6.「ペイッ!」
幅3メートルほどの通路はどこまでも続き、右に左にと枝道が折れているようだ。複雑に入り組んでいるらしい。
天井も同じ素材で覆われ、およそ青空は望めそうにない。
松明の爆ぜる音以外は、どこかで水滴が落ちる音しかしない。不気味なほど静まり返り、かえって耳鳴りがしてくるほどだ。
いったい私は、どこへバックれたというのだ?
立ち上がり、自身の姿を見た。
さっきまでつけていたはずの、洋服の青山で10万かけてオーダーメイドで作った一張羅とワイシャツ・ネクタイではない。
まるで弥生時代の古代人が着ていたような貫頭衣めいた粗末なシャツと、下は派手な緑色のズボン。革のサンダルを履いていた。腰には丸められたロープらしきものが吊られている。頭に触れると軽い素材の兜のようなものを被っているようだ。
なんだこの姿は? コスプレイヤーそこのけの恰好ではないか?
よもやそれにふさわしく、今いる場所こそダンジョンだったりして……。
と、そのときだった。
疑問が解けないうちに、通路の向こうでなんらかの気配が湧いたのだ。
ドムドムドムドム……と、不穏な足音。硬い靴音ではなく、厚手の靴下で石畳を歩くそれ。
しかも複数。
私は固唾を飲んだまま、魅入られたように通路から眼を引き剥がすことができない。
心臓が連打を鳴らし、口の中がカラカラに渇く。
なんらかの足音は、すぐ左の曲がり角から聞こえてくる。
ひょっとして――敵か?
私の中の生存本能が、ただちに武器となるものを探せと命じている。
貫頭衣――いや、チュニックの懐をまさぐった。
手裏剣が出てきた。3本。
どこをどう見ても伊賀忍者が使うような十字型手裏剣ではないか。黒光りした鉄材で焼き入れされ、刃先はしっかり研がれ、ズシリと重い。
なにがなんだかわからない。
私は手裏剣を掲げ、身構えた。
こうなったら、やるしかない。
さっきまでの私は、かつては一流企業から三流の退職代行サービスへと都落ちしたスタッフにすぎなかったはず。飛び道具の訓練すら積んだこともなかった。ましてや学生時代に殴り合いのケンカとも無縁だったのに、これから投擲せんと、戦闘態勢をとっている。人はこうも順応していくのか……。
9メートル向こうだ。
左の曲がり角から、人型の影が伸びてきた。
やがて蹌踉たる足取りで、異様な風体が現れた。しかも二体。
おお、そのおぞましき姿。
腕を前に突き出し、すっかり柔軟性を欠いた両脚を機械的に交互にくり出してやってきたそれは、全身を包帯でグルグル巻きにされた人間だった。ただし身体は私よりもはるかに大きい。
ひと目でわかるステレオタイプのミイラ男であった。
頭部にも汚らわしい屍衣に包まれ、眼と口のところだけに空隙があった。
しかしながらその穴には生命の躍動は微塵もなく、ひたすら闇のごとき色に彩られているだけだ。
マミーはどういう生態か、私を見つけるや否や、両腕をふり上げてこちらに向かってきた。ウウーッと呻いている。
背後をふり返った。
通路の先は一本道で行き止まりになっている。すなわち退路は断たれたも同然。
どうやら逃げる選択肢はなさそうだ。
覚悟を決め、戦うしかあるまい。
いざ!
私は手裏剣を頭の横で構え、ピッチャーがスローイングする要領で縦にふり下ろして投げた。
「てい!」
回転しながら一直線に飛び、右側のマミーの胸に吸い込まれた――ように見えた。
しかし大きく逸れ、床でカツンと跳ねて遠ざかっていった。
これぞ長年のデスクワークの成果か……。
マミーはさらに私との距離を縮めてくる。
アンデッドらしく、ウウーッと、生者への怨嗟を洩らしている。
不吉さで全身総毛立つ思いにかられた。
これだけ近づかれれば、屍衣に包まれたカビ臭い死臭まで嗅ぎとることができた。
私はジリジリと後退し、新たな手裏剣を構えた。
今度こそ、慎重に目標を定め、渾身の力をこめて放たねば。
さっきより距離は近い。
十字手裏剣は見事、右のマミーの腹に食い込んだ。
ヒットした瞬間、藁束を鈍器で殴ったみたいな鈍い音がした。
――が、マミーは一瞬ノックバックしただけで、ひるむことなく死の行進を再開する。
もはや彼我の差は、わずか3メートルほどしかない。
手裏剣はあと1枚。
少なくとも次の投擲で片方だけでも仕留めないと、私は追いつめられてしまう。
一体だけでも始末できれば、動きの遅い相手なのだ。立ち回り次第では打開策を見出せる。
間髪入れず、最後の飛び道具を相手の頭部めがけ投げ付けた。
「ペイッ!」
裂帛の雄叫び。
これだけ近ければ、ヘマするものか!
ところがその希望を打ち砕くかのようなミス。
手裏剣は無情にも二体の間をすり抜けてしまった。またぞろ石組みの床で、カツンと跳ね、あさっての方向へ消えていった。
これで丸腰になった。
他に武器となるものはないか、懐といわず腰にも触れたが、なにもない。ロープだけでどうにもなるまい。
ありったけの知恵を絞った。
私は敵に背を見せ、逃げた。
すぐに一本道は行き止まりにぶつかった。
私はどんつきの床の上に落ちていたアイテムを発見した。
これぞ救いの神か!




