7.「マミーたん、二匹退治でちゅう!」
手にすると、まるで水牛の角をぶった切ったような物体。
私は血眼になってそれを裏返したりこねくり回して調べたが、およそ殴りつけるに適した武器には到底見えない。あまりにも軽すぎるからだ。
すぐ背後で、マミーたちが迫る陰鬱な擦り足が聞こえた。
万事休す!
せっかくのアイテムだったのに、これでは対抗できない。
天に祈る気持ちでそれを手にしたままモンスターと向かい合った。
今やマミーどもはすぐ手の届くところまで接近している。
角の細い部分を見る。穴が開いていた。
とっさにひらめく。――もしやこれは、角笛ではないか?
ええい、どうにでもなれ!
私は角笛の細い側の先端を咥えると、深呼吸ひとつし、思いっきり息を吹き込んだ。
ブォオオオオオオオ――――ン!
頭が割れそうな、なんとも形容し難い重低音は、通路のはるか先までこだました。
その角笛の音色が、どう作用したのか、なんと眼の前まで迫ったマミーたちはたじろぎ、その場で回れ右をしたのだから驚かずにはいられない。
それだけじゃない。
モンスターはまるで角笛の音色に恐れをなしたか(アンデッドなのに、恐怖するとはこれ如何にだが)、元来た道を戻っていくではないか。
私はさらに追い討ちをかけた。
息を吸い込むと、またぞろ一発かましてやった。
ブォオオオオオオオ――――ン!
角笛の音に、奴らにダメージを与える力があるのかどうかはわからない。あるいはこの不気味な重低音には、モンスターを遠ざける忌避効果があるのかも……。
どうにか命拾いしたらしい。
私は去り行くマミーたちの後ろ姿を見送っていた、まさにそのときだった。
今度は右の曲がり角から、人影がさっと現れた。
すると、逃げるマミーの行く手を阻んだ。
すわ、新たな敵か?
そんな不安をよそに、その男――鎖帷子を着込み、皮のズボンをつけた若者は弓矢を引き絞っていた。
まさか、私めがけて狙っているわけじゃあるまいな?
思わず両腕で頭部をカバーした。
若者は至近距離から矢を放ち、マミー一体にヘッドショットを決めた。
鏃が後頭部から飛び出すほどの威力。
矢を打ち込まれたマミーは後ろ向きに倒れ、どう! と音を立てた。
倒れると同時に塵と化す。なぜか眼にも鮮やかな赤いリンゴがポッと現れた。
若者は腰を落とした姿勢で、背中の矢筒から新たな矢をつかむと弓につがえ、もう片方のマミーにも攻撃を加えた。
一発、二発、三発と立て続けに速射し、それでも倒れないと、やけのやんぱちになって弓本体までぶつけた。
相手がひるんだ隙に、今度は腰の鞘からショートソードを抜いた。
剣道で言うところの中段の構えをとり、相手とのタイミングを計るため、今度は右斜めに剣を担ぐような八相の構えへと転じた。
私は呆気にとられ、その戦いを見守るしかない。彼は戦闘訓練を充分積んだ手練れに見えたのだ。
若者はやおら踏み込み、紫電一閃。
マミーの胸を袈裟斬りにし、返した刀で今度は刺突の一撃を見舞った。見事な手並みは驚嘆に値した。
マミーの胸に剣がめり込む手応えは、私にも伝わるようだった。
敵は断末魔の声を洩らすと、身体のくの字に曲げ、ゆっくり頽れた。
石畳に頭から突っ伏すと、灰となって小山を作った。なぜか剥き身のトウモロコシが忽然と現れ、灰の上に着地した。
「マミーたん、二匹退治でちゅう! 戦士レベルと忍者レベルが上がった!」
と、鎖帷子の若者は嬉々として言い、ショートソードを掲げ、ガッツポーズを作った。
呆気に取られていた私は、彼に近づくことにした。彼の快活さから、敵意は感じられないと思ったのだ。
「お疲れさんです――花房さん、でしょ? 楽しんでますか?」
若者は地面に落ちた弓と数本の矢、リンゴ、トウモロコシを回収しながら、私に言った。
当の私は七種 弥勒の容姿はおろか、肉声すら耳にしたことがなかった。深夜、窓の外から見下ろしたときはあまりにも離れすぎていたし、言葉も交わしていない。LINEでの仲にすぎなかったのだ。
それが、ダンジョンで剣と弓を使いこなす器用な戦士は、まちがいなく七種が転生した姿だと確信があった。頭部まですっぽりと鎖帷子に覆われ、いくつもの修羅場をかいくぐってきたためか、そこらじゅう解れが目立ち、背中のマントも焦げたり、穴が開いていた。
とはいえ、人懐っこそうな表情は少年のように屈託もない。どこか誇らしげに見えたのは気のせいではあるまい。
「七種君か?」と、私はおずおずと言った。「ここはどこなんだ? 私たちは、さっきの現実世界から、どこへ飛ばされたっていうんだ?」
「どうやら見事なログアウト完了のようですね」七種は快活に笑い、回収した矢を矢筒に戻した。「さっきの世界はブラック企業だらけの病んだ世界であり、強くてしたたかな人、強運の持ち主、富める者しか生き残れない社会だったんでしょう」




