった。
中でも戦士レベルは敵を倒すのが一番だが、強敵と出会う前に腕を磨いておく必要があった。でないと、いくらでも想定外のアクシデントに襲われるからだ。
だからこそ普段から剣の素振りをくり返して、戦闘訓練を積むべきだった。
時には壁に向かい、時には木の扉めがけて、延々剣を振ったり斧で薙ぎ払ったり、雄叫びをあげたりする。そのさまはまるでカルト教団の修行にも似ていた……。
◆◆◆◆◆
「じつは僕、自分で言うのもなんですが、ハードゲーマーでして。格闘ゲーやシューティングも得意でしたし、中でも大のRPG好きだったんです。もちろん日本のゲームは片っ端からやり込みました。最新のだけじゃなく、古今東西、洋ゲーやレトロゲームにまで手、出したぐらいで。それでもって、仕事もしてないのに課金ゲーにまでハマっちゃった時期もあったり……。典型的な人間失格者です」
「私も一時期、ネトゲ廃人になったことがある。今でこそ年のせいか、一切やらなくなったけど」
「おや。花房さんもそうでしたか!」
七種は身ぶり手ぶりを交えながら言った。熱い語り口である。熱すぎて暑苦しいほどだ。




